たまらなく愛しい世界がここにある
ティダの村、村を救う為にどうしてもそこへ寄る必要性はあった。
薄汚い灰色へ染まりゆく空を横目で見ながら息苦しい空気を命一杯肺に詰め込んだ。
緑溢れていた街道、だが今ではそんな緑が微塵もない。かわりにあるのは昔は木々だったのだろう?
今ではすっかりと腐りきり異臭を放っているもはやなんなのか分からない物体へと化していた。
目を向けていられない、酷い有り様へと豹変してしまった村はこの世にあるどんな物よりも淋しくて悲しい物に見えた。
――――耳元を擽る風の音。それはこの村で生き絶えていった人々の悲しい歌に聞こえた。
泣きたい、泣きたくない
風が流れた。ひどく息苦しい風だ。風に乗って聞こえてくる、悲しげな歌がキアランの耳を締めつけた。
酷い、酷く悲しくて淋しい景色に薄っすらとかつての人々のそこにあったはずの笑顔が見えた気がした。
太陽はない、かわりにあるのは暗闇に染まって大きく唸っている怖い怖い空だ。皆、目頭に涙を溜めている。
この光景はあまりにも僕等にはきつすぎる。この景色をみて、何も感じなかったわけではない。
でも、キアランは何故か泣けはしなかった。いつまでたっても泣かないキアランのかわりに、空が再び唸って大粒の涙をこぼした。
降り注ぐ、空の涙を全身で吸いこみながらすっかり腐敗した大地を踏みしめた。
「重い、ね。」リノアが呟いた。
重い口をやっとのことで動かしそれだけを呟くと彼女は再び苦しげに歪めた表情へと戻った。
重い、たしかに重すぎる。なんて、この地は重いのだろうか。
すっかり水を吸いこんだ服はずっしりと、僕等の自由を奪って行った、ただでさえ重い、この体を。
村には残っている。人々が暮らしていた名残が。腐りきった畑、今やモンスターの巣と化した廃墟、倒れかけた看板―――――
「この村の人々は―――」ルインがふと口を開いた。
「辛くなかったのかしら―――、キャラバンが帰って来なくて。」
呟いたように零れた一つの疑問に、誰も返答する事はできなかった。
たしかに、怖くなかったのか、辛くなかったのか。キャラバンが帰ってこなくて。
怖くないはずがない、辛くないはずがない。だって、彼等のなかには妹や両親が村に居る人がほとんどなのだから。
身内の人々は、怖かっただろう。投げ出したくなっただろう。でも、信じて居たかった、自分達が送り出したキャラバンを。
先程よりも一層強く身を打ち付ける雨はまるで、一粒一粒に何キロもの重りがついているようなきがした。それくらい、体がだるい。
一粒が、体へ染み込むたびにこの水滴と一緒に腐敗した地面へ自分が溶けこんでしまっているような感覚にとらわれる。
「怖いさ。」だって、自分もそれを体験しているから。「怖くないはずがないさ。」
あんなつらい想いを、誰にもさせたくない。今だからこそ、心からそうおもう。
*
ふと、この村の広場へ近づこうと足を踏み出した瞬間。地面が大きく唸ったような気がした。
[クルナ―――]
地面が大きく揺れる、大粒の雨が透明から不気味な灰色へと色を変色させるのがすぐに分かった。
それとともに、耳元で唸るような気持ちの悪い声が、あたりへ木霊した。
「何だ?この揺れは…!」
すぐさま武器を構えなおすと、空を仰いだ。灰色の雫が、体を灰に染めて行く。
[クルナ――――、]
先程よりも大きめに、耳元で声が唸った。一文字一文字が耳に伝わるたびに、逃げ出したい衝動にかられた。怖い、心から想う。
背筋が凍りつく、地面は相変わらず揺れ続けた。
[カエレ――――、カンリニンヨ―――]
より一層揺れが強まり、もはやたっているのも辛くなっていくのが自分でも分かった。
「大丈夫ッ!??」
慌てて周りを見渡すと、何故だか分からないがこの揺れの中ふらつく様子もなくその場に立ちすくしているリノアがいた。
彼女は頬を灰色に染め上げ、白い肌がどす黒く変色しているように見える。
目は真っ赤に染まっていた。
「リノアッ!?」ルインが慌てて彼女の肩を掴んだ。リノア、という単語を聞いた瞬間。
彼女は背筋をビクリ、とさせると意識が戻ったかのように目を丸く指せた。瞳は未だに赤く染まっていて、彼女の姿を不気味に彩っている。
「いや、、、、嫌…!!」
自分を包みこむように、リノアがその場に伏せた。まるで拒絶するかのように耳を両手で塞ぎながら、空を仰いだ。
[コウカイ―――――スルダロウ。]空が、大きく唸った。
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