/8日目

「話してくれますか、シェラザード」
「んー」
目の前にいる死徒27祖の1人、アトラスの錬金術師に対して僕は述べた。
頭をかくシェラザード。この様子だと純粋に話すか迷っているようだ。

「話してなんか利益あったっけ?」
「では話さないで利益はありますか? 聖杯戦争とあなたでは関係がないのでは?」
少しばかりの考える時間を置いて述べた言葉を僕は即答で返す。
また黙ってしまうシェラザード。

彼の目的はロア、そして真祖の姫。
だから聖杯やそれをめぐって起こっている聖杯戦争に関しては全くと言っていいほど無関心のはず。
話しても話さなくても彼にとっては利益も不利益もないはず。
ならば交渉しだいでどうにかなるはずだ。

「……そうだね。こっちにもしゃべらないで利益もないし、話してあげてもいいよ」
「そうですか、それは大変助かります」
笑顔を見せるシェラザード。
よかった。僕の予想通りの人だった。
これでマキリ邸で起こった事も知ることが…。

「でもお茶とお菓子ぐらいはおごってよ。ただでしゃべるのもなんだし、魔術師は等価交換が原則。それぐらいしてくれてもいいよね?」
「お茶とお菓子、ですか?」
お茶とお菓子……やはりどちらも代金を支払う事でいただける品物だ。
百目木の家に招き入れる事はさすがにしたくない。ここはどこかのお店にいくしかないけれど……。

「すみませんレン、持ち合わせはあります?」
「も、持ち合わせ?」
「はい。市場で使用した財布は一成さんに返却してしまったので」
「……」
視線をそらせるレン。
この様子だと間違いなく彼は今持ち合わせがない感じだ。

僕はアーチャーとキャスターに視線を合わせた。
首を横にふるキャスター。手をパタパタと振るアーチャー。
……って僕ら無一文ですか?

「レン、確か懐にいつもあったよな」
アーチャーの指摘にびくっと身体を振るわせるレン。
そうか、持ち合わせがないのではなくて、とても少ないのか。
しばらく固まるレンだったが、

「はあ、背に腹は変えられないか……」
がくっと背中を落としてつぶやいた。

何しろ敵の数を知る上で重要な事なのだからお金には変えられない。
それがマキリの者であればなおさらだ。

「……ああ、これでマイナスの棒がー」
……レンがつぶやくのはとりあえず聞かなかったことにしましょう。




Fate/the midnight saga(仮)

第26話


   /

「次郎さん。今席あいてる?」
「席か? 十分あいてるぞ」
レンがいつも来ている茶店に足を運ぶ。
ここになったのはレンが選んだのではなく、シェラザードが選んだからだ。

「ここのお店って一回来たけど結構おいしかったんだよね。でも僕お金がなくて困って困って」
笑いながらあたまをかくシェラザード。
確かにここのお菓子はおいしい。何度も食べたくなるぐらい。

「葵、こっち五人よろしく」
「分かりました。今お茶を運びますね」
葵も僕たちが来たのに気づいたみたいで、笑顔でレンの言葉に応じる。
僕らは一番奥の席に座る事にした。

座る位置は自然にシェラザードが一番奥。隣がアーチャー。向かい側奥からレン、キャスター、僕となった。
シェラザードが何かをしても逃げられないようにすると同時に足が遅い僕たちが逃げやすいように。
……それなら一番手前に座ろうとも思ったけれど、あいにくそこは席がうまっていた。

「それじゃあリアルタイムで馬鹿話に変換、と」
シェラザードはテーブルの四方に何らかの文字を刻み、僕にも分からない言葉を発する。
ラテン語でもギリシア語でも、アラビア語でもない。これは……?

そして力ある言葉と同時に場の雰囲気がほんの少しだけど変わった。

「さ、これでこちら側の話をしていても同時間で世間話みたいなのに変わるから、気にせずに話が出来るはずだよ」
「なるほど……風に働きかけてその振動を操作しているのね」
キャスターには始めからどのような魔術を発するのか分かっていたらしく、全く動じなかった。
それでもできてあたりまえだという感じだけれども。

「さあ、まずあんたが何者かはディートに聞いてたし、目的も聞いてた。それは今はどうだっていい。教えてくれるんでしょうね、昨日の事を」
身体を前にのりだしてキャスターがシェラザードを睨みつける。
それに彼は両手でせいしながら退く。まるで本当におびえているかのようだけど、間違いなく演技だろう。

「そんな睨まなくたってちゃんと話すよ。時間はたっぷりあるんだから」
苦笑いを浮かべながらシェラザードは主張する。
疑う事はしたくないけれど、彼と僕らの目的は食い違っている。だから油断は出来ない。

「はい、お茶です。何にするか決めました?」
葵が五人分のお茶をテーブルの上に置いていく。
全員で葵に礼を言いつつそれぞれ食べるものを選んでいく。

「ちょっと。俺の財布から出るって事忘れるなよ」
「何を今更けち臭い事を。宝石魔術に比べたら菓子の値段ぐらい微々たるものでしょう?」
「日々の倹約こそものを言うんだって。後で赤字の家計簿見て真っ青な顔したくないからな」
キャスターの言葉にレンは強く主張する。
あれ? なんでアーチャーがうつむくんだ?

「で、その成果は?」
「ごめんなさい。全然お金たまりません」
……だろうなー。

表に出回っているものではなく裏のものにしたって宝石は高い。
多少節約してもせいぜい一個宝石が買えるかどうかだ。
レンには他の魔術もあるけれど、実戦で宝石魔術の方が使い勝手がいいのは明らかだろう。

「やっぱね。師匠から財産ももらってないし家系も継がなかった。それでもなお宝石魔術を使おうとするなんてよほどこだわりがあるのねー」
「財産がなくても仕事の成功報酬とかでもらってたからな。それに……本気で「」に至るのならもっとしっかりした工房を作ってそれだけに打ち込む必要があるしな。
 だからもっぱら使うのは戦闘でたまに時計塔の授業で」
「そうよね。本気で奇跡を成し遂げたいならそれなりの設備も必要だし、材料も必要よね。分かるわ」
「……聖杯戦争終わったら本気で財産の事考えないとな」
言っている事はまじめだけれども、本筋からは明らかにずれている。
このまま行くと夜まで終わりそうにないので割り込む事に。

「レンもキャスターも。今はその話じゃないでしょう?」
「「あ」」
レンは明らかにあちゃーと手を顔に当てて視線をそらすし、キャスターはとぼけたふりをしながら菓子を楊枝で刺す。

「ではシェラザード、よろしくお願いしますね」
「ん、分かったよ」
シェラザードは口に菓子を運び、それを飲み込む。
そして一息つく。

「結論から言うと確かに僕は昨日起こった出来事を見た」

まずは自分が知っていると彼は主張する。
以前話したときと同じく、世間話でもするかのように。


 シェラザードの話は要約すると次の通りだ。
日付が回る頃にランサーとソウマがマキリ邸を強襲。屋敷を覆う結界を破壊。
そこで前セイバーがランサーに応戦するも、その戦いは一方的にランサーに有利に進む。
ピンチになったところを前キャスターとゾウケンが現れて蟲で二人を囲む。

そこでランサーは宝具を使用。それも多数の宝具を雨あられのようにして用い、サーヴァント2人とゾウケンを殺害する。
と言っても前セイバーだけは強制的に空間転移されたらしいけどあの傷では助からないとの事。
その後マキリの屋敷に入り、しばらくして去っていった。

これが昨日起こった事だとして話を打ち切った。


『……』
あまりに多くのことを聞きたかったけど、今はただ呆然とする。
マキリ邸が攻略された事についてじゃない。

ランサーのあまりの強さにそうするしかなかったんだ。

「……じゃあ質問するけど」
真っ先に沈黙を破ったのはキャスターだった。
彼女の表情もやはり思わしくない。

「前セイバーはセイバーの攻撃で両腕とも使えない状態になってたはずなのになんで戦闘できるのよ」
言われてみればそうだった。

最初のセイバーとの戦いで片腕を負傷、その傷はレンとアーチャーとの闘いでも継続して前セイバーをむしばんでいた。
そして柳洞寺ではセイバーの攻撃で負傷が両腕になったはず。
ならば戦闘不能になっていてもおかしくないはずだ。
前セイバーが万全ではないからこそ今日にもマキリ邸を攻略しようと言っていたほどだから。

「……令呪を使ったとか?」
「令呪を使って魔力の大幅な回復、か……。言われてみればそうなのかもね」
レンの言葉にうなづくキャスター。

霊体であるサーヴァントに令呪の効果は絶大だ。
それなら令呪によって回復してもおかしくはないと思う。

「にしても……」
レンは思いっきりため息をつく。
レンの表情もまたキャスターと同じで思わしくない。

「ランサーの奴、本当に宝具を大量に使ってたんだな。俺は半信半疑だったんだけど」
「そうね……。あたしも出来れば否定したかったわ」
出来ればそれは現実でいないで欲しかった。
宝具の同時使用が可能だったら、もはや普通の英雄では全く歯が立たないから。

「あ、といってもただ射出してる感じだったから使用者とはいいづらいけどね」
「え?」
思い出したと言いながらシェラザードがその可能性を否定する。

「射出しているだけ? 『ゲイボルグ』や『ブリューナグ』のように真の名を唱えていなかったと?」
彼の言葉に首をかしげる。
射出しているだけ、つまり宝具の開放は行っていないというのか?

「うん。射出する前に一つそれらしきものを言った気がするけど聞き取れなかったよ」
「そうか……」
キャスターはうなづいて表情をやや変える。

宝具を開放するかしないかで全く威力は違ってくる。
グラムでも、大釜でも、使うか使わないかで全く違ってくるのだ。

それでも宝具にもなれば概念武装でも最高クラス。
ふるうだけで生半可な魔術を打ち破れるほどのものなのだから。
それを無数に射出するだけでも十分に脅威なのには代わりがないけど。

「それはよかった。てっきり宝具の同時開放が出来るのかと思ってびくびくしてたよ。何しろあのゲイボルグだけでも軍を壊滅できるほどの威力らしいしね」
キャスターがほっとする気持ちも分かる。
ただでさえ様々な宝具を使うのに、それを同時開放すれば……考えるだけでも恐ろしい。

「……でもそれだとあたしがそれ受けたら騎士を盾にする以外ないんじゃないかしら」
「え?」
キャスターはさらっととんでもない事を述べる。
しかもそれを言っても平然としていて、まるで当たり前かのように。
それは自分たちではランサーに勝てないと言っているようなものじゃないか。

「概念はより強い概念に倒される。なら宝具を無駄にいっぱい使ってくる戦法取られるとあたしじゃあかわせないし、受け止められる宝具もない。
 なら魔術しかないけれど、正直宝具の雨に対抗できる魔術は数少ないうえに動作が多い。ならそうするしかないじゃないか」
「……」
返す言葉が思い浮かばない。

ランサーは今まで宝具の取り出しを引き出すようにして行っていた。
でも多くを射出するのにいちいち引き出しはしないだろう。多分自動ででてそうされるはずだ。
なら円卓の騎士で接近戦を挑んでいる最中にもそれを発動される可能性が……。

「なあ、ちょっといいかな」
「え?」
と、今まで無言だったアーチャーがシェラザードの方に顔を向ける。

「白髪の方、ランサーが宝具を射出する前に何かしてなかったか?」
何か? 呼び動作みたいなものをマスターがするかな?
それとも命令とかの意味か?

「命じてたね。光ってたからたぶん何かの刻印を使ったと思うんだけど」
「魔術刻印を?」
魔術刻印、魔術師の家系が持つ遺産のようなもの。
僕は正式なマスターではないから、レンは次男なのでそれぞれ持っていない。
というより800年以上続いたアインツベルンにそのようなものは必要なく、魔術回路だけで十分なのだけれども。

まだ歴史が浅い遠坂ならばそれに頼っていてもおかしくないけれど、刻印を宝具発動前に使ってメリットは……。

「あ」
ひらめいた。
そうか、その事があったか。

「令呪を使用したんですか」
「「あー」」
あれ? 僕の発言に2人ともものすごくがっかりして顔を下に向けてうつむく。
「なるほどね」ではなくてこれは完全に「何で気づかなかったんだよ……」かと。

「て事はその一斉射出はランサーの身だから令呪をいちいち使う必要があるのね」
「残った回数は2回。後は俺たちとセイバー組か。あいつが令呪をどっちに使うかだな」
こっちに使わなかったらお嬢様の方で使うに決まっている。
何しろ最高のサーヴァント、セイバーなのだから。

……宝具の一斉射出で串刺しにされていくセイバー。
それでも彼は宝具をはじきつつランサーに迫るだろう。
なぜならセイバーは北欧最高の英雄、シグルズなのだから。

だけど、お嬢様たちはそうはいかない。
いくら優れた魔術師でも盾となるものがなければだめだ。
だとしたら、またこの間のような悪夢が……。

「それで、前キャスターと前セイバーはそれにどうやって対抗したんですか?」
ならばそれの対策は絶対にたてなければならない。
レンやお嬢様をそのような姿にはしたくない。

「んー」
頭をまたかくシェラザード。

「少女が蟲の体液だかを使って水の壁を作ったんだけど、それだと数個しか防げずに串刺しにされて消滅」
前キャスターはサタナ。キャスターとも戦えるほどの大魔術師。
その彼女の魔術でもたったそれだけしか防げないとなると、キャスターの見立ては現実になってしまう。

「……アーチャー、そっちは対抗できそうなの?」
ならばとキャスターは身を乗り出してアーチャーを見つめる。

「ランサーの宝具は『宝具を取り出す』か『宝具を作り出す』もの。アーチャーなら対抗できると思うんだけど」
「……」
そうだ。
これは確か僕らがお嬢様たちと戦った後のこと、

「贋作に特化した固有結界なんて便利ね」
とキャスターは言っていた。
それをアーチャーも否定していなかったら多分これが真実。

だとしたらアーチャーは作る事に特化しているはず。
ならば宝具の一斉射出をその宝具を瞬時に作り出す事ができればあるいは……。

「悪いけど通常状態の投影は一個一個作っていかなきゃならないから、100単位で瞬時に打たれたらどうしようもない。
 話に聞いた限りだとランサーのマスターは全力でやれって言うだろうから、絶対にそれぐらい使ってくるはずだぞ」
「てことは固有結界に引きずり込むまでしのぐ必要がある、てわけね。盾の宝具は?」

「宝具の一斉射出はともかく同時に接近戦を挑まれたら盾は意味ない。相手の本質はランサーだろ?
 アーチャーじゃないならそっちの方がメインのはずだけど」
「……何にしても実際に当たってみるまで勝敗は分からないってわけね」
キャスターは思いっきりため息をついた。
ランサーに対抗する手段はアーチャーとキャスターの連携が欠かせない事はよくわかった。
英雄ならば単独で戦いたいのかもしれないけれど、ランサーが強力な以上それをするしかないだろう。

「次。ランサーが使った宝具ってヨーロッパ限定?」
「いや。古今東西問わずあらゆる宝具を」

キャスターとシェラザードのあまりに短いやりとりだったので何を言っているのか理解しようと努める。
えっと、これは……。

「見間違いって事は?」
「最低でもジャンヌ・ダルクやエドワード黒太子を始めとしてこの目で見てきた英雄の宝具は皆本物。
 その種類も様々、歴史も様々で北欧から南米まで本当にあきれるほど」
まあ、眼力にはあまり自信ないけど、と付け加える。
と言う事はシェラザードは数世紀を生きた死徒というわけか。

またも絶句。
この前確認した時は欧州と中東に限定して使っていた。
でも今回はアメリカ大陸や清の宝具まで使っていたと言う。
だとしたら文字通り、どんな英雄もランサーには勝てないのではないか?

「そんなの可能なのか?」
レンがうかない顔をして聞いてくる。

英雄は本来宝具を一つか二つしか持たない。なぜなら宝具は自分を象徴するものだから、そんなに数を持っているはずがないのだ。
キャスターは儀式に12の宝具を用いようとしたのだから、特別と言えなくもない。それでも地域や歴史は限定されている。
なのにランサーはそれを無視してやってきたのだ。疑う方が正しい。

「クリスと話したとき三つの可能性を考えたんだ。1つは空想具現化みたいに全部本物とたがわずに作ったもの。
 1つは現存する見つかってないものを含めてそれを転送するもの。最後の1つはランサーがその宝具を一度全部所持した事がある。
 他に考えられる可能性は?」
「……ない」
思わず顔に手を当てるレン。
信じられない気持ちはよく分かる。
何しろ状況はお嬢様と話したときより更に悪くなっている。

「まず最初の可能性だけど、見てないものを具現化する事って可能なのか?」
「真祖は世界から情報を汲み取ってそれを使うらしいわ。宝具と言えども世界に存在したものなんだから、一概に不可能とも言い切れないわね」
……ゼロから新たな宝具を作り上げるならともかく、ランサーは現存していた宝具を使っていた。
ならばそれを実際に確認していなくてはそれを創るのは不可能との判断からの質問だけど、そんな事もできたのか。

「同じようにして2つ目の可能性も、ランサー自身が宝具の所在地をわかっていなくても宝具そのものが空間座標を特定して転送してくる可能性だってある。
 否定はしきれない」
最もそんな宝具があったらの話だけど、とキャスターは付け加える。

そもそも空間転移自体が魔法の域だ。
僕が出来るのはロアの知識がその時は流れていたから。もう一度やれと言われたらキャスターに抑えてもらっている僕にはできないと答える。
シェラザードができるのは理由は分からない。
前セイバーやアーチャーができたのは令呪の行使のたまものだ。純粋な魔術ではできないだろう。

それに、目の前にいる事で座標が特定できるならまだしも、座標の分からない箇所にある宝具を持ってくるだなんてとんでもない事だ。
だから2つ目の可能性は限りなく低いだろう。

「最後の一つ。全部所有した事があるだなんて事不可能だろ」
レンはいきなり断言した。

「だってケルトの話だけでもゲイボルグとカラドボルグだとルーツが違うし、アーサー王物語をケルト的に考えたらでてくる大釜、
 キリスト教的に考えたらでてくるプライウェン。どれもこれも一度に集める事なんてできやしないだろ」
宝具は英雄の伝説と共にあるんだから、と付け加える。

「英雄はその生涯の代名詞として宝具を用いたんだから、それを他の人物が一度に集めるなんて絶対に不可能……」
「とは限らないと思うわよ」
レンの言葉をさえぎってキャスターは断言する。

「宝具そのものは確かにそうかもしれない。宝具は英雄の代名詞だからね。でもその宝具のルーツをはるかにさかのぼれば、伝説の最初の方に行き着くと思うのよ」
「陸続きだったヨーロッパ、アフリカ、こっちはともかくアメリカまでか?」
「う」
キャスターが思いっきり視線をそらす。

確かに。ヨーロッパの人たちが大航海の果てにようやくアメリカを新発見したと歴史にはある。
実際は始めからそこにはあったけれど、交流が全くなかったのは変わりない。
なら伝説が伝えられる事は……。

「そうか? それよりはるか前にヴァイキングたちが既にアメリカ大陸に上陸してたって話を聞くけど」
「へ?」
アーチャーの言葉にレンとキャスターが間の抜けた返事をする。

ヴァイキング、確か8世紀から数世紀にもわたりヨーロッパに存在していた海賊の名称だったはず。
ヨーロッパの歴史に大きな影響をもたらしたとも言われている。
そのルーツは北欧。つまりシグルズなどがいる北欧神話を信仰していた。
ならアメリカ大陸に北欧神話が伝わっていてもおかしくはなく、そこの神話に影響を及ぼした可能性も否定できない、か。

「……まあ、伝説が世界中にいきわたっている事は分かったけどさ、その伝説の最初の方って何だよ」
「う」
またキャスターは視線をそらす。
レンはキャスターの方をジト目で見てしまう。

「知らないわよ。歴史が深いエジプトかメソポタミアあたりじゃないの?」
そんな投げやりな。誰もキャスターの事は攻めてないではありませんか。

「ディートはどうなんだ?」
「僕ですか?」
「アインツベルンのマスターだったらどんな敵と遭遇しても瞬時にその用いる魔術を、
 サーヴァントに遭遇すれば真名を判断できるよう教えられてると思ったんだけど」
……確かにその見方は正しい。

アインツベルンはこの聖杯戦争で魔法に至ろうとしている。
だからこそ万全の状態で挑ませるのだ。
敵マスターの魔術、情報、戦法。敵サーヴァントの真名、宝具、戦法を瞬時に判断できるようあらかじめ教えられる。
特にサーヴァントの情報は勝敗に多大な影響を及ぼすので、あらゆる神話、伝説、物語を教えられる。
もちろんそれは僕たちも例外ではない。人数が多い事で相談する事も可能なのだから。

だけど。

「残念ですが僕もお嬢様も分かりませんでした。そういった神話があるだろうと言うところまでは分かっているのですが……」
それ以上がまだ知られていないし、秘匿されてもいないのだ。
絶対にあるはずなのだけれども。

「多分もっと後の年代にならないとその辺のことは分からないと思いますよ」
昔はともかく今は過去の事を知ろうとしている。
だとしたらいつかはそういった神話が見つかってもおかしくはないと思う。
だけど聖杯戦争中にそれが発見され、僕たちがそれを知ることはまず不可能だ。

「未来、ねー」
だけどキャスターはにたあ、と笑う。
それがとてつもなく不気味で思わず退いてしまう。

「未来の英雄がここにいらっしゃるじゃないの」
と言いながらキャスターはアーチャーの方に笑いかける。
とてつもなく黒い気がするのだけれども気のせいにしたい。

「で、実際にはそんな神話は存在するの?」
だけどその表情はすぐに真剣なものになった。
正体さえ分かればどうにかなるかもしれない。弱点が分かるかもしれない。
そんな淡い期待を思わず抱いてしまう。

アーチャーはふう、と一息置き、

「ああ。ある」

と述べた。
その言葉に思わず僕らの顔が輝く。

「それで、どんな神話なの?」
「いや、悪いけど聞いても全く役に立たないぞ」
だけど次の瞬間にはその期待を破壊してくれる。
キャスターの顔が固まる。

「宝具の原初を集められるほどの人物って言えば間違いなく王しかいないよな。でもそのランサーってマスターに付き従ってたんだよな」
「え?」
キャスターは上のほうを見ながら人差し指をあごに当てる。
僕も考えてみる。

まず宝具ほどの宝にもなれば、身分の高い者や歴戦の英雄が所有するだろう。
だけどその宝具を一度に集めようとすればそれだけ絶大なる力を持つ必要がある。
最初の神話に存在する最古の英雄。その人物がそれだけ集めるにはたぶん自分だけの旅では足りないはず。ならば献上されて手に入れるしかない。
ならば、宝具を所有した人物は王という結論になってもおかしくない。

ソウマ、ランサー。
2人の関係を思い返すと主従関係はないように思われる。そしてランサーがソウマを認めたから行動を共にしているという段階でもない。
2人は息の合ったパートナーまで行っている。
マスターのサーヴァントの関係をふまえてもそんな財を集められるほどの王が従うとは……。

「俺はまだ会ってないから何とも言えないけれど、その神話にでてくる王ではないと思う」
「……そう。なら結局分からずじまいか。はあ」
結局ランサーに関しては推測を脱する事はまたしてもできなかった。
これだけ判断材料があるのに真名が分からないだなんて。

「次いこっか」
「そうですね」
いつまでもランサーばかりにこだわっていられない。
まだ明らかにしなくちゃいけない事はいくらでもある。

「前セイバーは脱落したのでしょうか」
僕が一番聞きたかったのはそれだ。

腕を振るえるほどには回復していた前セイバー。
でも宝具の一斉射出で瀕死にまで行っているはずだ。
なら脱出をさせても遅かったはずだけれども。

「わざわざ令呪まで使って空間転移させたのに」
「うーん」
強制的に空間転移。そんな事できる魔術師は本当に少ない。
この場にいたとしてもそれはキャスターとして召喚された神代の魔術師ぐらいだろう。

でもキャスターも前キャスターもそれはできない。
その不可能を可能にする手段は令呪ぐらいしかない。

つまり、ソウマのマキリ攻略の際マキリの当主はそこにはおらず、前セイバーを令呪で救出したうえにアサシンも健在。
だけど結局前セイバーは救えなかったと言う事になる。

「……令呪を使ったらどうなのかしら。ぼろぼろの状態でも回復できると思うんだけど」
「でも回復に一回、強制転移で一回、また回復で一回使っては3つ全ての令呪を使ってるけれど」
令呪を用いれば確かに回復するかもしれない。
でも全部あわせたら3つ全部使っている。新たに契約を結ぶにもゾウケンは脱落している。
同じマキリのマスターと契約を結ぶ事はできないと思うけれど……。

「でも結局は前セイバーが生きている可能性が高いんだろ。なら先にそっちの真名を探った方がいいんじゃないか?」
「ん、それもそうね」
レンの指摘にキャスターもうなづく。

前セイバーの正体。
僕らは前セイバーの戦いを直接見てはいない。直接戦ったのはレンたちとお嬢様たち。
柳洞寺では一方的にやられるだけだったから判断材料にはならない。

「アーチャー、戦ってみてどうだったの?」
だからまず直接戦ったアーチャーに聞くべきだと僕は思ったので彼に聞く。
アーチャーはうなづいてこう言った。

「まさに騎士をそのまま形にした剣士だった。魔力を放出して能力を上げて、爆発的な威力で敵を叩ききる。そんな感じだ。
 魔術も使ったけど腕は憐より下。考えなくてもいいと思う」
「騎士を形にした、ね。って事は騎士道物語にでてくる人物のようね」
「ああ。そう考えていいと思う」
アーチャーとキャスターはうなづく。

騎士道物語、アーサー王の話やシャルルマーニュの話がそれに該当する。
中世の男性は皆騎士道にあこがれて、それを目指していたと言っても過言ではないと僕は思う。
その登場人物が前回のセイバー……。

アーチャーの感想はセイバーが述べてくれたのとほぼ同じ形だ。
だとしたらそれから進展があったとしたら、星の剣をキャスターたちがその眼で見ることが出来た事ぐらいだ。

「じゃあシェラザード。前セイバーがピンチになったんだから、あの黒フードは取れているはず。ならみてるわよね」
「うん、見たよ」
次にキャスターが話題にしたのは姿の事。
……随分とあっけない。クリスお嬢様はセイバーの口止めを行ってまでそれを隠そうとしていたのに。
じゃあ教えて、とはいわずに無言の圧力をかけるキャスター。

「髪は金髪。顔立ちは中性的で10代後半。でもこれ何の役にも立たないと思うけど?」
「なんでさ」
それに反応をしたのはキャスターではなく意外にもアーチャー。
だって、と言いながらシェラザードは指を立てた。

「セイバーはその全てを偽ってるから」

「前セイバーは全てを偽ってる?」
「まずサーヴァントかさえ分からない。その能力も分からない。宝具も分からない。そうして自分の真名を何重にもして隠してるから」
確かに前セイバーは少しであっただけでもその雰囲気を濃い霧の中にするようにして隠していた。
剣は騎士そのもの。でも正体をひたかくしにする。
これって一体……。

「じゃああの漆黒のローブとか剣とかは実際にはもっと別のものなのか?」
「じゃない?」
レンの言葉に彼は肯定する。
前セイバーが持っていたのは星の剣だと言う。それも夜を昼に変えるほどの光を発する。
でも前セイバーが持っていた剣は漆黒のもの。つまりそれは本当の剣を隠している事に他ならない。

「ですがそれでは姿まで隠している必要はないのでは? 黒ローブで覆っていますし」
「それだけ用心深いんじゃない? 生前でも姿がばれたらやばい事になるとかだったりしてねー」
と言いながらシェラザードはお茶をすする。

見ればいつの間にかお菓子の皿は空になっていた。
お菓子のおかわりをオーダーしたのは他でもなくシェラザードだったりする。
代金はレンのお財布から出るにもかかわらず、もはや彼にはその事を気にしないほど話に集中していた。

「……おそらくそれをしてるのは宝具のたぐいね。魔術だったらあたしが気づいてるはずだし」
とキャスターは言いながらおかわりに出されたお菓子を食べる。

「宝具でわざわざ正体を隠す騎士って……よっぽど自分を知られたくなかったのか?」
「それなら正体知られずにあがめられなかったから英雄にはなってないんじゃないかしら」
「……なら正体を偽ってたんだけどそれがばれて知られたとか」
「そんな間抜けな騎士なんていたっけ?」
レンとキャスターの不毛な応酬は続く。
ランサーとは違って判断材料が少ないせいで前セイバーもまた真名を知る事はできない。

何しろ僕らはお嬢様とセイバーと違って前セイバーに剣の宝具を使わせていない。
前セイバーは剣の宝具を使用する時にその姿、能力、宝具を現す。
それを確認する事で真名発覚につながるのなら、実際に見なくてはならないだろう。

「それで、ランサーやソウマの方は何か気づいてるふしはあったんですか?」
だから僕は進める事にした。

ランサーたちがお嬢様を襲う前、お嬢様たちは前セイバーと応戦してたらしい。
それがどれぐらい経っているのか分からないけれど、不意をついたのだからそう経ってはいないはず。
なら、ランサーはそれを元に前セイバーとの戦いで有利に事を進めようとしたはず。

「さあ?」
だけどシェラザードは首をかしげただけでそれを終わりにしてしまった。

「さあって……どういう意味ですか」
「セイバーに使った宝具だけど、ギリシア神話、北欧神話、時代も地域もばらばらだったし、黒づくめは本調子じゃなかったみたいだから、
 普通の攻撃でも倒せるとふんだんじゃない?」
……だとしたら前セイバーはこれと言った弱点がない英雄なのか?
いや、そんなはずはない。英雄ならば確実に負い目が一つはあると思う。
ならば前セイバーの戦いで宝具の開放を見ていたかもしれないランサーたちがそれをつかないはずが……。

「そもそも僕って有名どころしか知らないからさ。大男が黒づくめに使ったのって知名度低いのまであったし、共通点なんて分からないって」
「そうですか」
言われてみれば目で見た宝具を全部確認できる人物なんてそうはいない。
魔術師ならば興味のない分野の事など全く覚えもしないだろう。必要にならない限り。
ならばそれもうなづける。

「……ちょっと。なーんか僕とっても信用ないみたいだけど」
苦笑いを浮かべながら彼はそうつぶやく。
いや、だって……。

「シェラザードの目的を達成したいのならキャスターが邪魔なんじゃありませんか?」
「それはまあそうだけど」
シェラザードはきっぱりと断言する。あまりに自然なので怒る気にもなれない。
だけどレンとアーチャーはそうはいかない。

「……どういう事だ?」
「言葉の通り。でも方程式は分かったし、別にここだけにこだわる理由もないんだよね」
睨みつけるレンをよそにシェラザードはあっさりとこう言い放つ。
それだけ断言されても返答に困るというものだ。

「でもできれば手間は省きたいし、信望者たちに僕の動きを感づかれてるからこの極東の地で終わらせたい気持ちもあるし、うーん……」
いつものように調子を崩さずに些細な事とばかりにうなる彼。
こうしていると純粋に悩んでいるように見える。

実際はどうかは分からない。
僕たちが圧倒的に他のサーヴァントを倒してしまったらロアと言う存在を消されてしまう可能性もあるんだ。
そうなると真祖の動向を知る事は困難になってしまう。
ならば、その時は彼が敵となって立ちはだかるかもしれないんだ。

それを分かっているレンたちは彼の方に注意を向けている。
事の成り行きしだいでは公の場であるここでも行動を辞さないとばかりに。
それは困りものだけど、放っておくよりははるかにいいと判断すれば……。

「ま、なるようになるでしょ。お菓子とお茶はご馳走様でした」
「え?」
そんなレンたちの気を知ってか知らずか、シェラザードは笑みを浮かべながら頭を下げる。
それに拍子抜けしてしまう。

「まだ敵はいっぱい残ってるみたいだし、僕はここでおさらばさせてもらうよ」
彼はアーチャーの後ろをあやまりながら通り、また頭を下げる。

「そんじゃあ幸運を」
そして笑顔のまま去っていった。
彼の方を見ながら呆然とする僕たち。

「随分とあっさりと引き下がったな……」
「油断はできないわよ。ああいった奴の方が笑いながら手段を選ばないんだから」
「今はただ傍観してるだけみたいだな。でも注意はしとくべきだな」
3人がそれぞれ口にしていく感想。
何だかこの言葉だけでみんなの考え方が分かるような……。

「ま、あいつから聞き出すことはもうないでしょ。ならこの際一気に今後の予定も考えるべきじゃない?」
「そうだな。俺もそれがいいと思う」
随分と切り替えが早いですね、キャスター。
レンもあっさりとそれに乗る。

……でも実際に彼が敵になったらどうなるんだろうか。
死徒27祖。既に数世紀にもわたって生き抜いてきた人外の存在。
彼らは何を思ってその時を生き、何を思ってどこかに向かおうとしているのだろうか。
そしてシェラザードは何を思って真祖を倒そうとするのだろうか。

空間転移もあっさりやってのける魔術師。それでも彼は自分の理想にたどりつけていない。
ならば、その理想の前に僕らが立ちはだかったら……。

「残った敵はソウマ、クリス、マキリのマスターのサーヴァント計4体。一般人を巻き込みそうな奴はマキリのマスターぐらいしかいないけど、
 今日からどうするの?」
「クリスってディートの話だとランサーに重傷を負わせられたんだよな。ならその恨みとかで俺たちより双魔を狙うと思うんだ」
と話を進めるキャスターとレン。

そうだ。もう一般人をも巻き込みかねないバーサーカーのマスターやゾウケンは倒れたんだ。
ソウマもお嬢様も目撃者は殺すかもしれないけど、一般人を犠牲にして何かをするほど弱くはない。

でも今まで沈黙を守ってきたマキリの当主はゾウケンと共にこの前ようやく。現れた
ならこれから積極的に行動を起こすかもしれない。
ゾウケンがいなくなったのだから。

「だから依然サーヴァント2体を所有してるかもしれないマキリのマスターを追うのが一番だと俺は思う」
「その間にランサーとセイバーが潰しあってくれれば万々歳か」
おかわりとして運ばれた最後のお菓子をキャスターはようじで刺す。
多分菓子を一番多く食べたのはシェラザードかキャスターだ。
それはいいけどキャスター、口の周りに少し粉がついてますよ。

「問題はソウマとランサーよね。あいつらがどう動くかによって事の成り行きが随分と変わるんだけど」
「あいつは効率がよければ何だってする。不意打ちだってやるしな。どう動くかはその事の成り行きって奴しだい」
「……まあ、魔術師の行動を予測するなんてどだい不可能な話だし、そんなもんかなぁ」
はあ、とため息をつくキャスター。

「じゃあマキリのマスターを狙うって事でいいのねレン」
「ああ。そうしよう」
きっぱりと、レンは言った。
全く疑いもなく、純粋に。

「本当にいいのね?」
キャスターは再度聞く。

「だからいいって言ってるだろ」
再度きっぱりとレンは言った。

黙ってしまうキャスター。僕も何も言えない。
僕らを交互に見比べて困惑するレン。アーチャーの方も見るけれど、彼も何も言わない。
僕らはレンには内緒で決めてしまった。

マキリの当主と、あの人と戦うと。
それがレンにとってどんな結末になってしまおうとも……。

でも、あの人の目的が分からない以上、あのような事をしたあの人を放ってはおけない。
いつかは面向かわなきゃならない事。
なら、向かうのは僕らだけでいい。

その結果、僕がどんなにレンに罵倒されようともかまわない。

「分かったわ。なら今からその行動に移りましょうか。レン、あんたは今日一日はあたしの魔術講座だからね」
「え? 夜もか?」
「馬鹿言わないでよ。徹夜どころか10年でも足りないのを数日で補おうとしてるんだから、文句は言わない。外回りはアーチャーがやってくれるでしょうからね」
それはまた随分と厳しい。
いくら単独行動スキルがあるアーチャーのクラスといえ、サーヴァント2人を所有しているマキリの当主を探すのにそれはきついかもしれない。
だけど、逆を言えばそれだけあの聖剣を目指す魔術は高位のものという事になる。

「問題は敵が攻めてきた場合にあたし1人だとレンとディートの両方は守りきれないかもしれないって事ね。
 だからその間はディートがアーチャーと行動を共にするって言うのはどうかしら」
「え?」
僕がアーチャーと行動を共に?

(ディート、こうしておけばレンの行動はさまたげられるから、その間にアーチャーと一緒にアサシンか前セイバー倒しておいてよ)
「そうしておけばいざという時に合流して立ち向かえばいいし、敵の居場所が分かれば同時に攻め込めばいいでしょ?」
念話……?
キャスターはレンへの説明と同時に僕へ念話を送ってきている。

(前セイバーの対魔力スキルだとあたしはあまり役にたたないし、円卓の騎士でも剣騎士のクラスを持つあいつに勝てるかは微妙)
「どうかしら、レン。それともあたしからの教えをあきらめるか、アーチャーたちにも屋敷にとどまってもらってろう城をするか」
(でもアーチャーなら前セイバーを倒せるかもしれないし、アサシンを倒せる。レンに知られる前に事をすませておいて)
「さあ、答えは?」
……思わず納得する僕。レンも表の言葉で反論できなくなっている。

さすがはキャスター、と言うべきなのかな。

「……分かった。でもディート、君はそれに同意するのか?」
「はい。僕は納得済みです」
即答。もうこれはマキリ邸の時点で決めていた事だから返事もしやすい。
あまりに早い返事だったのでレンはとても驚いている。
でも彼はうなづいた。

「じゃあ今から行動に移りますか。ごちそうさまねレン」
笑顔で立ち上がるキャスター。
取り出したハンカチで口の周りを拭く。

「……どれだけ食ったんだって。一番食ったのおまえだろ」
皿の量を見て愕然とするレン。
ようやく現実を直視する気になりましたか。
そう、お菓子のそなえられた皿は人数分だけでなくお変わりの分を含めると10は軽く超えていた。

「シェラザード4皿、ヴィヴィアン5皿! 明らかに食いすぎだろ!」
「気にしない気にしない。些細な事ばかり気にしてたら大魔術師にはなれないわよ」
「だから俺の家計簿は火の車だって言ってるだろ。遠慮ってものを知ってくれ」
「知らない。手段なんてどうでもいいし」
うあ、言い切ったよ。
ちなみに僕もアーチャーも1皿だけです。

「まさかとは思うけどアーサー王の宮殿には飯をたかりに行ってたんじゃないだろうな」
「それこそまさかよ。あんな雑な料理を誰が好んで。ベノイクのバン王の宮殿は中々だったけど、それでもこの時代と比べるとねー」
バン王ってランスロットの父親だったっけ。
小ブルターニュ、つまりフランスの王。イギリスと比べても農業には適しているし、ローマにも近いから料理はそちらの方がおいしいだろう。

「はあ、セイバーがアーサー王で召喚されてもそうやって大食いにはならなかっただろうなぁ」
「そう? 確かに食には無頓着だったアイツだけど、この時代の食事を知ったら大食いになるかもよ」
またそうやって不毛な会話を。
どんどんお菓子とかを食べていくアーサー王なんて僕には想像つかないけれど。

「アーチャーもそう思うだろ?」
「えっ?」
びくっと身体を振るわせるアーチャー。
……何だかとてもうろたえているようにも見えますけど。

「アーチャー?」
「えっと、そのー……そうなんじゃないかな」
と苦笑いを浮かべつつアーチャーはいうけれど、動揺は隠しきれていない。
なんで?

「まあいいわ。それは今後の聖杯戦争でアイツが召喚されれば証明してくれるだろうし」
「いや、だから俺が言いたいのはキャスターが大食い……って無視ですか」
キャスターは手をひらひらさせながら外に出て行く。
深いため息をつきながらレンは懐から財布を出した。

「アーチャー、ではよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく」
これからはアーチャーと一緒に行動か。

思い出せば僕は彼の戦いを道場でしか見たことがない。
今後それを見ることができるという事だろうか。

「じゃあまずどうするんだ?」
「そうですね……」
屋敷のお手伝いはもうない。夕暮れまではまだあるからその間何かをやるべきだ。
だとしたら、

「遠坂をたずねましょうか。マキリの他の居住地も知っているかもしれませんし」
遠坂はこの地のセカンドオーナー、なら同じくこの地に住むマキリに関しても知っているはずだ。
レンは後継者じゃないから知らないけれど、メノウなら。

ふと見るとレンは店の主人と交渉を行っている。
どうやら持ち合わせだけだと代金が足りなかったらしい。
ツケを頼むレンと担保として刀を置いてけという主人。話は平行線だ。

「……しばらく続きそうですし、僕らは行きましょうか」
「そうだな」
ごめんレン。
交渉に関しては僕は力になれそうになりません。

「あ、ディートさん」
と、明るい声が僕の耳をくすぐった。
振り返ると笑顔で葵がいた。手にはおぼん、お茶がいくつかと和菓子がのせられている皿が2つ。

「何か?」
「この後何も予定がないようでしたら静かなところでお話でもしませんか?」
葵が、僕に?

「ほら、わたしたち出会ってからあまりお話してないじゃないですか。ですからゆっくりと」
「……」
言われてみれば僕は葵とゆっくり話していない。
台所で何度か会話はしたことあるけれど、一成さんたちと違ってゆっくりとは話していないかもしれない。
ならこれを機会に彼女と親しくなる事もできるけれど……。

「分かりました。場所はこちらで決めても?」
「いいですよ。静かなら場所はどこでもかまいません」
そうか、なら川辺がいいかな。
あそこなら人はいないし静かだし、広がっているから万一……。

「これを機会に親しくなれればいいですね」
にこっと、彼女は本当に純粋に笑う。
その彼女の笑みに僕は何の返事も出来なかった。


 川辺、ここに僕とアオイがいる。
空はとても晴れていて雲が少しある程度、川の流れもとてもおだやかで、見ていると心が和んでくる。
遠くの橋では人通りもあるけれど、ここにはあまり人が来ない。
来ても僕らを気にもとめないだろう。

「すみません、僕には話せる話題がないのでそちらから話してくれますか?」
「あ、少し待っててくださいね」
普通親しくなるための交友なら僕らは隣で座ったりしているはずだけど、僕らは向かい合っていた。
それに僕らだけではない。実際はアーチャーに霊体化してもらっている。
そんなアオイは誰かを待っているようだ。

「実はあって欲しい人がいるんですけど……今あの人忙しいんですよね」
「会って欲しい人、ですか」
と、彼女は一点の方に視線を集中させる。
そっちの方からやってくる人物が1人。

「待たせたなアオイ。だが無用心にもほどがあるぞ」
「すみません。でもこうしないと分かってしまうではありませんか」
アオイはやってきた人物の方に笑いかける。
この2人がとても親しい事がそれだけのやりとりでよく分かる。
だからこそ……、

「あ、ディートさん。紹介しますね」
アオイはこちらの方にも笑いかける。
その人物はその鞘から剣を抜き、それを立てて軽く会釈をした。
そしてアオイはこう述べた。


「わたしのサーヴァント、セイバーです」


「……」
アーチャーが無言で実体化する。手に持つのは純白の剣と漆黒の剣。
黒づくめのその人物、前セイバーは剣を鞘に収めた。

「やはり貴女がそうでしたか……」
レンを思うならこんな事実ではあって欲しくなかったけれど、仕方がない。
それに僕がそんな事を言う資格もない。

だけど、これでもう日常は戻りはしない。

「マキリの当主、アオイ・マキリ」

彼女がこうして魔術師、マスターとして僕に接触してきたのだから。



to the next stage…


ステータス情報が更新されました

第27話に続く

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 また予定のところまで行けなかった……。
今回でついに全マスターの正体が明らかになりました。
原作をやっていれば簡単に分かったでしょうけど、アサシンと前セイバーのマスターは葵でした。
葵を出した時点で既にアサシンのマスターにしようと思ってはいましたが、前セイバーのマスターにするとまでは考えておらず、始めは臓硯のままでした。
前キャスターの出現で変更しましたが、今ではこちらの方がよかったと思います。

相変わらず憐サイトの憶測が長いです。
分からない真名をこうして探っていくのもまたいいかと思っておりますが、多分推理はあと数回程度になるのではないかと思います。
もしかしたらまだやるかもしれませんが。

それでは次こそ予定の部分までいけるように。
  2006年12月23日


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