Fate/the midnight saga(仮)
第28話
/8日目
「サーヴァントの気配……?」
不意にアーチャーはそう反応し、簡易的な和服から赤い戦闘用の服に一瞬でなり剣を手に持つ。
それに僕も対応し、とっさに辺りを警戒する。
百目木邸に帰る途中、僕らはやはりマキリの別邸があるかを聞くために進路を遠坂邸に変更して進んでいた。
十字路から進んで半分くらい行ったところでアーチャーが急にそう言い出したのだ。
でもサーヴァントほどの人なら普通の人には決して発せられない魔力を放っているはずだけれども、それを全く感じられ……。
「!?」
いや、その魔力が急に現れた。
とてつもなく大きく、僕やアーチャーがかすんでしまいそうなぐらいのものだ。
こんな巨大な魔力を持っている人なんて……。
「これ……キャスターみたいじゃないか」
と思わずつぶやいてしまうが、他のサーヴァントであっても僕らよりも魔力が高い英霊はいくらでもいた。
言葉のあやとでも言うべきなのかな?
「急ごう。方向は遠坂邸の方だ」
アーチャーの言葉に僕はうなづき、先行する彼の後を追う。
その中で僕は一つの可能性に思い当たる。
聖杯戦争は本来マスターとサーヴァントの戦い。マスターはおまけのようなものだけど、サーヴァントを脱落させるのには最適。
そうしているうちに現れるだろう可能性もある。
サーヴァントを失ったマスターと、マスターを失ったサーヴァント。
聖杯によりマスターに定められた者は主を失ったサーヴァントと契約を結び、再び戦いに出る事ができるんだ。
本来はマスターを失ったサーヴァントは現界を続けられない。だけど単独行動のスキルを持っていたりと数日だけ持たせる事はできる。
その間に新たに契約をされてしまってはサーヴァントを出し抜いてまでマスターを殺した意味が全くなくなる。
僕の場合は聖杯に選ばれなかったので、キャスターとの手続きは遠回りをする事になったけれども。
それでもランサーとソウマにしてみればせっかくシャルロットを殺せたのに僕と契約を結んでしまったキャスターは依然変わらずなんだろう。
だから、元マスターのレイリーを狙った襲撃がないとは言い切れないんだ。
聖杯戦争が始まってから一週間が過ぎ、ちょっとの行動が生死に直結するような今ならば、なおさら。
もう彼女を守ってくれるサーヴァントはいないのだから。
「あ!」
アーチャーは不意に止まると、手に弓矢を取り出す。
そして瞬時に射出した。
……誰を狙ったのか僕にも見えない。
死徒になりかけてから視力も上がったけれど、それでも全く。
それをアーチャーは見たと言うのか。
「まるでモンゴルやアフリカの人たちみたいですね」
思わずそうつぶやく。
一キロ以上先の人の動作も分かるし、羊の見分けもつくというぐらいだから。
だけど問題はその矢で攻撃した相手が誰か、だ。
こんな昼間から攻撃を仕掛けるほどお嬢様もソウマも世間知らずではない。
かと言ってレンでもアオイでもない。
なら誰だ?
走って遠坂邸の方へと接近する僕ら。
風景はめまぐるしく変わっていき、目指すものがだんだんと近づいてくる。
そして……。
「!」
僕たちは彼女を見た。
その顔も、腕も、脚も、体も、髪も。全てが鮮血に染まっていた。
彼女が乗っていた車椅子は破壊され、見る影もない。
そして、彼女は地面に倒れていた。
思わず口を覆ってしまう。
何度見てもこの鮮やかなほどの赤はなれない。嫌悪感を覚えてしまう。
その嫌悪感が慣れてしまわない事を祈りたい。
でも、あそこまで聡明で玲瓏だった、そんな彼女が今、倒れている。
見るのも痛々しい、そんな姿で、
セカンドオーナー、遠坂瑪瑙が。
「いけない……!」
地面に広がった血の量を見る限り、出血がひどい。
急いで治療を施さないと……!
「アーチャー! 敵はよろしくお願いします!」
「分かった! でも十分警戒してくれ!」
僕は急いでメノウへと駆け寄る。
この状況、敵の待ち伏せも考えられたけど、アーチャーが攻撃をしかけたのだから多分その心配はない。
それに今すぐにでも治療をしないと間に合わないかもしれない。
事態は一刻を争うだろう。
「……あ……」
メノウに触れる。
息は……たえだえだけどある。脈は……いけない、消えかけている。魔力は……魔術回路全てがメノウを生かすように起動している。
だけど回復し切れるかは分からない。
やっぱりこちらが手を差し伸べる必要があるか。
「
何行程もの詠唱をすませ、傷をふさいでいく。
まずは内部の破損を治し、外部の破損、血液の補充、それから魔力の補充だ。
お嬢様が負傷をおった時のためにこの術を学んだんだ。これぐらい治せないでなんだ。
「よし……」
内部と外部の破損を治す。
これで何とかこれ以上の出血が起こることはない。多量に出血している様子もないし、大丈夫なはずだ。
が、
「え……!?」
出血が止まらない。外部も内部も破損が治せていない。
「そんな!」
治癒魔術なんてアインツベルンの屋敷で何千回もこなしてきて、もはや暗示となる詠唱も極端なほどに短くなったほどだ。
それに僕はこの聖杯戦争でマスターとなるべく創られた存在。失敗作とはいえ、魔道に特化するよう設計されたんだ。
加えてその後の修行など語るべくもない。
そんな僕が失敗するだなんて、そんな事があるはずない。
「く……!」
今度は治癒魔術を用いつつ傷を凝視する。
外部を、内部を、魔力を。
確かに治っている。魔術の過程に狂いもない。
だが、すぐにその傷はまた広がり、出血を始めてしまう。
だめだ。まるで呪いでも受けたかのように魔術を受け付けない。
いや……実際敵の攻撃にそのような付属効果があったとしか考えられない。
だとしたら魔術や自己治癒には任せられない。これはもはや外科医療の域だ。
だけど僕にはそんな技術はない。せいぜいできるのは患部を押さえる事で少しでも出血を抑えることぐらいだ。
歯を噛み締める。
こんな事だったら現代医療も学んでおくべきだったけど、お館様がそのような事をお許しになられるはずもない。
後悔先にはたたず、とはよく言ったものだ。
アーチャーは高速で矢を射出する。
だけど一撃必中のはずのアーチャーがそれだけ矢を放っていると言う事は、避けているのか防御されているのか。
とにかく何度もアーチャーは射出を繰り返す。
「舌をかむなよ!」
「え?」
と、次の瞬間、僕とメノウはアーチャーに抱えられてその場を離れる。
それから一秒もたたずに僕らがいた場所を何かが襲いかかった。
その音は何か硬い物体が高速で地面に叩きつけられたのに良く似ている。
見た瞬間にその物体が何かが判断できた。
あれは純粋な魔力の結晶ではなく、元々存在するものを操って用いたものだ。
その物質は、水だ。
「水の魔術! それではこれは……!」
液体、つまり流動を操る魔術師は数多くいるけれど、それをここまで使いこなすなんて。
今この地でそれをここまで使う相手はたった一人しかいない。
つまり、
「あら……磔にされた白い聖女さん」
前回のキャスター、サタナ……!
彼女は全く隠れる様子もなくこちらに姿を見せてきた。
そのたたずまいは正に湖に1人たつ少女のごとく、静かだった。
「え?」
だけど姿を現した彼女を見て僕は思わず唖然としてしまった。
その髪は川のように流れるもので、水のように色がなく、だが空のように色があるようにも見える。
だと言うのにその肌は本当に透き通るように真っ白。向こうが透ける印象を抱かせるほどに透明だ。
そしてその瞳はまるで真珠のごとく白い。それだけを見ているとまるで引き込まれそうなほどに。
……そう、一見すると雰囲気はそのまま。姿もそのまま。変わっていないようにも見えるが、全く違う。
これではまるで別人だ。
なんでこんなに彼女は清純なのだ、と。
「聖女……いや、これじゃあまるで……」
精霊がその場にいるみたいじゃないか。
なんでこんなにも受ける印象が変化したんだ。
以前見た彼女はその真珠のような瞳は死んだ魚、透き通るような真っ白な肌は死者、透明のような髪は何もない空間を連想させたと言うのに。
今ではそれが神秘性を際立たせ、僕に訴えかけてくる。
この尊い存在は僕らの手が出せなおほどの尊い相手だ、と。
「なんで……」
息を呑む。
彼女はマキリのサーヴァントで、死の象徴じゃなかったのか?
「……アーチャー、あなたは彼女をどう見ますか?」
ダメだ。僕1人で考えてもらちがあかない。
ここは彼の意見を聞いてみるべきだろう。
だけどその彼もまた同じような表情をしていた。
「いや……いくらなんでもおかしいだろ」
そうして彼はそのようにつぶやいた。
サーヴァントである彼すら疑問に思うその存在。
それがどれだけ異質な存在かを証明するものだった。
だけど……、
「前キャスター、サタナは無念のうちに死んだ数多の魂で構成されていたはず。ならあそこまで聖なる存在では……」
「それよりも重要な事がある」
重要な事……?
彼の顔はとてつもなく深刻な事態が起こった、そんな感じだ。
今の彼女からはサーヴァントの気配を感じる」
「サーヴァントの気配を、感じる?」
それはおかしい。
前キャスターは第一次の時点で完全リタイアしていて、今回の前キャスターは紛い物だ。
それが正規のサーヴァントになったって言うのか?
「いくらなんでもそんな事が……」
「でも目の前にある現実が全てだ。今前キャスターはサーヴァントとして俺たちの前に立ちはだかってる」
そうだ。考える事は後からでもできる。
今目の前にいるのはこの前のような紛い物、前キャスターの躯を使いそのクラスを騙る死の存在ではない。
正真正銘、キャスターのクラスを持つ魔術師、サタナだ。
「ふふ……」
と、前キャスターは僕らの方にとても冷たい笑みを浮かべ、浮遊させていた水を剣の形に変える。
そしてそれをまるで弓につがえる矢のようにしてアーチャーの方へと向けた。
あれは……?
「なら、戦うしかない……!」
アーチャーは顔をしかめ、剣をまた取り出す。
それは僕が見た事もないような剣だった。
「
「蒼湖猟鳥」
前キャスターが放った剣は斜め上の方へと飛んでいき、アーチャーの放った剣は一直線に前キャスターの方を……
いや、急に向きを変えて飛んでいく。
前キャスターが放った剣は直角以上に曲がり、急降下を開始。狙うはアーチャー……いや、僕か?
アーチャーの放った剣はまるで狙っているかのように前キャスターが放った剣の方へと向かっていく。
2つの違う意味を持った剣は、
互いに激突して、
両方とも消滅した。
「う……っ!」
余波が広がる。思わず体がぐらつくけど、何とかその場に踏みとどまる。
フルンディング、確か僕の記憶が正しければデンマークの方に伝わる英雄、ベオウルフの持つ剣だったはず。
ゲルマンの叙事詩の中ではかなり古い分類のはずだ。
それを使って前キャスターの魔術を的確に射抜いていたけど、アーチャーが使ったあれは宝具のはずだ。
それを相殺するほどの前キャスターの魔術とは……。
「そして……アーチャーのサーヴァントさん。お久しぶりね」
笑みを浮かべてその少女はつぶやく。
なおも彼女の周りには水が浮遊していて、それが今にも襲いかかってきそうだ。
アーチャーは弓を構えて僕や瑪瑙の前に立つ。
「……恥を知りなさい。貴女ほどの魔術師ならばわざわざ脱落したマスターを狙う事をせずとも十分なはずです。それを……!」
僕は前キャスターに対してそう口調を荒げて言い放った。
その言葉がどれほど理不尽なものかは分かっている。
勝率を増やそうと思うならば前キャスターが行った行為は当然のものだ。
魔術師であるならばその選択は当然のものであり、僕の言葉がどれほど馬鹿げているかも身にしみている。
だけど、これを言わないわけにはいかなかった。
そんな彼女はそれをさも当然のようにして目を見開く。
「……わたしはまだ盤上に立ち……彼女は盤上から降りた。だけど……至高の存在にはまだ足りない」
至高の存在、それは聖杯の事だろうか。
前キャスターは目を見開いたままで笑みを浮かべる。
それはもはや心和むと言うより、歪んでいた。
「わたしはそれを手に入れて真実を手に入れる……」
「キャスター!」
駄目だ。いくら言っても無駄だろう。
こうなったら戦うしかない。
正規のサーヴァントとなったのなら、彼女を倒せば聖杯の完成に一歩近づく。
現在脱落は2人。聖杯完成には程遠い。
「う……」
と、腕の中に抱えていたメノウが若干うめく。
前キャスターはなぜか彼女も標的にしていた。
今すぐにでも戦いたいところだけど、メノウを安全な場所に移さないと彼女が危ない。
ここは歯を食いしばってでも退却を選ばなくては。
既に傷口に押さえつけている布は真っ赤に染まっている。これでは出血多量で死にかねない。
「アーチャー、しんがりをお願いできますか。メノウを安全なところまで移さねばなりません」
「分かった」
アーチャーは即座に返答し、弓をそのまま構える。
相手はセイバーのように一対一に特化した存在ではなく、広範囲攻撃を得意とするキャスター。
僕は見ていないけれど、キャスターと前キャスターの戦いは大魔術の応酬だったらしい。
アーチャーが食い止めてくれていても逃げ切れるだろうか。
思い出すのはキャスターがやっていた戦い。
ランサーと、ライダーと、再びランサーと。戦った時に使っていたキャスターの魔術を。
小一時間キャスターを操っただけで城下町を城そのものを含めて攻略できそうなほど強力なものだった。
教わってはいたけれど、まさか千年以上の差でここまで魔術の違いが出るとは全く思わなかった。
前キャスターはそのキャスターと互角に戦った相手。
しかも今の状態から見れば、理性もあれば技術もある。正に万全の状態。
その彼女が、僕らを逃がしてくれるのだろうか?
「逃げたいのね」
「……っ!」
まるで僕の考え全てを見透かしたような笑みを浮かべる前キャスター。
今度浮かべる笑みはとても人を和ませる笑顔だけど、その笑みを浮かべながら人を殺す事にためらいなんてないだろう。
その笑顔で彼女はこんな言葉を口にした。
「いいわ。お逃げなさい。あなたの枷はわたしの手にないのだから」
「え?」
……意外な言葉。
それは油断を誘うものなのか。それとも単に僕らに興味がないのか。それともアーチャーがいるからか。
その真意は分からない。分からないけれど、選んでいる暇はない。
「ではアーチャー。よろしくお願いします」
例え罠だったとしても、アーチャーなら食い止めてくれるはずだ。
僕は頭を下げて彼女をおんぶさせる。
車椅子を修復して彼女を運ぶ事もできたけれど、速度を考えるとこちらの方がいい。
そして重力軽減と筋力上昇を行い、後ろも見ずに走り出した。
目指すは、当然百目木邸だ。
はっきり言うと今の僕の頭の中には聖杯戦争の事などどうでもよかった。
今助けられる人がいるなら、僕は助けたかった。
それがレンの妹ならなおさらだ。
彼女が遠坂とかは関係ない。今回彼女は参加者ではないのだから。
でもふと思ってしまう。
もし彼女が聖杯戦争に参加していて、サーヴァントを失った状態でいたらどうしたのか。
多分、僕は……。
「魔術師だからと見捨てたのか、それとも……」
レンが悲しむ姿が見たくないからと救うのか、彼女が魔術師だからと見捨てるのか。
レンを取るなら前者、お嬢様を取るなら後者。
僕はその時、どちらを取ったのだろうか。
分からない。考えたくない。できれば先延ばしにしたい考えだ。
もしかしたら、この先起こるかもしれない選択肢なのだから。
/interlude
ディートリッヒは瑪瑙を抱えて遠坂の土地から全速で走り出していた。
それをわき目でも見ずに確認するアーチャー。
前キャスターを警戒しつつ他のサーヴァントによる不意打ちがないかどうかに細心の注意を払う。
だが前キャスターは攻撃を全く仕掛けず、他のサーヴァントも無防備なディートを攻撃しようとはしなかった。
「……攻撃は仕掛けないんだな」
「……そう。わたしには必要ないから……」
笑みを浮かべつつ前キャスターはアーチャーの言葉に答える。
その言葉に疑問しか浮かばないアーチャー。
「脱落したマスターは狙っておいて脱落していないマスターは狙わない、だと?」
「ええ」
「なぜ?」
と言っても答えは全く当てにしていない。
ディートが一刻も早く百目木の家に行く時間稼ぎをしているだけに過ぎない。
だが、
「貴方が一番邪魔だから……」
屈託もない笑顔で、彼女がさらりと断言した。
その瞬間、浮かんでいた水の球、おおよそ6つが高速回転を始める。
遠心力で飛び散る事はもちろんない。だがその球は円盤状、やがて円の刀と化す。
「舞え流蛇の如く」
「……」
更に回転運動をするその水の刃。
アーチャーはその目を持って円刀をたしかめると、それはのこぎりの刃のように無数の歯がついていた。
「チェーンソーのように高速回転運動させる事で断絶力を増したのか!」
そのチェーンソーという単語に前キャスターは聞き覚えがなかったが、そのような道具があったのだろう程度に受け止めておく。
どうやらマスターは逃がしてもサーヴァントを逃がす気はないらしい。
「ところで一つ、聞いていいか?」
「どうぞ」
戦闘になれば会話など言語道断。問答無用での戦闘が続けられるだろう。
だがその前に聞いておかねばならない事がある。
それは、
「ワンレイリーはどうした」
体が不自由な瑪瑙が事後処理を円滑に行うために派遣した、ライダーのマスター。
彼女は瑪瑙の、つまり遠坂の屋敷に居候していたはず。だがそのレイリーは来ず、瑪瑙が重傷を負った。
つまり、
「彼女はもう自由……あらゆる束縛から解き放たれたひばり……」
つまり、殺したのか。
遠まわしな発言をそう解釈し、アーチャーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「もういい」
その後つむいだ意味のある言葉でアーチャーは一つの剣を取り出した。
そしてそれを矢としてつがえる。
その場にマスターがいればその雰囲気と空気が一変した事に驚くだろうが、この場にいるのは英霊が2人。
その2人がその場の雰囲気だけでひるむはずがない。
「おまえはここで脱落しろ。キャスター」
水の刃が襲い掛かるのと矢が放たれるのは全く同時だった。
interlude out
/
「ディート!」
道を半ばも行かない所で僕はダーヴェルにおんぶされたキャスターと遭遇する。
……僕が思念を送ってから来たにしてはやけに早い遭遇なのだけれども。
「キャスター! メノウが……!」
「詳しくは見ておいた! さあ早く彼女をダーヴェルの方に!」
僕が主張するよりも早くキャスターが強く主張したので、背中に抱えたメノウをダーヴェルに移す。
正直な話、魔術で僕も早くなっているから全く意味がないと思うのだけれども……。
「ダーヴェル、とにかく急いであたしの工房に彼女を運んで。その際に合言葉を忘れないでね」
「分かってる。先に行ってるぞ」
そう言うが早いか、ダーヴェルは駆け出した。
……って速い! 魔術によって重力軽減、脚力上昇まで行っている僕よりもはるかに速い。
もしかしたらサーヴァントクラスか……!?
「ってキャスター。ちょっと……」
「ん? どうかしたの?」
キャスターはそんな僕にかまわずのんきな声を上げる。
「何で僕の背中に乗ってるの?」
「残念だけどあたしは興味ない魔術は学ばなかった。早く走る事より姿を変える方が何かと便利だしね」
姿を変える……ああ、なるほど。
そう言えばドルイドはそうやってアーサー王たちすら分からないよう姿を変えることができたっけ。
なら移動時には空高く飛ぶ鳥になって移動をしていてもおかしくはない。空間転移ができないと断言しているし。
「だからって何で僕の背中?」
「ディートの方があたしより速いから」
……納得いくけど納得いかない。
考えを別の方へ持っていこう。
まず真っ先に疑問に思ったこと、キャスターが僕が思ったより早くやってこれた理由はダーヴェルがあそこまで速いおかげだろう。
速さのためだけに呼び出したのか、鎧はつけていなかったし。
「ダーヴェルは脚で名をはせた騎士だったの?」
「まあね。あいつは騎士と言うより剣士。馬に乗る馬上槍試合ではボロ負けだったし」
そうですか。
アーサー王の時代に本にあるような典型的騎士道が本当にあったかは甚だ疑問だけれども、腕試しに騎乗試合を行った事は確からしい。
つまりダーヴェルは歩兵?
「ああして何人もけが人を運んだっけな。生前も」
「へえ……」
足が速ければそれだけ早く医者の下に病人やけが人を運べる。戦場以外でも速さがあって人が救われるところはいくらでもあるから。
ちょっと顔が緩む。
でもここで疑問がまた浮かぶ。
キャスターの言葉、「詳しくは見ておいた」って何だ?
見ておいた。おそらくはそのまんまの意味だろう。つまり、
「一部始終を使い魔で見ていたの?」
「まあね。こんな短期決戦の場ではそれは当たり前でしょう?」
……それは分かっている。
使い魔が有効なのは当たり前の話だ。
マスターとサーヴァントが見回る範囲などたかが知れている。
だが使い魔をこの限定された聖杯戦争の舞台に張り巡らす事さえすれば他のサーヴァントの動向を察知する事ができる。
そして敵マスターの本拠地を見つかれば儲けもの、サーヴァント戦をそれで見れば次自分たちが戦う時にその対策が立てやすくなる。
特に常連のアインツベルン、遠坂、マキリの拠点を押さえる事はもはや定石としか言いようがない。
……問題は『見物』ができても『介入』ができない事。
一般犠牲者を少なくしたいメノウが機動力に非常にとんだライダーを召喚させたのもうなづける。
いうなら使い魔を放つ事は今後に備える当たり前の事なんだ。
だからキャスターであるニムエがそれを行っていても当然の事だ。
クリスお嬢様もそれをやっていし、それ自体は否定するつもりも非難するつもりもない。
だけど、
「ならマキリの屋敷も監視できたんじゃあ……」
「ところがマキリの屋敷は蟲が使い魔を逆監視している上に前キャスターもいて、使い魔がいい位置にいけないんだ。
毎日どころか数時間に何回も送ってみてたけど、ことごとく殺されてた。分かった?」
「分かった」
ようは監視されたくないから見回りをして、使い魔を無力化していたわけか。
前回からのサーヴァントを従えていたのだからそれだけ用意周到になってもおかしくない。
……と言うより僕らが無用心すぎるのかもしれないけれど。
十字路にさしかかってまた地をける。
ようやく行程としては半分。彼女は治癒魔術を受け付けないのだから、何らかの魔術要素が絡んでいると見て間違いない。
なら、解呪が必要。キャスターに一刻も早く見てもらわないと。
「ねえディート」
そんな中、彼女が何気ない口調で声をかけてくる。
「何か?」
僕は顔を向けないで聞き返す。
これだけ高速で移動しているし、時刻はまだ昼間だ。人通りもある。
人の意識を向けさせないようにしたり気配遮断をしたりと魔術要素で隠しているからこっちに気づかれる事はないけれど、逆に気づかれないと
言う事は僕を避けてもくれないと言う事。
つまり、僕が意識をキャスターに向けた途端に人とぶつかってしまう可能性だってあるんだ。
この速度で体当たりをすれば相手が壁に激突し、もしかしたら死んでしまうかもしれない。
なので無礼は承知だけれども、許してほしい。
「結局遠坂の魔術師も助けるんだ」
だが彼女の言葉でその注意すらどこかにとび、キャスターの方に意識を向けてしまう。
僕のすぐそばを一般の人が通り過ぎる。
「……ええ。彼女はマスターじゃないから」
「ふぅん。なら逆にメノウが殺されててレイリーが瀕死だったら?」
……忘れていた。彼女の事を。
言われてみれば彼女はメノウと一緒にすごしていたのだから、その場にいたのかもしれない。
でも彼女は宝具持ちの接近戦をする人物。
メノウと組して前キャスターに対抗したと言う事は、レイリーが前衛でメノウが後衛だったはずだ。
その後衛のメノウが重傷と言う事は……、
「もしもの話をすると言う事は、彼女は……」
「死んだよ。メノウをかばって」
……。
「そう……ですか」
あのライダーと共にいた女性。
魔術師ではなく魔術使い、いや、彼女は武芸者だった。魔術を宝具を使う事だけに特化させていたような、そんな彼女は、もういない。
それをメノウが知ればどう思うのか。レンが知ればどう思うのか。
嫌悪感がわく。こんな仕打ちをした前キャスターに対して。それはいずれつけないといけない。
悲しみがわく。彼女とは柳洞寺で行動を共にしたから、遠坂の屋敷で会ったから。
こんな僕は魔術師としてふさわしくないだろう。
シャルロットの時は僕は心が震えた。その感動で涙を流した。止まらないほどに。
レンの言葉には何度も涙した。その言葉が絶望のふちにいた僕にはとてもうれしくて。
レンが悲劇を聞いた時には心痛めた。あんな悲痛で自分自身を呪う彼は見たくない。
レイリーとは親しくはないけれど、知人と言っても過言ではないだろう。
僕がおかしくなったのか、それとも正常に戻ったのだろうか?
分からない。僕には分からない。
「……助けません。彼女だって聖杯戦争に参加していたからには覚悟はしていたはずです。ならば私が手助けをする理由がどこにもありません」
「模範的な回答をどうも。実際に起こってないから本当にそうするかは分からないけど」
口ではそう言うし、本当ならそれが普通だろう。
キャスターは僕の言ったことを疑いながらそっぽ向いて言い放つ。
本来なら死は死でしかなく、他のものを引き起こさない。利を追求するだけなら感情は必要ない。
それが人の手の届かないところを目指す魔術師なのだから。
感情がその妨げになるなら、正義がその妨げになるなら、必要ない。
僕たちはお嬢様のために、聖杯を完成させねばならないのだから。
「意外と淡白なのね」
「……」
返事はしない。
おそらく行動としてはそうしただろうけれど、本当ならそれはしたくない自分がいるから。
僕はアインツベルンから命を受け、お嬢様につくすと誓い、この地にやって来た。
お嬢様のためならば僕は喜んで何でもしただろうし、自分の犠牲も厭わなかっただろう。
だから自分の感情の叫びを無視してその行動を取る。
でも、それが変わったのはいつからか?
この地の人に触れ合ってからか、レンと出会ってからか、シャルロットに救われてキャスターと出会ってからか。
それとも、その全部があったから?
今でもお嬢様のために聖杯を完成させたい気持ちに揺るぎはない。
その気持ちがある限り、他の感情は殺してしまわなきゃいけない。他の人を蹴落とさなきゃいけない。
僕がどんなに悲しくても、苦しくても、お嬢様さえ笑顔ならば……。
でも、今は……。
一成さん、沙耶さん、英さん、アーチャー、キャスター、
そして……、
「レン……」
僕は知った。あまりに知りすぎた。
もう以前の自分には戻れない。
僕はこの感情を抑えきれそうにない。
この日常の風景を守っていきたい。無事でいて欲しい。
だから、僕は多分こうしただろう。
レイリーは助けた。もう彼女は聖杯戦争に関わってこない。
ライダーが彼女にとってどれだけ大切な存在かは少しのやり取りだけで分かった。
いくら他のサーヴァントと再び組む可能性があっても、今の僕は組まない可能性に期待する。
だから、僕はその場に遭遇すれば彼女を助けただろう。
それこそシャルロットみたいに。
「ディートってさ、思ったんだけれども……」
キャスターはどこか遠くを見るように視線を外し、たそがれるように述べてくる。
いつもの雰囲気ではなかった。
「自己がないよね」
「え?」
「聖杯を手に入れたいのはクリスのため。この戦争を勝ち抜くのはレンやシャルロットのため。マキリに憤るのは他の人を犠牲にするから」
「そう、だけど……」
「なら君は自分のために何かをしようとは思わないの?」
……そんな事考えた事もなかった。
自分のために、行動を? この聖杯戦争を?
「君はクリスたちのためならその命をすぐに投げ出そうとしているでしょう。レンやシャルロットの思いに報いたいから行動をしているでしょう。
じゃあ……」
自己はあるの? 彼女は続けなかったけど、確実にそう言っていた。
頭の中が真っ白になる僕にキャスターはなおも続ける。
「クリスやレンが願いを達成できれば自分は幸せです、満足です。とでも言いたいんでしょう? 他人さえ願いがかなえばそれでいい。
そのどこに自己があるのかしら」
……何も言い返せない。
そんな事考えた事もないのに、キャスターへの答えが簡単に思い浮かぶはずがないから。
あの雪で一面の銀世界。そこでの運命的な出会い。
その瞬間に決めたんだ。全てをささげたいと。
この街での心うたれるあの一言。
その瞬間に決めたんだ。その期待にこたえようと。
自分の事を顧みずに見ず知らずの他人を救おうとしたあの行動。
その瞬間に決めたんだ。その行動を無駄にはしないと。
3人の剣と杖での誓い。主人のために行動をささげる人たち。
その瞬間に決めたんだ。絶対にこの人たちを勝たせたいと。
流れるような平穏な生活。そこには英雄も人間も敵も味方もなく、平等に流れている時間。
その瞬間に決めたんだ。それを絶対に守っていきたいと。
「……自己ならあります」
「え?」
だから僕は自己がないはずがない。
だって、この事は自分で決めたのだから。
だから、キャスターの言う事は間違っている。
「いくら他人に依存する幸せだとしても、僕はそれを自分の幸せだと感じます。クリスお嬢様が笑えば僕も笑えるし、レンが嬉しければ僕もそう。
確かに僕は大きく他人に左右されるかもしれません。でも、この思いは本物ですから……!」
「ディート……」
「だから、いくらレンやシャルロット、キャスターのために聖杯戦争を勝ち抜こうとしていても、お嬢様のために聖杯を完成させようとしていても、
それは私が自分の意思で決めた事です」
なおも僕は続ける。
全てをさらけだすように。
「義務や義理なんかじゃない。この思いは本物なのだから……!」
気づけば僕はまた涙していた。
何が悲しかったわけじゃない。何が嬉しかったわけじゃない。
ただ、涙が流れていた。
そう、この思いは本物なんだ。
それは誰にだって踏みにじられたくない、変貌させたくない。
これが変わったら、僕は……。
「……よかった」
「え?」
キャスターはまるで安堵するかのような表情を見せていた。
幼さい顔だと言うのに、それは僕にはいない母親に見えてならない。
「クリスのために、シャルロットのために、レンのために、あたしのために。そう言ってディートはがんじがらめになっているとばかり思ってたよ。安心しちゃった」
「キャスター……」
「ならあたしは……」
にいっ、と。彼女は笑ってみせる。
「君のために全ての行動をささげようじゃないか。改めてね」
「ええ、よろしくお願いしますね」
僕も彼女に笑ってみせる。
これ以上キャスターに迷惑を、心配をかけさせたいために。
強くなろう。
能力ではなく、心の面で。
いつまでも泣いてばかりはいられない。
でも、僕はふと思ってしまう。
もしかしたらありえるかもしれない未来の事を。
これが起こったら僕はどう行動するんだろうか。
想像もできない。想像もしたくない。
こればかりは、絶対に。
お嬢様とレンが本気で殺しあう事になってしまったら……。
to the next stage…
今回はディートの内面に重点を置きました。いかがだったでしょうか?
この話は何度も何度も書き直しました。納得がいくまでなんども。これで一応納得はしましたが、また書き直す可能性も否定できません。
今回の話はこれだけです。それでは次の舞台で。
2007年1月5日