その日の午後、ナイトオブワンとのちょっとした話し合いを終えて戻って来たスザクが最初に顔を合わせたのは、ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムだった。
ワンを除いたラウンズ間にはナンバーによる序列はないとはいえ、ノネットは年上であり先輩でもある。同じラウンズ同士、堅苦しい真似は無しにしようと言われているのだが、ただでさえ生真面目な日本人気質に輪をかけて真面目なスザクは某同僚のように片手を挙げて気安く挨拶するなどということはできずに、足を止め、律儀に深々と一礼した。
その姿を視界に入れて彼女は、枢木、と何故だか感極まったように深い声でそう呟く。声色にスザクが不審を抱く間もなく、ノネットはブーツの踵を床で鳴らして大股に近づいて来たかと思うと、いきなり両腕をいっぱいに広げてがばりと彼を抱きしめた。
「良かったな枢木!私は嬉しいぞ!」
「・・・・・は」
いきなり何だろう。弾力ある豊満な胸の中に抱え込まれ後ろ頭に当てられた手で顔をぎゅうぎゅう押し付けられて、スザクは目を白黒させた。息が苦しい。遠慮がちにもがいてみるが、ノネットは腕の力をますます強め、いっそ愛おしそうに鳶色の巻き気に頬を擦り寄せた。
低い声が、耳の近くで優しく囁く。
「正直、心配していたんだ。ユーフェミア様が亡くなられてから・・・ラウンズに入ってきたおまえは思いつめて鋭すぎて、強いは強いが、自分の命を削って顧みない戦い方をしていたからな。ユーフェミア様のところに行くための理由を必死に探しているように見えた。・・・何もしてやれなくて済まなかった。・・・だが、そうだったんだな。おまえはもう一度大切な人間を見つけた。怖かったろう、よく頑張ったな。」
痛いほどにスザクの肩を掴んで胸から引き離し、身を屈めて顔を覗きこんでくるその瞳は潤んでいた。真摯な思いが伝わってくる。ああ、自分は知らぬうちにこの人を、こんなにも心配させていたのか。つられてついスザクも涙ぐんだ。ありがとうございます、と小さな声で答える。ノネットは力強く頷くと、再びスザクをきつく抱きしめた。
「幸せになれよ、枢木。なに、あいつは軽そうに見えるが、本気かどうかくらい見ていれば分かる。幸せにしてもらえ。ユーフェミア様も、きっとお喜びになる。・・・だがもし、泣かされるようなことがあったら遠慮なく私に言えよ?こいつで脳天ぶち抜いてやるからな。」
腰に下げられた愛銃を軽く叩いてみせるノネットに、スザクは明るい笑い声で返した。久しく忘れていた笑い方だった。これから他国へ視察に出る皇族の護衛の任に就くという彼女の無事を祈って見送り、スザクは濃い青いマントを翻して歩き出そうとして、ふと気がついた。
ノネットはいったい、何のことを言っていたのだろう。
真実は、数十分後に明らかになった。
「ジノーーーーーッ!ジノ・ヴァインベルグはどこだ!!」
すさまじい勢いでラウンズの談話室に飛び込んできたスザクは、息を荒げ血走った眼で辺りをぐるりと睥睨した。育ち盛りに少々はしゃぎ過ぎた感のあるあの図体を見つけ出すのには1秒でも長すぎるくらいだ。手すきのラウンズを周りに侍らせて楽しげにしている3本の三つ編みをソファの背に見とめるや否や、スザクはひと跳びでその輪の中に割って入って話し手に肉薄した。
「おおっ、お帰りスザぐえっ」
「ジノ!どういうつもりだ、僕がいない間に妙な噂をあちこち言いふらして!」
犬だったらば耳を伏せ尻尾を振りまくっていたに違いないと思えるほど嬉しそうにしたジノにはお構いなしに、スザクはその襟を引っ掴んで乱暴に揺さぶる。ジノが座っていて良かったと安堵したのは秘密だ。もし立っていたら、一度回し蹴りをくらわせて床に沈めなければならなかっただろう。そうなればあの長身だ、倒れる際に周りに迷惑をかけることは必至だし、何より面倒くさい。
「くくく苦しい、スザク苦しい!そんな怒ってたらかわいい顔が台無し、って言いたいとこだけど怒った顔もすごくかわいい!大好きだ!愛してる!」
「うるさい!またそんな恥ずかしいことを臆面もなく!」
襟をいいように引っ張られているせいでソファからずり落ちかけているジノの上に跨ってぎゃあぎゃあ喚くスザクの肩を、ぽんと叩く手があった。何ですか!と勢いよく振り向いた先にあったのは、仏のように優しい笑みを浮かべたナイトオブテンの顔である。それはまるで、子供同士の些細な喧嘩を微笑ましく見守る母の表情だった。
「まあ、そんな照れんなよ枢木。おまえの性格だ、恥ずかしがるのは分かるが、めでたいことは皆で分かち合って祝わないとな。」
「は!?」
「無理もないわ、テン。最初はあんなに嫌がっていたんだもの。いまさら、急に素直になれと言っても難しいわよ。」
「トゥエルブ!?何を・・・」
「ははは!そうか、それもそうだな!」
「でしょう?」
戦場においては死神と恐れられるラウンズが2人、揃いも揃って至極平和にあははうふふと笑い合う光景を見て、スザクは顔を引きつらせた。何だか、事態が自分にとってあまり良くない方向へと進んでいる気がする。まさかとは思うが、ノネットのみならず彼らまでもがあんな荒唐無稽な噂を信じているのだろうか。スザクは、いい体勢だな〜だのと自分の下でにこにこしながらふざけたことを抜かしている男にきっとした眼差しを向けた。
「どうして、いつの間にか僕と君が付き合ってるって話になってるんだ!さっきキャメロットに顔を出したら、ロイドさんまで知ってたんだぞ。セシルさんに至っては、お嫁に行ってもあなたの家はここにもあるんだからいつでも遊びに来ていいのよ、なんて涙ぐんでたし!そもそも、結婚前提って何だ!」
「お、俺はちゃんと説明しようと思ったんだ。アーニャの誕生日プレゼントを選ぶのに、スザクがあいつと付き合い長くて好みとかよく知ってる俺に一緒に買い物行ってくれって頼んできたんだ〜とか、買い物ついでに指輪も選んじゃおうかな〜とか、ただちょっとうっかりしてて結論を先に言って後は忘れちゃっただけで・・・」
「ほら見ろ、誤解を招くような言い方をしたんじゃないか!『忘れちゃった』で引き下がると思ってるのか、君がそんな適当なことをするはずないのは僕がいちばんよく知ってる!」
「・・・・・スザク」
前に後ろにがっくんがっくん揺さぶられるままになっていたジノは、不意に真剣な顔をして首元にあるスザクの手を掴んだ。戦闘時以外は滅多に見ない表情に、スザクも思わず息を呑んで黙り込む。それほどの迫力があった。
「ごめんスザク、俺のせいで困らせた。おまえから誘ってもらったのは初めてだから、浮かれてた。・・・でも考えてもみろ、ここまで噂が広まっては訂正するのは困難だ。周りだってせっかく祝福してくれてるのに、がっかりさせたら可哀想だと思わないか?こうなったら仕方ない、結婚しよう、スザク!愛してる!」
スザクは無言で、きらきらと青い目を輝かせる端正な顔を容赦なく殴り飛ばした。
(2008/06/08)
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…申し訳ありませんでした(平伏)。本当はスザク♀にしようかなと思ってたのですが、できてみたらどっちでもいい感じになったのでお好きな方でご想像ください(彼って言っちゃってますけども)。投石はご勘弁ですが、ご感想いただけますと嬉しいです〜。