/14日目・interlude

 一つの絵本がある。
それは華々しい栄光に彩られながらも最後は悲劇で幕を閉じる、けれど決して事細かに記されてはいない子供向けのもの。
これだけがたった一つだけ私に許された贅沢だった。

 誕生した時から読むものはあらゆる神秘についての魔術書。動けるようになってからするのは魔術の鍛錬。
毎日が血の滲む……いいえ、血が飛び散るもの。
少しでも悪い子だったらいなくなる。少しでもできない子だったらどこかにいってしまう。
それがどこかは分からなかったけれど、とても冷たいところとは理解できた。

私たちの存在理由はたった一つだけ。
全てはアインツベルンの悲願のために――。

だから私たちには少しの自由も許されない。
冬という牢獄の中でただひたすら自分自身を高め、姉妹達を蹴落としていく毎日。
涙も血も流しながら、『マスター』になるために……。

だからだろうか、魔術書の他に学んだものがある。
あらゆる神話。あらゆる物語。あらゆる叙事詩。
いずれ自分が従えるかもしれない者、いずれ対峙するかもしれない敵が記された、伝説だった。

私は姉妹達の醜い蹴落としあいには全く興味がなかった。
ただ一心不乱に自分のためだけに魔術を、伝説を学んでいった。
いずれ私が絶対に掴んでみせる、アインツベルンの悲願のために。

けれど、私は出会った。出会ってしまった。
一人の英雄、竜破壊の剣士に。

 彼はどの英雄より強かった。誰よりも雄々しかった。そして、誰よりも悲しかった。
それまで読んできたどの英雄よりも、彼の生き様に心打たれた。

彼はどんな思いで養父を殺したんだろうか?
彼はどんな思いで戦乙女を救出したんだろうか?
彼はどんな思いで愛のすれ違いを迎えたんだろうか?
そして、彼はどんな思いで最後を受け入れたんだろうか?

……今から考えれば確かにそこまで褒められた英雄じゃないかもしれない。
その時から読んだ文献にもより優れてより讃えられた英雄の物語があった。
それでも……いや、だからこそ私の心から竜破壊の剣士は消えなかった。

この人なら極寒の城に閉じ込められたアインツベルンを救ってくれる私の騎士になる――。

そうやって憧れを抱いたのは良かったけれど、じゃあどうやって呼び出した英霊を引き止めるかに問題は移った。
生前に未練があったら? なくても私に魅力を感じなかったら? あってもやられちゃったら?
せっかく呼び出したのに、また私は一人きりになる――!

 それから私は今まで以上にがんばった。
魔術の腕も磨いたし淑女としても大丈夫。
姉妹達は問題じゃない。私はマスターになれる自身が確かにあった。

 そんなある日、ふと私はアインツベルンの歴史が刻まれたステンドグラスに目を向けた。
アインツベルンの悲願の達成を目指す私にとってはもはや不必要な過去の失態。
そんな無様な姿を刻んでいる未練が頭にきた私はそれを壊そうとして、

一つの肖像に心奪われた。

アインツベルンが悲願としてかかげるちっぽけな器に対し、この女性の望むもののなんと尊い事か。
思い知った。私のしている事など彼女、冬の聖女の足元にも及ばない。
竜破壊の剣士を引き止めようとする私のなんて醜いことか。
そしてそんな分際でアインツベルンの名を口にしていた自分は……どれだけ愚かなのだろうか、と。

 その時から私の考えの一切が変わった。
全てはアインツベルンの悲願ではなく、アインツベルンの悲願だったもののために私は動くようになった。
その変化に周囲は戸惑いを見せたけれど、中には私と同じ想いをしてくれた人がいた。

その中でも最もアインツベルンらしくない、けれどとっても純粋な心を持ってくれた子がいた。
ディートリィナ。彼女は私の言葉に素直に感動してくれた。
アインツベルンはまだ迷っていない。それだけでも嬉しかった。

竜破壊の剣士に抱く想いも劇的に変わった。
ただ英雄に救われる哀れな王女様ではいられない。そんな存在など伝説の中にはたくさんいる。
私は英雄すらも導ける存在になりたい。
救えなくてもいい。聖杯を求めなければならなかった英雄を、私の手で導きたい。

それが叶わぬなら、せめて肩を並べて歩きたい。
英雄と私たちではその想いは絶対に違うから向いている方向も違うかもしれない。
それでも……英雄と私がここにいる、そう誰もが思うようになりたい。

そんな想いで私はあなたを召喚したのよ。
私のあこがれの剣士、ジークフリート……いえ、セイバー。真名をシグルズ。
たとえ前セイバーと決着がつけられなくても、ランサーに一方的にやられても、決して私の中の認識は変わらない。

「セイバーって強いね」

私の最強で最高の存在。
貴方がいてくれればきっと私たちは勝利する。悲願を成就する。
だって、セイバーと一緒にいれば安心できるから……。

 さあ、聖杯戦争に幕を下ろしましょう。

interlude out

Fate/the midnight saga

第51話


   /14日目

「……――」

 思いのほか目覚めは良かった。
ゆっくりと起き上がって辺りを見渡すと、ちょうどヨハンとジェイナが身支度を整えていた。
僕が起き上がったのに気付いたのか、二人がこちらに顔を向けてくる。
ヨハンはいつものように僕に対しても礼儀正しく一礼する。

「おはようございますディート。思ったよりも快調のようですね」
「ええ、なぜか気分が晴れやかなんです。これほどまでに清々しい朝を迎えるなんて思ってもいませんでした」
昨日あれだけの思いをしたのに、信じられないぐらいだ。
窓に駆け寄って天を仰ぐと、心と同じように雲一つない青空がそこにはあった。

涼やかな風が肌を触る。まだ季節を考えれば温かな風は吹かないはずだけれど、僕にはそう感じられた。
鳥達も朝の到来を祝うように音色を奏でている。なんて贅沢なオーケストラ。
日差しもまぶしい。その光はまるで全てのものを――、

「……っっ!?」

焼き尽くすように、熱い。

「ディート?」
「……な、なんでもありません」
怪訝そうに僕を見つめるヨハンに軽く笑顔を見せておく。

思わず身を引いてしまったけれどもう一度だけそっと日光へと手をかざす。
……熱い。錯覚でも暗示でもなく、本当に熱いと感じられる。
見た目の身体に変化はない。ではそのように感じているだけなのだろうか?

いや、ただ感覚だけがそう言っているんじゃない。
日光のそばに立つと胸と頭が痛くなり、呼吸も苦しくなり、胃の中のものが逆流しそうな気持ち悪さが僕を襲う。
簡単に言えば、太陽がこの上なく不快だった。

昨日まではこんな事はなかった。
昨日と今日との違い。
そんなものは既に明白だろう。

キャスターがいなくなって、真祖の姫が現れたんだから。

自分の中の何かが変わっていく、上書される、消えていく感覚。
二週間前までずっと感じていたあの感覚が僕に再度訪れている。
しかも、今まで感じた事のない速度で変わっていくのを実感できる。

「……負けない」
僕は絶対に負けられない。
ロアが真祖の姫に抱いた想いが本物なら、僕の抱いている想いだって本物だ。

冬の城で少女は僕を必要としてくれた。尊い想いを語ってくれた。優雅に装ってもその裏では血を吐いて突き進んだ。
緑の丘で麗人は僕を助けてくれた。迷った道を指し示してくれた。自分に利益が還ってこなくとも走り続けた。
星空の下で神官は僕に誓ってくれた。堕ちてゆく僕を支えてくれた。強い想いのために自分が恨まれようとも駆け抜けた。
青空の日常で少年は僕を引っ張ってくれた。血を流して僕を守り続けた。相対する人間と魔術師の両方を持ち前を目指した。

去っていた方々、今もいらっしゃる方々。
僕の想いは僕個人のものじゃない。皆さんが必死になって守ってくれたものでもある。
彼女達のためにも、僕自身のためにも。その想いが汚されるわけには絶対にいかない――!

「――……」
ヨハンは胸を掴む僕をうかがうと若干の間視線をそらし、再び私に合わせる。
焦燥の念が浮かんでいたように見られたが、その一瞬でなくなっていた。

「進んでいるのですね。進行が」
彼女は表情を変えずに静かにつぶやく。
僕はうなづいて肯定を示した。

「やはり真祖の姫との接触が進行を早くしたのでしょう。その様子ですと、昼間を生きるのも不快のようですね」
「ええ。初めて冬の城では見られないさんさんと照り続ける太陽の恵みを受けた時は心打たれました。
 けれど、正直申しますと今は――」
「それ以上は言う必要はありません。そのように悲観的に考えているとそちらに引っ張られますよ」
ぴしゃりとヨハンは私に忠告し、下着と侍女服を手渡してきた。

「そのようにさせないために我々がいるのです。あなたは決して一人ではない、それをお忘れなく」
「……ありがとうございます」
ヨハンの傍らではジェイナがはにかむように笑っていた。
僕らのやりとりがほほえましいのか滑稽なのか、どう感じ取ったかは定かではない。

下着を身に着け、服に袖を通す。僕が生まれてから長くを共にするデザインの服を。
肌の手入れをして、髪をとかし、体臭を隠すように若干香水をつける。
身だしなみを整えて僕のご主人様に無礼のないようにする。

「それでは今日も一日がんばりましょう」
「ええ」「がんばろう」
ここは遠坂邸であってアインツベルンの館ではないが、アインツベルンの一日が始まる。


「おはようございます」
「おはようございます」
しばらくするとメノウが車椅子の車輪を手で回転させながらリビングに現れる。
朝の挨拶を済ませると、僕は紅茶を彼女の前に差し出す。

「ありがとう。いただきましょう」
彼女は優雅なたたずまいで紅茶のカップを手に取り、口につける。
味わいながら少し飲み、カップを皿に戻す。その動きは時の流れがとてもゆっくりに感じられるほどだった。

「……この家にある銘柄ではありませんね」
「はい。失礼かと思いましたが私どもが本国より持ち出しました葉を使わせていただいております。
 お味はいかがでしょうか」
「深みがあります。結構なお手前を堪能できてとても嬉しいですよ」
「お褒めに預かり恐縮です」
よかった。銘柄にこだわる人だったらどうしようと思っていたけれど、味がよければ素直に喜んでくれるのか。

「お食事もご用意させていただきました。
 あなたの屋敷にもかかわらず私たちに動き回る自由をくださったあなたの寛大な心に感謝いたします」
「いえ、私としても身の回りの世話をしてくれる侍女がいる事に感謝しなければね」
メノウは飲み終わった紅茶のカップを僕に手渡す。
これお願いね、ぐらいの一言もないのだからメノウも上に立つ人なのだろうか。

 昨晩、真祖の姫からの逃亡劇を終えた僕たちは遠坂邸にたどり着いた。
既にレンとアーチャー、そしてヨハンはたどり着いており、深夜なのにメノウが僕らを出迎えてくれた。
客間はいくつもあるとの事だったので一切不自由はしなかった。それどころかメノウはある程度屋敷を動く許可までくれた。

魔術師が他の魔術師を自らの領域に招き入れる。それがどれほどの事かは分かっている。
自らの神秘は秘匿するもの。技術と神秘を他者に見られないよう細心の注意を払うものだ。
だからメノウの許可からは寛大さと同時に奥深さを感じ取った。
これが、当代の遠坂か。

「おはよう」
「「「おはようございます」」」
少し時間が経過すると、お嬢様が髪を揺らしながら食堂に入ってきた。
アインツベルンの城にいた時と少し雰囲気が違う。多分この館の主がメノウで自分は客人だとわきまえておられるのだろう。

「あら、今日の食事はディートなのね。私はてっきりメノウかと思ったんだけれど」
「さすがに客人の身でそこまで世話をかけさせるわけにはいきませんから」
お嬢様にはこう言ったけれど、実はちょっと裏がある。

 真っ先に食卓にたったのは誰でもない、アーチャーだった。
今にも食事を作り出そうとしていたのを僕たち三人で追い出し、台所を確保。
次にレンが魔術装置ごしに料理作りたいと連呼してきたので通信を切った。
そういったわけで今朝の食事は僕が作れる事になったのだった。

「それでレンの様子は?」
「アーチャーに再び土に埋めてもらいましたので今晩までにはある程度は回復するでしょう。
 しかしまさか催眠まで打ち破って朝食を作りたいとおっしゃったのには驚きました」
メノウはお嬢様の問いに呆れ果てながら答えた。
けれどどこかはにかんでいて嬉しそうでもあった。

「あとでパンとスープを運んでおきましょう。
 文字通り手も足も出ない状態なので憐お兄様にとっては惨めな姿でしょうが、食べさせるしかないでしょうね」
首から下が埋まったレンがメノウが運ぶスプーンを口に入れていく様子を思い描いて……少し同情する。
レンには悪いけれど、僕だったらそんな姿はごめんだ。

「では全員そろいましたし、食事にし……あら?」
メノウはテーブルに並ぶ御膳に視線を移し、疑問の声をあげた。
なんとなくだがその疑問は分かるような気がした。

「なぜ二人分しか用意されていないのですか?」
「私どもが主と食事を共にするなど恐れ多いからです。私どもの事は気になさらず、お嬢様とお二人で食事を進めてもらえれば」
「却下です。私の屋敷にいる限りそのような事は許しません」
淡々と述べるヨハンの言葉を途中で遮るメノウ。
その口調はとても鋭く僕達三人に向けられている。

「確かに私も侍女を雇っている時はそうしていましたが、今のあなた方は私にとっては平等に客人です。
 それをお間違えのないよう」
「……かしこまりました。それではご用意いたします」
意外にも始めに返事したのはヨハンだった。
僕やジェイナならメノウの発言を了承しただろうけれど、ヨハンは難色を示すと思っていたから、本当に意外だ。

「かまいませんね、お嬢様」
「そうね。この屋敷にいる以上仕方のないことだわ」
ヨハンは優雅に一礼して別の部屋に運ぼうとトレイに乗せていた食事をテーブルに並べる。
これで準備は整った。

「ではいただきます」
メノウは食膳で手を合わせて頭を下げ、パンを手にとった。
聖堂教会ともつながりがあると聞いていたから食前の祈りを捧げるとも思っていたけれど、どうやら彼女はキリスト教徒でもないらしい。

「い、いただきます」
お嬢様もぎこちなくメノウの真似をして食事を始めたので、僕たちも食事を開始する。

食器が軽やかに心地よくなる音だけが聞こえる。
スープをすするなどの耳障りな音が聞こえてこないのだから、この場にいる全員がテーブルマナーをたしなんでいるのだろう。
なのでとても静かな食事が進む。

十数年間過ごしてきた冬の城では当たり前の光景。
ホムンクルスであっても誇り高きアインツベルンの一員として気品を学び、粛々と進められる食事だ。
……物足りない、と感じてしまうのは贅沢だろうか。

たった二週間ほど。たったそれだけなのに、僕が思い出したのは百目木邸でのやりとりだった。
カズナリさんがいて、サヤさんがいて、アオイがいて、アーチャーことシロウがいて、そしてレンがいて。
彼らの食事はにぎわっていた。世間話をはずませて時には笑いあっていた。
団らんがそこにはあった。

「メノウ。つかぬ事をお聞きしますが、身の回りの世話はご自分でやられているのですか?」
気がついた時には口が開いていた。
冬の城では決して考えられない蛮行。お嬢様もヨハンも目を大きく開けて僕を眺めている。

「いえ、さすがにこの身ですので侍女を雇ってある程度世話をさせていました。
 聖杯戦争開始の折に皆に暇を与えたまでの事です。参加者となるレイリーを招く以上、ここが戦場になる可能性は十分に考えられましたから」
メノウはそんな事を全く気にせず語ってくれた。

「ですが以前キャスターとたずねた際には確かそのレイリーに紅茶を入れさせていたような……」
「彼女の方から提案してきたので了承したまでの事です。
 炊事洗濯ぐらい自分で出来ますし掃除なら使い魔に任せれば済むと言ったのですが、彼女に押し切られましたね」
笑みを浮かべるメノウだったが、どこか物悲しげだった。
レイリー、ライダーのマスター。彼女は聖杯戦争に敗れて亡くなった。
いくら死と隣り合わせの魔術師とはいえ、つらいのだろうか。

「メノウ、儀式を行う時は庭を借りてもいいかしら」
「ご自由に。さすがに遠坂邸内で魔術儀式を行わせるわけにはいきませんし」
お嬢様はメノウの返答に満足そうにうなづいた。
それはそうだ。いくら寛大だからと自身の工房までさらけ出す魔術師は世界中探してもいないはずだ。
多分、あのレンでさえ。

「そう言えばあなた方は食卓にサーヴァントを同席させないのですね」
「えっ?」
「当然よ。食事をさせなきゃいけないほど魔力に困っているわけじゃないんだから」
突然のメノウの質問に僕は思わず声をあげてしまったが、お嬢様は髪を手で流しながら答えた。

サーヴァントは基本的に食事を必要とはしない。
するとすればほんのわずかに魔力の補給となるとか、嗜好の問題だ。
現に今もアーチャーとセイバーはこの遠坂邸を警護している。
だから食事をさせている方がおかしいといえばおかしいのだが……、

「食事をさせてるレンたちの方がおかしいのよ。
 別にサーヴァントとのつながりが弱いわけでもないのに普通の人間同士のように接して。
 少しはマスターとサーヴァントの関係だって分かってるのかしら」
お嬢様は不満を隠そうともしなかった。ヨハンもまたうなづいて同意を示す。
メノウはほっと息を漏らした。

「さすがにレイリーはそうではなかったのですが、アーチャーやキャスター、それから前セイバーを見ているととてもそうは思えなくて……。
 正直安心しました。やはりおかしいのはお兄様達だったと」
「……」
すみませんでした。キャスターに食事取らせてて。

レンがアーチャーに食事をさせていたのは一般人だと途中まで偽装していたからだからまあいいとする。
けれどキャスターと前セイバーは間違いなく嗜好のためだ。
いや、だって食事が至福の時のように満面の笑顔で箸を進めていたらどうやっても止められません。
多分あの様子だと令呪を使わないと止められなかったんじゃないだろうか。そして使ったら最後、間違いなく信頼関係は砕け散る。

「前セイバーとはたった一日の間でしたが、まさかあそこまで食事に執念を燃やすとは完全に想定外でした。
 しかも少食の私からは考えられないほどの量を私と同じぐらいの体格の彼女が食べるのですから、ね」
前セイバー、英さんが麻婆豆腐を食べる様子を思い出して……メノウに同情する。
確かにあの様子を見せられると嘆きたくなるかもしれない。

「しかし……とうとうその前セイバーも脱落し、残されたサーヴァントは三人ですか」
メノウの発言に一瞬お嬢様のスプーンが止まった。

「その様子ですと……決着は今夜でしょうか」
「そうね。おそらくはそうなるんじゃないかしら」
決着、それはソウマとランサーとのであり、そして同時にレンとアーチャーとのでもある。

「それであなた方はどちらを聖杯戦争の勝者にするつもりで?」
「時間が許してくれるならアーチャーとセイバーで雌雄を決するわ。勿論その時はレンにアーチャーの令呪を返してね。
 そして勝つのは私のセイバーよ」
お嬢様は即答かつ断言した。
勝者は二人も要らない、勝者となるのは自分とセイバーだ。それは最初に固く誓った時のままだった。
その自信に少しの揺るぎはない。

ただお嬢様もアーチャーの事はある程度認めているようだった。
なにしろお嬢様のお言葉はアーチャーがランサーを倒す事を前提においている。
時の問題はおそらく真祖の姫についてであり、ランサーについてではない。
……もしかしたらこの聖杯戦争を通じ、お嬢様も少しずつ変わっているのかもしれない。

「許さなかったら許さなかったでその場で判断するわ。心配しなくてもいいわよ」
「……そうですか」
お嬢様は不敵に笑い、メノウも納得したようにうなづいた。

 この後もソウマに令呪を与えた事、ランサーたちが真祖に立ち向かった事、そしてまだランサーたちが脱落していない事などを話した。
会話に弾んだ食卓がとれて、僕は少し嬉しかった。
そして、今後もこんな時が過ごせればいいな……と欲張りながら思ってしまった。


   /

 気分は悪くなる一方だったが、僕は外の様子をうかがってみる事にした。
門前にはセイバーが、屋敷の屋根にはアーチャーがそれぞれ陣取って真祖の姫やランサーの襲来に備えていたが、それは杞憂に終わった。
だが分かる。そのどちらもが生存している事を。そして必ずや再度姿を現す事を。

ただこの朝方にかけては平穏そのものだった。
いや、平穏すぎた。ここの国の言葉で言うなら嵐の前の静けさだろうか。
更なる現象の前兆、今か今かと待ち受けるとてつもないなにか。

二人の英霊もそれが分かっていて神経を尖らせている……と思ったら二人は会話を交わしていた。
しかもなんだか僕から見ると世間話のノリなんですけれども。
なんだかたまらなくなったので気分そっちのけで彼らへと近づく。

「お二人とも、何をしていらっしゃるのですか?」
「ディート、おはよう。気分が優れないようだけど大丈夫か?」
アーチャーは僕に気付くと気さくに挨拶をする。
まるで井戸端話の延長だ。思わずそう感じた。

「ご心配には及びません。それであなた方は一体何を?」
「ああ、これだ」
アーチャーは僕の方に何かを差し出してきたので、それを受け取ってよく眺めてみる。
これは確か、

「メロダック……」
バビロニアの主神マルドゥークの名を持つ、グラムの原典。
そしてアオイの命を奪った一品――。

「なぜこれをあなたが――いえ、なぜこの場でこれを?」
なぜこれをあなたが所持しているのですか? という「アーチャーが投影しました」の一言で片付く問いをかろうじて飲み込む。
けれど同時に思い浮かんだ疑問があったのでそれに言い換えた。
アーチャーは腕を組んで若干考える仕草をする。

「セイバーがじっくり見たいと言っていたからな」
「セイバーが?」
思わず僕は剣をセイバーに手渡した。
彼はじっと剣を見つめ、軽く振り、また見つめる。その挙動の繰り返し。
一連の動作には正直首を傾げざるを得ない。

「セイバーは何をしているのですか?」
「俺にも分からない。けれど真剣な表情で一連の動作を行ってるんだから、きっと大きな意味があるんだろうな」
アーチャーもまた肩をすくめてみせる。

セイバーは更に自分の竜破壊の剣グラムを現界させ、天にかざす。
愛剣をじっとみつめて再び剣を振るった。
その上で竜破壊の剣グラムとメロダックに交互に視線を移す。

もしかしたら太陽剣グラムの原典メロダックと竜破壊の剣グラムの比較検討だろうか?
しかし破壊力の観点から言うと竜破壊の剣の方が優れているし、魔剣や聖剣の視点から見てもそうだろうし。
やはりそれが何を意味するのか僕には想像できない。

「すみませんがセイバー、メロダックとグラムを見比べて何をしようと?」
「ああ、これはな――」
メロダックの方を地面に突き刺してセイバーが口を開いたところ、

「セイバー、調子はどうかしら?」
後方から心地よいソプラノの声が聞こえてくる。
振り向くとお嬢様が体重を感じさせない静かな歩みでこちらへと向かってきた。
彼女は散歩のついでのようにセイバーに顔を向け、全てを見透かすようにセイバーを見つめる。

「そうだな……」
セイバーは一回だけ剣を振るってみせた。
風を切る音は正に轟音で、真後ろにいるはずの僕の髪が揺れた。
ほとばしる魔力、威圧感。全てが僕のよく知っているセイバーだった。陰りなど一つも見当たらない。

「絶好調だ。ランサーとの戦いで受けた傷も完全に癒えている」
「そう、それはよかったわ」
セイバーの不敵な笑みにお嬢様も不敵な笑みで返す。
お嬢様はそれが嬉しかったのか、軽やかな一回転を見せる。
純白の髪とドレスが優雅に舞う様子はいつ見ても心打たれる。

「セイバー、いよいよ最後の時よ。心して戦いに挑みなさい」
「了解した我が主……と、いいたい所だが――」
「? なによ、言いなさいよ」
うかない様子を示すセイバーの顔をお嬢様は覗き見る。
彼は若干渋い表情で悩んでいる様子だったが、やがて意を決したようにお嬢様へと振り向いた。

「我がマスター、クリスティーナよ」

そして、セイバーはお嬢様の前にひざまずいた。
竜破壊の剣グラムを地面に突き立て、柄の上に両手を乗せ、お嬢様に頭をたれたのだ。

「え……?」
困惑と驚愕を同時に浮かべてお嬢様はセイバーを凝視したまま動かない。
お嬢様や僕は当然の事ながら、アーチャーすら驚きを隠しきれないようだった。

「これまでの度重なる失態は全て私に責任がある。今更弁解の余地はない」
「セ……セイバー?」
「結果的に私は一人の敵も屠らずにこのように生き延びている。そのためにあなたに辛い思いばかりさせてきた。
 我が剣に誓っておきながらこのざま……面目次第もない」
お嬢様の困惑をよそにセイバーははっきりとした口調で述べる。
無念のこもった声で話す彼の拳がかたくグラムを握り締める。

「だから――」
そして、彼は面を上げた。

「だから改めて誓おう。私は必ず勝利する。ランサーにもアーチャーにも、貴女に立ちはだかる者全てに。
 我が存在にではなく、我が剣にでもなく、あなたの名にかけて」

「……」
正直、僕は唖然とするしかない。

僕が記憶しているセイバーとお嬢様は良くて対等、悪くて大人と子供みたいな関係だった。
彼は確かにセイバーという従う者ではあったが、このように臣下の礼をとった事はこれまで一度もなかった。
お嬢様もそうはさせなかったし、セイバーも決してそうしようとはしていなかった。

そして彼の言葉。誓う対象が彼自身ではなくお嬢様へと移った。
それは物語などで困り果てたお姫様を救う騎士がたてるような誓いでは決してない。
彼がシグルズという英霊だから、彼がサーヴァントセイバーだから。そういった今までの自分から一切を切り離した誓いだ。
これが意味するのはつまり――、

「……顔を上げなさい、セイバー」
呆気にとられていたお嬢様だったが、やがて慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
そして彼女はセイバーの手をやさしく包んだ。
手の大きさは明らかにセイバーの方が大きいが、それでも包み込んだのだ。

「勝って。そして生きて。私の最強で最高の英雄」
「……誓いをここに」

――お嬢様は、真の意味でシグルズでもジークフリートでもない、セイバーのマスターになった……。

 聖杯に呼ばれて召喚される英雄達は必ず何らかの目的を伴っている。
前セイバーなら過去の改ざん、ライダーなら祖国の破滅からの回避、このアーチャーなら正義の味方を突き進む事。
聖杯に願うかは別として、サーヴァントは何かしらの因果を持っているはずだ。

ではセイバーは何のために召喚された?
シグルズ、シグルド、ジークフリート。どの名で呼ばれようと彼の大筋の物語に変わりはない。
ならば彼は生前では掴む事の出来なかったものを掴もうとしていた様子はない。

彼はあくまでお嬢様の傍らに立って戦った。
決してお嬢様をないがしろにせず、彼女につきしたがった。
戦いを、勝利を、栄光を求める英雄ではない。剣士であるはずの彼は騎士よりも騎士然としていたのだ。

だから僕が思うに、シグルズはお嬢様を守る事こそ目的としていたんじゃないだろうか?

生前彼はブリュンヒルドとグルズーン(クリエムヒルド)の両者と生涯を誓い、その縺れから命を落とした。
シグルズは、女性を嘆き悲しませる運命をたどってしまった。
だから彼は誓ったのではないだろうか。女性を悲しませる想いはさせず、今度こそ自分の手で守り通して見せると。
生涯を共にした、竜破壊の剣グラムに誓って……。

「……英雄と呼ばれるようになった方々。やはり皆尊いのですね」
僕はそっと胸を押さえる。

 キャスター、永久に僕の心に刻みます。あなたの尊い悲願、意思を。
だから見ていてください。僕はきっと生きてみせます。精一杯最後まであがきます。
この思いが在り続ける限り……。


   /

「それじゃあヨハン、ディート、ジェイナ。行ってくるわね」
「行ってらっしゃいませ」「ご帰宅をお待ちしております」「それじゃあまた」
あの後お嬢様はそのままセイバーと町へお出かけになられた。
ランサーの探索を名目としていたけれど、明らかにセイバーと最後の楽しいひと時を過ごそうとなされていた。
僕もヨハンも一言も反対せず、一礼して見送った。

 ジェイナはメノウ一人だけでは出来ない力仕事を行っている。
どうやらジェイナから申し出たらしく、僕がうかがったところ彼女は笑顔でこう答えてきた。

「働くのは好きな方」
どうやら彼女は何もしていないと腐ってしまうと思っているようだ。
かく言う僕もそうなのでやる事のない今は実に落ち着かない。
けれど剪定どころか斧で木々を切り倒している様子を見ると、僕が手伝う余地はなさそうだ。

 ヨハンは聖杯の最終確認だと部屋に閉じこもってしまった。
確かに僕もアインツベルンの魔術師ではあるけれど、聖杯の担い手として訓練されたお嬢様とヨハンとは全く違う。
私が携わる事でもないだろうと干渉しないようにした。

 する事が何もない。
屋敷の手入れは完璧に行き届いていて入り込む余地が一切ない。
ならばとうたた寝しようにも、こんなに日差しが強くては息苦しいだけだ。
仕方なく僕は料理本を手にとって読み始める事にする。

「すみませんディート、憐お兄様を掘り起こす作業を手伝ってもらえますか?」
まだ一ページも読み終わらないうちだった。
メノウは車椅子を押して静かに語りかけてくる。

「もちろんお手伝いさせていただきます」
所詮読書は暇つぶしだっただけに僕は快く承諾する。
ただ力仕事……僕の領分ではない気がするのですが。

「ああ、その後心配には及びません」
僕の考えをあっさりと感じ取ったのか、メノウは鈴を転がすように笑う。
そんなに考え込む僕はおかしかったのだろうか。もう少し感情を面に出さないようにしなければ。

「腕まで掘り起こせば後は憐お兄様ご自身がやってくださるでしょう」
「……」
回答拒否。とても黒いですメノウ。


「……酷い目にあった」
風呂から出てきて一言、レンは深いため息混じりに語ってくれた。

結局レンを掘り起こす作業は僕と彼自身の二人がかりで行った。
アーチャーを見張りから一時的にでも離す訳にはいかないのだから、仕方がないといえば仕方がない。
それでもすみませんレン。私の力が足らないばかりにあなた自身の手まで煩わせてしまって……。

「爪の中が土だらけでブラシでかき出すのにすごく時間がかかった。正直、埋葬はもう嫌だ」
「そ……それはご愁傷様です」
レンは床に座って身体をほぐし始める。念入りに要所要所を伸ばしてゆく。
昨日からずっと同じ体勢ばかりで過ごしてきたのだから、だろうか?

「それよりレン」
そんな事よりも確認しなければならない事がある。

「正直、体の具合はどうなのです?」
「……うーん」
レンは手を握ったり開いたりして握力を、腕を回転させて腕力を確かめる。
そして彼は人差し指を花瓶の方へと向けて意識を収集させ……それだけで工程を中断した。

「体力面は問題ない。全力運動はさすがにきついかもしれないってところだから八割ぐらいか?
 魔術面は……正直心もとない。まるで爆弾を抱え込んでいるみたいに細心の注意を払わないと暴走しそうだ」
「それではソウマとの決戦は……」
「問題ないだろ。アイツなぜか俺に対しては魔術使ってこないからな」
……多分それは魔術師としての遠坂との決別という強い意志の表れではないだろうか。
他のマスターとの戦いでは魔術使いのようにふるまってはいるけれど。

「ただ……」
レンは前屈を行いながらこちらに腕を突き出してくる。
そこにかつてあって今ないのは、アーチャーの令呪だ。

「この聖杯戦争ではもう俺がアーチャーを支える事はできそうにない。残念だけれど、アーチャーはヨハンにとられたままになりそうだな」
「そう、ですか」
レンの反応は意外にも淡白だった。
レンにとっては彼が従えるサーヴァントアーチャーではなく、あの英霊がいる事そのものの方が大事なのだろうか。
願いを自力で叶えたがる彼らしいといえば彼らしい。

けれど今のレンにソウマを倒せるだろうか?
アインツベルンの城でもほとんど互角の勝負がくりひろげられた。
だとしたら今のレンではもしかするとソウマに――。
そんな僕の思いを悟ったのか、レンは安心させるようにほがらかな笑みを浮かべる。

「心配しなくてもアーチャーはランサーに間違いなく勝つ。だから俺が双魔に殺されても聖杯戦争の視点で見れば勝利に変わりはないんだ。
 だからディートは必ず救い出される」
「……そんな冷たいことおっしゃらないでください。僕はあなたに何度も助け出されました。
 もはやその恩は僕の一生をもっても返しきれないほどになっています。
 ですから、今回だけは僕の事は気になさらずにご自分の決着をおつけになってください」
そう、ソウマが遠坂に決着をつけねばならないように、レンもまた遠坂に決着をつけねばならない。
たった一つの出来事で運命を大きく変えた二人が、新たな一歩を踏み出す瞬間なのだから。

そんな僕の気兼ねを振り払うように、レンは血が出るのではと思わせるほどかたく拳を握り締めた。

「もちろんだ。俺は絶対に勝ってみせる」

ええ、是非あなたには勝っていただきたい。そして生き残っていただきたい。
あなたのような人が死ぬ必要などありません。
もっともっとあなたは他の方と接してゆき、もっともっとその人を変えてゆくのですから。
その心は、きっと誰もが良い感情を抱くことでしょう。

「ところでディート」
「はい、なんでしょうか」
レンは瑞々しい漆黒の長髪を慣れた手つきで束ね、丹念に櫛で梳かしながら僕の顔色をうかがう。
更にくわえていたもう一つのリボンを髪に結び付けてゆく。

「今暇なんだろ、何もやる事がなくて」
「う、おっしゃるとおりです」
「やっぱりか……。それはよかった」
百目木邸でも実際何か仕事をもらわないと落ち着かなかったから、こうしたゆったりと流れる時間は実は苦手だ。
レンもそんな僕を二週間見てきたためにやっぱりと思ったのだろうが、よかったとは一体……。
と思っていたら、

「ならこれから付き合わないか?」

「はあ?」

とんでもない事を言ってくれた。




to the next stage……


第52話に続く

戻る



 最終日前日の始まり。
とはいえ14日目と15日目は日付変更をはさんでやるつもりなので、実質最終日です。
ようやくここに来れたか、と若干感無量です。

 この二年近くでFateの世界も刻々と変化を遂げてきました。
公式設定の追加、原作のリメイク、Zeroの発売。更に深くなっていく世界についていくのがやっとかもしれません。
第二次という過去の話を書いている以上、設定追加で少々困った事になった思いも何度もしました。
雨生とかモードレッドとかアインツベルンとか。つじつま合わせは結構好きなので問題ないですが。
ただ、困った点が一つ。

 アインツベルンが初戦敗退の連続。セイバーは毎度最強筆頭。
セイバーのマスターをアインツベルンにした時点でもう取り返しのつかないことになっていたりして。
多分この設定守るの葵ルートだけ。セイバールートでもアインツベルンのライダーに決戦させる気満々です。
アインツベルンにやや焦点を当てたかったという思いが強かったのでこうなった、で。

 それでは次の舞台で。
  2007年4月14日


2style.net