/2日目

「あら、随分といさぎよいのね、ディート」
「いえ、それほどでもありませんよ。お嬢様」
お嬢様はくるりと一回転してはしゃぐ。
まるで僕らなどすぐに倒せるかのように。

「にしてもディートがマスターになるだなんて。それは確かに貴女は魔術師だったから可能でしょうけど、こうして私の前に立ってるだなんて」
「僕とキャスターの話は聞いていたのでしょう? でしたら僕が本気なのは分かっているはずですけれども」
そう、いくらお嬢様の命令であろうとも、僕のために命を投げ出してくれた人がいるんだ。
ならその人、シャルロットにかけても負けるわけにはいかない。

「…そう…」
一瞬お嬢様は視線をそらせるが、また僕らの方に向けた。

「その意志に嘘偽りはないわよね?」
「ありません」
そう僕は断言した。

確かに僕はお嬢様が大切だ。かけがえのない存在だ。
だからお嬢様が達成しようとするアインツベルンの悲願を妨害するなんて事はできない。
聖杯を作ることに何の異議もない。する資格もない。

だけど、聖杯戦争の勝敗は別だ。
僕のために命を投げ出してくれた人がいる。僕のために剣を、杖を、ささげてくれた人たちがいる。
僕はその人たちのためにも、退くわけにはいかなかった。

 若干静けさが辺りを覆うが、お嬢様はそう、と言いながらため息をもらした。
そして僕らの方に手を向ける。


「じゃあやっちゃって、セイバー」
「分かっている」

「頼んだよ、キャスター」
「分かってるさ」


僕らの命令によって、サーヴァントは戦いを始めた。




Fate/the midnight saga(仮)

第8話


   /

「風よ!」
「いきなさいダーヴェル!」

セイバーの周りをあわい魔力の風が覆う。セイバー自身が行ったそれは魔術というよりも一種の技だろう。
一方のキャスターが召喚したのはランサーの時とは違って、ダーヴェル1人だけだった。

「キャスター。ダーヴェル1人で大丈夫なの?」
いくら相手がサーヴァント、つまり英霊だからってランサー相手に軍がかりで相手をしたほどだ。
僕の意見を言うなら接近戦ではランサーよりセイバーの方が上だと思う。まだランサーは片鱗を出していないのかもしれないけど。
それをダーヴェル1人で…?

「でええいっ!」
「はあっ!」
セイバーとダーヴェルの剣が互いに振りかぶられ、ふりおろされ、剣と剣がぶつかり合う…、

「え…?」
と思ったら、ダーヴェルはセイバーの剣をはじいただけで、第二撃に入っている。
一方のセイバーは自身の身長ほどにある剣での応戦をあきらめ、致命傷にならない程度にぎりぎりでそれをかわした。

「ふっ!」
そして一呼吸ですかさず放たれる追撃。
今度のは横に払う攻撃だから、通常ではよけられるはずもない。

 だが、ダーヴェルはまるでサーヴァントのごとく、軽い跳躍でそれをしのいだ。
そして自らの武器である西洋剣で相手の手首を攻撃する。
音をたててそれははじかれたが、相手の攻撃を遅らせるのには十分、追撃に入る。
狙いは喉。その突きをかわしたところで首をはねられておしまいだ。

「があ…!」
が、悲鳴を漏らして吹っ飛んだのはダーヴェルの方だった。
セイバーは地面に剣を固定、蹴りでダーヴェルを遠ざけたのだ。
と言ってもこれは攻撃目的ではなく、相手を離す事でセイバー自身の間合いに持っていく事に意味があるのだろう。

 そして繰り返される剣と剣、技術と技術の応酬。
剣が交わりあうたびに火花が飛び散り、かわす事はせず最小限のダメージに抑えているために鮮血も地面に落ちている。

「す…すごい…」
僕はただその戦いに見とれていた。
それはお嬢様も同じのようで、僕らに何もしてこない。

「でしょー?」
と、キャスターは自慢げに言う。

「なんたってダーヴェルはランスロット達みたいな戦闘ではなくて、戦争で実戦経験をつんだ騎士だからね。円卓でもかなり上位の方じゃない?」
「でもキャスター、ランサーと闘った時よりはるかに強く見えるんだけど…」
「それはあたしから大釜を経由して供給される魔力が分散されてたからね。サーヴァントと同じ。たった一人に集中させれば全力で戦えるわ」

なるほど、円卓の騎士の中でもギャラハッドたちはおそらく上位だったはず。
アーサーは間違いなく英雄クラスだから、円卓の騎士はそれに負けない実力を持っていてもおかしくはない。
ならランサー戦の時の方がおかしかったわけか…。

「でもディートって元々魔力が高かった上に半死徒化してるからこそって言うのもあるんだけどね。ある程度あたしが魔術をしてもダーヴェルは
 あの状態をキープできると思うわ」
「ふーん…」
それにしてもダーヴェルはすごかった。
相手はあの半神、シグルズだというのに、その彼に一歩もひけをとらない勝負を繰り広げている。
互いに致命傷を与えきれておらず、そのままの状態が続く。

「…でもまずいわね」
いぶかしげに声をひそめてキャスターはそうつぶやく。
確かに、僕もまずいと思っていた。
何しろ…。

「このままだと確実にダーヴェルが負けるから?」
「お、判断力がある人ってあたし好きよ。あのセイバー、持ってる剣はおそらく太陽剣グラム。だとしたら正体はシグルズか…。宝具使われたら一発ね」

そう、セイバーにはまだ宝具という一発で勝負をひっくり返す手段がある。
戦いを見ていても、セイバーの剣は2メートル近くはある大剣。その剣は機関車すら両断するだろう。
一方のダーヴェルの剣はせいぜい1メートル弱。勝っているのは手数だけで威力もセイバーより劣る。
戦いはダーヴェルがセイバーの剣を戦闘に支障がでないようにかわし、反撃をするものだ。
一方のセイバーはそんなダーヴェルの剣をやはり戦闘に支障がでないようにかわしている。つまり、かわしている数はセイバーの方が多い。

 多分セイバーの一撃でダーヴェルは致命傷、ダーヴェルが一撃を放ってもそう簡単に致命傷にはならないだろう。

「ダーヴェルに宝具は…」
「聖剣エクスカリバー他ブリタニアの宝に関わったりはしたけど彼自身に魔力があるわけじゃなかったから、使用不能」
とキャスターはいかにも残念そうに言い放つ。

「本当、肝心なところで使えないわよね」
「悪かったな!」
少しでも油断しているとばっさりやられそうなのにも関わらずダーヴェルはキャスターの嘆きにつっこみを入れる。
よく大丈夫だったなぁ。

「まあ、その時のためにあたしがいるんだしね。ダーヴェルは一対一の戦いに水をさされたくないみたいだけど」
騎士としての礼儀というものだろうか?
そういえば僕の知ってるアーサー王伝説でも一騎撃ちを幾度となくやっているし。

 と、セイバーは斜め方向への斬り捨てでダーヴェルと間合いを離した。
英霊にスタミナはないだろうけど、ダーヴェルの顔は若干青ざめている。

「騎士よ。すまなかった。私を許してほしい」
唐突に、セイバーはそうダーヴェルに対して述べてきた。
僕はおろか、ニムエもダーヴェルも、お嬢様までがその発言に驚いている。
それどころか、セイバーは頭まで下げている。

「セイバー、あなたにはなにもとがめられる事などないと俺は思うが?」
「いや、ある。私は手を抜いていたのかもしれないからだ。何しろ…」
「それどういう意味よ?」
セイバーのダーヴェルへの言葉は、お嬢様のその言葉でさえぎられた。
その表情は、とても冷たい。

「まさか敵を目の前にして、手を抜いていたと?」
「そこでなのだがマスター、あなたの魔力を大量に奪う事になるかもしれないが、いいかな?」
セイバーのその言葉に、お嬢様の表情が一変した。
何を言ってるのよ、と言ったかもしれない。

「当然でしょう? 見せてあげなさいよ。あなたの本気を」
「ふ、分かった」
セイバーは女性がどきっとするような凛々しい笑みを浮かべてこちらを見つめる。
おそらくあの会話は…、

「宝具を使ってくるわね。気をつけなさい」
「分かってる」
ダーヴェルは剣をかまえて敵ににじり寄って行く。
と、

「我に力をーっ!!」

セイバーは高々と剣をかかげてそう叫んだ。
その途端、セイバーの剣から見えたのは…。

「ル…ルーン魔術…!」
そう、セイバーの剣を囲んでいるのは間違いなくルーン文字だ。
北欧神話がルーツなら知っていてもおかしくはないだろうけど、まさか魔術を使うだなんて…!
これにはキャスターも驚く。

「これはまずいわね。ダーヴェル! もう一対一だの騎士道だの言わせないからね!」
「…っ! 自分の実力は分かってるつもりだ…!」
苦虫を噛み潰したかのようにダーヴェルの表情がゆがむ。
いくら半神が相手だろうと、相手は1人。それを手助けさせられるのだからそうしたくもなるだろう。

「それとディート、君は何もしないでね」
「え…? 何で…」
キャスターは今度は僕の方に顔を向けてそう言ってきた。
マスターに協力しろというサーヴァントはいるかもしれないけど、マスターに何もするなってどういうことだ?

「ダーヴェル自身サーヴァントクラスにまで構成を高めて召喚してる上に、あたしが魔術を使っている間に君まで魔術を使ったらまずぶっ倒れるわ。
 今だって並の魔術師だったらぶっ倒れてるはずだし」
「でも…」
「もしかしてそんなに信用ない?」
いや、そんな事はない。僕はちゃんと2人を信用しているつもりだ。
だから僕は首を横に振る。

「じゃあ黙っててね」
と、キャスターは英語…だけど僕には全く分からない言葉で詠唱を始める。

「さあ…力を出し切りなさい!」

そしてダーヴェルをつつむ淡い光。どうやら全体強化魔術のようだ。

「いくぞっ!」
「こいっ!」
2人の剣士は再び飛び出した。


 セイバーの動きは先ほどと変わっていない。だがダーヴェルの動きは先ほどより速くなっている。
半分死徒でなかったらまず僕にはとらえきれない動きだ。

「でやあっ!」
「ぬっ!」
ダーヴェルは真上からのセイバーの剣を受け流し、ふところに入りこんだ。
そして、腹部に一撃を加える。

「ぐ…!」
鎧が砕け、腹部に傷がついている。
やはりこれでセイバーはシグルズで決定だな。ジークフリートだったら背中の一部以外は無敵のはずだし。

「もらった!」
双方とも相手のに体をむけ、剣で攻撃態勢に入りはする。
ダーヴェルの剣は既に相手の喉に向かって走り出しているが、セイバーの剣はまだダーヴェルとセイバーの対角線上にある。
これならダーヴェルの剣の方が絶対に速い。

 ダーヴェルが動きを止めさえしなければ。

「くっ!」
次の瞬間、セイバーの剣がダーヴェルを襲った。
かろうじて防御が間に合ったようだが、その体は大きく吹っ飛ばされる。

「ダーヴェル!」
僕は思わずそう叫んだ。
叫んだところで状況が変わるわけではなかったけれど、叫ばずにはいられなかった。

 分かったのは、セイバーがルーン魔術でダーヴェルの動きを抑え、それをキャスターが解呪したという事ぐらいだ。
その間にセイバーは僕らの方に走り迫っている。

「大いなる星の瞬き!」

 そのセイバーに対応するように、キャスターは魔術を解き放った。
それは正に星の輝き。ここまで高出力な魔術なんて始めてみるぐらい、粒子の密度が濃い。
セイバーはそれに対して剣で斬ろうとするけど、いくら宝具であってもかき消す事のできるものではない。
案の定というか、それはセイバーに直撃する。

セイバーの体がゆらぎ…、

「「なっ!」」
そして、僕とキャスターは驚愕の声をあげた。

セイバーは再起不能どころか、かすり傷1つも負ってない…!

「…っ! これじゃあキャスターが最弱って言われるわけね。ここまで対魔力が高いだなんて…!」
キャスターの吐き捨てるような言い方で僕もようやく気がついた。
セイバー、アーチャー、ランサーの三強には対魔力が備わっている。つまり、魔力で押すキャスターが防戦にならざるを得ないのはそのためだ。
でも…。

「あれだけの大魔術を無傷で…!?」
「いえ、多分対魔力だけじゃなくて、さっきの剣にかけたルーン魔術もあるのね」
「あ」
剣をさっきのルーン魔術で強化しているなら、さっきの一振りで威力も下がったというわけか…。
そうしている間にも、セイバーの全身は止まらない。

「ならこれでどう!?」
そう言って杖の先で地面を思いっきり突くキャスター。
その途端、現れたのは幾つもの土の柱だった。地面から生えるようにして発生する。
太さはおおよそ50センチぐらいか、でもこれって…。

「全然妨げになってないよ!」
よりそうようにではなくて、バラバラに出現しているので、通るだけだったら何の問題もないのだ。
あと数メートル。これでは1秒足らずして剣の間合いに入ってしまう。
そのキャスターは余裕と言った感じに、笑っていた。

「なってるさ。十分にね」
「え?」

「はああっ!」
その瞬間、僕らの横を通りすぎ、ダーヴェルがセイバーに斬りかかった。
当然走りながらなので剣の軌道は見切りやすい。それはあっさりと防御される。

「ぬおあっ!」
そしてセイバーの反撃がダーヴェルを襲い…、

「ぬっ!?」
「え!?」
グラムは土の柱を直撃した。
音もたてずにその柱はただの土の塊になって崩れはする。だが肝心のダーヴェルをとらえるにはいたっていない。

「はっ!」
一呼吸と共にダーヴェルはセイバーの手首を狙う。
セイバーは反射的に手首を引っ込め、剣の根元でそれを受けた。
そして反撃の一閃、

「これは…!」
が、それはまたしても土の柱を直撃した。
これはもしかして…!

「そう、あんな数メートルもある剣を振り回してるんだから、障害物にも当たりやすいわよね。なら強化した土でも当たれば剣が減速する。
 それならダーヴェルにだってあっさりとかわせるわ」
とキャスターは自慢げに語る。

確かに戦いを見ていると、若干ダーヴェルが有利に働いている。
いくら鎧につつまれているからとは言え、このままでいけばダーヴェルが勝つだろう。
彼にとっては不本意であるかもしれないけれども。

お嬢様の表情は明らかに曇っていた。

「ちょっとジークフリート! 何してるのよ!」
「心配せずとも私は勝つ。信じてほしい」
その少しずつ追いつめられているセイバー自身の表情は全く曇っていなかった。
口ではお嬢様を安心させているけれど、ほとんどの意識はダーヴェルに向けられたままだ。

「嘆きの牢獄!」
と、土の柱はキャスターの力ある言葉によって形が変化する。
それはセイバーを確実に拘束し、動けなくする。
ランサーにやった木のやつの土バージョンか。

そのスキをダーヴェルが逃すはずもなく、剣でとどめをさそうとする。
ランサーのように飛び道具を持っているか攻撃魔術を使うならいざ知らず、セイバーはシグルズ。
腕は手首まで固定されているからどう考えても致命傷にはなりはしない。
再起不能にはならないだろうけど、しばらく復帰はできそうにないな…。


雷帝の覇轟剣ニョルニル!」


 次の瞬間、セイバーは手首だけを使って剣を地面につきたてた。
その瞬間、土の拘束具や柱が爆発を起こし、四散する。

「「な…っ!」」
キャスターもダーヴェルも驚愕の声をあげた。
土のつぶてがダーヴェルに襲いかかり、彼はひるんでしまう。


馳せる竜破壊の聖剣グ  ラ  ム!」


そして、全てを切り裂く一閃が、ダーヴェルに襲いかかった。

体から鮮血を出し、大きく吹っ飛ばされるダーヴェルは、僕らの目の前で地面に倒れこんだ。
体を痙攣させてはいるけど、起き上がれそうにない。

「戻って!」
杖越しに手を合わせてキャスターはそう宣言、と、ダーヴェルの身体が一瞬で消え去る。

「再召喚!」
そしてまた手を合わせて宣言、と、ダーヴェルが再び出現する。
傷は完全回復していて、宝具にやられた後が…。

「あ…れ?」
「ちょっとディート! 重い! 重いって!」
いつの間にか地面が斜めになっていた。
どうやら僕は身体が倒れこんでしまったらしかった。それを僕より小さなキャスターが懸命にささえている。

「ごめん、キャスター」
何とか立ち上がろうとするけれど、体に力が入らない。
これは…。

「ダーヴェルの再召喚をしてしまったから、君から急激に魔力が減ったんだ。ごめんなさい。でも…」
「ええ、分かってる」
あのセイバー相手に接近戦ができる人がいないと、間違いなく負けてしまうから。

「へえ、再構成による完全回復ね。でもその分ディートに負担かけてるんじゃない?」
「…分かってるじゃない。だったらとっとと続けさせてもらうわ。ダーヴェル」
キャスターは手をセイバーの方に向ける。
ダーヴェルはそれにただうなづいて剣を構えた。

「じゃあとどめをさしちゃって、セイバー」
セイバーもまた無言で構えをとる。

 正直僕自身の魔力がごっそりと持っていかれてしまった。
これではいつ気を失ってもおかしくない。

(キャスター)
(…ディート?)
急に念話をしたので、キャスターが思わず僕の顔を見てくる。

(…勝てそう?)
(…正直な話、勝てる可能性は少ないと思う)
(そう…)
僕の予想と同じだ。

(…逃げる事だけはしたくないんだ。だとしたら…)
(あー、「僕と一緒に心中してくれるかい?」とでも? それなら一向に構わないよ)
(え…?)
この答えは予想外だった。
思わず僕もキャスターの顔を見てしまう。

(君の事は気に入ってるし、勝てる可能性だってゼロじゃないしね)
(…そうだね)
そうだった…。
可能性がある限り、僕は絶対にあきらめない。
奇跡を起こしてみせると心に決めて。

「ダーヴェル、頼んだよ」
「任せておけ」
ダーヴェルは軽く笑顔を見せてくれた。それが今の僕にはとても心強い。
だから僕も意識を強く保つ。

「では行く…」

 そう言って飛び出そうとしていたセイバーの動きが突然止まった。

「へえ」
その何かに気づいたのか、お嬢様は笑みを浮かべて少しあごを上げる。

僕とキャスターが振り向いたのはほぼ同時。
そして、固まったのもほぼ同時だった。
何しろ僕らの視線の向こうには…。

「そ…そんな…!」

神秘は隠匿するもの。だから夜とは言っても結界を張ることでそこで何も起きていないようにしむける。
当然こっちにこれないように気をそらす操作もする。

ありえない。そんな事があっていいはずがない。
だけど、それは現実に起きていた。
本来いるはずの人物がそこにはいる。

 そこにはレンがいたからだ。


   /interlude

「お嬢様! 人払いの結界をしていたのではなかったのですか!?」
「ちゃんとしたわよ。だからこんな大騒ぎしても誰もやってこないんでしょう」
ディートの大声に、クリスは静かに言ってくる。
はっきりと言ってしまうと、俺は人払いの結界に全く気づかなかった。

 そもそも俺は歓迎の会のために士郎と葵が食事の準備をしていたのだが、そのための材料が足りなかったから鈴木さんにもらいに行ったのだ。
だけど…この状況はいったいなんだ?

案の定というべきか、あの男がクリス、つまりアインツベルンのサーヴァントだったか。
そして、あのヴィヴィアンと名のった少女、彼女もまたキャスターのサーヴァントだろう。俺なんかよりはるかな高みにいる魔術師に違いない。
だけど、アインツベルン同士が闘い合っているのは一体なんでなんだ? アインツベルンがサーヴァントを2人持ってるのは納得いくけど、 それが何で…?

「レン! 僕の後ろに!」
と、ディートは俺に対してそう言って、クリスの方に顔を向ける。

ディートとキャスターの位置は、俺とセイバー&クリスの間だ。その言い方にも納得は…

「いくわけないだろ…!」
これだとディートが俺を守る形じゃないか…!

「ディート! これは一体…!」
「話は後にしてください! 今はそんな暇はありませんから!」
なおもディートは顔を向けないでそう言って、駆け寄る俺を黙らせる。
横顔だけど、ディートの表情は今まで俺の見たことのないものだった。

本当に不本意だけど、俺はそれを見てかっこいいと思ってしまった。

「ダーヴェル、頼んだよ!」
「うおおっ!」

更に何かを言う暇もなくキャスターはディートとセイバーの間に立っていたもう1人の剣士に命令を下す。
そして彼は大声をあげてセイバーに切りかかった。

「ぬんっ!」
ダーヴェルの正面撃ちを、セイバーはまるで持っている剣が大剣だとは全く感じさせないぐらいの速さで払う。
そして、そのままダーヴェルの首をめがけて斬ってかかった。これはダーヴェルの剣を払った時の剣の動きが思ったより細かかったからできた事だ。
が、ダーヴェルはそれを体をかがめてかわしてのけた。
そして腹めがけて一閃。今度はセイバーがそれを体のみを後ろに下げてスレスレによける。

「す…すごい…!」
俺はディート達への追及を一切忘れ、その戦いを見ていた。

ダーヴェルとセイバーは互いに戦いに支障が出ないようにそれぞれの剣をかわし、防ぎ、見切っている。
少しでもスキを見せるものならそこを攻撃し、どんな態勢になろうとも攻撃をたやさない。
まさしく、俺の目の前で行なわれているのは、英雄同士の戦いだった。

「うわ…今ので何で斬り返せるんだ。ってもう攻撃してるし」
それぞれ自身を生かしきった剣術を用いている。動きに全く無駄がない。
英ねえが言ってた事はこれだったのか…。俺にこれを目指せって言うのか…?

セイバーの剣に見えるのはルーン文字…だったと思う。なら彼は北欧神話にちなんだ人物なのか?

「剣に優れたと言ったらジークフリートあたりか?」
ジークフリートをセイバーとして召喚か。さすがにアインツベルンは勝ちに来てるな。

対するダーヴェルと呼ばれた男、ダーヴェルか…聞いた事がないな…。でも剣のみだったらセイバーにひけをとっていない。魔力は低いけど。
そして、キャスター。ヴィヴィアンと名のっていて、英国出身だと言っていた。その正体は…。

「思いつかない…!」
なーんかヴィヴィアンって随分とポピュラーな名前っぽいから偽名な気もするけど、それにしても全く思い浮かばないとは…。
そのヴィヴィアンだが、何もしていない。ただダーヴェルの戦いを見ているだけだ。
…と言う事はダーヴェルはキャスターが使役しているのか? それなら一応納得いくけど、援護も無しなのは…?

「やはり見事な腕だ! さぞかし数多くの戦いを経験していたな!」
「それはどうも!」
そうは言うダーヴェルだが、その長い銀の髪がゆれ、その細い顔には焦りが生まれていた。
確かにダーヴェルは間違いなく英霊になっていてもおかしくないぐらいだ。でも、セイバーにはおそらく太陽剣グラムがある。これでは…。

「だがこの一撃で終わりにさせてもらおう! この一撃をもって!」
と、セイバーはわざと大振りに剣をふるい、ダーヴェルとの距離を離す。
そして、剣先をダーヴェルの方に向けたまま、剣をかついだ。
あの構えだとせいぜいできて突きぐらいだが…?


天帝の飛翔剣グングニル!」


セイバーがそう宣言すると、彼の周りを莫大なまでの魔力が覆い、足を動かしていないにもかかわらず、すさまじい速度で突撃していく。


Panzer der Kette des Lichtes光 輪 の 鎧 よ!」

「大気よ! 誇りある騎士を守って!」


 キャスターとディートは、ほぼ同時に魔術を解き放つ。
それはダーヴェルとセイバーを阻む雷と風の壁になり、ダーヴェルを守る。

セイバーの一撃は宝具クラスだ。大魔術であっても防御は困難だろう。
案の定、既に突破しつつある。
が、それで十分、ダーヴェルは直線的に進むだろう軌道から既に動いていた。

「ふ」
と、セイバーは急にその攻撃をやめ、剣を大きく振りかぶった。
まずい、あれは…!

「ダーヴェル! あれは罠だ!」

ダーヴェルが飛びのいてからセイバーが構えるまで、本当にコンマ一秒あったかどうか。
つまり、かわしようが、ない!


馳せる竜破壊の聖剣グ  ラ  ム!」


閃光のような一撃が、ダーヴェルに襲いかかる。
ダーヴェルが着ていた鎧は完全に破壊し、血を噴き出しながらその場に倒れる。
何とかして立ち上がろうとして剣を杖代わりにするけれども、あれでは戦闘続行は不可能だろう。



「勝負あったわね」
クリスはそれを確信しているのか、笑みを浮かべたままでそう言い放った。
セイバーは今にもこちらに斬りかかってくるような雰囲気だ。
俺はたまらずクリスをにらみつけた。

「なぜだ…なぜあんたがディートを殺そうとするんだ! あんたの使用人じゃなかったのか!」
そしてそう怒鳴ってしまう。
クリスは意外ねといった感じであきれ返った。
今その表情をされるとたまらなくむかつく。

「そういえば貴方、ディートに手をさしのべるとか言ってた人だったっけ。いいわ。なら教えてあげる」
「お嬢様…!」
「まず私たちは魔術師って呼ばれる者で、今この地で聖杯戦争をしてるの。そこまでオッケー?」
ディートの非難をよそに、クリスはそう説明を開始した。
はっきり言って、部外者が聞いていたら間違いなく意味不明な言葉の連続だが、とりあえず俺はうなづいておく。

「私たちアインツベルンはその戦争で手に入る聖杯と呼ばれるものを手に入れる事を悲願として、参戦しているのよ。私がマスター、
 ディートが付き添いの形でね」
それも無言でうなづいておく。
ここまでは俺だって分かってはいるけど、ここからだ。

「でも…、まさかそのディートがロアになるだなんて思ってもいなかったわ」

「え…?」

今なんと言った?
ロア…だと?

「ロアと呼ばれる吸血鬼。人間を食料とする種族。その中でもロアは強者の分類。転生をする事で永遠を成し遂げようとしているのよ。
 今回ロアの対象はディート。どう、分かったかしら?」
「そ…んなバカな…!」
一応俺は魔術師のはしくれ、死徒の事だって一応それなりに知っている。ロアだってしかりだ。
ディートがロアだって?
そんなの信じられるか…!

「あれだけやさしくて純粋なディートがロアなわけないだろうが!」
「それは十代後半まで潜伏してるからよ。覚醒してしまえばディートの意識はロアに乗っ取られるわ。
ディートがロアになる前に殺してあげるのがやさしさってものじゃない?」
言葉も出ない。

あの純粋でかわいいディートが、笑顔が素敵なディートが、ロアだったなんて…。
そんなことが…。

「だからだったのか…」
随分と前の事を思い出す。

「レン、僕は二度と貴方には会えない」

あの悲しみに満ちた言葉には、そんな意味まであったのか…。

死徒になってしまえば、町は汚染されてしまう事は知っていた。
死徒に殺されたものはリビングデッドやグールとなり、しまいには町全てが死と化してしまう。

自身が死徒になってしまうのがどれだけつらかったか。どれだけ悲しんだか。
だというのに、だというのにディートは俺にそう言ってくれたのか…?

今でもあの言葉をつむいだディーとの顔を鮮明に思い出せる。
あんな顔は二度と見たくない。そしてそれを見せないようにしたい。
俺はそう心に、信念に誓ったんだ。
だというのに…!

「ならその聖杯ってやつでディートを助けてやらないのかよ…!」
「アインツベルンの悲願はたどり着く事よ。確かにディートも大切だけど、ね。あくまで優先順位の問題よ」
ぐ…っ!

アインツベルンのマスターだったらこう言ってくるのは分かっていたけど、実際に言われると底なしに腹が立ってくる。
魔術師って人種はみんなこんな感じなのかよ…!

「いいんですよ、レン…」

「ディート……!?」

と、夢中になっていた俺にディートが語りかけてくる。
その顔は青ざめている。

「アインツベルンの悲願を私ごときのために使わせるわけにはいきませんから…」
「青ざめてるじゃないか…! どうしたんだよ!」
これは明らかに魔力の使いすぎだ。これではサーヴァントがいるだけでも彼女には害になってしまう。
早急に対策をうたなければ…。

「レン、僕は後悔なんてありませんよ」
「そ…んなバカな!」
後悔をしない人間なんていやしない。
それほど人間は強くないんだ。

「今まで起こった事も、僕の取った行動も、これから起こることも。何の後悔もないんです。でも…」
そこでディートは言葉を区切る。

「キャスターの前マスターのシャルロット、それからレンは僕にとってはとても嬉しかったんです。それだけでも幸せでした」
そう言って彼女は頭を下げた。


「さようならレン、これからも幸せに生きてください」


 そう言ったディートの目からは、涙が流れていた。
彼女は純粋だから、それは嬉し涙なのだろう。

「お嬢様、お待たせしましたね。続きを始めましょう」
「よく言ったわ。始めましょうか」
そしてディートとクリスは再び顔を見合わせる。

もうディートに戦う力など残されてはいないだろう。
魔力が底をつきかけているし、ダーヴェルはもう戦えない。キャスターだって維持するだけで精一杯だろう。
だというのにディートは自らの道を進もうとしているのか…?

俺にそこまで道を貫けるだろうか?
英ねえや師範はいつもそう言っているけれども、俺はあの2人みたいに強くはない。
士郎たち英雄なんて夢のまた夢だ。遠く及ばない。
だからって、こんなザマでいいんだろうか?

「いいわけねぇだろうが…!」
俺はあの時に誓ったんだ。救う事ができなくても、手をさしのべてみせると。
俺は誓ったんだ。彼女に悲痛な顔をさせないと。
そして、笑顔でいて欲しいと。

 だったら俺がする事は決まっている。
いや、既に決まっていたか……。

「?」
「え……? レ……ン……?」
俺は前に進み出る。
確固たる意思を持って、セイバーたちの前に立ちはだかる。

「へえ……」
クリスは笑みを浮かべる。
セイバーは何も言わない。表情も変えなければ剣の構えもとかない。
それは、遊びなど一切ない、隙の全くないものだ。

「レン! なぜ前にでるのですか! あなたでは彼には……!」
ああ分かってるさ。
おそらく勝つなんて論外。数分どころか数秒で決着がつくだろう。
それでも俺はこうする。

なぜなら、そうしたかったから。

「ディート」
「レン! 話を……!」
「手を出せ」
「え?」
「いいから出せって」
ディートの言い分を一切無視し、手を無理やりつかんでそれを渡す。
いきなりとっておきを使う事になったけど、無限にこの時を繰り返したって迷わずこの選択肢を選んだろうな。
ディートはその手渡したそれを見て、驚く。

「これは…!?」
「キャスターの維持だって困難だろ? それ使って魔力を補っておけって」
そして俺は魔力隠しの魔術用具を外す。

ああそうだろうな。
アインツベルンは聖杯を得て先に進むことが目的。ディート1人のために使いはしないだろう。
それが魔術師として当然であり、あるべき姿だ。

だけど、俺はそんな魔術師にはなりたくない。
俺は、魔術をもっと別の形で使いたい。
たとえそれで魔術師としては失格と言われても、他の魔術師に嫌われる事になっても。
後悔はしない。これが俺だから。

だからこれからする事に後悔なんて微塵もない。
同じ事になれば、何度でも同じ事をする。

決めた。今決まった。
俺が聖杯戦争でなすべき事が。聖杯に求める事が。
他人のためではなく、けじめのためでもなく、自分自身が心から望む事が。

「君がしないなら……俺が聖杯を使って彼女を救う!」

 そして俺はさけんだ。


「来てくれアーチャーーーッ!!」


interlude out

   /

「これは…!?」
レンに無理に手渡されたものを見て、僕は驚いた。
それは日本では手に入れるどころか見ることすら困難な、宝石の数々だった。
しかもただの宝石じゃあない。一つ一つに膨大な魔力が蓄えられている。

「キャスターの維持だって困難だろ? それ使って魔力を補っておけって」
え? 今レンはなんて…。
キャスター? 魔力?
それじゃあレンは…。

「君がしないなら……俺が聖杯を使って彼女を救う!」
聖杯、僕らが望む至高の存在。
それを彼は口にした。

そして、右手を高々と上にあげる。


「来てくれアーチャーーーッ!!」


彼は確かにそうさけんだ。

 その瞬間、魔力の渦ができ、その中央から男性が出現する。
年は僕より数年上。20前後だろうか? その格好は…かっぽうぎ? 手には中華なべ?
一見するとただの料理人にしか見えない。もしくは普通に料理している男性にしか。
でも、彼のたたずまい、魔力は間違いなく英霊のそれだった。

「料理の途中で呼ぶなんて何事……ってこれは……!」
レンへの不満を言う男性はセイバーとキャスターを見て表情が一変する。
穏やかなものから、戦うもののそれに。

「状況説明は後! 俺たちの初陣の相手はセイバーだ。キャスターは無視してくれ」
赤い外套、あれは聖骸布か? 一瞬の早着替え。しかもなべはたたんだかっぽうぎの横に丁寧に置かれている。
じゃあなくて…、その見た目は先ほどとは全く違う、英雄そのものだった。背中からでそれがうかがえる。

         
「――――投影トレース開始オン


その声から数秒、アーチャーと呼ばれた彼の手には2つの中華刀が握られていた。
漆黒と純白のものだ。


「――――是、干将・莫耶…!」


アーチャーが近距離用の武器を出してくるのには驚いたけれど、今はそんな事を言ってられない。


「右手に神秘を、左手に剣を!」


今度はレンが日本刀を抜刀し、魔力を放出する。キャスターのには劣るけれど、あれは全身強化魔術だ。
そして、2人は構えをとる。
剣士&魔術師と狩人&武士が対峙する。

「……レンが……マスターだったなんて……」
英語やオランダ語を話し、欧州の事情に精通していたからそうかもとは思ったけれど、彼には令呪がなかった。
それはお嬢様とだって確認したはずだ。
レンには令呪の兆しすらなかった。

でも現に彼はお嬢様の目の前にサーヴァントアーチャー、弓で名を轟かせた英雄を従えて立ちはだかっている。
しかも3回しか使えない令呪まで使って。
セイバーを目の前にしてもその姿にひるみは感じさせなかった。

「なんで……」
なんであなたもシャルロットも僕のために令呪を使うんですか。命をかけようとするんですか。
なんでこうも……。


 どれだけの時間が流れただろうか? 数秒? 数時間? 誰も動こうとはしない。
レンは僕たちを守ろうとしているのだからそれはいい戦法かもしれないけれど、お嬢様はどうはいかないはずなのだけれども。

「はあ……」
と、お嬢様があくびをしだした。

「あなたがマスターなのには驚かないけど、ディートの味方をするとはねー」
「俺はむしろクリスがディートを見捨てる事そのものが信じられないがね」
とレンは言う。お嬢様は半分驚き、半分あきれている。

「その意志が覆る事は?」
「その信念が折れない限りありえないな」
その言葉はとても力強く感じた。
レンの表情は自身に満ちている。こんな場面でもその自身があるのはすごいと思う。

「さあ、アインツベルンのマスター! 退く気はあるのか、ないのか! はっきりと言ってもらおうか!」
刀を向けつつレンは更に鋭く言い放った。
恐れも、戸惑いも、そこにはなく、

ただ確かな思いがそこにはあった。

「……ふ」
「?」

「ぷっ、あっはははははっ!」
急にお嬢様は吹き出し、笑い出した。
僕たちも見たことがないほどに彼女は笑ったんだ。

くすっと笑った事とか微笑んだ事はあるけれど、ここまで爆笑と呼べる笑いをした事は今までなかった。
……でもその原因がレンの真剣な言葉にあるとしたら、あまりに不純すぎる。
現にレンとアーチャーがむっとくる。

「なにがおかしいんだ……!」
レンの顔は分からないけれど、彼は間違いなく憤怒に彩られている。
普段の彼からは想像も出来ないほどに。

「だってレン、だったっけ。貴方分かってるの? 聖杯を手に入れるって言う事は、あたしたちはおろか遠坂やマキリも倒すって事よ。貴方にそれができて?」
「やらないよりははるかにましだ。魔術師としてはどうよと思うけど、おまえらより人間が出来てる」
「……!」
お嬢様の表情が変わる。
口は固く結ばれ、目もレンを睨みつけるようになった。

「なら貴方は魔術師である事を否定するのかしら?」
「否定するつもりはない。だが俺はそんな道は選ばない」
即答。

それはあまりに魔術師らしくない答え。
でも、それは無知から出ている言葉ではなくて、魔術師が何であるかを十分に知っているからこそ出た言葉な気がした。
……でも、それはレンが見かけとは全く違ってその道を進んでいたからこそ出てくる言葉だと思う。

だとしたら、あなたはどんな道を歩んできたのですか、レン。

「……そう、そこまでディートに入れ込むだなんて。こちらとしては光栄なのか、あってはならないのか……」
お嬢様は視線をそらし、怒りでも侮蔑でもなく、ただ物悲しげな表情を見せる。

「お嬢様……」
その表情が僕の心につきささる。

それで僕は……いえ、わたくし は分かってしまう。
お嬢様は、私の事も考えてくれていた、と。
でもお嬢様はアインツベルンの魔術師である事を選んだ。
お嬢様がどんな思いをされているのかは分からない。

だけれども、私にはその表情だけで十分嬉しいです。

「帰りましょう、セイバー」
すると、そう言ったお嬢様は背中を向けた。
セイバーは警戒を若干緩めるけれど、剣をしまおうとはしない。

「……いいのか?」
「いいのよ。なんか今ここで決着つけるのはもったいないし。聖杯戦争はまだ始まったばかりだしね」
「そうか……」
セイバーもそれに従い、剣をおさめる。
と、お嬢様はこちらを向かずに立ち止まった。

「レン、あなたみたいなバカこそ今のディートに必要なのかもしれないわね」
「バカで悪かったな」
ばいばい、と手を振りながら、お嬢様とセイバーは去っていった。

「……すみません、お嬢様」
僕にはお嬢様方に対し、ただその言葉しか思い浮かばなかった。


   /

そしてこの場に残るのは4人。
ダーヴェルは魔力温存にと既に回収されてしまっている。

「で、どうするのさディート」
「え?」
先ほどから黙っていたキャスターが急に声を発する。
その顔はまだ真剣そのものだ。

「まだこの場にはアーチャーがいる。戦うの?」
そうか。アーチャーもまたサーヴァントである以上、キャスターの敵となりえるんだった。
でもアーチャーはともかくレンはこちらのキャスターに何の警戒も払っていなかった。
まだ十分にマスターを倒せるだけの魔力は残っていたって言うのに。

つまり、それだけ僕たちを思ってくれているのか……?
ならば、
「……いえ、彼らは僕たちを助けてくれたんだから、戦うことはしたくない」
「……分かったわ。あっちも相当なバカぞろいみたいだから」
……なんでそう呆れ顔なのキャスター?

「ふう……」
と、レンが刀をしまって、こちらの方に近づいてくる。

「大丈夫かディート」
「え、あ、はい。先ほどは宝石をありがとうございました。あれは重要だったのでは?」
「え? あー…」
と、レンは頭をかかえだした。

正直レンがくれた宝石はとても貴重なものばかりだった。
何しろ並の魔術師数年分の魔力が込められていた宝石を4つもくれたのだから。
攻撃として使えば対魔力がなければサーヴァントだろうとも有効になるほどのものだった。

「なけなしの宝石と令呪1個かー…、この先大丈夫かー…?」
「あ……、やはり先ほどの召喚は令呪を使用しておりましたか」
アーチャーでキャスター適正ある英雄なんて聞いた事がないから空間転移なんて無理だろうから、使ったとは思っていたけど。
それにしても…。

「まさかレンが魔術師で、聖杯戦争の参加者だったとは……」
「魔術師といえば魔術師だけど、人払いの結界なんて全く気づかないような無能だぞ」
「しかしあの宝石といい、強化魔術といい、腕は優れていると思いますけれど?」
あの宝石のおかげでキャスターはある程度の魔力が戻った。
それは宝具一回分ほどのものかもしれない。
それに強化は魔術師があまり使わないものだ。近距離に特化した魔術師なんて執行者ぐらいか?

「できるのとできないのが極端なんだよ。よく魔術師らしくないって言われるし。それはそうと…」
「?」
「ごめんな。俺が魔術師だって黙っててさ」
あ、その事か…。

「私に話せばお嬢様に全てにお話し、聖杯戦争を戦い抜くのに不利だと思われたのでしょう? でしたら何らとがめる所はありませんよ」
「う…まあ、そうだな」

今レンからは魔力を感じ取る事ができる。
そして令呪を使ったところを見ると、普段の生活ではレンはサーヴァントと行動を共にしていなかった事になる。
つまり、レンはしばらくは静観する気でいたのだろう。
それなのに、僕のために……。

そんなレンの顔は随分と曇っていた。
一体どうしたんだ……?

「ディート、ロアの話、本当なのか?」
「…!」
「本当だよ。ディートはロアになりかけてる。あたしにすらそれを遅らせる事ぐらいしか今の所ないね」
言葉をつまらせた僕に代わり、キャスターがそう答えてくれる。
そんな彼女もまた沈んでいた。

「なんかいい方法ないの?」
……ってキャスターとして召喚されたニムエでも分からないのに、レンに方法が分かるのか?
レンをけなしているわけではなく、正直吸血鬼の治療法はどんな魔術師だろうとも見つけだせていないのだから。

「……多分教会にも協会にも利用する方法はあっても、滅する方法はないと思う。俺が思い浮かぶのは『直死』ぐらいだけど……」
「直死?」
キャスターもそれは初耳なのか、疑問詞をなげかけた。

「ほら、北欧神話のバロールが持ってた魔眼、あれならどうだ?」
「あれじゃあディートも一緒に殺しちゃうじゃん。確かにロアも死んで転生されないかもしれないけど」
バロールの魔眼、あのギリシア神話のメドゥーサの持つキュベレイの魔眼を超える、ある意味魔法クラスのものか。
でもあれってバロール以外の所有者いないんじゃなかったっけ?

「いや、あるぞ。ロアを殺せる魔眼だったら」

「「えっ!?」」
驚愕の声をあげるレンとキャスター。発言はアーチャーのものだ。

「存在の死を見る事のできる直死の魔眼があって、死が点や線で見えるらしい。それを斬ると、死という結果が先に来るらしい」
「そんな便利なやつがあるもんですか。聞いた事もないわ」
「でも俺の世界ではそれでロアを殺したやつがいたぞ」
「「「うそっ!」」」
思わず今度は僕も一緒になって驚いてしまった。

ロアを殺した人物がいる?
この時代では僕と言うロアが存在する。
だとしたら、アーチャーは噂に聞く平行世界から来た英雄なのか?
それは平行世界、つまり第二魔法の分類か?
聖杯システムにはゼルレッチの弟子である遠坂が関わっていたから、そうなってもあながち不思議ではないけど。

「死徒27祖のうちそれで殺されたのがネロ、ロア、タタリ、それから…」
「いや、それはいいんだけどさ、この時代にその持ち主はいるの?」
あ、この先も聞いてみたかったんだけど。
ロアだけでなく、ネロやタタリだってはっきり言ってその正体すら謎なのに、よく倒せたものだ。

「……いない。千年単位で生きてる死徒もそれはただの伝説だと思ってたぐらいだしな。この聖杯戦争でアサシンとして呼び出されてれば分からないけど」
それはないだろう。特別な触媒でも使わない限り、アサシンはハサンで決定だ。
それに…。

「アーチャーって未来の英雄でしょう? その説明だと」
「…まあ、そうだな。だからってこの世界とは違う世界かもしれないな」
キャスターの詰め寄りに若干退きながらアーチャーはうなづく。

アーチャーは未来からやってきた英雄。
そして、その時にロアを始めとした死徒27祖が倒されていく。
つまりそれは……。

「結局私は助からないのですね。アー……むぐ」
「はいはーい。その話は禁止。平行世界が無限にあるように、未来だって無限にあるんだから、君が救われる未来があってもおかしくないでしょう?」
キャスターは僕の口をふさいで杖で頭をこづく。
そんなキャスターの顔は自信で満ち溢れていた。


「未来なんてどうにでも変えられる。決まった未来になんか……絶対にさせないんだから」


そして彼女は力強く述べた。
それはレン同様に確固たる意志で固められていた。

「そうだな……。未来なんて変えられるしな」
「お、話が分かるねー」
ばんばん、とレンの背中を叩くキャスター。
レンが背中をさするのを無視して彼女はアーチャーの方に顔を向けた。

「それで、他にロアを殺す手段は?」
「……キャスターとして召喚されるぐらい優秀な魔術師が何で俺に聞くんだ?」
「ごもっともな意見だけど、あたしには現実的には厳しいわね。だからこそ聞いているのだけれども」
キャスターはきっぱりと言い放って腰に手を当てる。
……これほど優れた魔術師であるキャスターがこうまであっさりと言い放つなんて。
そこに悔しさは全くないようだ。出来ない事は出来ないとわりきっている。

「大体キャスター並に魔力があるならロアごと死んでロアが転生しても生き返れるらしい。そんな話を聞いた事がある」
「……リスクが大きいわ。それってロアは死んでいるのにディートは生きているって言う事で矛盾をはらんでいるから、とても危険な方法ね」
ため息をもらすキャスター。

「その矛盾を解決するにはいらない努力が必要でしょうし……ここは素直に聖杯目指した方がよさそうね」
「そうか……キャスターにも無理なのか……」
がっくりとくるレン。

今の魔術ではまず無理。
でも神秘に満ち溢れていたかつての魔術なら、何とかなったかもしれない。
彼もそう思ったんだろう。
落胆があまりみられないのはそれを覚悟していたからなのか。

「あら、勘違いしてもらっちゃ困るけれど、無理ではないわよ」
「「「え?」」」
僕ら三人は同時に間の抜けた声を発してしまう。
確かに厳しいとは言ったけれど無理だとは言っていない。

けれどそれは第三魔法の世界だ。
僕はおろか、アインツベルンの悲願のはずだけど。

「ふっ、こっちは最高のドルイドよ。それぐらい知ってるわ」
キャスターは笑みを浮かべながら大釜を取り出してきた。
さっきレンの宝石で魔力を回復したからいいものを、そうでなかったら既に気を失ってただろう。

「これなら死者蘇生が可能だわ」
「「「ええっ!?」」」
僕、レン、アーチャーがそれぞれ驚く。
まさかそんな事が可能な宝具があるだなんて…!

「さすがに万能の釜とまでは行かないけれど、第三魔法だってこれは行使できる。現に生前ではこれを使って死者蘇生を行ったしね」
「ほ……本当かよ……」
僕自身はその事実にただ驚いて声も出ない。

魔法すら行使できる、そんな魔法の杯を、ニムエが持っていただなんて。

「エクスカリバーかアヴァロンさえあれば……だけどね」
「は……」
いや、冷や汗たらしながら視線そらさないでよニムエ。レンなんて思いっきりずっこけてるし。
エクスカリバーとアヴァロンはアーサー王の剣と鞘か。セイバーがシグルズで召喚されている以上、無理でしょう。

「ロア関係だと魂に組み込まれた方程式を解除しなきゃいけないわけでしょう? つまり、その方程式を破壊するには……」
「第三魔法クラスの高度な奇跡が必要だと?」
「その通り。確かにあたしの大釜はそれを行使できるだけの能力がある。だけど、肝心のあたしにその能力がない」
え? あのニムエですら、魔法を行使できないと?

「ドルイド、つまり神官は世界全てで万能な存在じゃない。あくまでその場所の神の影響が強い場所のみで絶大なる力を発揮するんだ。
 だからかつてのブリタニアの地で行えば大釜だけでもそれが行えたでしょうけど、こんな異国の果てでこっちの神が働いてくれるわけがない」
「それでも大釜の力を行使するには聖剣とかが必要だと?」
「ええ。最低あたしだけで儀式を行うならね」
本当に清々しいぐらいにきっぱりと言い放つキャスター。

でも今の状態で聖剣を発掘するために英国に行ったのでは間違いなく間に合わない。
そして、残ったクラスであるライダーやバーサーカー、アサシンでアーサー王が召喚されている可能性はまずない。
つまり、やはり聖杯を取る以外道はない、というわけか。

「で、レンの方はこれからどうするの?」
「え? どうするかって、今日の予定か?」
むっ、と顔をしかめるキャスター。
でもそんなレンはまじめな顔をしている……というよりとぼけているとしか見えない。

「あんた分かってて言ってるでしょう。当然聖杯戦争の事よ」
「ん、俺は一般に被害を出すサーヴァントとマスターを最優先に片付けて、それから遠坂のマスターと決着をつける。後はまだ考えてない」
遠坂のマスター、あのランサーとペアしてる彼か…。

「だから最終的にアーチャーとキャスターが残るまでだったら協力できるぞ」
「え? レンは聖杯は……」
「元から願いはなかったんだ。こっちのアーチャーも願いがないみたいだし」
「うそ……!」
聖杯戦争に参加するサーヴァントは、皆聖杯ほしさに参加するようなものだ。戦いそのものを目的としてるなら別だけど。
でもアーチャーは聖杯がほしくないと言う。戦いも好きな感じではない。
ならなんで……?

「アーチャーさん、それでよろしいのですか?」
「え? ああ、俺は聖杯は必要ない。願いはあっても、聖杯抜きでかなえたいからな」
……めずらしい事もあるものだ。
ならなぜ召喚に応じたのかちょっと分からないけど。

 さて、その提案だけど、どうするか?
確かに手を組むのは非常に有利になる。なんと言ってもこちらは魔術師2人だ。接近戦はダーヴェルたちがいても、些か心もとない。
でもさっきの様子だとアーチャーもレンも接近戦に特化してるようだ。手を組む利益は高い。

「分かりました。協力致します」
「ん、ここに契約は成立ね」
と、レンはこっちに手を伸ばしてきた。
ん? これは…?

「むこうでは握手が習慣みたいらしいけど、違った?」
「え、ええ。よろしくお願い……」
「……と、忘れてた事があった」
僕が手を出したら途端にレンは手を下げる。
……レンがなぜか怒っている?

「ディート。敬語やめてくれって言っただろ。頼むからさ」
「あ」
すっかり忘れていた。
このまま敬語のままでもよかったのだけれども、レンに敬語で話されるのはいやだ。

「……分かった。よろしくお願いね」
「ああ。よろしく」
僕はレンの手を握る。

その手はとても暖かく、心にしみてくる。

これから聖杯戦争を彼と共に歩んでいくのか。
もしかしたら今日のように、お嬢様と戦う事になるかもしれない。
だけれども、僕はお嬢様と戦うなんて事はできない。やりたくない。
できればこのまま戦わないで終わって欲しいけれど、そんな事は無理だと思う。

なら、その時になったら、僕はどんな決意を持っているんだろうか。
お嬢様を受け入れて殺されるのか、お嬢様のためにレンを裏切るのか、それともレンと共にお嬢様を倒すのか。
分からない。どう思っているかは。

けれど、決断の時はいつか来る。
その時までには決めておかないと。

「あたしはサーヴァントキャスター、真名はニムエね」
キャスターはそう言って握手を終えたレンの手を握る。
……待ってください。

「キャスター、真名なのってるって」
「ん、名のってるわよ。そうするべきだから」
いくら協力関係にあるからって、いきなり真名を名乗るのはどうかと思うんだけど。
いや、僕はレンを信用してるからいいけど、キャスターが名乗り出るとは思ってもいなかった。
と、キャスターはアーチャーのほうを向いて、同じように自己紹介をする。

「アーチャーでいいかしら?」
「いや、俺は衛宮士郎って名前だから好きに呼んでくれ」
「それが真名? まああたしは一応アーチャーって呼ばさせてもらうわ」
と、キャスターは一呼吸おく。


「贋作に特化した固有結界なんて便利ね」

「な…っ!」


そして次に言ったキャスターの言葉にアーチャー、シロウは驚愕の声をあげる。

「一発で看破するだなんて…!」
「あたしは優秀なキャスターよ。そこらのヘボと一緒にしてもらっちゃ困るわ」
固有結界? どういう事なんだ…?

「どーんなところまで出来るのかわからないけど、後でじーっくりと説明してもらってゆーっくりと見せてもらうからね」
「え…!?」
シロウの表情がひきつる。こっちからキャスターの顔は見えないけど、よほどそんな顔をしてるのか?

「期待してるわよ♪」
…背中越しでもたしかに怖いな…。

「さ、ディート。行こうか」
「え?」
急にレンはそう言って僕の背中を叩く。

「行くって、どこに?」
「歓迎の会を開くっていっただろ? 主賓が来ないでどうするんだって」
「あ」
セイバーとの一戦ですっかり忘れてた。
レンの顔を見る。その顔は笑顔だった。とてつもなく明るい。

「…そうだね」
だから、僕も笑顔でそう答えた。
ん? レンの顔が急に赤くなって、顔をそむけた?

「どうしたの?」
「いや、なんでもないって」
「顔赤いよ?」
「なんでもないって!」
おかしいな、さっきまではああじゃなかったのに。
僕は背伸びをして、自分のおでこをレンのおでこにくっつけてみる。

「少し熱があるじゃないか。それで僕を助けてくれたの?」
僕の事を助けてくれるのはとても嬉しいけど、自分の事も大事にして欲しいんだけどな。

「な…な…」
レンは顔を更に真っ赤にして何かをつぶやこうとするけど、言葉にならない。

「ディートって天然?」
「…桜もあんな感じだったな…」
2人のサーヴァントが何か言うけど、意味がよく分からない。

「ほら、行くんじゃなかったの?」
「えっ!? あ、そうだな…」
僕らは一緒に星の輝く夜空の中、町を歩き出した。

 そんな僕の気持ちは、日本に来てから一番すがすがしく、幸せだったかもしれない。




to the next stages…


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第9話に続く

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 Fateをやっていてたまに思う事。「サーヴァントって技少なくない?」という事。そりゃあ実戦で技なんて使いようがないでしょうけど、 佐々木小次郎のツバメ返し1個だけなのはものすごく悲しい気がしています。
てなわけで今回シグルズセイバーにそれを使わせる事にしました。グラム以外の『ニョルニル』、『グングニル』などは全部技です。宝具のような 性質を持った技としているつもりです。したがって「シグルズがオーディーンの宝具持ってるわけないだろ」などの突っ込みはやめてくださると 嬉しいです。

 ようやくディートと憐の道が同じになりました。これから2人に立ちふさがる新たなサーヴァント&マスターの影も次の話で出せると思います。
今回は長かったので、次は少し短めだと思います。戦闘も多分ないかなーと。
それでは次の話で。
  2006年7月8日

 今回七夜や両儀のくだりを削除しました。本編に関係なかったので。
  2007年1月28日 第一回更新


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