Fate/the midnight saga(仮)

第25話


   /8日目

 百目木邸、道場。
静寂が広がる。風の流れすら音として感じ取る事ができるほどで、呼吸音がもはや雑音の域。
そして遠くで鳥の軽やかに鳴く声と人のしゃべり声が聞こえ、まるで音楽のようになっている。

そんな中、2人の剣士が剣を持ち、相対していた。

「…すみませんが、これはどのような状況になっているのですか?」
剣のことは全く分からない僕は墨で本を読んでいた一成さんに声をかけた。

何しろ僕が市場から帰り、道場に顔を見せてからずっとこのような状態なのだ。
隣ではアーチャーと沙耶さんが戦っていて、現在ちょっと休憩中。
さっきまで激戦を繰り広げていた2人と比べて、相対している2人は異様としか見えなかった。

「…憐は攻め手に困っていて、英は憐が来るのを待っている。この状況を作っているのは憐だけだ」
と彼は視線を向けず、本の方を見ながら言った。
僕が帰ってくる前までは打ち合っていたけれど、直前から探りあいになったらしい。

レンと英さん。さっきから竹刀を構えた体勢から動いていないらしい。

憐は正眼。剣の先を相手の喉に向けていて敵の突撃を未然に防ぐものだ。
その表情からは肉体的というより精神的な疲労をひしひしと感じる。
その目は全ての意識を英さんに向けているようで、僕が話しかけても返事はしてくれないだろう。

一方の英さんは脇構えという構えになっている。
一成さんが言うには、重心をほんの少し前にやっていて、防御より攻撃を優先した構えらしい。
でも彼女は動こうとしない。ただまっすぐにレンを見つめるだけだ。

「…」
と、レンの剣の先がわずかにあがる。
体もほんの少し下に行ったような気がした。

「ふっ!」
そして飛び出した。剣は動かない。英さんの喉をさしたままだ。

振りかぶって、おろす。
その動作は既に一挙動になっていて、とても速い。
狙いは相手の頭。僕がこの数日道場での稽古を見ている限り、最も使われる攻撃だ。
けど他のみんなとレンを比較すると彼の振りは速い。でも速さだけではなくて、力強さもある。

「日本刀は斬れる斬れるとよく言われるが、斬鉄ができるほどの達人はわずかだし、人体を縦に両断する事はとても難しい」
とは一成さんの言葉。
そんな彼は斬鉄ができます。

斬る事に特化した日本刀であっても背骨がある人間の体を真っ二つにする事はとてつもない技術が要求されるらしい。
なので通常は胴や首を斬ったり指したりするし、頭だけで斬るのを終了させるらしい。

そのレンは稽古中魔術での強化は一切行っていない。
以前聞いてみたら、鍛えたいのは経験と技術だそうだ。
純粋な剣だけでの実力を底上げして、純粋な魔術だけの実力を底上げし、身体や剣の強化を行った総合的な実力を上げる狙いがあるとか。

だから魔術を用いればレンならば鉄も斬る事ができるはずだ。
そんな印象を抱かずにはいられない。
そんな剣を…。

「はっ!」
一呼吸と同時に英さんは竹刀で切り上げる。
そしてレンの攻撃を見事なまでにはじいた。

剣をはじかれてそれるレンの竹刀。下から上への攻撃にもかかわらず英さんの剣は生きていた。
少しだけレンの頭よりあがった竹刀を、英さんは振りかぶりもせずに振り下ろした。
それを…。

「く…!」
つかでレンは受け止めた。
だけどつかで受け止めてしまったら剣は更に英さんから離れてしまっている。
その隙を狙って力押しを全くせずに英さんは切り返し、逆方向に胴を狙って竹刀を…。

「!?」
できなかった。
レンはその状態から左足での回し蹴りをこころみていたのだ。
足と剣では剣の方が間合いは確実に広い。だから英さんの体まで蹴りが届くとは思えない。

だけどレンを攻撃した状態の竹刀を持つ手なら話は別だ。十分に蹴りが届く範囲。
レンはそこを狙っていた。
行動開始は英さんの攻撃を受け止める直前から。ほぼカウンターの形を取っている。

それを苦もなく腕を上げる事でかわす英さん。
レンはそのまま脚を振り切り、再び下ろす動作を攻撃につなげる。
もちろんこれでどこかを攻撃する意味はなく、ただのけん制をこめたものだろう。

そして足場がしっかりしたと同時に剣を下から上に振る。
それを英さんは剣を振り下ろす事で対処をする。
剣と剣とのぶつかりは中間付近でとまる。

「はああっ!」
攻撃のよってわずかに生じた隙を狙い、僕には全く分からないけれど、レンは切り返す。
それに対応する形で英さんは角度を調整しつつレンの刀を受け止めるか受け流す。

レンの戦術は剣に体術を織り交ぜた、言わば何でもありなものだ。実戦ではこれに魔術が加わるのだろう。
一方の英さんは純粋に剣だけを用いている。素人目から見ても彼女の動きは洗練されていて、騎士の模範みたいな感じだ。

「すごい、ですね」
「だろ?」
思わず正直な感想を漏らしてしまう。

「英の剣は俺たちと違ってとてもまっすぐだ。剣士と言うより騎士の模範と言うべきだろう」
一成さんの言葉は僕と同じ感想。

「だが彼女は何が不満なんだろうな。高速移動での敵の霍乱や剣を振る速度をとてつもなく速くする。それ以外の戦術を試みるだなんて」
「え?」
それはどういう事だろうか?
よく意味が分からないのだけれども。

「戦法を変えることはタイミングをずらす事にもつながるので良い事なのでは?」
「達人同士の戦いにもなるとそんな頭で考えられる戦法などもはや通用しない域にまでなる。互いが攻撃をわずかな隙を逃さずに打ち込み、
 それを本能や鋭い洞察で見極めて対処する。それの繰り返しになる。結果体で覚えた事、考え続けた事。ようは経験こそがものを言うようになる」
無意識のうちに剣がふれるようになるというものか? 自分の剣を。
でもその理論だと…。

「でしたら戦法を変えることも繰り返していれば体が覚えてくれるのでは?」
英さんがずっとそのような戦法を取り続けていたのなら、結果的にそれもまた自分の剣になるのではないだろうか?
レンが全てを駆使して戦っているように。

「それがな、英はそれができないんだ」
「え…?」
英さんほどの達人がそれをできない?

「英は既に自分の剣を完成させてしまっているから、伸ばす事ができるのはそこだけなんだ。だから高速移動なども英が考えて行う言わば二の手。
 彼女の剣は…あれが昇華された感じだ」
「あれが…」
レンと英さんの攻防はまだ続いている。

彼女の剣はどこまでもまっすぐだ。レンのどのような戦法にでも剣だけで対処をしている。
力強く、足さばきも速い。剣のふりは洗練されていて、攻撃の対処も洞察か直感かは分からないけど完璧に対処する。
力は一成さんよりないかもしれない。だけどそれをあるがごとくやっている。

力も、速度も、どれか一つが秀でているわけではなく、全てが平均的にとてつもなくすぐれている。
ゆえにその剣はどこまでもまっすぐで、騎士を髣髴とさせる。
それが、英さんの剣、か。

と、レンと英さんが互いに間合いを離し、そしてまた構えの体勢に戻った。

「…」
「…」
先ほどと同じ形。互いが互いを見ていて、隙をうかがっているのか、動かない。
と、英さんの表情が緩んだ。

「…いい剣だな、レン。見事なまでに自分の剣ができている」
「え?」
その言葉にレンはとても驚いた表情を見せる。
今の言葉は彼にとってはとても意外なものだったらしい。

「何言ってるんだよ。まだ俺の剣は未熟だって散々言ってきてるのにこの数日で劇的に変わるものか?」
「未熟とか未熟じゃないとかはまた別問題。ただ自分の剣になっているとだけ言ったつもりだが」
がくっとくるレン。だが述べている英さんは笑みを浮かべている。
そして彼女は続ける。

「確かにレンの剣はまだ未熟、伸ばすところがまだある。だが自分の剣になっていれば伸びは飛躍的なものになる。
 このまま続ければワタシから一本を奪う事も近いだろう」
「…そうか? とてもそうは思えないんだが」
「得た技と育った環境によって自分の剣は形作られるからな。最低でもワタシはそう判断しただけだ。だが…」
首をかしげるレンに笑みを消す英さん。
構えをといてその言葉だけに集中しているように見える。

「これからも体型が変わる事もあるだろう。そのたびに調整する事を怠らないように」
「…分かった」
英さんの言葉に納得いかないレンだったけれど、そう返事をした。
返事をした後も首をかしげたりして悩んでいる。

「ワタシの剣は本来日本の剣のような技に頼ったものではないからな。やはり幼少の頃に培われた剣から脱する事はできなかった。
 だがレンならまだいい方向に修正する事も可能だろう。どうなるのか楽しみだ」
「英ねえの剣に技がない? それって今打ち合ったやつの延長って事か?」
「ああ。本来ワタシの剣は技術に特化していないし、速度や力など1つのものに頼ったものでもない。あくまで全てが平均的にすぎない。
 この国に来てから覚えようとは思ったが…いざ戦いになると頭で考える前に体が出てしまう。結局このような剣しかできないというわけだ」
「…」
これは一成さんが言っていた事とほとんど同じだ。やはり彼女も剣を変えようと思ったときはあったのか。
でも結局は自分の剣に戻る。そうやって試行錯誤を繰り返し、上に行くのだろう。

「さて、レンの型が決まったからにはもはや稽古など無用だな。これ以上やっても全く意味がない」

そして真顔で彼女はこういった。
これ以上やっても意味がない。つまりこれ以上英さんと稽古をしても上達しない。
つまり、英さんとの稽古は必要がないと言う事か?
その言葉を受けて青ざめるレン。

「え…? 何でだよ」
声もまた動揺している。

「今でも俺英ねえから一本も取れてないじゃないか。それで稽古が終わりって…なんだよそれ」
まるで哀願するように表情をゆがめるレン。
だが英さんは微動だにしない。

「答えてくれ英ねえ!」
大声を出すレン。
いつの間にか沙耶さんとアーチャーも稽古をやめてレンと英さんとのやり取りの方を見る。

静寂がつつむ。
英さんの方を睨むレン。その英さんはため息を一つもらし、

「…これからの世に殺人剣はもう必要ないだろう。心を磨くのならワタシより立派な者がいくらでもいる。
 この国の道場を回れば技術も心もいつか完成されるだろう。活人剣を学べ。それがおまえの…」
「…ふざけるなよ!」
更なる大声。言葉をさえぎられた英さんは目を見開く。
レンはこぶしを硬く握り締めて更に英さんをにらみつけた。

「俺は英、貴女の剣を見て惚れたんだ! そのどこまでも真っ直ぐでとても届かないようなところにある貴女の剣に!
 他の剣士なんて知った事じゃない。それが例え…」
レンは沙耶さんを、一成さんを、そしてアーチャーの方を見てまた英さんの方に向く。

「この場にいる誰よりも、俺は貴女の剣にあこがれているんだ」
そして言い切った。
ケイローンに師事した一成さんや、英霊にまでたどりついたアーチャーの目の前で。
彼らより、英さんがいいと。

「頼む、英さん。俺に貴女の剣を教えて欲しい」
「え…?」
この場にいる全員が息を呑む。
レンは竹刀をその場に置き、ひざをついた。
これってまさか…。

「このとおりだ」
「レン…」
そう、レンはその場で土下座をしたのだ。
とても深く、全ての思いがその場につまっている。レンの全てがそこに。
レン、あなたはそこまで…。

また静寂がつつむ。
さっきよりも空気が重く、今度こそ呼吸音までもが雑音に聞こえるほどだ。
どれぐらい経っただろうか。それさえも分からない。

「…自分の剣を得た。だがワタシの剣を欲する、か…」
ふっ、と笑うと英さんは窓の方を見る。
外は雲ひとつない青空になっていて、とても明るい。昼が近づいているために日差しもあまり入ってこない。

「ワタシの剣にはそんな資格はない。所詮ワタシの剣など不純だらけもいいところだ。
 まっすぐ尊い剣と言うのなら数十年前にいたケイローンという人物の方がよほどよかった」
一成さんと同年代ならケイローンを知っていてもおかしくないけれど、ギリシアの大英雄と彼女は全く別だ。
彼のように全てに優れた存在など数少ない。英さんは剣に優れているのだから。

「それにそこのシロウはワタシよりもいい手本だ。それでもワタシがいいのか?」
「ああ。英ねえがいい」
レンは即答で断言した。
それに英さんは笑みではなくため息を漏らす。
だが、

「では聞こう」
次には今までに見せた事がないぐらい真剣な顔つきになる。
とてつもない存在感を持った、まるで英雄が持っているようなオーラすらある。

「その剣を何のために使う?」

 その剣を、何のために、使うか。
正に剣を持つ者の核心をつく質問だ。
剣を振るにも理由があるだろう。例えば戦いがしたい、とか祖国を守りたい、とか。
数多の英雄が祖国や宗教、はては贖罪のためにその武器を持ち、戦いをしてきた。

英さんは自分の剣を不純だらけだと言った。
英霊もいる(彼女は知らないだろうけど)。優れた武人もいる。
それでもなお自分を選ぶ理由。それはもはやその質問の答え以外に理由はないだろう。

「真実を受け止め、かけがえのない人をこれ以上悲しませない、この俺に自身に代えても救いたいからだ」

そのとても重い質問に、レンは迷わずに答えた。
これがレンの答え…。

かけがえのない人を悲しませたくない。
これがレンの…。

「そう…か」
英さんは一瞬とても悲しそうな顔をした。
その表情にどれだけの意味が隠されているのかは僕には分からない。理解する資格すらない。
だけど、自分が歩んだ道をレンには歩ませたくなかったのだろうか。

「分かった。それほど言うのでしたら私から言う事はない。今から次のものに移ろう」
「…ありがとう、英ねえ」
レンは立ち上がり、深いお辞儀をした。
それを一瞬だけ見た英さんはそのまま道場を出て行った。

「…ふう」
レンはそれを見るとへたりこんでしまった。
そこにアーチャーがかけよる。

「…悪いな、士郎。でもあれが俺の正直な気持ちなんだ。二年前に見てから俺はあの剣にあこがれて、少しでも近づけたらって思い続けたんだ」
苦笑いを浮かべながらレンはアーチャーにそう言う。
英霊を差し置いて彼は英さんを選んだ。これはアーチャーにとっては侮辱ととらえられても仕方のない事だ。
なのに、

「いや、その気持ちは十分に分かる。気にしないでくれ」
アーチャーはそう言い切った。
レンも唖然とするし、僕も思わず唖然とする。

「士郎、悔しくないのか? その立場にまでなってるおまえを俺は…」
「…俺が今この立場にいるのもそうやって尊い剣を使う人に会ったからなんだ。だから十分に分かるんだ」
その言葉に何もいえないレン。
アーチャーが英霊になったのも、尊い剣を使う人物に出会ったから…。
アーチャーはその人に追いつこうとして英雄にまでなったのか…?

「…英さんの言葉じゃないけど。憐はその言葉を抱きながら走れるのか?」
「え?」
「救っても罵倒される事は後を絶たないし、後悔する回数は数え切れないぐらいだ。かけがえのない存在を悲しませる事だってあるかもしれない。
 それでも憐は突き進むのか?」
数多くの英雄が犠牲を乗り越えて理想をかなえてきたように、それに嘆き悲しんできたように、レンもまた走るのか。
僕にはそう聞こえた。
なんて重い言葉だ…。

「ああ、もちろんだ」
だがレンはまた断言した。その顔や目には一切迷いがない。

「そう…か」
それを聞いてアーチャーは一瞬笑みを浮かべ、背を向けて無言で立ち去った。
その背中はとても広く、彼の全てを語っているような気がした。

「憐…どんどん遠くに行っちゃうね。わたしちょっとさびしいよ」
沙耶さんはとても悲しそうに言う。
どんどん遠くに行ってしまう。今のレンの言葉を全て物語っている言葉だった。
沙耶さん…とても鋭いですね。

「レン…」
その僕も少し悲しかった。
レンがどんどんと遠くに行ってしまう。まさに沙耶さんが悲しむ事をそのまま思っていた。
彼にそんな決心をさせたのは、英雄か、ソウマか、それとも…。

「僕…?」
僕が原因なのか…?
うぬぼれかもしれないけれど、だとしたら僕は彼にどれだけの事をしてしまったのだろうか。
僕は…。

「待たせたな」
と、英さんが何かを1つ持って帰ってきた。
それは…。

「竹刀?」
「ああそうだ。これからはこの剣を使わせてもらうぞ」
そう言って彼女はその剣を高く上げる。
…短い。竹刀としてはものすごく短い。子供たちが持っている竹刀よりも更に短い。

「三尺一寸。本来ワタシが用いる剣と比較するならこの長さが適当なんでね。いささか勝手が違うだろうが、まあかまうまい」
そういうと英さんはそれを両手持ちで構えをとった。
さきほどと同じ脇構え。
レンもまたそれに応えるように構えをとる。
さきほどと同じく正眼。その目は決意に満ちたままだった。

「小手先は全くしない。稽古にならずに一方的に終わる事もあるだろう。だがもしレンがワタシから一本を取れるほどにまでなったら…」
「なったら…?」
「私の剣をあなたに譲りましょう」
若干ニュアンスが変わったけれど、彼女はこう述べる。
そして、

「ワタシを超えろ、レン」
英さんはそのまま飛び出した。


   /

「馬鹿だねー。それで一分も持たずに昏倒? その後なすすべなく一方的にやられたわけね」
「いてて! しみるしみる!」
キャスターがあきれ果てた声を発する。
薬草や得体の知れないブッタイなどを使い、うすでつぶし、それをレンの傷に塗っているのだ。
先ほどまでの稽古でレンはねんざだらけ。中にはすり傷やだぼくまであるそうだ。

「うあ、これなんて骨にヒビ入ってるよ。ご愁傷さまー」
「いたいいたい!」
「自業自得でしょ」

レンの私室。そこでキャスターを呼び、レンの治療を行っていた。
皆の食事は僕が簡単なおにぎりを作っておいたのでそれを用意してからここに来た次第である。
なのでまだキャスターとレンの分の食事は残ったままだ。

「よし、これで今日の夜までには治るよ。骨折してたら明日まで引き伸ばさなきゃならなかったから、ハナブサに感謝するんだね」
「いたいっ! 叩くなよキャスター!」
ばしんと背中を叩いてキャスターは道具をしまいこむ。

「…予想してたとはいえあれほど一方的にやられるとね…はあ」
その背中をさすりながらため息を漏らすレン。

あの後の稽古を要約すると、レンは一方的に英さんにやられた。
その剣の速さと洗練された動き、力強さになすすべなく。

戦法としては剣の間合いが狭くなったせいか、間合いに狭めをとてつもなく多用してくる。
そして思いっきり剣をふりぬき、圧倒するものだ。
いくらレンが魔術を使っていないからって、あそこまで完膚なきまでに叩きのめされるとは…。

「英ねえ、間違いなく活躍する場があったら英雄になってたんじゃないか?」
「ですがあの方はこの地を離れる事はまれだと聞いておりますが」
「う、だから実力的な話」
レンはおにぎりを手にとってそれを口に入れる。僕は用意したお茶をすする。
うん、まあまあと言うところか。

「さて…」
こほん、とキャスターはせきをして真剣な顔つきになった。
毎日おこなっている事を昨日はやらなかったから、今日はしなくてはならない。
いつまでもこのような平穏を続けるわけにはいかないのだ。

「始めましょうか。聖杯戦争の今後にむけての話し合いを」
そう、聖杯戦争はまだ半ばにもいってないのだから。
と同時にアーチャーが霊体から姿を戻してレンのそばに現れる。
…キャスター。真剣な顔をしているけれど、お茶うけを持ちながらだとしまらないのですけれど。

「柳洞寺での戦いでライダーとバーサーカーがようやく脱落。残った敵は誰も彼も強力ね」
キャスターはお茶をすすった。
…確かに残った敵は誰もが強敵ばかりだ。ランサーも、マキリのサーヴァントたちも。そして…お嬢様も。

「そしてレンとディートに知らせないといけない事がある」
「知らせないといけない事?」
この場で知らせないといけない事。
それは他の動向で重要な事が起こったと言う事だろうか?

「そうだキャスター。昨日マキリはどうなったんだ? 結局双魔かセイバーたちが攻め込んだのか?」
あ、そう言えばキャスターが昨日、
「マキリはアインツベルンのクリスかソウマが叩いてくれるかもしれないから、今日はゆっくり休んでちょうだいね。
 明日になったらほぼ万全になるからそのとき考えよう」
と言っていたっけ。

「そうですね。僕もそれは気になります」
マキリが攻略されたのであれば残る敵は双魔とクリスお嬢様だけになる。
…いや、

「だからそれを今話そうとしてるんでしょ。ちょっとあせりすぎよー!」
どなるキャスター。そのしぐさがなんだか可愛くて笑みが自然と浮かぶ。
キャスターは深呼吸をして何とかおちつけた。

「結論から言うとマキリ邸は攻略されていたわ。まだ中のほうまでは調べてないけれど、あの様子だと相当な激戦だったようね」
「あのサーヴァントが3人もいたマキリを…あっさり攻略、か」
レンが手で顔を覆いながらうなる。でもそう思ってしまうのは当然だろう。

何しろ前セイバー、前キャスター、アサシン。誰もが万全ならば確実に最強の軍だっただろう。
だけど前セイバーは両腕を負傷、前キャスターは魔力切れだったから実質的にはアサシンただ1人だったかもしれない。
ならばセイバーでもランサーでも攻略できてもおかしくはない。

「だとしたら3人のサーヴァントが一気に脱落か?」
「…今確かめにいく? さすがにそれは使い魔では無謀だし、アーチャー1人でもまずいと思ったから保留にしてあったんだけど」
今確かめにいく、か…。
今は昼間。目立ってしまうかもしれないけれど…。

「僕はかまいません。万が一戦闘となってもマキリの屋敷でしたら人目につかないでしょうし、こちらは3体とも健在でも逃げられる戦力ですから」
「俺も賛成。昼間のうちにできる事はやってしまった方がいいと思う」
キャスターは無言でアーチャーの方を見る。
アーチャーは無言でうなづき、それにキャスターも答えるようにしてうなづく。

「マスターの意見が一致したので早く行きましょう」
「あ、ちょっと…」
立ち上がって部屋から出て行こうとするキャスターを僕は呼び止めた。
これだけはやっておかなくちゃならないんだ。

「どうしたの?」
「いえ、皿と湯のみを片付けなければ…」
と言いながら僕はお盆を持つのだった。


街の中を歩く僕、レン、キャスター、アーチャー。
レンとアーチャーは和服。レンは腰に日本刀と脇差を装備している。
…確かつい最近に平民の帯刀は禁じられたのではなかったっけ?

僕はアインツベルンの召使い共通の服。キャスターはこの間町に出たときとはまた違った服だ。
残念ながら今回は和服にしてしまっている。
彼女の和服姿もまたいいと思ってしまったのは別の話。

…なのに通り過ぎる人は振り返り。視線を僕らに定める。
僕は街にこの姿で結構顔を出しているし、アーチャーもレンも和服が似合っていて違和感がない。
もしかしてこれはキャスターのせいだろうか?

「憐、これからどっか出かけるのか?」
と道行く人からレンが声をかけられると、

「まあな。ちょっとこっちに用事があってね」
とぼかしながら手をひらひらさせて答える。
また、

「ディート、また一風変わった連れだな。しかも憐と一緒か」
といわれたので、

「ええ。たまにはこうして散歩をしてみたい気分になるのです。幸いにもお許しがでましたので」
と丁寧に答えて会釈をした。

そして歩く事だいぶ、僕らはマキリ邸にたどりつく。

「ここがマキリ邸か…俺初めてだな。こうして真正面に立つの」
手で日光をさえぎりながら屋敷を眺めるレン。
遠坂の者であっても魔術師として育てられなかった上に2年前まで英国に行っていたのだから知らなくて当然なのだけれども…。

「キャスター。遠坂邸のように多くの結界がありそうですか?」
僕は彼女に聞いてみた。
それの有無だけでも本当に攻略されたかの判断材料になるから。
その彼女は門の真正面に立ち、杖を地面に逆向きに立てている。

「…人の意識に働きかけてこの屋敷に意識を向けさせないようにする働きはまだある。それから防音もあるわね。でも敵を排除するものはないみたいね。
 これならそのまま入っても大丈夫よ」
人の注意をそらす、防音。
それって…。

「おびき寄せる罠かもしれない、か?」
中に入れば外から隔離されてしまうということだ。
だとしたらお出迎えを受けてもおかしくはない。

「それを気にしてたら何もできないよ」
「…そうだな」
キャスターの一言でレンはあっさりと引き下がる。
罠は百も承知。それでも前に進む、と。

「それじゃあ…」
僕らは結界の中に一歩足を踏み入れる。
結界となっている部分だけが体にまとわりつくような印象を抱かせるけど、不快ではない。
キャスターの言ったとおり害をなすものはないらしい。

「え?」「なっ!」「これは…!」

入った瞬間に僕らは驚きの声をあげてしまった。
そうしてしまうのも無理はない状態だ。

地面には穴…クレーターが無数にあり庭は原形をとどめていない。
屋敷も玄関付近や屋根の一部が崩壊してしまっている。
もはやこの屋敷は人の住む場所として全く機能していないように見えてしまう。

思わず手を覆う。
これだけの物理的破壊を引き起こすだなんて…。一体どんな手段を使ったんだろうか。
どれほどの激戦があったと言うのだ。

「…すごいな。これは攻略戦というより殲滅戦があったって聞かされても信じるぞ」
殲滅戦か。レンの言葉は的を的確に射ている。
それほどまでにここの惨状はひどいものだった。

「こんな事ができるやつ…やっぱりアイツしかいないわね」
キャスターは周りを見ながらつぶやく。
セイバーではない。セイバーは一対一に特化した宝具を用いるし、破壊力はあってもクレーターがいくつもできる攻撃ができるとは思えない。
仲間割れでもない。前セイバーもアサシンもこのような事はできないし、前キャスターも本拠をつぶすとは考えにくい。
だとしたらやっぱり…。

「ランサー、ですか」
あの宝具をいくつも使用するランサーに他ならない。
槍騎兵が大量殲滅を行えるとはいささか考えにくいが、宝具をいくつも使えるならそれは可能のものになるだろう。

「そうね。そうとしか考えられない。でもアイツは飛び道具系の宝具は不得意みたいだったし、どうやって…?」
一つ一つの攻撃でこのような無数の穴ができたとは考えにくいし、ソウマ自身が作ったとも考えにくい。
やはり大量に敵を倒すための何かをしたとしか…。

「それに気づいてる? この空気」
「え?」
キャスターの言葉をうけて空気を味わってみる。
…魔術師の屋敷としての陰湿さはあるけれど、おおざっぱなら外の空気や雰囲気とほとんど同じだ。
特に変わったところはない。

「あまり外と変わらないぞ。別におかしいところは…」
「変わらないのがおかしいところよ」
レンも僕と同じ事を思ったようだが、発言したのは彼だけだったのでキャスターは彼に詰め寄った。

「おとといのゾウケンをレンも見たんでしょう? どんな戦法を使ったか。どんな魔術を使用したか」
「あ」
僕はゾウケンがどんな魔術を使ったかは実際には見ていない。
だけれども、確か彼は蟲を使った魔術を使ったはずだ。
だとしたらこれは…。

「そう。清浄すぎる空気はおかしい。もっと吐き気がするほどの陰湿さが、粘りが、怨念があったって不思議じゃない。
 あれだけの大量の蟲を飼い、前キャスターをここに留めていたのなら全く違うものになっているはずなんだ」
キャスターの言葉に思わずうなづく僕。
確かに魔術師の屋敷として考えてもこれは普通だ。ましてやマキリの屋敷と考えればこれは異常以外の何者でもない。

「あの軽蔑したくもなる魔術の使い手、マキリの本拠がここまで浄化されているのだから、相当の宝具を使ったようね。
 数百年の年代物なら百年も経ってないこの屋敷の陰湿さなんてあっさり消し飛ばせるだろうし」
言っていることは良く分かる。
でもそれはある一つにつながるのではないだろうか。

「…ランサーは今まで宝具を一度に一つずつしか使ってきませんでした。あのタスラムと呼ばれている宝具でもここまではできません。ならば…」
キャスターと戦った時も新たな槍を使うときは一度しまってから取り出した。
セイバーの後に黄金の矢で攻撃をしたときも盾の宝具を破壊されてから新たのを取り出した。
槍でここまでの事はできない。大きな穴が一つできるならまだしも。

「やっぱ考えられるのは一つだけね」
導き出せる結論は一つしかない。
飛び道具系の宝具はタスラムの状態を見る限り不得意。魔術を使う様子はない。
ならば、

「令呪でも使えば宝具の同時使用が可能か。反則じゃない?」
だとしたら昨日起こった事も鮮明に想像できそうだ。

攻め込んできたランサーとソウマ。迎え撃つはゾウケンとそのサーヴァント。
おそらく大量の蟲をソウマに向けてくるだろう。ランサーは前キャスターと前セイバー、それからアサシンで足止めをされる事に。
あれだけの大量の蟲をレンはメノウと組む事でしのいでいた。ソウマが優れていたとしても一人で戦えるかと言われると…。
ならばと令呪を使用。大量の宝具で蟲とサーヴァントを殲滅する。

「攻略完了、か…」
「どうする? 中に入って人がいるかを確かめるか?」
と、アーチャーが腕を組みながらそう意見を述べる。
屋敷の中はマキリの工房もあるだろう。それに足を踏み入れるなら…。

「そうだな。ここは俺たちとディートたちで分かれて中を探ってみようか」
「そうですね」
続いてのレンの発言に僕も同意する。
いつまでも戦場の跡を見ていても想像しかできない。

ここは万が一ゾウケンたちが逃れた場合の手がかりを得られればいいのだけれども…。


   /

「…普通ですね」
「…普通だね」
屋敷の中は普通の洋館にすぎなかった。
マキリの工房と言うのだから、もっと暗闇の中で何かをする印象を勝手に持っていたのだけれども、これだと一般的なものと変わりがない。

「工房らしい工房もありませんし、隠してあるのでしょうか?」
「いえ、あたしの目をごまかせるほどの奴は世界でもほんの一握りしかいないでしょうし、あいつらがそうだとは全く思えないのよね」
だとしたら何らかの物理的な仕掛けでもあるのか、それともレンたちが探している方向にあるのか、それとも…。

「マキリの別邸があるのでは?」
「…そうかな? それだったら遠坂の魔術師になるはずだったソーマだって知っててもおかしくはないはずだけど」
…だとしたら一番考えられるのはレンが探した方向にあるのだろう。
ならば、僕らは別のものを探す必要がある。
僕らの予想通りなら…。

「ここも何もないね。次の部屋に行こう」
「こちらもありません。次に行きましょう」
キャスターはドアを開けっ放し、僕は部屋のドアを閉めて次の部屋に向かう。

「ここにもありません」
「こっちも物置だよ」
次の部屋に向かう。

「…ここにもありません」
「…こっちも物置…」
次の部屋へ…。

「って無駄な部屋が多すぎない?」
「そんなものでは?」
次の部屋へ。もう後の部屋はこれだけだ。

「…」
「…」
あけて2人同時に中をのぞく。
…からっぽだ。部屋には何も入っていない。タンスも、机も、服も。
カーテンだけがかかっていて明かりを淡くしている。

「空室?」
「何もないわね…」
2人で中に入り、部屋の中を見渡す。
やはり何も入っていない。ここだけがまるで使われていないようにからっぽだった。

「…逃げられましたか」
「へ?」
僕の言葉にキャスターが疑問を浮かべて顔を向ける。

「この空室を見て逃げられたって…どういうことよ」
「この違和感のある空室。これこそが人がいた証拠です」
キャスターは辺りを再度見渡す。そしてまた首をかしげた。
納得いっていないらしい。

「いいですかキャスター。例えばその床、どうなってますか?」
「どうって…別に」
「使われていなかったのになぜここまで綺麗なのでしょうか。床はみがかれていてほこりがない。手入れも行き届いています。他の部屋はどうでした?」
「…あ」
そう、他の部屋はここまで綺麗ではなかった。
物置のようになっていた部屋や書斎、客間以上にここは手入れが行き届いているのだ。
つまり、

「ここを寝室として使っていた者がいる、と言う事です。それもごく最近まで」
「ちょっと待ってよ。じゃあここにベッドとかの家具があったって事?」
僕はうなづく。
家具の配置は他の召使と同じぐらいしか詳しくはないけれど、多分ここには家具があった。

「だとしたら考えられるのは一つ。ここを放棄したって事だけれども…」
「ランサーはここで殲滅戦を行い、マキリのサーヴァントはここで応戦した。つまりそれまでは放棄をするつもりはなかった。
 その戦いの間に家具を運び出すのは不可能です。ですから…」
それは次の結論につながる。

「殲滅戦の後で家具を運び出して放棄した、でしょうね」
「用意周到というかなんというか…」
だとしたら殲滅戦の後ソウマはこの屋敷に入り込み、隠し場所などを残らず探したに違いない。
それでも家具を運び出せたのだから、ゾウケンか当主のどちらかが無事なのは間違いない。
そして多分…。

「じゃあ何? どのサーヴァントがやられたのか結局分からずじまい? それって不利じゃない?」
ごもっともな発言で。
思わずキャスターの言葉に苦笑いを浮かべる僕。

誰がやられたのか分からないのでは行動の幅が随分と制限されてしまう。
三人とも健在の可能性だって捨てきれないのだから。

「この前みたいにマスターの方が駄目だったんならあたしかアーチャーのどっちかが見ててもよかったんだけど昨日はあたしたちが駄目駄目だったからね…。
 観察してなかったのは痛かったかな?」
「そうは言えども聖杯戦争関係者でマキリ邸の様子を知っている方に問い詰めますか?」
ランサー本人やクリスお嬢様は論外。ただで教えてくれるはずがない。
かと言って…。

「キャスター、過去視はできないのですか?」
「あれは魔眼たぐいをもっている超能力者のもの。魔術で記録を抜き出す事は無理」
人間を操作するならまだしも、と付け加えてため息をもらすキャスター。

「結局ここにきたのに先を越された感じで…後手に回っちゃったよ」
…メノウたちセカンドオーナー組は多分マキリ邸の騒動を知っていても詳細を知ってはいないだろう。
他の第三者でこの攻略戦を知っていそうな人物と言えば…。
マスター、サーヴァント、魔術師、一般人、英雄…。

「あ」
手をつく僕。
そうだ。この手があったか。

「…何かいい案でも思いついたのかしら?」
「いましたよ1人。攻略戦を見ていそうな人物が」
こちらの世界の人物、マキリの攻略戦を見ている、しかも中立。
これを満たす人が1人だけいるではないか。

「彼ならばそれなりの対価だけで多分教えてくれるでしょう。それを基にして今後の作戦を練ればいいと思います」
「…そんな酔狂なやついるの?」
「そのスイキョウも難しいと思いますが…多分ですから期待はしないでくださいね」
「ふーん」
そうと決まればもはやここにはもう用はない。
攻略された魔術師の館。それはもはや廃墟と同じだ。何の役にも立たない。

 玄関の方に向かっているとレンとアーチャーに鉢合わせた。
彼らの表情からは手がかりは…あれ?

「随分とうかない顔をしていますが、どうかなさいましたか?」
「…」
レンはうかない顔と言うより憮然としている。
アーチャーはいつもの戦闘準備中のまじめな顔のままだ。が、それも多少怒っているるようにも見える。
…。

「見たのね、ゾウケンの工房」
「「「!」」」
キャスターの言葉に僕らは全員反応してしまう。

魔術師ドルイド の中にはあんな事をしてるやつもいたし、吐き気はするけど我慢はできるほどよ。…でも 魔術師メイガス であるあなた達はどうかしら。あの魔術をどう思う?」
「…最低だ」
レンはかろうじてそう吐き捨てるとそのまま横を通り過ぎて玄関の方に向かっていく。
…彼は一体何を見たのだろうか?

「アーチャー、すみませんが何をご覧になったのかお教え願えないでしょうか?」
「…蟲はランサーに対抗するために一匹残らず動員したらしく、空。空気は正常。ただ薄暗いってだけだった」
「え?」
アーチャーの言葉に思わず間の抜けた声を発してしまう。

ゾウケンの工房の空気が正常? あの場にいるだけで空気が腐っていくような…と言ったら失礼かもしれないけれど、そう感じてしまったのだから 仕方がない…雰囲気をもつあの老人の工房が?
しかも彼はあの死の雰囲気まで持つ前キャスターを所有し、彼女は数十年間いたはずだ。
そんな工房の空気が正常って…。

「と言うのもランサーとそのマスターが派手に破壊したようだったからな。徹底的だったようだから痕跡一つもなかった」
あ、なるほど。
つまり工房も庭と同じようになっていたわけか。

「…しかしそれではレンが不機嫌な理由が…」
「それは隠し部屋の書斎に行ってマキリの魔術についてを読んだからな」
そう言うなり彼は書物をいくつかこちらに渡してきた。
題名はなし。どうやらノートのようなものに書き記したもののようだ。

「…」
それをキャスターと共にめくる。
記されていた言語はドイツ語。

「な…っ!」
「へえ…」
僕は驚愕の声を上げ、キャスターはただ声を漏らしただけ。
魔術師としての経験の差がものを言った感じだ。

そこに記されていたのはマキリの魔術ではもはやなかった。
言うならゾウケンの魔術。蟲の繁殖や後継者の育て方が鮮明に書き記されていた。
僕は途中で吐き気をもよおしてしまい、キャスターに口を押さえつつ手渡した。

「…なかなかいい嗜好の持ち主だったようで」
「そんな問題じゃないだろ」「そんな問題ではありません」
書物を閉じてため息まじりで言ったキャスターの言葉にアーチャーと僕は同時に反応を示す。
僕はともかく、アーチャーの剣幕に押されたらしくキャスターの顔が引きつる。

「えっと…君英雄なんだったらこんな魔術師を何回も見た事あると思うけど?」
「それでも許せないものは許せない」
キャスターは更に一歩下がる。顔は青ざめてしまっている。
…ってこれだと殺される寸前みたいじゃないか。

「ごめん。あたしが悪かった」
たまらずに素直に謝るキャスター。
ほ、仲間割れの危機かとまで思っちゃったよ…。

「それとディート、相談したい事があるんだけど…」
「へ? 何でしょうか?」
いつもの様子に戻ったアーチャーがこちらに顔を向けてきていきなりこう言ってくるので思わず声が裏返る。
先ほどまでのキャスターだろうと殺すとばかりの殺気はどこかに行ってしまっていた。


「…マキリの当主の事、憐に話すべきか?」

「アーチャー! あなたは…!」


知っているのですか。マキリの当主の事を。

「…一体いつお気づきになられたのですか?」
「…少なくともキャスターよりは前だ」
キャスターよりは前って…キャスターでもかろうじて分かったほどで、マキリの当主だとは思えなかったと言うのに、彼はなぜ…。
それも洞察力によるものか、それとも…。

「それよりディートたちももう分かってるようだから相談する。俺は二人の意見を聞きたいんだけど、どうなんだ?」
「ちょっとアーチャー、話は終わってないよ」
って蒸し返しですかキャスター。
アーチャーの表情が固まる。

「あたしにだってかろうじてあいつが分かったほどで、マキリの当主だって今でも確信がもてない。だって言うのに…」
「…これは日本出身だからこそ分かる事なんだが…」
そう言ってキャスターの言葉の途中で紙とペンを取り出すアーチャー。
言葉をさえぎられた事で怒りの声を発するキャスターだけれどもアーチャーはそれを無視して漢字を書き出す。

「これがこうなって…」
そしてアーチャーの説明。
一分足らずで終わったそれに思わず納得いってしまう。

「…何よそれ。あたしに分かるはずないじゃないのよ」
「そう怒るなって。漢字の事なんてこっちの出身じゃなければ分からないだろ」
むー、とほおをふくらませてそっぽむくキャスター。
思わず僕とアーチャーは笑ってしまう。

「じゃあ何? もしかして最初から分かってたとか?」
「…いや、さすがに確信まではもてなかった。キャスターでもかろうじて分かる程度にまでごまかしてるのにアーチャーの俺が分かるわけないだろ」
そう、この事がわかっていたのならアーチャーは初めから分かっていたとしても不思議ではない。
でもキャスターではないのだから知っていても分からない確率の方が高い。

「でも戦いの英雄としてあたしにも分からない動作の違いとか…」
「魔術師って一部を除けば身のこなしは一般人に近くないか?」
確かに。
執行者でもない限りそこまで身のこなしが変わるわけではない。見た目は普通の人間なのだから。

「とにかくその話は置いとこう。で、意見を聞きたいんだけど」
やっと話が戻った。

「…なぜあのような行動に出ているのか、その目的が分からない限りは手を出すべきではないかと思いますが」
「あたしは反対。あっちが行動を起こす前にたたみかけるべきよ。何なら今夜にでも」
…キャスターと意見が割れましたか。
どうするか?

「ですがレンの事を思うなら自分から言い出すかレンが気づいてくれるまで待った方が…」
「甘いよ。これは聖杯戦争、殺し合いなんだ。現にアイツだって柳洞寺でアサシンとセイバー使ってディート殺そうとしたじゃないか。
 一般人装ったってあいつは立派に魔術師なんだよ。マキリのね」
…何も反論はできない。
あの人が何を思っていようともあの人はマキリの魔術師。柳洞寺でゾウケンに加担し、僧侶たちを殺し、街の人たちを犠牲にしようとした。
その事実は覆らないのだから。

「…分かりました。ですがあの人を殺さないでくださいね。あくまで倒すのはサーヴァントだけで」
「善処するよ」
だから僕も決心を固めないと。
いつまでも日常を続けるわけにはいかないのだから。

それはとても淡い期待。
朝起きたら一成さんに挨拶して、葵のご飯を食べて、屋敷の仕事をして、レンと英さんの稽古をみて、ニムエと世間話をする。
そんな平穏な日常がいつまでも続けば…。

でもそれをいつまでも続けられない。
僕を待ってくれている人もいる。僕を思ってくれる人もいる。
なら僕はその人たちに答えたいから。

「今夜僕たちだけでしかけてみます。それで全てが分かるでしょうから」
「ん、アーチャーはレンの事でも見ててよ。まずは先陣きるのはあたしたちだけでいいさ」
僕は決心して、キャスターは笑顔で述べた。
こればかりはレンにさせるわけにはいかない。
できればレンにはまだ知ってほしくないから。

「…ならこっちも憐に知らせないようにがんばってみる。できるならば援護もしよう」
アーチャーはうなづいてそのまま外へと向かっていく。
残ったのは僕とキャスターだけ。

「…レンはこれをご存知になられたらどう思うのでしょうか」
「さあ? あたしの言えることじゃないけれど、これだけは確かよね」
キャスターは他人事のように言うけれど、僕はそれを思うと悲しみがこみあげる。
だって、これがもし現実になったら…レンは…。


「レンは日常に戻って来れなくなるわね」


キャスターの言葉どおりになるだろう。


   /

「ディート、本当にいるのか?」
「ええ、いるはずですけれど…」
「しかもまた敬語になってるし」
「あ、ごめんなさい…」

坂を下りて街までやってくる。
まだ昼だけあって人で活気に満ちている。みんな真剣な顔だったり友達と話をして笑顔だったりと様々だ。
お店はどれもが賑わいがある。こんないい天気なのだからなにかお菓子でも食べてのんびりと空を見上げたいけれども…。

「おかしいなぁ。以前であった時はこの辺だったのに…」
そう、数日前に来た時は確かにここにいた。
でも会った時間は違うし、もう移動してしまったのだろうか…?

街に入っても僕らは注目の的だった。
…僕が一番浮いてる?

「…どうやら僕が一番似つかわしくない服装だったみたいだね」
「んー、明治維新で西洋の文化が入ったと言ってもまだ数年しか経ってないしな…」
みんなの服装はほとんどが和服ばかりで、洋服を着ている人はごくわずかだ。
ならば西洋のメイド服を着ている僕はやはり目立っているのだろう。

「…やはりこの時間帯はいないようだね。帰ろうか」
街を結構歩いてみたけど結局見つからない。
やはり彼が街にいるのはせいぜい午前中だけのようだ。
何しろ彼は…。

「これハープの音か?」
と引き返そうとする僕らだったけどアーチャーだけが耳をすましていた。
僕もそれにならって耳をすましてみる。

「…本当だ。ハープの音が聞こえる」
間違いない。確かにこれはハープの音だ。
しかもこれは…。

「へえ、この国でハープの音色は初めて…ってディート、どこに?」
「そのハープ演奏者が会いたい相手です」
僕はその音色が聞こえる方向に向かって歩みを始めた。
それに他の3人もならい進んでいくと、見えるのはひとだかり。

「さて、こうして源義経は悲運の最期を遂げたのでした。残った奥州藤原氏の運命は次回にゆだねるといたしましょう」
万来の拍手が沸き起こる。
この前と違って話の部分が全く聞けなかったのは少し残念だ。

「明日もよろしくー」
「とてもおもしろかったですよー」
皆がそう言いながらその場を去り始め、中心の方が見えてくる。
そこにいたのはハープを持った日本以外の国からやってきた人だ。

「お久しぶり。おとといはお疲れ様だったね」
彼は僕たちを見るとそう言ってにこっと笑いかけてくる。
その彼を一目見た瞬間にアーチャーとキャスターの表情が変わる。

「ちょっとディート、こいつ…」
「分かってます」
キャスターたちが危惧している通りだ。
けど、だからこそ聖杯戦争には中立なのだから。

「これだけそろって僕に会いに来てくれるって事は多分昨日の事じゃないかな。違う?」
「いえ、その通りです」
アーチャーとキャスターはそれぞれ構えをとる。
キャスターは杖を持っているけれどアーチャーは素手だ。でもいつでも武器を取り出せるだろう。
でも僕には彼以外に知っている人の中で適任がいるとは思えなかった。

「話してくれますか、シェラザード」

死徒である彼以外に。



to the next stage…


第26話に続く

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 この話ではレンたちが送る日常を丁寧に書こうと思いました。そしてレンが今まで過ごしてきた二年間の日常が変化していく様子もまた。
なので前半のように戦いばかりの展開ではなくなってしまいますが、終盤では戦いばかりになってしまうのでこのあたりで書きました。

でも予定していた第24話の内容までまだたどりついていない始末。
丁寧すぎるのも話の展開が遅くなってしまう原因になってしまい、兼ね合いが難しいと思い知らされました。

次でようやく予定していた第24話の内容を終わらせる事ができると思います。
それでもあまり進展はありません。…急展開を、そして一番書きたい部分を書ける日はいつになるのでしょうか。
できれば今年度中には終わらせたいものです。

では次の舞台でまた。
  2006年12月12日


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