/前8日・interlude
一撃だった。
私がレンのヤツを金縛りにしている間にディートは恐ろしいほど見事で鮮やか、かつ迅速に魔術を構成してきた。
アレだとセイバーが飛び出した所でディートには間に合わない。それにあの構成だとこの一帯全てに効果を及ぼすものだろう。
何なのよあの構成力は……! 反則クラスじゃないの!
悪態をつく暇もなしに私は自分だけを守れるだけの防御壁を張るために意識の全てを魔術の構成に振り分けようとする。
……駄目だ。私の構成力じゃあディートがあれだけ速く創り上げた術を軽減するしか出来ない。
こうなったらなりふりかまっていられない。セイバーの令呪を使ってディートの始末……いや、この場から脱出を……!
と思考を走らせる事コンマ一秒にも満たない時間。
まだディートの術は完成していない。
私はすぐさま実行に移そうとして……する事はなかった。
それはまさに不意をつく攻撃だった。
たった一本の矢がいきなりディートの後方から飛んできて彼女の背中に突き刺さったのだ。
それは一体どんなものだったのか分からないけれど、ディートの意識を刈り取る効果を持っていたらしい。
彼女の目がうつろになったかと思うと、地面に倒れこんだ。
騒然となるうるさい観衆の事は放っておき、私はディートの元へと歩み寄った。
……ディートに刺さったはずの矢は陰も形も見られない。だけどディートに残った傷が今起こった事が幻じゃあない事を告げている。
多分矢に何らかの薬物を塗って放ったんだろうけれど、一体誰が?
「セイバー、今誰が矢を放ったか分かった?」
「……私が見える限りだと射手は見当たらない。よほど遠くから飛ばしたんだろう。芸達者なヤツのようだな」
「そう……」
結果的にその射手は事態の収拾に貢献した事になる。
セイバーでも捉える事が出来ないほど遠くから狙撃する事が出来て、かつこの場の出来事を知ることの出来る人物が犯人。
そんなの決まってるか。
「アーチャー……召喚されてたのね」
「のようだな。あれだけ遠距離から攻撃できるとなれば昼間も油断はできそうに無いな」
ふふ、と自身ありげに笑うセイバー。この様子だとディートへの狙撃は察知できて見逃したんだろう。
それにしても……なぜディートはこれほどまでに凶変したんだろうか?
私が知っているディートからは考えられない激昂と冷酷さ。魔術師としての技術。
そして何より、アインツベルンの名を重んじる彼女がアインツベルンに敵対した事。
こうなったらディートにもヨハンにもしらを切りとおす手段は選ばせない。
場合によっては手段を選ばずに真相を聞き出す必要がありそうね。
でなければ私自身が納得できないじゃないの。
「を……い……」
幾分余裕が生まれていたのか、絞り出すような声を聞くことが出来た。
ああ、そう言えばレンのヤツの動きを止めた事をすっかり忘れてたわ。
その何もできぬまま引きつった状態をずっと眺めているのも滑稽よね。
「あらごめんなさい。レンの事すっかり忘れてたわ」
私が金縛りを解くとレンはそのまま地面に崩れる……かと思ったら生意気にも足を踏ん張らせて立ったままだった。
魔術の影響下にあったのにそんな強がり出来るなんて、さすがディートの事を忠告しようとしただけあるわね。
「ふう……一体俺に何をしたんだ……?」
「別に、もう過ぎた事よ」
レンは自分に何が起こったのか把握できていないのかとぼけているのか、真顔で私にうかがってくる。
当然私に答えてやる義理なんてないから無視する。
「セイバー、ディートを抱えて。城に帰るわよ」
「了解」
マスターのおびき出しなんてディートに比べたらどうでもいい事だ。
早く帰ってヨハンのヤツにディートに何が起こったのか聞き出さなきゃ。
私は聖書とやらに出てくるモーセ、群衆は地中海の水のようにその間を渡ろうとして……違和感に気づいた。
人々が私とセイバーの剣幕にざわめく中、レンだけが神妙な表情を浮かべてうつむいていた。
周りの事など全く気にならない様子で自分の世界に浸りきってる。
「レン、私がディートをどうするか分からないのに何も言わないのね」
「……」
無視。口の動きからすると完璧に私なんか眼にも入っていない。
頭にきたので私はレンの元まで近づいていき、大声で怒鳴ってやった。
「レンッ! あなたあれだけディートの心配しておきながら彼女を殺そうとした私がそのまま連れ帰ろうとしても何も言わないのねっ!」
「うわあっ!」
あまりの大声にさすがのレンも気づいたようで、こっちに憤りを見せる。
「クリス、それが淑女のやる事か。恥じらいを少しぐらいは知ってくれ」
「大きなお世話よ」
ふふんと嘲笑ってやるが、レンはそんな事気にも留めずにまた神妙にしてしまう。
「レン、今のやりとりに怖気づいたのかしら?」
「違う。そうじゃない――」
レンはあごに手を当てて深く考え込んだ後、まとめ上げていた長い髪を指でぐるぐると巻きだした。
でも結局結論には至らなかったようで、様子はそのままに、
「急用を思い出した。俺はちょっと場を外させてもらうけれど――ディートの事はクリス達がしっかりと話し合って決めてくれ」
こんな捨て台詞を残して走り去っていった。
「何なのよあいつ……」
残された私とセイバーは、互いに顔を見合わせるしかなかった。
城に帰ると、正門の前でヨハンが出迎えてくれた。
私達は慇懃におじぎをするヨハンとの距離をどんどん詰めてゆく。
「お帰りなさいませお嬢様。昼食をなされていないのでしたら私がお作り致します――が……っ!」
言葉が終わらぬうちにセイバーはあらかじめ下した命令どおり、ヨハンの首を掴んで持ち上げた。
やっぱり竜破壊の剣士は凄いわね、片腕で気絶しているディートを抱えているのだから。
「ヨハン」
自分でも驚くほど冷淡な声をヨハンに浴びせる私。
ヨハンは息苦しそうにセイバーの腕を掴むけれど、英霊の力に敵うはずないじゃない。
「ディートの事で知っている全ての事実。今すぐに話してもらうわ」
「あ……が……っ!」
眼が白くなりそうになりながらも、ヨハンはうなづく事で肯定を見せた。
私はセイバーに命令をして、ヨハンを下ろしてやった。
「が……はっ! げほごほ……っ……げっほ……っ!」
「せきをする暇(いとま)も貴女には許されてないのよ。さあ、全てを白状してもらおうかしら」
膝をついてのどをおさえるヨハンを私は見下ろし、下手な動きを見せればすぐにでも魔術を構成できるよう心構えをしておく。
やがてせきも収まりだし、涙目でヨハンはこちらを見上げた。
そして、
「……あいにくだがクリスティーナ、おまえには私に与えられた勅命を聞く権利を一切持たない」
私に従う以前のヨハンナの強く鋭い口調で、彼女は淡々と答えた。
「なん、ですって?」
「前回この聖杯戦争の基盤を創られたユスティーツァ様、前回のマスターであらせられたアイシスフィール様の前例もある。
ホムンクルスに『アインツベルン』の姓を冠する者がマスターただ一人だけだと思ったら大間違いだぞ」
……っ! それじゃあヨハンの奴は……!
「そう、私は当主様より『アインツベルン』をさずかり、おまえとは別の勅命を与えられているのだ」
「う……そ……!」
私以外にも……誇り高い姓である『アインツベルン』を持つものが……?
「なぜ……! 前回のように儀式をつかさどる者は不必要のはず、万が一あなた達侍女が死んだ所で奇跡には至れるはずよ!」
「……そうですね。サーヴァントを持たない私は所詮この戦いでは貴女の補助の役割しか果たせないでしょう。ですが――」
私のライバルだったヨハンナの口調から私の侍女であるヨハンに戻し、姿勢も物腰も侍女らしくふるまう。
「私とディートの勅命をお知りになられたければ当主様より勅許を賜ってください。
でなくば私はアインツベルンの当主様、ユーブスタクハイトの名において黙秘を行使いたします」
「――」
私はあまりの展開に言葉も出なかった。
思わずよろけていたのか、セイバーが私を優しく支えてくれる。
「ただ……」
そんな私をよそに、ヨハンは神妙にしたように視線を私から外した。
なんでだろうか、
今のヨハンの態度が、
さっきのレンとかぶって見えてしまった。
「覚悟はしていただきたい」
彼女はそれだけを述べると一礼して扉を開けた。
その先にあるのはアインツベルンの支城のホール。
優雅に飾られ、装飾品から壁や床に至るまでほこり一つすら見当たらない。王宮と比べても遜色ないと自負できるらしい。
私はそんなアインツベルンの姓を授けられた事がとても嬉しかった。そしてそれに答えたいと誓った。
なのに、今だけはその全てが色褪せて見えてしまった。
interlude out
Fate/the midnight saga
第6話
/前1日・interlude
「ヨハン、あんたって奴はどこまで……っ!」
私は買出しから先に帰っていて、正門で出迎えてくれたジェイナすら目に入らずに正門を開け放ち、中へと入っていった。
私の怒りは最高潮に達していて、あと一滴でもたらしてしまえばあふれ出してしまうカップの中の熱湯状態だ。
ヨハン、あんたの言動次第ではセイバーに始末してもらうわね。
結局お爺様からの返答は『否』だった。しかもディートは絶対に殺すなとのオマケつきで返ってきた。
……私は悲観と後悔で発狂しそうになるディートを自殺が出来ないようにして閉じ込めておくだけしかできなかった。
ヨハンはこれでよかったのです、などとふざけた事を言ってくれたけれどどうでもいい。
教えてくれないのならば自分で調べるまでだ。と意気込んだ私は城に閉じこもった上で文献を読み漁る事にした。
ディートの大きな変化に何か結びつけばとありとあらゆる分野の本をくまなく読み漁った。
時にはセイバーの知識を借りてまで解明に努めた。
……その結果は見るも無惨。私の無力さを思い知らされただけだった。
無駄な知識ばかり増やす毎日を送っている有様な私に変化が現れたのは今日の早朝だった。
これは私が想像もしていなかった事だけれど、なんと遠坂から話があると持ちかけられたのだ。
無視したい衝動をかろうじて残っていた理性が押し止め、聖杯戦争開始間近で監督役がわざわざ呼び出しをかけた意味を考える。
セイバーを引き連れて私は遠坂邸へと向かい、遠坂の当主が語ってくれたのはなんとディートの事だった。
何でも衝突一歩手前だった先週の事が耳に入ったらしく、遠坂の当主もまた独自に調査を進めていたらしい。
その結果、とんでもない答えが返ってきた。
ディートリッヒは今代のアカシャの蛇、ミハイル・ロア・バルダムヨォンである。
誓って言っておくけれど、私はそんな奴の存在を全く知らなかった。
遠坂の当主から具体的な説明を聞くまで名前どころかその片鱗すら聞いた事が無かった。
ミハイル・ロア・バルダムヨォン
埋葬機関の前身である埋葬教室を創設した司祭。
魔術師としても特に優れていて、その魔力量は他の魔術師を凌駕する。
そして、真祖の姫君の死徒となったただ一人の存在で、別名『アカシャの蛇』。
教会では二十七祖の番外として認知されていて、過去十回以上真祖の姫君によって殺害されている。
彼を一言で表すなら『転生無限者』、である。
……信じられない事にお爺様を始めとしてアインツベルンの者達は、私にそれを悟られないようにロアの存在を隠匿していたのだ。
しかも文献までも偽装してその可能性を絶対に考えないようにして……。
吐き気がする。
――話を早々に切り上げて全速力で城へと戻り、現在に至る、と。
ヨハンの奴は……いた。私の気も知らないでのん気の料理を作ってくれている。
彼女は料理の味見をしていて私に気づくと丁寧に受け答えをしようとして……真相に気づいてくれた。
「――遠坂、まさか彼の者が真実をお伝えになるとは……」
「知った手段なんかどうだっていいのよヨハン。もはや勅許とかは関係なく、洗いざらいしゃべってもらうわ」
「……かしこまりました」
彼女は真っ青になりながらも厨房の火を消す冷静さは失っていなかった。
これなら十分に問い詰められるわね。
「どうせ勅命とやらで貴女はしゃべれないんだから、私が一方的にしゃべるわ。貴女ははいかいいえで答えてくれれば結構よ」
「かしこ…………はい」
そこまで忠実にならなくてもいいけれど、まあいいわ。
「ディートリッヒは今代のロアである」
「はい」
「ロアの正体は死徒二十七祖番外でただ一人の真祖の姫君の死徒で、無限転生者。今回がディートだった」
「はい」
「……アインツベルンの者はそれを把握していた」
「はい」
やっぱりね。一体なんて事をしてくれたのよ……。
「知っていてもなおマスターになった私どころかディート本人にロアの存在を隠匿していた」
「……おそらくは」
曖昧な答えなのはヨハンはその答えを知らないからか。
「貴女の勅命はロアとなったディートを利用し、私に聖杯戦争を勝たせた上で
『
「……はい」
予想通り。カラクリさえ見えてしまえば全容だって見えてくる。
こんな予想なんて一生外れていてもいいのに……。
もうすぐ九百年にもなろうとする誇り高き名門の家系、アインツベルン。
そこまで長い年月をかけてまで第三を目指す理由が私には分からない。
それは懸命より妄執の単語が似合っていたかもしれない。
でもこれだけは……たとえ九百年のうちほんのわずかに生きただけの私でも誇りを持って言える。
アインツベルンは、必ずや悲願を達成できる。
それはロアによってもたらされるものでは決してない、と。
「ヨハン、私を選ぶかお爺様を選ぶか、どちらかになさい」
「!?」
私はアインツベルンの魔術師。
いくらお爺様であらせられても、たった数十年生きただけの老魔術師の意見なんかより私は九百年のアインツベルンの誇りを取る。
そして私は……絆を選ぶわ。
「お嬢様、貴女はまさか――」
「ええ、そのまさかよ」
そのためならば……苦渋の選択だって選んでみせる。
「ディートのあの様子では聖杯を成就させて魂を浄化するより前に覚醒を始めるわ。
彼女がロアとして利用される前に、私はアインツベルンの者として彼女を終わらせてあげたいの。
……分かってくれるわよねヨハン」
「わ……私は……」
愕然とするヨハンの反応は当然だ。私だってお爺様に逆らうだなんて今まで思ってもいなかった。
けれど今はアインツベルンの誇りが、ディートを思う心が、つまり私の全部がお爺様の意志を否定している。
「……そう。べつに無理をしなくても、明日の正午までに考えてくれればいいわ。私はこれからディートに全てを伝えるから」
「……」
何も言い出すことのできないヨハンだけど、沈黙したいのは私の方だ。
なんで……こんな事になったのよ。
アインツベルンのマスターとして当然のように勝ち進み、当然のように聖杯を成就させる……なんて絵空事な空想はさすがにしてない。
けれど、私と共に歩んでくれて、今は私に従ってくれる一人がこんな事になってしまうだなんて想像すらしていなかった。
彼女には自己に天秤をかけるべきアインツベルンの誇りと使命……その権利すらアインツベルンは奪おうとしている。
逃げ道を無くすならまだいい。道に茨や高い壁を作るのもかまわない。けれど、道を消滅させてしまう事だけは許さない。
私はアインツベルンの名にかけて、そんな未来には絶対にさせない――!
ディートが現在閉じ込められてる部屋はヨハンによって幾重にもわたって魔術的な処理がなされていて、更に結界を張り巡らしてある。
どうやらヨハンの奴にはロアの情報が行き渡っていたらしく、準備も万全だった……てわけね。
これではまるで牢獄じゃない……。
私はこんな状況なのに氷のように冷め切っていた。
万一ディートがロアに覚醒していた事を考えて私はセイバーに戦闘準備を整えさせ、ディートの部屋の前に立つ。
隔離されてる上に自殺しないよう拘束してあるんだから、口もきけないはずよね……。
「……ん」
私は冷たい壁に手をつけて、視界を同気させてゆく。
まぶたを閉じた私に視えるのは暗闇でもまぶたの薄い皮でも血管でもなく、部屋の中の様子だ。
私の視界は今ディートの部屋内部の壁が見ているものと同じになっている。
それによると……ディートは拘束具を着せられたまま全く動こうといていなかった。
彼女は全く動こうとせず、ただ死体みたいな虚ろな目でうつむいたままだった。
この一週間、魔術の痕跡どころか食事すらろくに取ろうとしていなかったらしいじゃないの……。
「ディート、私よ。聞こえてる?」
返事がない。ただの屍のようだ。
……そんな結末は絶対にごめんだからね。
「ディート、眠ってもいないのだから聞こえているのでしょう。せめてうなづくぐらいの反応を見せなさい」
いけない。これじゃあ敵に降伏を促してるみたいじゃないの。
少し温和に温和にしなきゃ。
「いい? これから私が説明する事をよく聞きなさい」
ディートの無反応を無視した上で私は彼女に今まで私がつきとめた事を全部伝えた。
ディートがロアになってしまう事。
それを愚かにもアインツベルンが利用しようとした事。
そして……私の決意。
「ロアになってしまう者の治療は確立されていないの。それに……その様子だと私が敵サーヴァントを葬っても間に合わないでしょうね。
だから……ディートはこのままだとどうやってもディートじゃなくなってしまうのよ……」
これでもいけない。弱みを見せ付けてロアに付け入る隙を与えてはダメ。
私はディートの親しい存在の前にアインツベルンのマスターで魔術師。
私は今からアインツベルンの者としてディートに提言をしなければならないのだから。
「ディートには選択肢が二つ与えられているわ。一つはお爺様の意志どおり、ロアとしてヨハンに使役される事になって私の手助けをするか。
そうなってしまったら貴女は貴女でなくなってしまう。きっと使命も何もかもが踏みにじられて、ただの傀儡に成り果ててしまうでしょう」
ディートがもしロアと化したとして、その身体がホムンクルスから死徒と成ってもアインツベルンの作品には違いない。
驚く事にアインツベルンの魔術師達は幾度となく魔術的処置をほどこして、いざロアが覚醒しても自分達のいうなりに操る事を可能とした。
方法は知らない。けれどロアが吸血か何かで力を蓄えない限り、アインツベルンの操り糸からは逃れられないはず。
……その用意周到さには頭にくるばかりだ。
「そしてもう一つ、これはお爺様達の意志に反した、言わば私が考えるアインツベルンとして発するものよ」
さあディート、選択肢は用意したわ。
あいにく私にはこれだけしか与えてやれない。きっと貴女にはほかの選択肢を作り出すこともできないでしょう。
だから……、
「私が貴女を殺す」
受け取ってね。
言葉を受け取ったディートはその日初めて反応を示した。
うつろだった瞳が悲痛な叫びをあげるばかりに水でゆがみ、こっちの胸も痛くなるほどの表情を見せる。
私は感情をひた隠しにして氷の仮面をかぶる。
「これなら貴女はアインツベルンの者として死ぬことができる、お爺様には逆らうことになるけれど……私には貴女が犯されてほしくないの」
ディートは扉の方に体を向けて必死に何かを発言しようとする。
……たとえ聞こえなくても、私にはそれで十分よ。
「――もちろん選ぶのはあなたよ。明日の正午に返事を聞きに来るから、それまでに考えておきなさい」
私は視界の共有を止め、壁から離れる。
冷たい壁にずっと触れていたから手は自分のじゃないみたいに冷たい。
私は手をぎゅっと握り締めて名残惜しさを振り払った。
「行くわよセイバー」
「マスター……」
「――今は何も言わないで。今は何も聞きたくないの」
私は部屋を一瞥し、思いを胸に歩みだした。
「ディート……」
これでけじめはつける。
私はディートの存在も胸に、必ず勝ち残ってみせる。
そして必ず悲願を達成してみせる。
――そのはずだったのに、始まってしまった。
interlude out
/一日目
その日はいつもと同じだった。
ありありと思い出せるその瞬間。
その人物がその時に何を思い、何を感じたのだろうか、どうしてそれに至ったのか、僕には分からない。
しかし、そこには全てを凌駕する存在があった。
あれを見てその人物の全てが変貌した。そう、全ての価値観、全ての美、全ての信仰、そして全ての存在意義が……。
そして、期は訪れる。
あの無垢なる純白の姫君をそそのかす。
そして、その人物はついに『手段』を得た。
以前は大いなる『目的』だったそれは、その存在によって『手段』へと落ちていったのだ。
すなわち、真祖の姫に自らの血を吸わせる事を……。
かつての友、枢機卿、他の真祖ども、ご老公、それに漆黒の姫。
その人物には彼らなど眼中になかった。
『私』の目的は、真祖の姫君を……。
/
「……」
久々に寝たような気がする。
心の葛藤にさいなまれるこの一週間は果てしなく長く感じた。
まるでありとあらゆる負の感情を一度に受けたようにごちゃごちゃしていた頭がなぜか今日に限って静かだった。
それはさながらにぎやかな昼間とは全く違った一面を見せる早朝の森林。。
だからだろうか、そんな夢を見たのは。
たった一つの出会いで己の全てが変わってしまった人物の夢を……。
変えられてしまったことを憎み、そして認めようとはしなかった。
そして起こした行為が、あれだった。
なんてやりきれない。他にも方法があったかもしれないけれど、彼にはそれしかなかったのだろうか……。
あれがきっと……ロアの過去、ロアを支配する想いなんだろう。
「……」
これだけ感情に流されずに考えることができるなんて何日ぶりだろうか。
自分でも驚くことだ。
昨日お嬢様は事実を提示してくださり、さらに僕のために選択肢を増やしてくださった。
僕にはお嬢様のお心がたまらなく嬉しく、光栄で、心が引き裂かれるものだった。
僕なんかのためにお嬢様はお爺様に逆らった行動をとってくださる事に、そこまで僕を想ってくださる事に。
そうさせてしまった自分に……。
「か……は……」
高ぶる感情はそのまま乾きにつながる。
胃はからからで口の中は唾液が全く出ないし、喉は悲鳴を上げている。
この一週間飲まず食わずだったから余計に飢えに結びついていく。
お嬢様への収まりがつかないほどの感謝と感激はそのままお嬢様を求める浅ましい感情に流れていく。
想えば想うほどに心は張り裂けんばかりで、苦しくなっていく。
お嬢様の全てを愛でたい、お嬢様の全てを求めたい、お嬢様の全てを手に入れたい。
お嬢様の全てを犯シタイ――……。
「う……うっく……」
なんで……なんで僕はお嬢様に仕える事が許されないんだ。
アインツベルンのためならこの身を捧げる。お嬢様のためならば犠牲にだってなろう。
けれど……そんな事すら許されないなんてあんまりじゃないか。
僕はお嬢様の役に立ちたい。アインツベルンの一人として生まれたのだから、アインツベルンの者として御仕えしたい。
だって、その想いは本物なのだから。
――僕の中のナニかが哂う。
僕の中で渦巻く感情は一ヶ月前から日に日に強まっていて、
今にも僕を飲み込みそうな勢いで、
僕が堕ちていく。
僕に残された時間は……、少ない。
お願いだから、どうか、今日一日だけは、僕が僕でいられますヨウニ――。
どれだけ経ったのか、部屋の周りに存在していた魔術的要素が一つ一つ消えていく。
僕がゆっくりと顔をもち上げた時には全てが消失して、部屋の扉が開け放たれていた。
真っ先に部屋に入ってきたのはセイバーで、それからヨハンとジェイナが、最後にお嬢様が姿を見せた。
「あ――」
目の前が真っ赤になる。空のはずの胃の中身が逆流するぐらいの吐き気に襲われる。
求めたい、求めたい、求めたい求めたい求めたい求メタイ求メタイモトメタイ――。
「ディート、返事を聞きに来たわ」
彼女は気丈にふるまっているのか魔術師としてのけじめをつけられているのか、人形のように無機質な表情を見せた。
感情を露にしているのはジェイナだけで、セイバーは最大限の警戒を払っていてヨハンは淡々としたままだ。
「第三を目指す家系なんだから、魂の質が人間なのかホムンクルスなのか、それとも死徒なのかなんて一目瞭然なのよ。
――貴女はまだディートよ。しっかりなさい」
睨みつけるような視線での鋭い叱咤はとどめなくあふれ出す欲望を抑えるのには十分だった。
僕は何とか気丈にふるまって笑顔を見せる。
「私は……お嬢様にご迷惑をおかけしたくはありません。私がロアになってしまう事で危険にさらされるかもしれない事は無視できません。
ですから……介錯をよろしくお願いいたします」
「――そう、分かったわ」
言えた。僕の意思を、僕の口で。
それだけで安堵できる。できてしまった。
「セイバー、ディートをつれて表へ」
「表? ここではないのか?」
「城内で殺して覚醒されてみなさい。ディートの想いは踏みにじられるわ。死徒が苦手にしてる日光が当たる場所で行うのよ」
「なるほど」
僕の体はまるで木の葉みたいにセイバーに軽々と持ち上げられた。
なのになんでこの心だけはこんなにも重苦しいんだろうか……。
四人が僕を中心にして立っている。
セイバーが持つのはかつてファフニールを葬り去り、シグルズの代名詞にもなった竜破壊の剣グラム。
魔剣はゆっくりと持ち上げられていく。
「ディート、最後に言い残すことは?」
僕は首を横に振ろうとして……迷ってしまった。
言いたい事はたくさんある。
これからもお嬢様にお仕えしたい、なんで僕だけがこんな目に、お嬢様にこんな思いをさせてしまって申し訳ございません。
駄目だ、どれもこれも自分の身勝手な感情だ。僕が言うべきなのは口先だけの言葉とか渦巻く感情とかじゃない。
僕が言うべきなのは、
言うべきなのは――。
「お嬢様、どうか『
『――』
その時、アインツベルンの三人はそれぞれ隠し切れない感情を見せてくださった。
筆舌では決してあらわせない、僕にとっては笑顔でいられる想いがそこには確実にあった。
僕は……それだけでも嬉しかった。
「ええ……、この私の名にかけて誓うわ。私は絶対に奇跡に至ってみせるわ」
お嬢様はこくりとうなづき、セイバーに目配せをする。
「セイバー、痛くないようにディートを殺してあげて」
「了解した。マスター」
セイバーもうなづくと、また剣を高く振りあげて……。
「……!?」
突然ヨハンが必死に悲鳴をかみ殺しながらよろめいた。
足元はふらつき強烈な眩暈をおこしたらしい。足を踏ん張らせて頭を抑えることで何とか留まった。
お嬢様はその様子をうかがうとすぐさまセイバーに号令を下す。
「セイバー! 早くディートを殺して!」
「駄目だ! 間に合わない……!」
セイバーは振り上げていた大剣を僕の方ではなく、森の方向に幾度となく振り下げた。
セイバーは大木を操っているようなものなのに俊敏、片手剣で何度も攻撃するように素早く振るう。
大剣は凄まじいほどの旋風を巻き起こすほどで、風の音に続いて激しい金属音が響き渡った。
地面に突き刺さったり空中に放り出されるモノは無数の矢だった。どの矢じりも液体に塗らされているようで日光で輝く。
次に森のほうから響き渡ったのは荒れ狂う獣のひずめとけたたましいほど鳴り響く車輪の音。
セイバーは端然と音の主に対して構えをとり、お嬢様は苦々しくそっちをにらみつけた。
ジェイナも装備していたジャッドバラアックスを構え、セイバーとお嬢様の間に入り込んだ。
「なんでよ……なんでこっちから出向く時は尻尾巻いて逃げるくせに……こんな時に限って……!」
お嬢様が悲痛な声をあげられた直後、森から何かが飛び出してきた。
それは戦車だった。二匹の雄々しい軍馬に引かれるそれは荒々しく、禍々しい。
戦車はセイバーから距離をある程度離したところで急停止し、土ぼこりを巻き上げる。
乱暴な運転はまるで理性を失い狂っているようなのに、なおも威風堂々としている。
搭乗する者の一人は女性なのに男性顔負けなほどにたくましく、真紅のマントはまるで戦場で幾千人も虐殺して血で染まったように鮮やかだ。
戦車の中にある数多の装備は彼女の周りにある上に戦車の手綱は彼女が握っている。
あの存在感、この時代とは一線を引いた風貌、間違いない。
アイツは――。
「すげぇ……アンタ凄いぜ! 最高だよ!」
もう一人の搭乗者だった男は女性を呆然と眺めていて、次には感激を全面に出した。
あまりの歓喜で小躍りしそうなほどで、女性を称えるように無邪気になる。
「いやぁ、こんなかったるい事に呼ばれた時は正直ホントどうしようかと思ったけど、そんなろくでもない事考えてた自分をぶっ飛ばしたいぜ!
聖杯戦争最高! もっと俺を魅せてくれよ!」
打ち震える男はようやくお嬢様やセイバーに気が向いたようで、気さくな笑顔を見せてきた。
ただなぜだろうか、レンと違ってコイツのは少年のように無邪気で、それなのに何かが決定的に歪んでいた。
「どーも、雨生敏三っす。いやぁ、すまないっす遅れちまって。
何しろ俺って結構旅しまわってるしフリーダムだし、招待されてからあれこれ準備もしなきゃなんなかったし……。
遠坂から聞いた話じゃお宅らをずいぶんと待たせちまったみたいでホント申し訳なく思ってるわけですよ。
あ、だから昨日のうちに召喚すませて真っ先にこっちに駆けつけたって訳っすよ。
――ぶっちゃけこれでチャラにしてもらます?」
トシゾウを名乗ったその男は軽剽な感じで頭をかきながら下げた。
そんな時だった。
「く……っ!」「んー?」
お嬢様やトシゾウを始めとして、この場の魔術師全員がひとつの方向に顔を向けた。
それは文献だけでしか見たことのない花火のようだった。
ただそれは正午なのに煌めくそれは僕の目でもありありと見る事ができた。
しかもそれはただの花火じゃない。ある一定の魔力の波長を感じ取れる。
「そ……そんな……」
本当だったらこの時を誰よりも待ち望んでいたはずのお嬢様はそれを見るなり愕然とする。
「なんで……なんでこんな時に……!」
それは監督役が聖杯戦争の参加者全員に知らせるための狼煙みたいなものだ。
万一の場合の招集をかける時が主な用途らしいけれど、この場合は一番最初に全てのマスターとサーヴァントに合図を送るだけの意味だろう。
――七体のサーヴァントは召還された。これより冬木での第二次聖杯戦争を開始する。
そして、お嬢様とセイバーの目の前にはまるで誰かが演出したようにしか思えないほどの機会で二人が存在している。
……間違いなく敵サーヴァントとマスター。
お嬢様方はよりによってこのような時に聖杯戦争を開始する事になった。
/
「あれ? んー……俺もしかして空気読めてない? 読めてない?」
敵と退治しているはずのトシゾウはあくまでもマイペースで軽い。
日本語で話しているはずなのにしゃべり方が独特で別の言語にも感じてしまうほどだ。
彼は眉をしかめて髪を乱暴にかき回し、絶叫。
「あーっ、なんつーこった。俺こう空気が死んでる場面に出くわす時が一番萎えるんだよなぁ……。
自重が足りないっつーか、どうもこう突っ走る傾向にあるんだよな。時と場合って奴をもうちょっと考えとく必要性アリ、と」
「それでウリュウトシゾウ。その『空気が死んでる場面』とやらに出くわした代償は払ってくれるんでしょうね」
お嬢様は侮蔑と憤怒を一緒くたにしながら吐き捨てた。
トシゾウはそれに苦笑いを浮かべながら手をばたつかせる。
「いやぁ、場を白けさせた代償はこれからスリリングなショーを始めるって事で勘弁してください」
そのまま戦車に手をかけて軽やかに下車した。
猫のようにしなやかに着地する彼の手には戦車の持ち主の武装とは程遠い存在、確か日本刀の中でも小太刀と呼ばれるものだ。
彼は鞘に収めたままで刀をセイバーの方に指し、嬉しそうに命令を下した。
「さあ、やっちゃってください女王サン!」
敵サーヴァントは手綱をしっかりと握り締め、一振りした。
次には馬がけたたましい雄叫びを上げて、戦車が凄まじい勢いでセイバーに向けて突撃を開始していた。
装備しているのは騎乗槍。あくまで戦車から降りずに戦うらしい。
「やっちゃいなさいセイバー、初陣を勝利で飾るのよ!」
「当然だろう。私はマスターのサーヴァントなのだからな!」
セイバーは一呼吸をおくと、大地を踏みしめて敵サーヴァントの方に突進していく。
「■■■■■■ー!」
「うおおおっ!」
敵サーヴァントの女性とは到底思えないほどの腹の底から出したような低くて大きな雄叫びとセイバーの気合が交錯する。
その直後、敵サーヴァントはセイバーの喉元に向けて当たれば即死の突きを、セイバーは一撃必殺する気満々で真っ直ぐに振り下ろした。
お互いの攻撃は結局お互いに当たる事無く終わってしまった。
敵サーヴァントの槍がセイバーの剣の根元に命中したためにどちらの攻撃もずれたからだ。
当然一撃必殺が不発に終わったからと間合いを離す道理はない。
敵サーヴァントは槍を手元に戻す動作の反動で、逆の手にいつの間にか持っていた剣で追撃を開始する。
手綱も持ったままなんだからとてつもなく器用なんだな、なんて他人事のように考える。
セイバーは大地を踏みしめて体を回転させて剣を返す。
彼はあくまであの大剣一本で戦う気なのだろう。
武器と武器とがぶつかり合うたびに生まれる音は耳をふさいでも余りある大きさ。
衝突するたびに生まれる魔力の火花は閃光のよう。
セイバーと敵サーヴァントの剣戟は美しさなどどこにもなく、荒れ狂う嵐が激突しあっているように凄まじいだけだ。
敵サーヴァントは戦車に備えてあった武器を多彩に使い分けてセイバーを翻弄する。
けれども敵サーヴァントにはどんな英霊でも必ず持っているはずの技術が一切見られない。
にも拘らず敵サーヴァントはセイバーの攻撃に対処するばかりか、正確に状況を有利にする一撃を放ってきている。
「ほ……本能……」
あまりの光景に思わずつぶやいてしまう。
間違いない。あのサーヴァントは野生のカンのみで戦っている。
……なんで僕にはこんなことまで把握できるんだ?
魔術師であっても人類最高峰の英雄同士の戦いを全部見極める事なんて不可能だ。
なのになんで僕には全部が知覚できるんだろうか?
「いぃぃやっはーっ!」
不意に聞こえてきたのはトシゾウの雄叫びだった。
彼はお互いのサーヴァントには目もくれずに小太刀を抜刀し、一直線にお嬢様めがけて襲いかかる。
その表情はどこまでも歓喜に満ち溢れていた。
「ヨハン、ジェイナ!」
お嬢様は待機していた二人の侍女に向けて命令を下し、その最後を聞かずに二人はトシゾウの前に立ちはだかる。
ジェイナはそれだけでは済まさず、セイバー顔負けの速度でなぎ払う。
「うわぁっ! 危ねっ!」
トシゾウは飛び込むようにしてそれをすれすれで回避する。斬ったのは彼の髪数本だ。
そのまま手をつき足をつき、まるで獣のように無駄もなくジェイナへと飛びかかる。
「愚かな……!」
巨大な武器で生まれる隙を埋めるのはヨハンの魔術。
一秒にも満たない時間でそれなりの規模を発揮する魔術の詠唱を終了、ためらう事無く解き放った。
「げっ!」
妙な悲鳴を上げながらジェイナに攻撃する事をあきらめたのか、また前転をしながらかろうじて回避をする。
体勢を立て直したところで待ち受けるのはジェイナの斧。それも本当にすれすれにかわしていく。
……彼に裏打ちしているのは技術というより経験値だろう。
絶対的な能力はヨハンやジェイナの方が大きく上回っているはず。その差を埋めて余りあるほどの経験を彼はつんできたはずだ。
その証拠に頻繁に行っていた模擬戦と比べるとヨハンたちの動きはぎこちない。
……なんでそんな事まで分かる?
僕だってヨハンとジェイナ並の経験しかつんでいないのに、経験の差がどうして判別できる?
まるで自分が数多の経験をしてきたみたいじゃないか。
「んー、あんた等からからくり人形っぽい気配さえ感じなければ超危険断崖絶壁あと少しで落ちそう、みたいなのを楽しめるんだけどなぁ。
でも最初はまぁこんなもんっしょ。すっげぇ面白ぇ事には変わりないからいっか」
トシゾウは至福の笑顔を見せながら構えも見せずに再びジェイナたちに飛びかかる。
「……これで少しは私が目を離してても状況は暗転しないでしょうね」
二つの戦いを眺めていたお嬢様はぽつりと述べ、こちらに顔を向けてくる。
お嬢様のガーネットに輝く瞳には先ほど以上に決意を秘めた者が宿すルビーの炎をたぎらせていた。
そう、ですか……セイバーにではなく、ご自身で僕の命を落とすのですね。
「前口上はさっき言ったから省略。さようならディート」
「ええ」
お嬢様はできる限り正確に、かつすばやく詠唱を行う。
手のひらに収束した魔力はお嬢様の意思をもって解き放たれ――、
「今、彼女を殺されたんじゃあ困るんだよねぇ」
「「!?」」
突然だった。それは空間を隔てて現れたのだ。
まるで虚空の扉を抜けたかのように姿を見せたその人物は、僕のすぐ後ろに存在していた。
「新手のマスター……!」
「言うと思った。何でこんな肝心な時に厄介なイベントが……と言うより、だからこそなのかもね」
僕が振り向く前にその人物は僕を抱え、お嬢様が魔術を解き放ってもそれを同程度の神秘で防御する。
その人物、褐色肌の青年は魔術が破られて一瞬だけ唖然となるお嬢様に、嘲りも何もなくただ微笑んだ。
「アトラスの錬金術師、とだけ名乗っておこうか」
後方に飛びのいて、彼は鮮やかなほどの手際で魔術を構成していく。
その内容は……空間転移!?
「それじゃあ彼女はもらっていく」
「ディート!」
「お嬢様……!」
僕とお嬢様は互いに呼び合い、声を最後まで聞く事無くその場から瞬時にいなくなってしまった。
to the next stages……
今回の変更点
クリスとディートの関係をより深く。
今回バーサーカーとそのマスターの変更に踏み切りました。
理由は第42話に書いてあるとおり、雨生の当主が慶応九年=明治五年に聖杯戦争の事を明記したフシがある点から。
どうやら自分には魅力ある脇役が書けないようで、前バーサーカー組もその例にもれなかった次第です。
スキュラに代わる新たなサーヴァント案も考えていたので、これを期に交換してみました。
……ただし、旧バージョンを見てくだされば分かりますが、前回同様に柳洞寺で決着はつきます。
でも雨生敏三にあそこまで簡単にご退場願う……んな事はありません(多分当分書かないでしょうけれど)。
それでは次の話で。
2007年10月30日