Fate/the midnight saga

第1話


   /前31日

「んー、久々の大地はやっぱりいいわね」
お嬢様は伸びをなさって天を仰いだ。
僕たちもゆれる事の無い大地を踏みしめた事でようやく始まりを実感する事が出来た。

目の前に広がる光景は今その姿を変えようとしている国そのもの。
つい最近開港したと言う港で人はあわただしく動き、ある者は荷物を船に積み、ある者は船から降りていく。
西洋化が急ピッチで進んでいるけど、この国の人達は探求と追随に優れているようだ。既にある程度の形に都市が構成されている。
このように発展してゆく光景を目の当たりにしていると、じきに神秘そのものがなくなってしまうのではないか……そんな不安がよぎってしまう。

僕たち五人は数ヶ月にも及んだ船旅を終えて大地に降り立っていた。
ほとんど世界を半周するほどの長い旅はようやく終幕を迎えたようだけれど、こんなものは前座に過ぎない。
はしゃぐお嬢様も、それを温かく見守る彼も、そして付き従う僕たちも、当然その事は念頭においてあった。

「でも思っていたよりも田舎じゃないみたいね。私はブシとかサムライとかを見てみたかった気もするけれど……」
「お嬢様、この国はまだ開国してから数年しか経過していない野蛮人達の土地です。軽率な行為でどんな行動に出るか分かったものではございません」
「……んもう、人が感傷に浸りきってるって時に野暮な事言わないでよ」
表情を変えずにしれっと言い放つヨハンにお嬢様は頬を膨らませる。
思わず僕とジェイナは笑みをこぼした。

 僕…というよりお嬢様の連れは僕を含めて4人。
まず僕と同じ格好をした2人、ヨハンとジェイナ。
彼女たちは僕と数年しか年齢の違いはないけど、それでも雰囲気が全く異なっていた。
それは個人差で片付けられるものなのか、それとも僕らの役割分担の決定的な違いから来るものなのか。

次に屈強な男。それは紳士でも貴族でもなく、数多くの戦を経験した戦士そのものを絵に描いたようだった。
はっきり言ってしまえば身長は祖国でも十分に高いぐらいだったから、この国の人と比べると巨人に見えてしまう。
わりと顔は整った方だけれど、身体つきが平穏の中を生きていない事を表していた。

最後に僕たちの仕えるお嬢様。やはり僕と数年しか違わず、随分と幼い印象を抱かせる。
本人も気にしておられるようだったが、背も僕らより若干低い。いずれは追い越してやると豪語していたものの結局そのままだった。
僕個人の意見を言わせていただくと、無駄に大人びるよりも子供と大人両方の雰囲気を兼ね備えていた方がよろしいかと。

当然、僕らはお嬢様にしたがってこの最果ての地までやってきた。
義務とか義理とか、そんな些細なものではなくて、心の底から。
だから、お嬢様にはどうか無事でいて欲しい。
彼女は踊るようにくるりと一回転すると、ヨハンへと視線を向けた。

「それで、ここからどれぐらいなのかしら? 私たちの目的地」
「馬車を使っても数日かかります。ここにはまだ鉄道が走っていないでしょうし、海に面していたものの港としては機能していなかったようですので」
「開国してなかった前回よりは近い場所に到着できたんだからいいじゃない。それに――」
準備期間として随分と早くに到着してしまったしね、とお嬢様は小悪魔のような笑みを浮かべながら指で唇をなでた。

実際にはこの国にも鉄道は走っている(つい最近できたらしい)。でもそれはヨコハマから首都を結ぶだけに過ぎないらしい。
発展は港から首都をつなぐ位置を最優先するのは当たり前と言えば当たり前だろう。
お嬢様もどうやら始めから期待などなさっておられないようで、馬車の旅を心待ちにしておられたようだ。

「じゃあ早く行きましょう。私が来たからには、前回みたいな失敗はしないんだから」
と意気込んでお嬢様は悠然と歩き出した。男もまた彼女に付き従う。

「ディート、ジェイナ」
ヨハンもまた僕たちにうながして歩みだした。
僕達もあわてて荷物を持って彼女についていく。


クリスティーナ・フォン・アインツベルン、今回アインツベルンのマスターとして参加する事となった僕らの主だ。
僕ことディートリッヒは、僕はアインツベルンを名のる資格はないので姓はない、クリスお嬢様に仕え、このニホンにやってきたと言うわけだ。
僕らの役割は異国の地での彼女の日常を手助けする事と、彼女の命とアレを守る事だ。

この命に代えても、お守り致します。

これからどんな困難が待ち受けていようと、僕らは必ず勝ち進まなければならない。
それがお嬢様のためであり、御家のためであり、そして悲願のためである。

祖国よりはるかに遠い地、ニホンのフユキの町で。
僕たちは、聖杯戦争に勝ち残る。


   /

 馬車を乗り続けて数日、特に変わったこともなく、僕たちの旅はつつがなく経ち、目的地が見えてくる。
これから数日かもしれないし数ヶ月かもしれないけど、僕らはここで過ごす事になるんだ。

今はフユキの町に入ったところだ。
祖国とは違って木造の建物が立ち並び、人がにぎやかに行き交っていた。
もっと田舎かと思っていたけれど、意外と町として発展している事に軽く驚いた。
とは言え、まだ流石にエドと呼ばれる時代からそう変わっていないらしい。

「それで、3人は役割分担はどうする事にしたの?」
唐突にお嬢様はその事で相談をしていた僕らに話題をふってきた。
ただ視線は窓越しでの景色をずっと眺めているままだった。

「お嬢様の知っての通りジェイナは近接戦闘でお嬢様を警護するよう訓練を受けましたので、敵マスターがお嬢様を直接狙いに来る時は――」
「違うわよ。家事一般の話の方!」
ヨハンの模範通りの回答にお嬢様は首を振ってしまった。
ああ、そちらの方ですか。聖杯戦争前だったのでてっきりそちらの確認とばかり……。

「そちらでしたらディートが食事と買出し、ジェイナが掃除、 わたくしがお嬢様の身の回りの世話をさせていただきます」
「ふぅん、ディートが食事ね……。おいしいの?」
それはヨハンに述べられた言葉だったけれど明らかに僕の方へと向けられた言葉だ。
確かに祖国では厨房にいた大勢の中の一人だったから分からないのは当然だろうけど、その言い方は心外です……。

「味は自分が保証。十分においしい」
口を開こうと思った矢先に返答をしてくれたのはジェイナだった。

「……本当?」
「アインツベルンの中では一番工夫してる」
――ありがとう、そう言ってくれるととてもうれしい。
お嬢様はふぅんとうなづいて会話を打ち切ってしまった。一応納得してくれたらしい。

 ごとごととゆれる馬車は人をかきわけて進んでいく。
この地域では西洋風の馬車が珍しいのか人々がまなざしをこちらに向けてきていた。

「港付近とは随分と違いますね」
「そうね。でもいくらなんでもこんなド田舎まで発展するわけないじゃない」
西洋化が進む都市とは違って、フユキはさすがにまだエドの町並みそのまま……と思っていたけれど、意外と西洋化が進んでいて驚いた。
それでも他の町より、の話で僕らから見てしまうとまだまだと言った所か。

「止めなさい。今すぐに」
冬木の町を通り過ぎようとしていたその時、突然お嬢様は騎手であったジェイナに向かって命令を下した。

「クリス、どうした? 屋敷はまだまだ先――」
「いいから止めなさい」
ジェイナは返事をせずに無言でうなづき馬車をゆっくりと減速させ、ついに止めてしまった。
周りの人々はもちろんざわめくけれども、お嬢様は気にもとめていない。

「お嬢様、町の探索でしたら屋敷ご到着の後にしてください。無事に着いた事をお館様にご報告しなければ――」
「何もできていないのに報告するだなんて無駄よ。貴女達だけでやりなさい。私はこれからやる事があるんだから」
まるで氷のように鋭く冷たい言葉でヨハンを一蹴、されたヨハンは押し黙るしかなかった。

「表向きのルールが定められた時、この聖杯戦争に監督役が定められる事になったの。そいつにアインツベルンが参加する事を正式に言ってやるわ」
「律儀ですね。アインツベルンは押しも押されぬマスター、別段魔術協会から派遣された部外者に顔を見せてやる義務も義理も存在しないはずですが」
「そうね、けれどアインツベルンここに在り、って宣言してやるのも一興かなーって思うのよ」
いぶかしげに眉をひそめる僕にお嬢様は自信を込めて微笑む。

「たかが事後処理を行う者達に宣言は必要ないと思いますけれど……」
「あら、ヨハンは知らないの? 今回の聖杯戦争では事後処理はこの土地を管理する遠坂が行うらしいのよ」
「「遠坂が!?」」
思わず僕とヨハンは声を荒げてしまった。
お嬢様が馬車から降りようとなさっていたので扉は開いた状態。観衆が僕らの声で驚いたのを確認できた。

「いかに魔法使いの門下であろうと遠坂とて根源を目指す一介の魔術師と何ら変わりはありません。そんな輩に監督役を任せるなど愚の骨頂でしょう」
「そもそも今回も彼らはサーヴァントを召喚して参加するのではないですか? 参加者と審判がグルでは戦いとして芳しくないのではないですか?」
僕らは声をひそめてお嬢様に進言する。
いくら会話が日本語でなくても、魔術師であるなら会話を傍受されてるかもしれないからだ。

「二人が言いたい事は私も分かってるわよ。けれどアハトお爺様がマキリの当主と遠坂の当主と協議した結果、その形で落ち着いたらしいのよ。
 遠坂の事情が大きく絡んでるらしいけれど……詳しい事を遠坂側は話してこないらしいの」
家系での大きな事情を他の魔術師にしゃべる魔術師は世界中探しても何処にもいないだろう。
それでも僕とヨハンはあまりにも意外な事実に顔を見合わせてしまう。

「これは一体どういったことなんでしょうか?」
「私には想像もつきませんね。おそらくお嬢様は事実確認の意味もこめて遠坂へと足をお運びになられるんでしょう」
なるほど、そんな考えもあったか。

「それじゃあ行ってくるわね。それまでに屋敷の準備をすませておきなさい」
「かしこまりました」「承知いたしました」「了承」
僕たち三人はほぼ同時に慇懃に頭を下げる。
お嬢様はそのまま下車なさり、男もそれに続く。

「しかしお嬢様。差し出がましいようですがこの国はまだ開国したばかりで異国の者は少ないようです。
 お嬢様が町に出てしまうと敵にも気づかれてしまうのでは?」
ヨハンは心配する様子もなくただ意見を述べる。
だがそんな配慮をお嬢様は一笑で終わらせた。

「大丈夫よ。何て言ったって……」
お嬢様は隣にいた屈強な男性に信頼のまなざしを送った。

「こっちには無敵のセイバーがいるのだから」

その一言だけで十分だったのか、お嬢様はセイバーを連れ立って歩みだした。

「杞憂、でしたか」
あの様子だと姦計など用いずに正面から全ての敵を倒す雰囲気だ。
お嬢様とセイバーならそれすら可能にするだろう、と同時にそれが油断に繋がらないかと少し不安でもある。

「小細工など用いずに堂々となさる、誇り高いアインツベルンのマスターとしてお嬢様ほどふさわしい方はおられないでしょうね」
「随分と褒めるんですねヨハン」
「事実を述べただけです」
ヨハンは僕を一瞥するとジェイナへと顔を向けた。

「私たちも出発しましょう。ヨハン」
「分かった」
そうしてこの地にあるアインツベルンの屋敷に向かって馬車を進めたのだった。


   /

はっきり言えば、あの後は大変だった。

まずは屋敷内の大掃除を行った。
この地にあるアインツベルンの屋敷は聖杯戦争のためにお館様がわざわざご用意なさってくれたもので、
なんと祖国からアインツベルンの城を丸々移築したらしい。
そのご配慮はとてもありがたいものではあったけれど、正直掃除をするのは実に大変だった。

何しろ広い。普段数十人がかりで掃除していた広さをたった三人で行うのだからその手間は推して知るべし。
居住空間に限った場所であっても僕らがいた城同様に綺麗にするのには大変な手間が必要だった。
それでもお嬢様が住まわれるのだからとはりきった結果、数時間を要していた。

綺麗にした後は馬車に積み込んでおいた荷物運びだった。
大抵は船旅で使用したものばかりで、家具の一切は既に配置済みだったのは正直ありがたかった。
旅で出来なかった服の洗濯などもついでにやっておく事にする。


「――こんなものでしょうか」
「そうですね。模様替えはお嬢様がお帰りになられてから指示を仰ぎましょう」
僕とヨハンは玄関付近で空を仰ぎ見る。
あらかたの作業が終了した頃には既に日が傾きかけていて、空は橙色に染まっていた。

「ところでヨハン、アレは――」
「アレの保管は厳重に行いたいですが、アレに関してはお嬢様にやっていただかねばならないでしょう。
 アインツベルンのマスターではない私たちがアレに携わる事はあってはならないはずです」
「そうですね。僕も同感です」
一応既定の場所に安置してはおいたし管理は僕らが行わなきゃならないだろうけれど、鍵を閉めるのはお嬢様の役割だ。
だとしたら僕らのやる事はおしまいか。

僕らがしばらく待機していると、やがて森林……というより庭木の間からお嬢様とセイバーが姿を見せた。
セイバーはお嬢様を肩に担いで駆け抜けてきて、僕らのすぐそばでお嬢様を下ろす。
軽やかに着地したお嬢様は屈託の無い笑顔を僕らに見せてくださった。

「今帰ったわ。食事にしましょう」
「かしこまりました。今火を通しますので食堂でお待ちください」
僕は恭しく礼をし、厨房へとかけていった。


「それでヨハン、貴女の意見を聞きたいのだけれど」
「私の、ですか?」
夕食、食堂。一人食を進めるお嬢様の傍らで待機していた僕らにめずらしく声をかけてきた。
ヨハンにとってもそれは以外だったらしく、珍しく驚いた表情を見せた。

「遠坂の事なんだけれど」
「お嬢様、マスターは貴女であり私はただの侍女。聖杯戦争に関して口出しをするには――」
「私だけが英才教育を受けたわけではないでしょう。最終候補だった貴女の意見を伺いたいのよ」
「――かしこまりました」
僕はお嬢様が食を終えた皿を下げ、新たな皿を用意する。
そして空になったカップに紅茶を注いで立ち去る事にした。

「ディート、ついでだから貴女も聞きなさい」
「お嬢様、その理屈では僕が聞く事は憚れるのですが……」
「言い訳は無駄よ。貴女だって魔術師の端くれでしょう」
……確かに仰るとおりだが、果たして自分が聖杯戦争に首を突っ込んでもいいのだろうか?
いや、お嬢様は僕を信頼してくださってそう仰ってくださったのだから、僕はそれに答える義務があるだろう。

「かしこまりました」
「結構」
お嬢様は満足げな笑みを浮かべると、外見からは決して判断しきれない冷たく真剣な表情となる。
自然と僕らの面持ちも固くなった。

「マキリは参加表明をしたらしいわ。ただ参加するマスターがゾォルケンか当代なのかは不明。この調子ではそろそろ召喚するらしいわね。
 今回から参加する忌々しい部外者の連中だけれど、ちゃんと頭数はそろえるって断言してくれたわ。
 でも現地入りしているのはせいぜい半分らしいわね」
「よくそこまで情報を引き出せましたね」
てっきり情報の公開は一切ないとばかり思っていたけれど。

「「その程度の情報ならわざわざ足を運んでくださった代償ですよ」とか言ってたわ。
 わざわざ監督役に顔を見せに来るだなんて酔狂だと自覚してるらしいわ」
やや怒った様子でお嬢様は紅茶を口に運んだ。

「……それで肝心の遠坂だけれど、やっぱり不参加で決定ね」
「「……!」」
やはりそう来たか。参加しない事を宣言して一体何のメリットがあるって言うんだ。
この聖杯戦争は魔術協会だって目をつけている。下手な動きを見せれば魔術師としての遠坂は終わりのはずだ。

「遠坂は何をたくらんでるのかしら。マキリと結託でもするつもり?」
「それは有り得ないでしょう。宝石の翁の門下である遠坂と第三を目指すマキリとでは方向性が完璧に違います。
 マキリのご老体と手を組むならば自ら戦線に打って出るのが遠坂だと心得ておりますが」
僕もヨハンも実際に会っていないから知識の面だけではあるけれど。
お嬢様も冗談で発言した事は自覚していたようで、ため息をもらした。

「そうよねー。理由が真に迫ってたから嘘はついてないと思うのだけれど……。
 なんでも遠坂の当代は現在二十代に至っておらず、魔術師としてもまだ見習い程度に過ぎないから……が理由らしいのよ」
「それは妙な事を言いますね。聖杯戦争が近く行われる事を数十年前から知っておきながら準備も進めずその体たらくとは。
 やはりアインツベルンは下賎の者と手を組むべきではなかったので――」
「ヨハン」
ヨハンはお嬢様に視線を向けられている事に気づくと言葉を止めた。
お嬢様の宝石のように輝く瞳が冷酷に殺気を放つのを見て取れる。

「その言葉は苦渋の選択をなさった先代様、そしてこの地で命を落としたお二方を侮辱する発言よ。訂正なさい」
「訂正いたします。軽率な発言をお許しください」
ヨハン……完全に上辺だけの発言だって僕でも分かりますよ。
深々とお辞儀をする様子をみたお嬢様だが、視線は投げかけたままだった。

どれだけの時がすぎたか(僕には紅茶がぬるくなるほどだと感じていた)、お嬢様は一瞥すると再び食事に戻る。
無言で冷めた皿をこちらに出しながらなのは少し泣けてくるのですが。

「……まあいいわ。アインツベルンの城でも貴女とは相容れないと思っていたし、イエスマンじゃないからこそ貴女だものね」
「お答え致しかねます」
またそんな見ているこっちまで頭の痛くなる発言を……。
お嬢様はしれっと言い放つヨハンを気にせずに続ける。

「でもいくらこんな未開の極東にかまえる輩であっても先代様と宝石の翁が認めた家系。
 最初から虚言の可能性も考えられるし、万が一それが真実だったとしても、聖杯戦争の舞台から下りたわけじゃあないわ」
「監督役の立場を利用し暗躍するかもしれませんね」
「そうね。参加しない事を表明して監督役となり、不意打ちで令呪を奪われて参加者にもなられたんじゃあたまらないわね」
その線で会話が進むお嬢様とヨハンだけど、僕にはもう一つだけ考えが浮かんでいた。
僕のように臆病な人間だからこそ考えてしまい、誇り高いアインツベルンの方々では思いもしない手段だ。

「遠坂が外部の者と結託する事は考えられませんか?」
「え?」
「外部からマスターとして招き入れた魔術師と結託する事で戦争を有利に働かせよう、そんな考えを持っているのかもしれません」
僕の意見にお嬢様とヨハンも考え込んでしまう。

「……お嬢様、推論のみで早急に結論を下すのはいかがなものかと。
 他のマスターの召喚はまだ先になるでしょうし、じっくりと吟味なさってから行動に移られてはいかがでしょうか」
「吟味なんて必要ないわ。遠坂なんて中立の立場であっても敵だと考えるべきでしょう。
 貴女達も――例え私が誰かと一時的に手を組むにせよ、全ての者を敵だと思いなさい」
お嬢様は口を拭き、ナイフとフォークを揃えてテーブルに置いた。
そして椅子を引いて立ち上がる。

「しばらく私は街に出向いて様子を見ることにするわ。ディートとヨハンは使い魔や遠見で敵の様子をうかがいなさい。
 ――特に遠坂とマキリ、それから日本人以外の訪問者を重点的にね」
「承知いたしました」「かしこまりました」
私たちが静かに頭を下げると、お嬢様は部屋を退出なさった。
残った僕は皿の後片付けにかかり、ヨハンは汚れたナプキンなどを丁寧にたたんでゆく。

僕らは目配せをしただけで会話は一切しなかった。
言葉の交わしあいは必要なかった。
僕らの思いは一つだけなのだから。


   /前30日

 これは夢かそれとも現実か。

 僕がいる場所は見た事のない、山間にたたずむ城の前だった。

 この世俗とは何もかもかけ離れた無垢な白い城。この世の穢れを知らないほどにそれは純粋無垢だった。

 なぜか僕の足は運命にでも導かれているのかのように庭園の方へと伸びる。

 庭園は花で覆われていた。たとえその場が夜であっても、月光でそれがありありと見渡す事が出来た。

 その月も、白い城と花園を一段と神秘的な美しさを際立たせ、そして自身もまた己の存在を誇示するかのように鮮やかに輝く。

 だが、その場にいた存在に比べると、どれほどまで過小な存在なのだろうか。


 そこには、全てがあった。


 形容する言葉全てがそれには似つかわしくなく、陳腐なものに思えてしまうほどの存在。

 全てを超越するその女性はただそこに在った。

 ただ在るだけなのにその場の世界そのもののように思えてならない。

 人はそれを神と言うのかもしれない。



「起きろーっ!」
唐突に世界は変わり、僕は天井を見ていた。
見慣れない部屋の装飾、そして見慣れた人物。間違いなく僕の見知った世界だ。

 濃い霧がかかった以上にぼやける自分の意識を無理やりに覚醒させて、目をこすりつつもう一度よく辺りを見渡す。
見慣れない家具と見慣れた女性、ジェイナがいる事に全く変わりはない。
自分はこれでもかと言いたくなるほどに盛大にベッドからおちていた。何気に布団ごとという所がミソ、などとくだらない事を考える。
まあ、その原因はジェイナが僕の布団をはいだ事にあるんだろうけれど。

「ジェイナ……、おはようございます」
「おはようか。ディートが寝過ごす事、めずらしい」
確かに。ヨハンほど早くはないけどジェイナに起こされる事はまずなかった。
あの夢のせいだろうか。あの……。

「あれ?」
首をかしげる。それでも一体何の夢を見ていたのかを思い出せない。まるで頭全体に濃い霧がかかっているようだった。
あれだけ鮮明なものを見たのだから、はっきりと覚えていてもいいほどなのに。
……おかしいこともあるものだ。

隣ではジェイナも同じように首をかしげている。どうやら僕の動作が不思議らしい。 そういえば、僕は――。

「ジェイナ、僕はどれほど寝過ごしを?」
「そこまでは。今から急いで用意すれば十分許容範囲」
そうか。ならばまだベッドで横になっていたい衝動を抑えて朝の用意をしなくては。
僕は顔に一発気合を入れると、立ち上がって着替えを始める事にした。


「珍しい事もあるものですね。ディートが寝過ごすなどとはアインツベルンの城でも見られなかった事でしょう」
「そう言わないで下さいヨハン。僕だってまさか自分が寝過ごすだなんて思ってもいなかったんですから」
ヨハンはベッドカバーを抱えながらが冷たい視線をこちらに向ける。
すみません、反省はちゃんとしています。

「あいにく私には料理の腕はありません。早く用意なさい」
「はいっ」
僕は誰にも見られないところで裾をたくし上げ、厨房へと駆け込んだ。
そして材料やまな板、包丁を取り出そうとして、

「いた……っ!」
よほどあわてていたのか、鈍い痛みと共に包丁で指を少し切ってしまった。
自分の血で料理を穢すわけにはいかない。僕は切った指をくわえながら手当てをしようと思い、

「――!」
心臓が、鼓動するのを感じた。

大きく跳ねた胸を押さえると、次に軽いめまいが僕を襲う。
調理台に体重をかけた事でかろうじてふらつきを押さえ、めまいが治まるのを待った。
呼吸を整えて、視界を安定させて……。

「……はあっ……」
どうやらそれは数秒だけですんでくれたようで、姿勢を整える。

「今のは、一体――」
何なんだろうか、疑問こそ思い浮かぶけれど、思考を走らせている余裕は今の僕には無い。
多分今朝の夢をまだ引きずっているんだろう。こんな事ではいけない。
気を取り直して、僕は指の治療を手際よく済ませて食事を作り始めるのだった。

胸に宿る何かに違和感を覚えつつ――。


   /

「うん、おいしいわ」
「お褒めをいただき大変恐縮です」
僕はお嬢様の舌をうつ感想に会釈でかえした。自然と笑みもこぼれる。
僕は軽くその料理について説明を加えながらカップに紅茶を注いだ。

 朝食の時間、僕らは食堂にいた。当然食事をなさっておられるのはお嬢様ただ一人。
僕は料理番なので皿を出したり片付けたり、紅茶を注いだりする。
ヨハンはベッドカバーの取替えやメイキングが終了したらしく、お嬢様のそばに控えている。
セイバーは屋敷の見張りをしているし、ジェイナは多分洗濯だろう。

「……護衛のセイバーとジェイナが不在で、魔術師の貴女達がこの場にいるのも妙な光景ね」
「お嬢様、敵は空間転移をせぬ限りセイバーが気づかぬはずがございません。この広大なアインツベルンの領地をかいくぐってなど毛頭不可能です」
お嬢様の冗談交じりのぼやきを、ヨハンは目元を引き締めて答えた。
お嬢様はわざとらしく肩をすくめて、

「所でディート」
「何でしょうか」
流すように視線をこちらに向けた。

「料理に多様性があまり見られないのだけれど、どうかしたのかしら?」
「その事で実はご相談が」
なるべく冷静を保ちつつ進言しようとするけれど、実は内心で非常に焦っていた。
見抜かれないよう腕によりをかけたつもりではあったけれど、やっぱり無駄だったか。

「この屋敷の食料備蓄に関してですが、昨日調べました所、保存のきく食材に関しては聖杯戦争終結まで保つだろうと判断いたしました。
 ですが生ものなど、保存があまりきかないものは鮮度が落ちている事もありまして……」
「ふぅん。向こうと全く同じ食事を取るだなんて贅沢は考えてなかったけれど、実際に目の当たりにすると痛いわね……」
「はい。なので僕からの提案なのですが、現地調達の許可をいただきたいのです」
僕の言葉にお嬢様は首を傾けた。雪のように白い長髪がわずかに揺れる。

「祖国とは多少違う味や料理となってしまうかもしれませんが、備蓄された食材でやりくりするよりはよろしいかと」
「……そうね、その分の費用は捻出しておきましょう。その分のお金は後でヨハンから受け取りなさい。よろしく頼むわ」
「かしこまりました」
僕は頭をたれながら内心ちょっと歓喜していた。
だって料理の幅が増えるのはやはり嬉しいものだからね。

「お嬢様、私からもご相談したい事が」
今度はヨハンが表情を変えずに口を開いた。お嬢様は返事を目配せだけに留めた。

「この館を使用なさったマスターはお嬢様が始めてですので、城とその周辺を取り囲む結界の術式が不十分だと思われます。
 ですので構成の強化を進言――」
「ああ、それならヨハンがやっておいて」
「「……!?」」
驚愕とはまさにこの事を言うんだろう。声には出さなかったものの、僕らは明らかにお嬢様の今の言葉が信じられなかった。

「あいにく私は城に閉じこもって敵が来るのをひたすら待つほど消極的でも臆病でもないわ。むしろ進んで敵の陣地に攻勢をかけるつもり。
 なら防御の方は貴女達に任せるわ」
「しかしそれでは万一お嬢様が守勢に回られた場合、お嬢様の判断に私が介入する形となり、後手に回ってしまう可能性が――」
「その辺は臨機横柄にいきましょう。遠見くらいなら出来るようにしておくけれど、結界まで私が張る必要性はないわ。むしろ……」
結界を張らなければならないのは、聖杯を守る貴女よ。お嬢様の目がそれを鮮明に物語っていた。
ヨハンもその意見には沈黙を余儀なくされてしまったらしい。

「まだ何か異議でも?」
「……いえ」
「ならいいわ。食事を取り終えたら早速出発するから、留守番はお願いね」
食事を全て終えて食後のデザートに入るお嬢様にヨハンは恭しく頭を下げた。
それからお嬢様は視線を……僕に?

「ディート、買出しに出かけるのなら一緒に連れてってあげるけれど?」
「そのお心遣いはありがたいのですが、僕は買出し以外にもやる事がありますので、遠慮させてもらいます」
「そう、分かったわ」
お嬢様はフォークとナイフをそろえ、立ち上がった。

「所でディート、その指はどうしたの?」
「あ、実は包丁で切ってしまいまして……」
僕は反射的にあわてて指の先を隠してしまう。

「ふぅん、ディートらしからぬミスをしたのね」
お嬢様はそれを他愛の無いものだと感じ取ったらしいけれど、僕にとっては少し怖かった。

あの鼓動、めまいは一体なんだったんだろうか。
今でもそれは分からずにいた。


   /

 市場は思った以上ににぎわっていて、港とはまた違う活気にあふれていた。
文献で見かけた祖国の市場とも遜色が無いほどで、このような場所では万国共通の雰囲気なのだろう。
……もちろんアインツベルンの城からこの地への旅が僕の始めの外出だったから、実際には分からないけれど。

それにしても、やはり侍女服に身をつつんだ僕はとてつもなく目立っていたと思う。
開国したとは言ってもやっぱり物珍しいのか、道行く人がほとんど振り向いてくれる。
……この様子じゃあ街に姿を見せただけで噂として広まってしまう。地元の遠坂らがやっぱり有利な場所なんだろう。

それでも僕は気にも留めずに八百屋で野菜を選ぶ。
随分と祖国とは違うようだけれども、うまく選べるだろうか?
手当たり次第に確かめていくしかない。しばらくは手探り状態か。

「すみません、これはいくらでしょうか?」
野菜を数点選んで僕が述べると、主人はひどく驚いたように目を見開いた。
目の瞬きを数回してしばらく熟考、その後でようやく口を開いた。

「え…? あんた、こっちの言葉が分かるのか?」
「ええ、ある程度なら話せます」
当然だろう。こっちに長く滞在する事になるのだから、それぐらいはアインツベルンの屋敷で叩き込まれた。
こくりとうなづく僕に唖然と主人は観察するけれど、数秒後に金額を提示した。
……少し高い。これでは聖杯戦争を切り抜くまでに財政は火の車だ。

「いささか高いのではないでしょうか。あくまで聞いた話ですが、相場から考慮しますと半分ほどでもいいのでは?」
「うっ。お嬢さん、来訪早々に値切り交渉とは随分とやるね」
「お褒めに預かり恐縮です」
褒めた所で気を緩めたりはしない。
こういうのは最初が肝心、アインツベルンの財布を預かる以上、妥協なんてするものか。

「しかし半分はやりすぎだ。それじゃあこっちのまんまが危ねぇからな。だから――」
「いえ、それでは――」
交渉開始。こちらがなるべく論理立てて述べるのに対し、相手はこちらの出方をうかがいつつ心情を混ぜ合わせる手法をとってくる。
負けるものか。出方を崩さなければこちらに勝機があるはずだ。

「……これで交渉は」
「成立ですね。ありがとうございます」
結果、70%ほどにまけてもらった。
100%と50%で始まった交渉なのだから、こちらがやや特をした事になるんだろう。
なぜかいつの間に集まった観衆から万来の拍手を送られるのはなぜだろうか?

 そんな調子で適当な量の野菜を買い込み、丁寧に薄い布でつつんで次に穀物類を買いに行く事にした。
さすがに肉類が出回っているはずも無いから、野生動物を狩って手に入れるしかないだろう。
あ、でも魚があったな。海に面した国だからその類にかけてはフランスなんかよりもはるかに進んでいるだろう。

「確かこの国はパンがないはずですから、代用品におコメっていうのがあるみたいですけれども、どうしましょう……」
いくらパンに備蓄があると言っても、さすがに焼き立てにはかなわない。作る技術も僕はそこそこだ。
そのおコメをお嬢様の食事に出すしかないのかなぁ……。前回の時は一体どうしていたのか文献に残っていれば参考に出来たのに。
……なやむ。

そんなことばかり考えていたからか、それには足に触れるまで全く気づかなかった。
下の方をのぞくとそこにあったのはマリと呼ばれるボール。
そしてかけてくるのはまだ幼い子供だった。

「ほら」
僕がマリを手にとって差し出すけれど、なぜか子はこっちに来ない。
はて、と首を傾げそうになって気づいた。

「受け取ってね」
僕は下投げで子供の方にまりを放ってやる事にした。
この町では僕は部外者なんだから警戒するのは当然の事だろう。考えられなかった自分が莫迦みたいだ。

……ん? まりを使うぐらいだから誰か相手がいるのかと思ったら、その少女はたった一人だけだった。何をするんだ?
と、その少女は道のはしっこでまりを一定のリズムでついて童謡を歌い始めた。
なるほど。そんな遊び方もあったのか、と思わず笑みをこぼして僕は眺める。
どんな歌なのかも知りたいけれど遠くて聞き取れそうにないな。残念。

とん、とん、とん、とん、とん。

時々足をくぐらせたりして様々な動作を行っていて、単調に見せない。

少女をまりをつく……手はまるで人形のようで、そして細く、はかない。

それがまりをつくたびにしなやかに動き、より繊細さを強調しているように見える。

とん、とん、とん、とん、とん。

でもなんでだろうか。

それを見ていると……、なんだか……。



「引きちぎりたいなぁ……」



自分の中でナニカガくすりと笑っている、そんな気がしてしまう。


たんっ。

少女がまりつきに失敗した事でようやく我に返った。

「………………」
さっきまで少女の存在しか見えなかった。聞こえなかった。感じ取れなかった。
周りが全てなくなってしまったかのように、真っ白な世界でただ少女を認識していた。

一体これは、何なんだ?

今僕は何を考えていた? 何を考えていたんだ? 何を考えてしまったんだ?
僕は今、何ヲ……。

だって今確かに僕は、アレを考えていた。
どんな事よりも、周りの事など眼中に無く。


そう、確かに僕は、あの少女の手を引きちぎりたがっていた。


「っ!」
思わず嗚咽をしてしまい、口元を手で押さえた。
手に持っていた食材が地面に散らばる事なんて全く気にしていられなかった。

自分の考えた事に吐き気がする。
一体僕は何でそんな事を考えてしまったんだろうか。
長旅で疲れてるから? 聖杯戦争が近いからか?

いや、それはない。
なら一体何で……!?

「どうして、こんな事を……」
自分で考えていて頭がおかしくなってくる。どう考えたって普通じゃあない。
僕は自分の思考に恐怖し、自分で自分を抱きしめた。
体重を自分の脚で支えきれない。ふらつく身体をどこかにあずける考えも浮かばなかった。

気がついた時には重力に身を任せるままに倒れていき、

「危ないっ!」

そんな声と共に柔らかくおさえられた。

「……ふう、危なかった。大丈夫か?」
困惑する僕には何の事だかさっぱりだったけれど、冷静に考えていたらそれが流暢なキングズイングリッシュ、英語だと分かったはずだ。
次第に状況を判断できるようになって、ようやく僕は誰かに受け止められたんだと分かった。

「少し休んだ方がいい。そうすれば動揺してた気分も落ち着く」
彼は鮮やかな赤色のジャケットを脱ぐと道の端の地面にしき、そこに僕の腰を下ろしてくれた。
次に彼は何をするのかと思ったら、僕がぶちまけた食材を集めだした。

「あ、あの……」
「ん? ……あー、こっちの言葉が分かるのか。よければそっちの母国語に合わせるぞ。こう見えても欧州の主な言語は身につけてるからな」
「あ、いえ……私がそちらの言葉で話します」
そうか、と彼は笑顔を見せながら食材を丁寧に二箇所に集め、一方を包んでいた布袋に入れていった。
なんでだろうか、それが彼にとっては当たり前の行為に思えてならなかった。

「なあ、俺これで全部集めきったと思うんだけど、何か忘れてるものとかないか?」
「いいや、おまえが集めた分で全部だぞ」
彼は周りに集まってきた人に声をかけ、また当然のように返事が返ってきた。
その返答に満足したのか、彼はこちらに布袋を渡した。

「はいこれ。落とした拍子に傷ついたものは分けておいたから、後で俺が同じのを買っておくよ」
「あ、いえっ! そんな事をさせるわけには――」
「昨日馬車に乗って来てくれた方々だろ? だとしたらこの街の勝手に触れるのは初めてなんだから、これぐらいの親切はどうって事ないさ」
またそうやって屈託の無い笑みを見せてくる。

なぜ見ず知らずの他人にそこまでの笑顔を見せられるんだ?
なぜそうやって他者に無条件に親切に出来る?
なぜ?

「あ、申し遅れましたね」
彼は僕の疑問をよそに、礼儀正しくおじぎをしてみせた。
それは本当に英国貴族が行うようにさまになっていた。


「真木憐、と申します」


なんでだろうか。
ただ親切な方に助けてもらった、そんな一幕にも満たない出来事のはずなのに、

僕はなぜか運命というものを感じていた。



to the next stage……


第2話に続く

戻る



 今回の変更点。
大幅な書き換え。主にディートの一人称が40話付近と大きな差異がある気がしたので修正。
ディートと憐との出会いがあまりに淡白な気がしたので変更。
憐との出会いを前30日にし、前31日をもっと丁寧に描写(したつもり)。

  2006年5月1日
  2006年5月17日 第一改訂
  2007年1月24日 第二更新
  2007年10月21日 第三改訂


2style.net