/12日目
「ふーん、さすが古参の魔術師の領地って言うべきかな。外界とは空気が全く違うわね」
「それはそうですよ。なんて言ってもアインツベルンの森なんですから」
夕方あたりに出発していた僕たちだったけれど、アインツベルンの森までたどり着く頃には日は沈みかけていた。
森の中を黙々と進んでいるうちにあたりはすっかり暗くなってしまい、行灯を持ちながらの進行になっていた。
「あたしから言わせれば霊脈は自然と生命の集う神秘的な場所ってのが常識だったから、
こうして結界を張って独占するってやり方はあまり好きじゃないんだけどね」
「アインツベルンはそこまで外界から隔離された空間は作りませんよ」
僕の知っている限りでは、の限定は入るけれども。
「でもさ、ここまでの領域を作っておきながら出迎えが外界との境だけってのはお粗末だと思うんだけれど」
「今僕たちが進んでいるのは内部の人間のために設けられた、言わば勝手口ですから。その存在を他の者たちが把握できる事はまずありません」
最も、今正面からアインツベルンの城に向けて突き進んだとしても侵入者を阻む魔術的要素が稼働するとは思えない。
なにしろここは既にバーサーカーと前キャスター、二人の英霊の攻略戦を受けている。
結界たぐいのほとんどが打ち破られているはずだ。
こうしてやや遠回りの形をとっているのは万が一が起こらないためだ。
「けれど領域の主がその内にいる存在に気づかないはずは無い。そうでしょう?」
「ええ、この道を通る事はすなわち身内の者が移動している事に他なりませんから。したがって……」
「あたしたちの存在はモロバレって事ね」
キャスターは自分たちに不利な情報を聞いたはずなのに、至って平然とその事実を受け止めたようだった。
今日の天気を聞いた時より反応が薄いのは、それがキャスターにとって当然で日常的な事だからか。
「でさディート、あんたはこの領地の部分権限とか与えられてるの?」
「いえ、アインツベルンでは部分権限が認められていません。ただお嬢様はヨハンを信頼して彼女に与えたようです」
「ああ、くだんの前キャスターと前セイバー同時襲撃の時にそれが役立ったとかってクリスが言ってたっけ」
積極的に攻めるお嬢様の姿勢を表したそれはマスターと領域主を分担する役目も担っている。
お嬢様が敵マスターと全力で対峙しても、ヨハンがいる限り領域の守りは盤石だ。
……とはいえ、英霊を従えるマスター相手には気休め程度にしかならないかもしれないけれど。
アインツベルンはこの開かれた時代・世界の中でもなお外界から自らを絶っている。
当然来賓のための道など用意しているはずも無く、獣道すら存在していない。
自然と野をかき分けて進む形になっているのにローブを着込んだキャスターが苦もなく歩く姿はいささか不思議だ。
「にしてもディート……あいつ何とかなんないの?」
キャスターは樹齢百年は経っているだろう大木に手をかけながらうんざりした表情で後ろをさした。
レンはキャスターに続くこと数秒で大木に手をかけて僕たちの後についていく。
その表情からは感情全てがそぎ落とされたように何も見られない。その落ち着いた様子がかえって背筋を凍らせる。
「百目木邸を出発してからずっとあんな感じじゃん。アーチャーもアーチャーで霊体化したままだんまり決め込むし、暗すぎよ」
「……今はそっとしましょう」
僕にはこの言葉を絞り出すのが精一杯だった。
レンにとってかけがえの無い存在なアオイとハナブサがあんな状況になってしまったんだ。
しかもそれに責任を感じたレンは彼にとって当たり前だった日常を捨ててきたんだから……。
僕自身に当てはめて想像しようとしても絶対にできない。あんなの……悲しすぎる。
そして僕には彼に励ましの言葉をかける資格は全くない。
僕こそがこのような状況を作り出してしまったのだから、それをしては身勝手というものだ。
僕は、彼の元を去るべきなのかもしれない。
「それにしてもさっき中間地点とか言ってた小屋を通り過ぎてから大分経つはずだけれど、城はまだなの?」
どうやらキャスターはレンによりも今の状況そのものにだいぶ不満なようだ。
ただ黙々と歩んでいくのはさすがに心の方が疲れたのかな。
「いえ、この速度ならあと数分もすれば城が見えてくるはずですよ――」
その時、轟音が空気を揺らした。
「……!」「――!」
キャスターは杖を両手で握りしめてあたりの様子を調べる。
レンの側で待機していたアーチャーが姿を現して音の轟いた方角を見据える。
「キャスター、今のは……」
「ええ。間違いないわね」
さっきまでの疲労はかけらも見られない、真剣なまなざしでキャスターは僕にうなづいた。
何かが切り裂かれたような音、がれきの崩れる音、何かが激突した音。当然どれも自然界で起こっていい音じゃない。
こんな夜にここでそれが起こる要因はただ1つしか考えられない。
「アインツベルンに誰かが攻めてきてるのよ。間違いなく」
そしてそんな事をたった今仕掛けてこれる者たちはたった一組しか想像できない。
「下手人はソウマとランサーで決まりね」
Fate/the midnight saga
第46話
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僕達が駆けつけてみると、玄関の門は既に開け放たれていた。
アーチャーとレンが先行して突入し、キャスターと僕が後に続いて数十メートルの長い廊下を駆け抜ける。
闇夜を煌々と照らす城の灯りの先にあったのは予想通りのものだった。
セイバーとランサーが戦いを繰り広げている。
セイバーが振るう大剣は彼を捉えようと蛇のように動く鎖をことごとく叩き落としていく。
しかし斬れない。鎖に幻想種最高の存在である竜すら一刀両断した宝具グラムでも傷一つつけることができない。
対神宝具、神性を持つ者のみに絶大な効果を発揮するランサーの装備の前では神によって授けられたグラムは役に立たないのか。
だが斬れないと効果はないは別問題らしく、まるで殴打するようにしてランサーと戦っている。
一方のランサーは昨日見せた数多の宝具での攻撃はしておらず、また宝具すら使用していない。
彼は純粋に槍のみで戦っていて、その力強さはセイバーと互角以上の戦いを繰り広げていた。
ランサーとして召喚された彼は、正に宝具で武装せずともセイバーと戦えるわけか。
それをよそにソウマはお嬢様方と戦闘を行っていた。
ジェイナの斧を軽く触れただけで受け流し、更に懐に飛び込んで打突を行う。
それをお嬢様が魔力の弾丸で射抜こうと試みて、ソウマはすんでのところで回避を行った。
隙を狙って今度はヨハンが魔術を構成して解き放つも、彼はまたしても魔術を使わずに身体をひねってかわしてのけた。
遠くから判断するとソウマが狙うのはあくまでお嬢様ただ一人だけのようだった。
しかし僕達の接近に気付いたのか、ソウマはランサーともどもお嬢様方から距離を離す。
お嬢様方も深追いを試みようとはなさらずに僕らがロビーに入るのを静観してくださった。
僕とレン、ソウマ、お嬢様方。そしてそれぞれに従うサーヴァント。
三角形を描く形でお互いにお互いをけん制しあう。
張り詰めた緊張を真っ先に解いたのはソウマだった。
「ふん。今更雁首そろえてなにか用か?」
彼はあざ笑いながら分かりきった事を口にする。
あからさまな挑発。そうと分かっていても心の中が煮えたぎるのを実感できた。
レンは無反応のままソウマだけに視線を送り続ける。
「なにか言いたいことがあるなら言え。あいにくお前の言いたいことを全て察するだけの洞察力などオレにはないぞ」
その様子にソウマはため息を漏らして肩をすくめてみせた。
今すぐにでも魔術で攻撃を仕掛けたかったが、レンすら彼に怒りをぶつけようとしていなかったので思いとどまる。
やがてレンの身体から力が抜けて、軽くため息を漏らす。
「まさか間桐の娘の件で許さんとか言い出さないよな?」
「そんな事を言うつもりはない」
完璧にからかうような口調のソウマの発言をレンは軽くあしらうように言い放った。
あまりに素っ気無い返答に思わず僕とキャスターは顔を見合わせてしまう。
「葵が聖杯戦争の参加者だったのは事実。魔術師、それも聖杯戦争のマスターを殺そうとした事を間違いだなんて言うつもりはない」
「『殺そうとした』と言う事は、生きてるのか?」
レンは静かに首を横に振った。半分事実で半分の過ちの入った答え、僕達はそれを訂正しようとは微塵も思わなかった。
「まあそんなことはどうでもいい。意外なのはおまえがそれほど魔術師らしい思考を持ち合わせていた事だな。オレの知ってる憐からは到底考えられん」
「ふざけんなくそ野郎」
レンは一瞬で刀を鞘から抜き放ち、それを微動もさせずにソウマの喉元へと向けた。
彼の表情を垣間見ようとして、あまりもの恐ろしさに軽く悲鳴すらあげかける。
間違いなくレンはありったけの殺気をソウマに向けている。
「おまえにとっての正義と俺にとっての正義に、空より高く海より深い隔たりがある事はとっくに分かってた事だ。
そしてそれを埋めるためにはぶつからなきゃならない事もな」
「そのざまでか? 魔力は万全の状態からかけ離れていて身体も度重なる深手でぼろぼろ。
そんな状態でオレと戦っても砕けるだけだと分かっていてもおかしくないんだがな」
ソウマは生真面目に事実をレンに突きつける。意外にもそこに嘲りは一切含まれていなかった。
だがレンは当然その事実を切り捨てるだけだった。
「関係あるか。俺のアーチャーがおまえのランサーをぶちのめして、今日でおまえとの因縁にも終焉だ」
「因縁、か」
ソウマは苦笑を浮かべながら腕を組む。
その行為が戦闘中の緊迫した場面では有り得ないと分かっているはずなのにだ。
「そう言えば一度聞いてみたかったんだが。憐、おまえ遠坂をどう思ってる?」
「はあ?」
唐突なまでの質問。呆れ果てた言葉を思わず発したのはキャスターだった。
刹那遅ければ多分お嬢様がしていたに違いない。
「ちょっとあんた、今更に及んでなにを――」
「キャスター」
ソウマに詰め寄ろうとするキャスターを軽く制する。
キャスターは不満そうに頬を膨らませて杖を抱きかかえる。
「後継者として育てられたのはオレ、魔道の駆け引きとして扱われたのは瑪瑙。おまえは遠坂の建前しか知らないはずだよな。で、どう思ってるんだ?」
「誇りに、そして尊いものだと思っている。それはおまえが一番よく知っているはずだ」
即答。レンに心のゆれが一切ない。
「……まあ、そうだよな。自分がないがしろにされてると分かっていながらそれでもひたすら進むのがおまえだ。
魔術師らしくない思考のままでもおまえは遠坂をそう思い続けるんだろうな」
だがソウマは不満そうにため息一つ漏らすと、顔を覆った手から眼だけを見せて、一言。
「オレはこの上なく不快だったよ」
「!?」
レンどころかこの場にいる全員、英霊さえ驚愕するしかなかった。
ソウマ、今の貴方の発言は明らかに魔術師である事を否定している……!
「魔術師という存在がどこまで偉いのかしらんし、どこまで立派かなんてどうでもいい。
オレ自身はそんな下らん者達がいる事自体が信じられんが、それもどうでもいい」
「くだらない、ですって……!?」
「目的と手段の区別もつけられん、それだけでも十分にくだらない。魔術師どもが「」を目指すのは何のためだ?
「」がどんなところか知りたいからか? 奇跡を行使して尊い理想を成し遂げるためか? それともその過程こそを楽しんでいるのか?
どれも違う。魔術師どもにとって「」に至る事が義務だと馬鹿げた考えを持っているからだ」
「そんな魔術師ばかりじゃない事ぐらいおまえは知ってるはずだぞ」
「ふん、最低でも遠坂はそうだった。アインツベルンとてそうだろう?」
憤慨を隠さないお嬢様にソウマは冷たく投げかける。
お嬢様自身はそうでなくとも、アインツベルンの実情を知っている身としては黙るしかなかった。
「オレは遠坂にいた時から不思議でたまらなかった。魔術師とは「」に至る事を義務付けられた存在。
そしてそれを志す事のできる魔道は尊いもの、だったか。オレ達の祖母が散々言ってきた言葉だったな」
「――ああ、確かに言われた」
遠坂の家訓はレンからも聞いた。
『どんな時でも余裕を持って優雅たれ』『勝負は何でも手を抜かない』。
事件の起こる少し前、レンの魔道が開けた時に語られた言葉らしい。
魔術師としての遠坂を見ることができたのは一週間にも満たなかったとか。
ただ他の魔術師よりも『魔術師』である事に誇りを持っていたのは容易に想像できた。
手段も行動も存在も、こだわりがそこにはあったのかもしれない。
「瑪瑙はそれを当然の事、むしろ偉大に思っていたようだが……オレは違った。
魔術師という存在は世俗から毛の生えた程度でしかない者が自身を特別な存在だと思うなどと馬鹿げた者ばかりだからな。
それがいかに自惚れているか分からんおまえではあるまい」
「そ、それは――」
「くだらんくだらん実にくだらん! 魔術師に比べれば坊主の説教の方がはるかにありがたみがあるというものだ」
言いよどむレンにソウマはくくっと魔術師そのものを嘲るように笑った。
だがそれを不快に思うほど魔術師をした魔術師はあいにくこの場には存在していなかった。
悪く言えば一癖も二癖もある者ばかりって事か。
「まあおまえの言いたい事も分からんでもない。今のおまえの様子を見ていれば一風変わった魔術師とやらも存在するのだろう。
そしてそこにいる雪の少女のように尊い『目的』を秘めて進む者もいるんだろうな」
ソウマは髪をかきあげて後ろに流した。
レンもそうだったけれどその癖はもしかして遠坂共通なのか?
「じゃあ憐、聞いてみるが……おまえにとって魔道とは絶対的なものか?」
「え?」
「先人がこうだったからこうだろうとかの意見は聴かんぞ。あくまでおまえと言う存在と照らし合わせて答えてみろ」
そんなこと……僕は考えた事もなかった。
ホムンクルス、魔道の産物である僕にとって世俗こそが外界で、魔道こそが当たり前。
魔道があってこその僕だから絶対とかそんな問題じゃない。
しかしレンは違う。百目木での彼の暮らしは明らかに魔術師から逸脱したものだ。
それでも彼は魔道を身に着けていてその道を進んでいる。
多分、彼の答えは……。
「俺は……――」
レンは若干言いよどみながら頭を抑えて、
「確かに絶対じゃない。もっと俺に適した道があったのも事実だろうな。だけど、それが俺の進むべき道だとは確信をもって言える」
自分の胸を押さえて断言した。
「家族や師匠は関係ない。俺は俺自身の意思でこの道を選んだんだから。例えその先にどんな悲劇が待ち受けていようと後悔はしない」
その口調に迷いや言い淀みは一切なかった。
それは僕が想像していた答えとは真逆のもの。キャスターまでもが目を丸くしている。
「レン……」
貴方は、強いのですね。
どんな結末を迎えても貴方はきっと進み続ける。
日常を歩んだ過去と決別するんじゃなくて、それすらも自分を大きくする糧として。
人間らしさを兼ね備えた魔術師。その想いに義務などと陳腐な言葉は一切ない。
自らが歩んで抱いた夢はどこまでも尊いのだから。
「……そうか。それがおまえの答えか、憐」
ソウマは不愉快どころかむしろ満足そうにそうつぶやくと、軽くうなづいた。
「おまえほど強いものなら魔術師などという超越者にこだわる必要なんてないんだろうな。正直うらやましい」
「え……?」
「俺は魔道を否定する段階から始めなければならなかったからな」
ふっ物悲しげに笑みを浮かべてソウマは一瞬天を仰いだ。
その時彼はどれだけ深い思いを抱いたのか僕には想像もできなかった。
「しゃべりすぎたな。どの道を歩んでいようと今日この場でオレ達に蹴落とされる未来が待っている事に変わりなどあるまい」
しかしすぐに元のように不敵な笑みに戻し、ゆっくりと広く構えを取った。
と同時に臨戦態勢だったランサーも若干身体を下に落とす。
僕もいつでも詠唱に入れるよう準備を整え、キャスターは僕の前に出て杖を握り締めた。
お嬢様方も同時に行動を起こせるようそれぞれ動きを開始する。
「双魔。おまえの質問には答えたんだから俺の質問にも答えてもらうぞ」
「ん? 別にかまわんぞ」
レンは刀に両手を添えて脇構えの形を取る。
そしてあくまでもソウマだけを念頭においているようだ。
その上で言葉だけを投げかけられて微笑を浮かべるソウマだったが、
「十年前の遠坂邸での出来事、あれはおまえのしわざか?」
レンの質問はそれを打ち消すには十分だった。
ソウマは微動だにせず、また返答しようともしない。ただ無意味に時だけが流れる。
そんな態度を見たレンはいっそう視線を鋭くさせる。
「答えろ双魔、おまえは――!」
「さっきも言ったがオレは魔道を否定する段階から始めた」
レンの言葉をさえぎるように唐突に発せられたソウマの言葉は何気なく平淡。
「生まれた時から魔道にいたオレにはそこから別の道を歩みだす事ができなかった。だから機会をうかがった」
「それがあの事件だって言うのか」
「いや。本来なら計画を実行に移していたのは十年後だったはずだ」
十年後? 十年前の十年後、つまり今か?
と言う事はまさか……、
「聖杯戦争でマスターになって、遠坂の一門を倒すつもりだったのか……!」
「その通りだ」
ふふ、とソウマは笑みを絶やさない。
「万が一別に奴が英霊を召喚しようと絶対に倒す事のできない、英雄の原典を召喚して遠坂の一門を葬り去ってやろうとずっと思っていた。
そしてその時こそが魔道と決別する時なんだとな」
レンは驚愕にあふれた表情でソウマの話を聞き入っていた。
一方のソウマは半ば自嘲気味に語って聞かせる。
「まさか十歳前後の青二才が一流の魔術師を葬れるほどの神秘を持ち合わせていた、などと非現実的な推理をしていたわけでもあるまい。
本当のところは分かっていたんだろう?」
「――やはりあの事件の真相は……」
「そうだ」
レンは宿敵とも呼べる相手を前に手で眼を覆って天を仰ぐ行為を犯す。
ソウマもまたお嬢様が虎視眈々と狙っているのが分かっていながらうつむく。
「遠坂一門が失敗したからだったのか……」
「ああ……」
誰も何も言えない。誰も何もしようとしない。
キャスターも呼びかけようと指と口が動こうとするけれど思いとどまったように視線をはずす。
アーチャーは何かを思い出したのか遠くあさっての方角を見つめている。
ただ真相のみが二人の遠坂に重くのしかかるように、そしてそれに影響されるように空気も重たい。
「――だからオレは聖杯戦争で魔術師としての遠坂を否定する」
「――それでも俺は聖杯戦争で魔術師としての遠坂を尊敬する」
それを打ち破った二人の遠坂の発言は全く同時。
既に哀愁も黄昏もなりを潜め、あるのはお互いへの鋭い眼差しだけだった。
「なら憐、オレはおまえを倒すしかないな。ランサー!」
「なら双魔、今日こそが決着の時だ。アーチャー!」
「「相手のサーヴァントを絶対に倒せ」」
食い止めろ、阻止じゃなくてあくまで倒せ、打倒をお互いに命じて二人は更に間合いを詰めていく。
アーチャーは虚空から宝具を精製して装備する。
純白と漆黒の双剣。いつもアーチャーが使うものだ。
ランサーもまた背後の空間を歪ませて一振りの宝具を装備する。
色鮮やかな朱色の魔槍は以前も使ってきたケルトの英雄ディルムッド双槍の一振り。
名は『
「あっと、一つ忘れていた」
「……おい」
張り詰めた空気を霧散させるように腰を折ったソウマに、レンはあきれるようにジト目で睨む。
ソウマは指を鳴らしながらランサーに視線を送った。
「ランサー、セイバーを黙らせろ。邪魔されては面倒だ」
「了解」
ランサーはうなづく間もなくセイバーの方へと手を突き出し、
「
神を束縛する鎖の真名をつぶやいた。
ランサーが身にまとっていた鎖が次々と紐解かれ、セイバーに踊りかかる。
それを強引に叩き伏せようと剣を一閃させたセイバーだったが、彼の奮闘むなしく手足を始めとして身体を束縛されていった。
「セイバー!」
「動くな! そして侍女どもも動かないでもらおうか」
慌てて彼に触れようとするお嬢様に向けてソウマは恫喝、お嬢様は思わず身体を振るわせる。
ヨハンとジェイナはたじろぎもせず毅然とした態度でお嬢様を守るよう立ちはだかる。
……僕があの場にいないのはなんだかやるせない。
「確かに天の鎖は対神宝具。昨日の前セイバーとの戦いでも立証されたが、神性のない者には効く事はない。おそらくそこの女なら破砕できるはずだろう」
「!?」
ジェイナは驚いた表情を見せ、ヨハンはいぶかしげに眉をひそめる。
だがお嬢様はそれを鼻で哂った。
「対処法があるからこの場は黙って見とけ、とでも言いたいわけ? だとしたらあまりに愚鈍な考えね」
「なに?」
「だってそうでしょう。ランサーは神殺しに特化した英霊で、セイバーにとっては何よりも危険な存在よ。そして――」
お嬢様は不適な笑みのままこちらに視線を移し、またソウマに戻す。
それを見てソウマは笑みを打ち消した。
「ディートはどんな事があってもアインツベルンの者。そしてレンはその協力者。どう言いつくろうと貴方がこの中で一番私達にとっては邪魔な存在でしょう」
「……アインツベルンがレンを手助けすると言い出すのか?」
「もちろん決着はつけるわ。貴方達にご退場願ってからね。ジェイナ」
お嬢様はただ彼女の名を述べただけ。だがジェイナにとってはそれでも十分。
一つうなづくと斧を一閃させようと大きく振りかぶった。
「この……!」
「させない!」
ランサーが宝具を一つ取り出して投擲しようとする最中、アーチャーが躍り出て剣と槍を交えた。
ランサーの端整な顔が凶相で歪む。
力づくで振り払おうとするランサーの槍をうけながすようにやり過ごしてアーチャーは間合いを保っていた。
あれでは投擲は絶対にできない。これならセイバーの束縛を解くことが――、
「な……!」
雷が落ちたような破砕音が轟く。
僕を含めたアインツベルンの者誰もが驚愕する。
そして起こった結果にただ呆然とするしかなかった。
神に対してのみ絶大な効果を発揮するはずの鎖に衝突した瞬間、斧の方がバラバラに粉砕したのだ。
そんな。アインツベルンの武器はそれこそ宝具には届かないけれど、一級品の魔術用具なのに。
それが一撃で駄目になるなんて考えられない。
「ふふ、はははっ!」
ソウマがその結果を見て馬鹿笑いしだす。
今すぐ首を締めようと踊りかかりそうな殺気を思わず僕達は込めて睨んだ。
「ソウマ、一体なにを……!」
「ただ馬鹿みたいにセイバーを放置しておくと思ったか? そういった対処がされないように別の宝具で二重に拘束しておくのは当然だろう」
「!」
なんて奴――。
万一ソウマの口車に乗っていたら間違いなくセイバーはなすすべなく殺されていたに違いない。
そして僕達と組んでもセイバーは無力化されたままだ。実質僕らとソウマたちの戦いになってしまう。
そうなるよう一手先を行っていたのか……!
「さあ、これにて一件落着でこの度の聖杯戦争は――」
「ランサーの間抜けなリタイアが刻まれました、とか?」
光の粒子が鎖を飲み込んだ。
いくつもの帯は次々と鎖を飲み込んでいき、消滅させていく。
収まった時には既に半分以上が消失していた。
「……!」
「あんた、ちゃんとこの場に『キャスター』がいる事を勘定に含めてるの? だとしたら随分お粗末ね。そろばん買い換えたら?」
嘲るような口調で哂いながらわき目も送らずに杖だけをセイバーに向けていたのはキャスターだった。
けれど目は全く笑っていない。
「いかに盾の宝具で防御していようが神秘を発揮せずにただ在るだけなら破る事は動作もない。甘く見すぎていたわね」
「キャスター、貴様……!」
「貴様? 貴様だって? それはこっちの台詞よ、トオサカソウマよ!」
キャスターは杖をぴたりとソウマへと向けた。
それと同時にキャスターの周りに、驚くべきは無詠唱で、無数の光球が出現しだした。
その構成、一つ一つが大魔術の域。戦争で使用すればもはや戦術レベルだ。
「正義などとご大層なものをかかげるつもりはない。唯一つ、あんたはあたしを怒らせた。覚悟してもらおうか!」
彼女の呼応と同時に更にその数が増えていく。
もはやこの城すら攻め落とせそうな勢いだ。
「キャスター、セイバーの解放を優先させてこの場は協力させましょう」
「もちろんそのつもりよ」
キャスターは僕の方ににやっと笑ってみせてくれた。
最もすぐに冷たい視線をソウマに送るけれど。
一方、レンにはキャスターがみせた余裕は一切なかった。
「行くぞ双魔ぁぁっ!」
「来い憐!」
ソウマは徒手空拳で、レンは刀を構えて互いに飛び出そうとして、
「!?」
不意にランサーと切り結んでいたアーチャーの表情が一変する。
アーチャーは自ら猫のようにしなやかに飛び上がり、ランサーの力強さを利用した効果もあってか、僕たちの側に降り立つ。
彼が捉える先はロビーの壁面に飾った素っ気ない絵画のみで、僕たちはおろか相手のランサーですらない。
いや、違う。もしかしてその先――?
「
アーチャーは力ある言葉を発すると、彼が捉える方向に英雄の投擲すら防いだ神話をひもといても強固な盾を展開する。
レンやお嬢様達四人のマスターが真意を計りかねていて、他の英雄がその意図にようやく気づき始めたその時、
光が降り注いだ。
その光は降り注いだ先のものを容赦なく消滅させていく。
美しく装飾されたロビーの床も、壁も、壁画も階段も何もかもがその存在を消失させていく。
光の先で姿を保っているのはたった一人の存在、アーチャーだけだった。
「アーチャー!」
レンが彼に叫ぶ間にも光を阻む強固な盾は一枚一枚と花びらを次々と落としていく。
光との接触の瞬間にいきなり二枚が砕け散ったのを合わせて残りはたった三枚で、しかも五枚目もヒビが急速に入っていく。
「くっ、そういう事なのね……!」
キャスターはとっさにアーチャーの横に並んで杖を光の方向へと向け、展開していた光の球を全て駆使する。
だが迫るより強い光に飲み込まれるばかりで一見すると何の効果もないようにしか思えないかった。
「ぐ……!」「このぉ……!」
二人の英霊が歯を食いしばって光の奔流に耐える。
キャスターは更に魔術を行使して相殺しようとする。アーチャーの盾が悲鳴を上げるように砕けていく。
そしてとうとうアーチャーの盾が全て砕け散った時、
「な……なんとかなったわね……」
降り注いだ光が嘘のような闇夜が辺りの支配権を取り戻していた。
アーチャーの盾へと突き出した腕は衣服ごとぼろぼろで、キャスターは疲労からかその場にへたりこんでしまった。
だが僕はそれよりも今の光がもたらした結果に呆然とする。
ロビー……いや、城は半壊していた。
文字通りの意味ではなく、僕らのいた半分が失われていたのだ。
面影として残っているのはアーチャーとキャスターが留めてくれた後ろと、ランサーの後方だけ。
大地には大きな斬撃の傷跡が残されていて、そのとてつもなさが際立つ。
「みんな、大丈夫か?」
「ああなんとかな。本当に助かったよアーチャー」
状態がひどいアーチャーの気遣いに苦笑するレン。だが彼の顔は青ざめている。
お嬢様方は僕らの後ろに位置していたし、聖杯は別の箇所に保管してあるはずだからまず大丈夫だろう。
ランサーたちが無事なのはとっさに盾の宝具でも展開したんけれど、以前キャスターが放った光の剣の時より状態がひどい。
これ以上の戦闘を行えば支障がでる所まで損傷がある。
いや、起きた結果はこの際些細な問題にすぎない。
重要なのは……、
「……まさか今の攻撃に反応するとは」
これから起きる事だ。
透き通った、だが殺気のはらんだ鋭利な声。
この場にいる誰もがその者に注目し、彼女の到来に固唾を飲み込む。
「だが逆にそれだけ優れた者が残っている証なんだろう」
漆黒の衣服の上に着込む漆黒の鎧、死体よりも白い肌に惜しげも無く濁った瞳と髪。
そして手に持つのは禍々しい朱色の文様が走った剣。
「それでも最後に奇跡に至るのは……このワタシだ」
前回の聖杯戦争で最高のクラスで召喚され、今もなお現世に留まる英霊。
「……英ねえ」
前セイバー――。
/
「ハナブサ、あんたはマスターであるマトウアオイを失った。
サタナの術式が残っているでしょうから聖杯戦争期間中現世に留まる事は可能でしょうけれど、宝具を行使できるほどの魔力は無いはずよ。
どこから捻出したのかしら」
「無論、主を失ったサーヴァントがするのは再契約以外ないでしょう」
無駄口のように言い放つキャスターに無表情で切り返す前セイバー。
剣先を下ろしているから即座に戦うつもりは無いらしい。
「で、お相手はあの死徒の親玉かしら?」
「いえ、トオサカメノウです」
あまりにもあっけらかんと答えられたせいで少しの間反応に困ってしまう。
最初に口火を切ったのはレンだった。
「瑪瑙が……英ねえと契約を?」
「元々彼女は魔術師(メイガス)であり、立場上中立にならねばならなかっただけでマスターとなる素質は十分にある。
ライダーを失った彼女がワタシと契約を結んだところでなんら不思議はあるまい」
「ぐ……」
レンは葉を噛み締めて拳をひとふるいする。
一方ソウマは唇を固く結んで前セイバーを睨みつけた。
「あいつは遠坂の現当主としてオレたちを断罪するつもりか?」
「さあ? ワタシ自身は彼女の思惑などどうでもよかったから聞いてない」
「……その反応だけで十分だ」
ただでさえレンとソウマはトオサカについて語り合ったばかりなだけに、遠坂の当主であるメノウがこうした形で立ちはだかるなんて……なんて皮肉。
だがこれはトオサカのお家騒動とは桁が違う。
「あんた、アインツベルンの城に対城宝具をしかけておいてメノウの義理に従ってやったなんて言うつもりは無いでしょうね」
「当然だ。アレは一撃で決着がつくよう全力でふるったつもりだ。不意打ちが効かないのなら正面から叩き斬るだけ」
「ふぅん、いい心がけじゃない」
お嬢様は憮然としながら前セイバーの殺気にもひるむ事無く睨みつける。
「ならそろそろ正体を現したらどうなの?」
「敵であるワタシにそんな提案を飲めと?」
「この場にいる者たちが今回の生き残りで、誰もがあんたの三つの宝具を見ている。だったら隠す必要なんて無いじゃない」
大胆な、だが事実を射てる言葉を投げかけられた前セイバーは黙する。
盾の宝具、属性効果を無力化するもの。
幻想の宝具、自身の正体をぼかすもの。
剣の宝具、星の光を放つもの。
これらを符合すれば前セイバーの真名として導きだされる答えはたった一つしか無い。
柳洞英、その正体は あの有名な英雄しかありえない。
「いいでしょう。どのみちこれより勝敗を分けるのは盾でも幻惑でもない」
前セイバーは首にかかったアミュレットを手にかけ、同時に胸にもう片方の手をやる。
アミュレットは地面に捨てられ、前セイバーを覆う漆黒の粒子は霧散して消え去った。
「終焉を約束されたのはこの剣なのですから」
僕たちが初めて見る前セイバーは、今までの彼女とは明らかに別人だった。
鎧は純白に彩られ、文様として真紅が飾られ、同様に衣も鮮やかな真紅だった。
瞳は宝石すら色あせるほどのエメラルドグリーン、髪は惜しげも無いほどの黄金。
美しく整った顔は男子にも女子にもとれる中性さがまだ残っている。
何よりその剣の在り方はセイバーの剣やキャスターの矢すら上回るほどの神々しさがある。
聖剣、それも最高峰の一品。
「やっぱりね」
「やはりそうか」
お嬢様とソウマは納得したのか不適な笑みを浮かべてうなづく。
やはりこの二人も前セイバーの真名については見当がついていたのか。
「まさか伝説に疎いオレですら知ってる英雄だったとはな。光栄だとでも言うべきかな」
「太陽剣を上回る星の輝きを放つ宝具。そんなもの人類史でもたった一振りしか存在しないものね」
古代ブリトン語を用いる極上の聖剣の持ち主。世界は広いけれど該当するのはたった一人だけだ。
「そうでしょう、アーサー・ペンドラゴン」
辺りが静寂に包まれる。前セイバーは肯定も否定もしない。
思えば竜を象徴するアーサーが竜殺しに弱いのは道理なんだ。
聖剣エクスカリバーが魔剣グラムにまさるのもまた道理、そして聖剣を目指したキャスターの矢が本物に劣るのもまた道理。
今目の前にたつのは歴戦の騎士王その人物 、
「違う、英ねえはアーサーじゃない」
不意に沈黙を破ったのはレンだった。
レンはあくまでも前セイバーの方向しか見ていない。
だがそれでも彼の背中は断固とした否定を現していた。
「は? じゃあレンはランスロットだとでも言いたいの? 男女の違いはあるけれど、あいつはアーサーよ」
「違う、それだけは絶対に」
あきれ果てたようなお嬢様のため息まじりの言葉を断固として拒否する。
「ああ、違う。彼女はアーサーじゃない」
しかもそれにアーチャーまでもが同意する。
二人ともまるで僕らの知らない確信を抱いているように断言していた。
「ちょっとキャスター、あいつはアーサー王よね」
言っても聞かないと判断したのか、お嬢様は生き証人であるキャスター、ニムエに言葉を投げかける。
そのキャスターは端然と前セイバーを見つめたままだった。
前セイバーもまた彼女を見据える。
「あんただったのね、前セイバーの正体は」
「ええ、お久しぶりです。おそらくキャメロット以来かと思いますが」
「そのふざけた一品はモルガンのしわざ?」
「その通りです。聖剣は元々アヴァロンで製造されたもので、道具精製に関しては貴女より優れたアヴァロンの貴婦人ですから。
ほとんど同じ、しかし対極に位置するものを作り上げるのは可能だったのでしょう」
「あたしとした事が失念してたわ……。鎧で身を固めていたのはアルトリアを倒しうるその剣を隠すためでもあったのか」
「さあ? さすがに私の与り知る事柄ではないので答えようもありません」
キャスターはきつく目を尖らせた上で杖を前セイバーの方へと突きつける。
「ここは終焉を約束された地ではない。カムランの惨劇はニムエの名にかけて起こさせやしない」
「いえ、私の全存在にかけてもカムランは二度と起こさせはしません。例え何者が立ちはだかろうとも」
「それは無理よ。なぜなら貴女という存在そのものが終焉をもたらすのだから」
ああ、なるほど……。やっと分かった。
アーサー、けれどアーサーでない。
ほんのわずかに生じていたずれがようやく収まった印象。
そう、彼女の真名は……、
「そうでしょう、メドラウトよ」
アーサー不義の子、モードレッド……!
to the next stage……
やっとここまで書けたー! しかし間の過程がすっぽ抜け状態……。
43話付近をどのように書き表そうか迷っていたので気晴らしにこちらを書いていたらそっちのけで完成。
大いに反省してます。すみません。
しかしようやく前セイバーの真名書けた。個人的には凄く嬉しいです。
詳しい話はこの戦いの決着がついてからにします。
次の更新は一ヶ月以内にしたいものです。
2008年1月20日