Fate/the midnight saga
第44話
/11日目
葵の蘇生から数分後、前キャスターでありアサシンでもあるサタナが消滅した事で、彼女の魔術は効力を失った。
深い眠りについていた町の人々は目覚めだし、普段どおりの生活を送り始めたようだ。
その時までには瑪瑙は後始末を全て済ませる事ができ、神秘が暴露される事はなかった。
だから俺達は何事もなかったかのように振舞う事も出来たが、そんな事はもちろんしなかった。
「……」
「――」
俺達は現在客間で正座をして師範たちを待っていた。
第一次を経験したらしい師範になら本当の事を話せるし、これは避けて通れない事実なんだから。
しかし……その時間がとてつもなく長く感じられた。
時計を確認してみると師範に話があると申し出てからわずかに数分し語っていなかったからより驚きでもあった。
本当は永久に師範は現れないのではないか、とまで錯覚しそうなほどだった。
「レン、顔色が悪いぞ。ここは俺達が説明しておくから早く休まないと」
「これは俺が説明しなきゃいけないんだ。分かってくれアーチャー」
朝から怪我と疲労を蓄積したような体に鞭打っているんだから顔色が悪くなった程度で済んでるなら十分だ。
今この場にいるのは俺とアーチャー、そして英ねえの三人。
ディートとクリス達は部屋にこもって会談を行っているようだし、瑪瑙は後始末を終えた後葵を見てくれている。
それに……こんな結果報告をするのは俺と英ねえだけで十分だ。
「すまん。遅れた」
どれほど経ったのか、和服姿の師範が障子を開けて部屋に入り、上座に座った。
だが俺達の表情をうかがったのか、うかない顔をする。
「どうしたお前達、そんな表情をして」
「……それは――」
「――」
その前に俺は他の誰にも聞かれたくなかったので、部屋に魔術を施して音が漏れないように処置する。
そして意を決し、話を始める。
まず俺が寝ていた時の事をアーチャーが詳細に語ってくれた。
町全体の睡眠は前キャスターの仕業。まさか水源を利用して町全体を眠らせるなんて思いもしなかった手口だった。
葵が英ねえとサタナを伴って百目木邸攻略……と言うよりはたまたま百目木邸にいるディート達を倒そうとしたわけか。
戦いが激化していく中で突如現れた遠坂双魔。その場にいたものが聖杯戦争で生き残っているサーヴァント全てで、一網打尽にしようとしたらしい。
ランサーの正体が全宝具の原典を所有する最古の英雄で、全員が束になっても敵わなかった。
そして、アレは起こった。
「ランサーの『原罪』が前セイバーに向けられ、それをかばった葵が死んだ」
な、んて皮肉だ。
本来守るべきはずだったマスターがサーヴァントをかばうだなんて。
しかも葵が英ねえをかばってああなったなんて……とても信じられない。
アーチャーは一見すると冷静そのもので状況説明も淡々と行っているが、その真意は読み取れそうにない。
英ねえはただ膝に手を置いてうつむいたまま微動だにしない。髪に隠れて表情も見れない。
師範は……さすがに慌てている様子だった。
「それで前キャスターがキャスターと共に魔法を執り行い葵の蘇生には成功したのだが……」
誤解させてはならないと思ったのか、次の説明は矢継ぎ早だった。
それを聞いてほっとする師範だったが……正直この先は語りたくないな。
「したんだが、なんだ?」
「……」「――」「それはその」
誰も口火を切ろうとしない。というかアーチャー、俺をじっと見つめるのは止めてくれ。
しかし英ねえは黙秘を続けていて悪く言うならほとんど役に立たないから、俺が発言するしかない。
「実は――」
俺は葵の様子を事細かに説明した。
葵の記憶が失われた事。葵の人格が初期化された事。
そして、それはもう戻らない事。
「――」
さすがの師範も何も言うことが出来ない様子だった。
だけどそれは当たり前だろう。昨日まで当たり前に行われていて今日も同じように繰り返すはずだった日常が崩壊したんだから。
だが師範は俺の予想に反して俺達を攻めようとはせず、ただ腕を組んで黙したままだった。
「それで、今葵はどうしているんだ?」
「……見てもらえれば分かります」
俺は鉛のように重い腰を上げて、背中側のふすまをゆっくりと開けた。
隣の客間では葵が静かに寝ていた。
涙の跡が乾いたのか顔は乾燥していて、子供が熟睡したみたいに安らかな寝息を立てていた。
隣で寝そべっている瑪瑙は葵の手を握り締めながら子守唄を歌っていた。
「……子供をあやすのはもう少し先になると思っていたのですがね」
「ありがとうな。瑪瑙のおかげで本当に助かった」
「仕方がありませんよ。あの中では私が一番マシでしたから」
瑪瑙はきりがいいところまで歌ってから体を起こす。
彼女の発言を聞いた英ねえは体を一瞬だけ反応させた。
あの時庭にいた一行で葵が怖がらなかったただ一人が瑪瑙だったのだ。
歴戦の英雄は当たり前、クリスやディートは正直母性とは縁が薄そうだったからいいとしよう。
けれど、葵は俺や英ねえすら怖がった。恐れた。
いや……あの中で葵は俺達二人を最も拒絶したのだ。
衝撃を受けるしかなかった。
純粋な彼女からしたら、俺や英ねえが恐怖の対象でしかなかったのだから。
だからあの時俺達は瑪瑙に葵を託した。託すしかなかったんだ……!
「……血……」
「えっ……?」
唐突につぶやいた英ねえに俺は思わず声をかける。
だが彼女は自分しか見えていないように言葉を並べる。
「私はただ笑顔が欲しかった。優しく温かく……安らかな日々を送れるような……最も大切な人の笑顔が欲しかっただけなんだ。
そのために敵の兵士を、騎士を、貴族を、民を手にかけて……それでも得られなければ同胞を、兄弟をも手にかけて……。
そしてその最も大切な人を前にして振り返ってみれば……大地も空も大切な人も、そして私自身も血で染まっているんです」
「英ねえ?」
英ねえはゆっくりと両手をあげ、呆然と見つめる。
「結局私は私だった。どのような道を歩もうともこの手は同胞の、国の民の、そして大切な人で真っ赤に染まったままだった。
私は触れるものを汚すことだけしかできなかった……!」
「英ねえ落ち着――」
「ワタシにかまうなっ!」
それは一瞬の出来事で、俺には全く反応できなかった。
気付いた時には英ねえは剣を現界させていて、俺の首元でアーチャーの剣と交錯している状態だった。
「英……いや、セイバー。らしくないぞ」
「いえ、らしくなかったのは『柳洞英』の方だったようです……カズナリ」
刀を今にも抜刀させようとしていた師範はきつく言い放つが、英ねえはそれを否定する。
「所詮ワタシは誰かを守護できる騎士ではなかった。この身は……血塗られた剣士に過ぎなかったんだ」
「それ、どういう意味だよ英ねえ……」
「全てがアオイの脅えようが証明していた。アオイの拒絶が……『柳洞英』が無駄だった事を示してくれた」
英ねえは話を全く聞こうとせずに勢いよく立ち上がった。
そして俺と師範の前を颯爽と通り過ぎて障子のほうへ足を進める。
「私は……存在するべきではなかった」
「英ねえ!」
思わず俺は英ねえの腕を掴んだ。
今この場で英ねえに切り殺される可能性は頭から吹き飛んでいた。それほど俺は必死だった。
幸いにも英ねえは顔をこっちに向けるだけで済ませた。
「頼むから……『柳洞英』を否定しないでくれ……。葵がまっさらな状態になっても葵と貴女が過ごした時間はかけがえのないものなんだから……」
「レン……」
英ねえはそっと俺が彼女を掴んでいる手に触れる。
「なら、オマエは捨てられるのか?」
「ぎ……!」
英ねえは一瞬で俺の手を強引に引き剥がし、逆に俺の手と手首をつぶさんとばかりに強く握り締めてきた。
あまりにも突然だったから叫び声すらあげられない。
「遠坂憐を、レン・グリーンウッドを。魔道を魔術を剣技を! 葵が脅えないように捨てることが出来るのか!?
歩んできた道は決して捨て去る事は出来ない! 死んでも己の所業は必ず伴う!
私はいくら『柳洞英』を取り繕っても、所詮たった一人の少女の笑顔すら守れなかったんだっ!!」
愕然としてしまった。あまりにも的を射ていたから。
英ねえの悲痛なまでの慟哭にも似た叫びは、俺に言い聞かせるというより自分自身に言っているようだった。
俺も師範も、アーチャーすら何も言うことが出来なかった。
「結局私はそのように定められた存在にすぎなかった。人に笑顔をもたらす存在では決して……」
英ねえは力弱く俺から手を離すと、足取り弱く廊下を抜けて庭へと出た。
身にまとっている漆黒のドレスが鮮やかにゆれるのがまた痛々しい。
そして彼女は、
「さようなら。アオイの事をよろしく頼む」
悲惨なほど美しく、乾いた笑顔を見せる。
そして次には魔力の結晶で武装し、力強く飛び去っていった。
俺はそれをただ黙って見ているだけしか出来なかった。
「英、ねえ……」
そんな莫迦なことがあるかよ……。
柳洞英は決して無駄じゃない。葵の今までの一生だって決して無駄じゃない。
いくら魔法で記憶が消去されても今まで過ごした事実は覆しようはない。全てを忘れ去っても無駄だったわけじゃない。
英ねえは……葵にとってはかけがえのない、母親のような存在だったんだから。
血塗られた剣士だった? 生前兄弟や大切な人を手にかけた? そんなの知ったこっちゃないし関係ない。
間違いなんかじゃない。英ねえが抱いていた思いは、志は、決意は。そのためにどんな結末を迎えても決して誤っていない。
どんな悲惨であっても、どんな終焉であっても、抱いた尊い想いだけは本物なのだから――!
はは……想いは本物、英ねえの口癖だよな。
それだけ英ねえが大切に想っている人って一体誰なんだろうか。
奇跡でも起こって一度会ってみたいものだ。
「……アーチャー。もう葵には令呪はないんだよな」
「ああ。もう間桐葵はマスターじゃない。アサシンの令呪も前セイバーの令呪も消失していた。これで彼女は聖杯戦争から脱落だろう」
そうか。それだけは本当に良かった。
これ以上葵を巻き込みたくなかったから……。
「じゃあ英ねえは……」
「あまった令呪は聖杯に戻って契約候補者に再配布されるらしい。その理屈でいけば、新たにマスターになった者と契約する必要があるな。
――彼女が既存のマスターと契約するとはとても思えない」
「けれど英ねえはセイバー、単独行動スキルはなんだろう? なら……」
「万全でも二、三時間で魔力が尽きる。激戦を終えた後の彼女ならもっと早いかもしれないな」
これから英ねえは短い時間の間に新たなマスターを見つけ出して契約する必要があるのか。
けれどこの町で残った魔術師は数少ない。一体誰がそうなんだろうか?
「――英ねえならその短時間でも絶対にものにしてみせる。そして必ず俺達の前に姿を現す。最強のサーヴァント、セイバーとして」
その時、英ねえは確実に俺達の敵として立ちはだかるだろう。
あの剣技、あの宝具。思い出すだけで最強の敵だと印象付けられる。
「聖杯戦争の相談なら後にしろ。それより今は葵の事を話し合うべきだろう」
「あ」
師範の鋭い指摘にようやく我に返った。そういえばそうだった。
俺は何とか心を沈めて座布団の上に座った。
「葵がどうなったかは分かった。では今後どうするつもりなんだ?」
「――っ」
的確で、かつ俺が最も考えたくない箇所に師範は切り込んできた。
葵はマキリの魔術師。俺や師範がどう思っていようとそれを覆しようはない。
だからこのような状態になってもマキリにひきとられるだけでマキリの魔術師としての修行がまた始まるだけだ。
葵を等価交換する材料も俺にはない。つまり、間桐葵はもう普段の生活に戻れなくなるはずだ。
「その……」
言おうとしても声が出てこない。
どうしようもない未来はあまりにも無力なせいで変える事が出来ない。
歯が割れそうなほど強く噛み締めていると、口の中で鉄の味がしだす。
「私は百目木の養子にすべきだと思いますが」
「「「!?」」」
発言をしたのは意外にも瑪瑙だった。そしてそれは俺達を驚かせるのに十分だった。
英霊のアーチャーすら驚愕してる。
「だけど葵はマキリの魔術師。臓硯が見過ごすとは思えない」
「はあ、まさかそれを本気でおっしゃっているのですか? 憐お兄様」
瑪瑙は心底呆れ果てたため息を漏らしてくれた。
正直今の俺の状態では怒る事も許されないのが悔しかった。
彼女は出来の悪い生徒に教えるかのように人差し指を立てる。
「いいですか。私が召還した外部のマスターはともかく、我々始まりの三家は聖杯戦争に万全の状態で挑みます。
それは万が一敗れ去った未来の想定すら例外ではありません。
アインツベルンがホムンクルスを利用し、遠坂が代理のマスターを召還したのと同様に、マキリも対策を講じていますよ。
間桐葵が聖杯戦争で敗れて死んでもマキリが残るように」
「葵はマキリの当主だ。臓硯がそう簡単に死ぬとは思えないし、今の葵を見逃すとは――」
「その前提がそもそも間違っているのですよ。知りませんか? マキリの家族は五人だということを」
マキリの家族は五人? そう言えば葵もそんな事言ってたな。
……五人? 英ねえたちを含めて?
間桐葵、間桐臓硯。葵の両親は死亡済み。前セイバー、前キャスターらサーヴァントを含めて四人。
あの時は気にしてなかったけど、あと一人誰だ?
「今回の聖杯戦争には葵と臓硯双方がマスターとして参戦しています。全滅の可能性だって十分にある。
ですから、聖杯戦争に参加していないマキリもいるのですよ」
「えっ?」
それは初耳だった。
葵に臓硯以外の家族がいた? 『お爺様』の存在は語ってくれた事はあってもその存在については語った事はなかったぞ。
「今世代を受け持つ当主と次世代につなげる当主の分割。それがマキリのとった策です」
それは思わず納得してしまう手段だった。
もしかしたら遠坂とて双魔と瑪瑙で同じ運命をたどっていたかもしれない。
さすがに十数才の少女にマキリの全てを託す気にはなれなかったか。
「私とてセカンドオーナーになったからこそ知っているようなものですし、間桐葵が彼女の事を百目木で話すことはまずないでしょうね。
なぜなら、彼女は次世代を生み出すためだけの存在なのですから」
「ちょっと待て」
――次世代を生み出すだけの存在?
なんだ、それは。
「間桐瑠璃。間桐葵の一年上の姉さえいれば臓硯にとっては問題ないでしょう。交渉は難航するでしょうが成立する可能性は十分にあります」
俺の疑問をよそに瑪瑙はそう続けた。
瑪瑙が説明しなかったのなら俺が知る必要のない事なんだろう。俺も問わない事にする。
「……すまない瑪瑙。世話をかける」
「ふふ。トイチとは言いませんが、遠坂のつけは重いですよ。覚悟しておいてくださいね」
う、それは身にしみて分かっております。この恩には絶対報いるつもりだ。
ん? アーチャーが冷や汗を流しているがなんでだ?
「ですから間桐葵が百目木葵となってもかまわないのではないでしょうか。
あとはそちらの問題ですので、私はこれで失礼させていただき――」
不意に瑪瑙の言葉が止まった。
彼女は急に腕を押さえて身を折り、激痛に必死に耐えるように苦悶の表情を浮かべる。
「瑪瑙! あまり無茶は……」
「――心配ご無用です。私は大丈夫ですから……」
瑪瑙は俺の心配をよそにそばに置いてあった車椅子に手をかける。
アーチャーはそんな彼女を抱きかかえて車椅子に座らせた。あまりに自然な動作だったから驚きもしなかった。
「前キャスターが退場して命を狙われなくなりましたし、使い魔が使用可能になりましたから。状況把握とたまった雑務をこなさなければ」
瑪瑙は車輪を回転させて廊下へと出て行く。
そしてこちらに礼儀正しくスカートをつまんで頭を下げた。
「それではごきげんよう。お兄様に遠坂の誇りがあらんことを」
瑪瑙はその場を去り、残ったのは俺たち三人だけになった。
空気が重苦しい。肺から言葉を搾り出そうとするだけで窒息しそうだ。
俺もアーチャーも、師範すら声を発しようとしなかった。
「……俺自身は葵が百目木の養子となってもいいと思う」
重苦しい空気の中に漂う沈黙を破ったのは師範だった。
「あの様子ではセイバーはもはや葵の元へは戻らないだろう。聖杯戦争の結末がどうなろうとも、セイバーは必ず座へと下るはずだ」
「そう、でしょうね……」
「マキリに戻すのはどうなんだ? 彼女はマキリの魔術師だったんだろう」
……ああ。葵はマキリの、間桐の魔術師である事に誇りを持っていた。
以前の葵の意思を尊重するならマキリに返してもいい気もしないでもないが、それ以上に彼女が望んでいたものを俺は尊重したい。
「葵の日常をそのままでよろしくお願いします。もう彼女は魔道を歩むべきだとは俺には思えない。
自分勝手かもしれないけれど、俺にはそれがいいと思うんです」
「奇遇だな。俺もだ」
はは、魔術師の俺が一般人の師範と意見が一緒だなんて。
時計塔の魔術師達がこの会話を聞いていたらさぞ俺の正気を疑っただろうな。
とにかく、これで葵の事は最低限安心できる状態にはなった。
あとは……俺自身の処遇だ。
正直ここまで起こしてしまったら俺は今までの日常に留まる事はできないだろう。
これ以上ここにいれば今以上の迷惑をかけるだろうし、今以上の悲しみをもたらす。
英ねえの言ったとおり、俺は葵を脅えさせるだけの存在なんだから。
「それで師範、最後に俺のことなんですが――」
「それは明日ゆっくりと聞かせてもらう。今日はゆっくりと休め」
意を決して発言しようとした途端に釘を指された。
思わず目を見開いてしばし呆然としてしまう。
「あの、師範?」
「そんな状態で重要な決定を下そうだなんて笑わせるな。せめて町内一周できる程度まで回復してからまた来い」
「……っ。それぐらい今の俺だって……」
あまりの言い方に腹が立った俺が勢いよく立ち上がろうとして――膝から力が抜けて倒れる。
「あ、れ?」
「昨晩どれほどの激戦を繰り広げたのか俺には分からんが、今のお前は冷静な判断が出来るような状態じゃない。
背負い込みすぎは自滅するだけだぞ」
「……」
師範の発言はあまりにも正論過ぎて何も言い返せなかった。
虚勢を張るだけの力すら出ない有様なのがとても悔しい。
「……分かりました。それではこれで失礼させてもらいます」
「ああ」
俺は何とか自力で立ち上がり、廊下を歩き始めた。
目指す先はディートの部屋。一刻も早く現状を整理して今後の方針を決めないと。
状態がどんなだろうと双魔は待ってくれない。一分一秒が惜しい。
休むのはそれからでも……。
「憐」
「ん?」
唐突なアーチャーの呼びかけに答えようと振り返り、
「すまない」
アーチャーの一言を聞いて俺の意識は暗転した。
/interlude
「……これはまさか」
百目木邸をあとにした瑪瑙は先程退出間際に生じた、焼きつくような痛みを確認するために袖をめくりあげた。
そこに在るのは見間違えようがない。
聖杯戦争のマスターが与えられる、聖なる痕が彼女の腕に紋様を描いて刻まれていた。
しかも中途半端な形ではなく、三画全てがそろっているのだ。
「私に聖杯戦争へ介入しろ、と?」
何を今更、と瑪瑙は思わず嘆く。
聖杯戦争開始より数ヶ月前、彼女には自身の予想に反して令呪が刻まれた。
だが始めから参加する気のなかった瑪瑙は遠坂のマスターとして外部の者に協力を要請しようとしていたのだ。
表向きのルールを定める際に自身が監督役を務める事も決定事項だった。
遠坂は自身が継ぐ。確固たる自負があったからこそ今回は裏方に回ろうとしていたのだ。
結局自身の令呪は全てレイリーにゆずり、彼女が英霊ライダーを召還した。
今でもその決定に後悔はないし、不足もないと考えている。
だから令呪が再配布された事には大いに疑問を持った。
「私に一体何をやらせようというのですか、聖杯よ」
思わずそうつぶやきはしたが、そんなものの可能性などたった一つしか思い当たらない。
しかし……実を言うと気が進まなかった。
だが誰かがやらねばならないのだろう。
誰かがマスターとなって完全な決着をつけなければならないのだろう。
なら、遠坂瑪瑙がその一端を担ってもいいだろう。
彼女は意を決して車椅子に備え付けられている宝石に魔力を通し、推進力を生み出す。
水平な道はともかく下りや上りは正直こたえる。少しでも腕の負担を和らげようとした横着ではあったが身に着けて後悔はしていなかった。
百目木邸から坂を下って十字路までたどり着くと、瑪瑙は遠坂邸へはむかわずに別の方へ向けて車を走らせた。
魔力で推進力を生んでいる車椅子は坂道が欧州のように舗装されていなくともお構いなしだった。
十数分後、彼女の目の前には石階段が立ちふさがる。
だがそれも彼女にとっては魔術の精度を高める鍛錬に過ぎない。散々遠坂邸でもやってきた事だった。
ただ車椅子の下で小爆発させ、車椅子ごと持ち上げて数段を上るだけだった。それを何度も繰り返す。
狭い石段の上で車椅子のバランスを取るぐらいはお手の物だった。今では魔術なしでもバランスが取れる。
そうやって百目木邸から石段の下までより長い時間をかけて、瑪瑙は目的地に到着する。
そして、探していた人物もあっさりと見つかった。
「トオサカメノウ、だったか」
「先程はどうも。前回のセイバー」
円蔵山の中腹に位置する柳洞寺。その門上に前セイバーは座っていた。
視線の先に広がるのは近代化が進み始めた冬木の街並み。一日が始まったばかりのため活気に満ちている。
束ねていない彼女の黄金の髪が風でさらりと流れる。
「ここに用があってきたわけではないのだろう?」
「ええ、ここにではなく貴女に用があってわざわざ足を運んだんですよ」
「足?」
「揚げ足を取らないで欲しいものですね」
瑪瑙と前セイバーはお互いにお互いの発言に苦笑する。
瑪瑙は車椅子の方向を変え、前セイバーと同じように冬木の町を見下ろした。
「冬木の町を見下ろして何を思っていたのですか?」
「きっとメノウの想像通りだろうな」
「でしょうね」
それはきっと前セイバーが過ごした生前の町並み。
きっと栄光と繁栄に満たされた素晴らしいものだったのだろう。
が、憐のようにそう多く顔を合わせたわけではないし、ましてや葵のように親しい関係でもない。
それに、臓硯のように彼女を召還したのでもない。
だから瑪瑙は彼女自身にはさして興味が持てなかった。
「それで前セイバー。決心は変わりませんか?」
「ああ、変わりはしない」
ゆえに二人の間にこれ以上の会話は不要だった。
「告げる。汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら――」
遠坂瑪瑙は二人の遠坂、憐と双魔の血で血を争う争いに終止符を打つために。
「我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう」
前セイバーは己が出現しざるをえなかった過ちを正すために。
「セイバーの名に懸け誓いを受ける。貴女を我が新たな主として認めよう、瑪瑙」
ランサーとの戦闘で失われた魔力が瑪瑙から供給される。
それは前セイバーのマスターとしても申し分ないものだった。
おそらく万全の状態で戦えるだろう事実を前セイバーは手を開閉させながら確かめた。
「さあ前セイバー、始めなさい。貴女の剣で終焉を」
「異存はない、セカンドオーナー。せいぜい令呪で自害されない奮闘をしよう」
お互いの思惑がうまく重なり合い、新たな主従関係がここに結ばれた。
しかしこの契約は他のどのマスターとサーヴァントよりも冷たく、離れたものであった。
interlude out
/interlude
「随分と遅いわよアーチャー。状況説明ぐらい五分でぱぱーっと終わらせて参上しなさいよ」
「無茶言うな。これでも随分端折って説明してきたんだ。文句があるなら聖杯に収まってるアサシンにでも言ってくれ」
百目木邸でディートリィナに割り振られた個室。
アーチャーは姿を現すとキャスターがいきなり不満をぶつけてきたので即座に反論した。
「――……あー、そっか。あんたアインツベルンの関係者だったから裏事情とか知ってるわけか」
クリスは思わず納得して手をついた。
アーチャーが口にしたのは表向きの聖杯戦争のルールでは決して知ることのない裏の、そして真実の話。
しかしディートに部屋にいるのは裏を知るアインツベルンの関係者ばかりだった。
最も現時点で知る必要のない外部のマスターやサーヴァントは全て脱落しているのだが。
「じゃあ無駄話は抜きで、早速階段を始めましょう」
「なんでキャスターが仕切ってるのよ。この場合仕切るのはマスターで、アインツベルン正統のマスターたる私が仕切るべきでしょう」
「なに言ってんのよ。この場はサーヴァントとして最強な、つまりこのあたしこそが仕切るべきよ」
なんだかとっても低域な争いを始めるキャスターとクリス。
思わずセイバーとアーチャーが魂も抜け出すほど深いため息を漏らした。
「とにかく、レンのやつはどんな状況なの?」
その言い争いがどんな基準だったかはアーチャーには見当もつかなかったが、どうやらクリスの方が仕切る事になったらしい。
彼女はいたってまじめな顔をしてアーチャーに顔を向ける。
「敵マスターの心配をするなんて随分と優しいんだな」
「勘違いしないでよ。一応レンだってうちのディートのために聖杯目指してくれてるんだから、優先順位が低いけれど敵なんだから」
「そうか」
頬を膨らませて強く主張するクリスにとりあえずあいづちをうっておくアーチャー。
なんだかごまかされた気がして不満だったが、指摘するほどの事でもないので続ける。
「それにランサーの宝具を見たでしょう。ソウマの奴だったら最後の令呪を使ってでも宝具の一斉射出をやってきかねない。
その時に対抗できるのはあんただけなのよ」
「分かっている。しかしあの様子だとおそらく数日休んでも万全な状態にはならないだろう。何かいい案はないのか?」
「いい案ね……レンが持っていた宝石の備蓄はどれぐらいなの? あれを還元すればどうかしら」
アーチャーは憐の上着から宝石を取り出してきた時の事を思い出し、首を横に振る。
「あれを使っても多分万全にはならないと思う。それに宝石魔術をうまく使える魔術師がこの中にいるとも思えない」
「そうよね。キャスターは精霊術、私とディートは錬金術、セイバーはルーン魔術、アーチャーは固有結界だものね。
瑪瑙に拝み倒すのはすっごく癪だし……キャスターの神殿に安置するのは?」
「他の宝具でも一応魔力をかき集める事ができるけれど、大釜がもうないから魔力収集と回復の効率は格段に下がるわ。
あの枯渇状態から考えると町の人全員に全力疾走してもらったぐらいの疲労感与えれば一晩で――」
「却下に決まってるだろ」
アーチャーは睨むようにキャスターに視線を向ける。
キャスターは全くひるまなかったがやれやれと肩をすくませる。
「アインツベルンだったらお互いに補え合えるのに、遠坂って不便よねそこのとこ――」
と発言したところでクリスは何かを思い出したようで、また手を打った。
「遠坂の土地、あそこはもともと吸血鬼が寝床にしていた曰くつきの霊脈だって聞いたわ。
遠坂の血筋の憐ならその土地に程よくなじんで回復するかもしれない」
「そうか。なら早速試してこよう」
アーチャーは立ち上がってその場を去ろうとするが、クリスがいつの間にか彼の手を握っていた。
「待ちなさいよアーチャー。まだ話は始まったばかりよ」
クリスは彼の手を引っ張り、座るよう促す。
憐の回復とこの場の会談。どちらも大事だったので今行っている方を優先させる事にした。
まずは現状確認。アーチャー、セイバー、キャスターは最後に決着をつけるとしたら残った敵はランサーと前セイバー。
ランサーはアーチャーを、前セイバーはセイバーを苦手としているためランサー対前セイバーが起こる可能性は皆無。
アーチャーは勝利を確実にするために一時的に手を組む事をクリスに提案したが、
「私たちはアインツベルンのマスター。例えその結果が敗北に終わろうとも誇りを持って戦うわ」
と断言されたため断念した。
例えランサーが相手になろうと正々堂々戦うつもりのようだった。
問題はランサーと前セイバーが利害の一致で手を組む事になったら、もしくは同時に襲い掛かってきたら。
その時は勝手に加勢させてもらうとアーチャー。好きにしなさいとクリス。
ランサーと前セイバーの宝具の確認を行い、聖杯戦争のその後についてはめどがたった。
「残ったのは……」
「先程ランサーに攻撃を仕掛けた者の正体か」
今まで沈黙をし続けていたセイバーが始めて口を開く。
これについては全員悩まずにはいられなかった。
「ランサーを攻撃したのって黒鍵で、しかもて……て……」
「鉄甲作用」
「そう、鉄甲作用を付加させるほどの腕前を持つ代行者がなぜ聖杯戦争に介入を?」
もし本当に聖堂教会の者が介入したのであればクリスは憤っていただろうが、どうしても彼女は信じられなかった。
聖堂教会と魔術協会の仲は犬猿以下である。
遠坂のように両方のコネを持つ存在がようやく橋渡しを行っている程度で、いかなる些細な問題が起こればまた過去のように全面戦争に発展しかねない。
こと冬木の聖杯戦争は至れる可能性すら秘めたもの。遠坂も四方八方駆けずり回ってようやく安定した環境を作り上げたものなのだ。
なのに今更代行者を使って介入するなど、どのように考えてもおかしかった。
「聖堂教会という組織ではなく代行者単独の仕業じゃあないかしらね」
「それより介入するにしろ、なぜあの場でランサーに攻撃を仕掛けたんだ? まるで俺達を助け出すみたいに」
「実はそれが目的だったで納得したけれど、この場に代行者と知り合ってる人なんていないわよね……」
結局いくつもの可能性は出たものの、謎の存在に関しては結論にまで達する事はなかった。
こちらにも牙をむく可能性は十分に考えられると警戒する事で合意する。
「これで議題は全部消化したわね。なら私はアインツベルンの屋敷に帰らせてもらうわ」
「まだよ。まだ肝心の話題が残っているじゃない」
全て終了したと思ったクリスは用意されていた紅茶を飲み干して立ち上がった。
が、退出しようとしたその時になってキャスターが深刻な面持ちで呼び止めた。
その剣幕にクリスは不満一つ言わずに再び座布団の上に足を崩した。
「なによ。言って御覧なさい」
「それじゃあ遠慮なく発言させてもらうと――」
キャスターの発言はものの五分ほどで終了した。
しかし、五人にとっては現実を再認識させられるのには十分だった。
そしてその現実に立ち向かうと宣言したキャスターは苦笑するしかなかった。
「と、言うわけで明日にでも頼めるかなアーチャー」
「当たり前だ。喜んで協力させてもらうぞ」
「そういってくれると嬉しいよ」
アーチャーが力強くうなづいてくれた事に満足したキャスターは満面の笑みを浮かべた。
こうして五人が語るべき話題は全て終えた。
世間話で盛り上がれるような状況ではなかったし、状況が許してもそんなもので弾む五人でもなかった。
肝心の話が終了すると間をおかずにクリスが立ち上がる。
「それじゃあ今日はお開きね。それと最後に言っておくけれど、最後に勝つのはこの私たちよ」
「何言ってんのよ。あたしが真名と元マスターの名にかけて必ずやディートを救ってみせる。あんたの出る幕はないわよ」
「言ってくれるじゃない、召喚宝具を失った最弱サーヴァントの癖に」
「まだ二十にもいってない世間知らずな小娘に言われたくないわね」
「「……――」」
クリスとキャスターのやりとりをほほえましく眺めているのはディートだけで、セイバーとアーチャーはため息しか出なかった。
/
「なるほど、用件は憐お兄様の魔力回復ですか」
「ああ。遠坂の土地で休息を取らせるだけでいいのか?」
「いえ、それでしたら遠坂の土の恩恵をじかに受けたほうがいいでしょうね」
十数分後、アーチャーは憐をかかえて遠坂邸に赴いていた。
先程アーチャーは見るに見かねて憐を気絶させ、無理やり休息をとらせることにした。
そして百目木の者に把握されないようこっそりと運びだしてやってきたのだ。
さすがに前キャスターに攻略されてから先程まで無人だった事もあり、遠坂邸の結界は簡易的なもののみであった。
それでも突破せずに解除を待った辺り瑪瑙はアーチャーから礼儀正しさを感じ取る。
なお、前セイバーとの契約を済ませた瑪瑙だったが彼女を遠坂の敷地に招くつもりは毛頭なかった。
それは瑪瑙が間桐のサーヴァントだと割り切っていたためであり、アーチャーも憐のサーヴァントでなければこの場に入れなかったはずだ。
ゆえに前セイバーは不在だったためアーチャーに気取られる事はなかった。
「……じかに受ける?」
アーチャーは瑪瑙の発言を聞いて嫌な予感がよぎる。
彼がどんな経験を元にそのように感じたかはここでは割愛させてもらう。
「ええ。具体的に言ってしまえば憐お兄様を埋めてしまいましょう。
遠坂の者ならば魔力が枯渇した状態でもまる一日経過させれば大丈夫でしょう」
「埋める……」
思わず苦笑いを浮かべるアーチャーの反応がおかしく、瑪瑙はつい笑ってしまう。
アーチャーが瑪瑙の反応にわずかに驚いた様子だったのは瑪瑙にとっても意外だった。が、些細な点だと捨て置く事に。
「特別な術式は不必要でしょう。幸い天気もはれていることですし、雨水に脅かされる心配はありませんよ。
さすがに肉体労働は出来ませんので穴掘りはご自分でおやりください」
「そうか。道具も自前で用意するから必要ない」
そうですか、とつぶやいて瑪瑙は屋敷にある地下の一室に案内した。
早速アーチャーは穴掘りを開始する。
アーチャーと瑪瑙、お互いに接点が薄いために穴掘り作業中でも会話が一切なかった。
しかし瑪瑙はアーチャーをじっと見つめる。アーチャーはそれが気になって仕方がなかった。
「見張っていなくても屋敷で暴れたりはしないぞ」
たまらずに退室を促したが瑪瑙は首を横に振った。
彼女の瑞々しい長髪が可憐にゆれる。
「いえ、監視ではなく純粋にあなたに興味を持ったので」
「……」
悪気はないのだろう。しかしどうしても気になってしまう。
アーチャーは乱れる自分の心を落ち着かせてなお黙々と穴を掘り続ける。
「で、未来の遠坂はどうなっていますか?」
あまりに突然で重大な質問にアーチャーは思わず作業の手を止めた。
瑪瑙は今の発言を当然の事とばかりに頬に手を当てた。
「いかに独自の機関が発達した極東の小国にもわずかながら魔術師と呼べる家系はあるのですよ。
我が遠坂や蒼崎を含めて。――そして、その中に衛宮もまた」
「……」
アーチャーは返事どころか顔も向けずに作業を再開する。
それを気にも止めずに瑪瑙は続ける。
「失礼ながら貴方が『衛宮』を名乗った時から調査させていただきました。しかし衛宮の本家にも分家にも『衛宮士郎』の名は残されていなかった。
いかなる英雄だろうと反英雄だろうと歴史から抹消されていてはどうしようもありませんが、それでも納得がいきませんでした。
貴方のような在り方を持った者が記されないはずないと」
「買いかぶりだ。それに『衛宮』とて偽名かもしれないぞ」
私を甘く見ないでください、とばかりに瑪瑙は微笑を浮かべる。
「そこで『衛宮士郎』とは未来における衛宮の当主の名ではないかと推理をしたのですよ。
案の定その反応を見る限り私の推論は的を射ているようですが」
シャベルが土を掘る音が一定の間隔で響く。
アーチャーは作業の手を休めないが、それでも唇の端がわずかにつりあがっていた。
「君は鋭いな。そのような着目点から俺の正体を看破するとはな」
「それぐらいが私のとりえですから」
一メートル以上の深さがある大穴は掘り終わり、アーチャーは憐をその中に入れた。
今度は頭だけを残して埋めていく作業を始める。
「しかしその質問をするということは今の遠坂の在り方には自信がないと?」
「いえ。私は遠坂としての自負がありますが、同時に憐お兄様と双魔お兄様と食い違いがあるのもまた事実。
しかも私たちはこの聖杯戦争を利用してお互いにぶつかりあった。さすがにそうなってしまうと不安がないとは言えませんね」
質問をする身なので瑪瑙は自分の正直な気持ちを包み隠さなかった。
誠意を見せればこたえてくれる英霊、それが瑪瑙がアーチャーから感じ取った印象だからだ。
「そうだな……俺が知っている遠坂は強く、偉大だった。魔術師としても人間としても在り方が強くて、振る舞いも優雅で。
全てに毅然と立ち向かう様に何度俺は助かったか」
「――え?」
アーチャーの語る『遠坂』に瑪瑙は目を見開いた。
座に至るほどの英霊にそれほどの言葉を言わせる者が遠坂に現れる?
しかも感傷的な言葉になるほど深く関わっていた?
今の自分の不甲斐なさを嘆く彼女にとっては驚きでしかなかった。
「魔術に関しても偏った才能しかなかった俺とは雲泥の差だった。彼女ならあるいは……とまで思わせるほどだな。
いつぞやの戦いでは見事に殺されかけたしな」
「そう、ですか」
「だがな」
アーチャーは投影したスコップを土山に突き刺し、思いっきり穴に土を入れる。
乱暴になったせいで少し憐の顔にかかったのは内緒だ。
「ここ肝心な時の『うっかり』には全ての恩が吹き飛ぶほどの迷惑をこうむった気がしてならなくてな。
結局俺は『彼女』を選んだから遠坂とは親しい仲で終わったが、あのまま遠坂をパートナーにしていたら一体どうなったのか未だに想像できない。
それも遠坂の個性だと笑ってすごしてたんだが、憐を見ると厄介な遺伝性なんじゃないかと疑いたくなってくるんだが、どうなんだ?」
「え? ええ? えー?」
瑪瑙は突然のカミングアウトに否定も肯定もできなかった。
というよりいきなり爆弾発言してもらっても困るだけだ。
瑪瑙は自分と二人の兄、そして祖母たち遠坂の者を思い返し……否定材料が思いつかないことに気付いた。
正直、心当たりがありすぎた。
だが認めたくなかったのであえて答えをはぐらかす。
「さ、さあ? 多分貴方の気のせいじゃないかしら」
「…………悪いがそうやって笑顔でごまかされたのもしょっちゅうなんだが」
「気のせいですよ気のせい」
アーチャーはスコップで土をならし、憐を埋め終えた。
あとは彼が目を覚ますのを待つだけだ。
「――安心しました。貴方ほどの英雄にそのように言っていただける方が現れるのなら、私も一介の遠坂の当主として本望です」
「だがこの世界が俺の世界に至るかは分からない。それで満足はしないでほしい」
「それぐらい分かっていますよ。何事にも手を抜かないのが遠坂なのですから」
瑪瑙はくすりと、アーチャーはふっと笑みを浮かべる。
アーチャーと瑪瑙。
接点が限りなく無い二人の会話はそれだけで終了した。
interlude out
to the next stage……
本来なら11日目その後と12日目午前は同一の話になるはずでしたが分割。
思った以上に楽に出来たのか難産だったのか、よく分からない話でした。
早朝の戦いの後始末みたいな話なのでここで語るべき内容が無いのは残念です。
よってここからは余談のターン。
漫画版Fate/stay nightは始めの頃はアンソロジーのくせが抜けきっていませんでしたが、今や少年漫画らしい熱さがありますね。
しかも単純な原作再現ではなく、さりとてアニメのような要約でもなく、良い意味で独自要素が入っていて驚かされます。
特にコミック書下ろしだった大河対セイバーはとても生き生きとしていて面白かったと思います。
そして、慎二と桜。
ライダーの最後がアニメのようではなくあっさりと片付いてしまったのでちょっと残念に思ってましたが、次の月に見事にやられました。
しっかりと書いているので個人的にはもう一つの本編と言っても過言ではないような気がします。
それでは次の舞台で。いよいよ終焉の幕開けです。
2008年3月22日