幻橙英雄
第6話・秩序王B
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「と言うわけで教会に行きたい」
「却下だ」
私たちの朝食はいきなりそんな話題から始まった。
時刻は7時をまわり、朝食の時間がやって来た。
朝のシャワーを浴びた私は着替えをすませ、またランサーと共にバイキングをとっていると言うわけだ。
当然の事ながらランサーの皿の盛り付けは私がやりました。
「礼拝に行かないキリスト教徒がどこにいると言うんだ」
「マスターを放って教会に行く英霊がどこにいると言うんだ。そもそも礼拝なら聖書読むだけで十分だろうが。日曜日じゃあるまいし」
話は平行線。
話題は、今日の午前中に教会に行くか行かないか。
マスターやサーヴァントなど関係なく、ただ単にキリスト教徒としてだ。
当然の事ながら、私はキリスト教徒ではない。
一方、ランサーはシャルルマーニュに仕えるパラディン、キリスト教の英雄だ。
当然話は平行線になるに決まっている。
1人で行かせるで決着がつけばまだ良い方だ。
もちろんそんな事をしたら昼間だろうと私が殺される事は間違いなさそうだ。
つまり、ランサーが礼拝に行くのを許すと言う事は、私も礼拝に参加しなければならないと言う事だ。
今日はもはやアナスタシア達と話すような事はしていない。
しても無駄だし、する気にもなれない。
と言うかまだ来てもいない。
「……はあ、このまま話は平行線のままだな」
「そうだな」
ため息をついて、何か良い案を考える。
おそらくランサーを説得させるには令呪でも使わせないと無理。
そんな事に令呪を使いたくない。
……なら。
「こうなったら賭けで勝負を決めるぞ」
「賭け?」
勝負事に持ち込めば負けを認めて礼拝をやめにするだろう。
私は食堂の入り口を指差した。
「次に入ってくる者がどういった人物かをより近く言い当てたものを勝者とする。私が勝ったら礼拝はなしだ」
「なら俺が勝てば礼拝に付き合ってくれるのだな?」
「当然だ。勝負はそういうものだろう」
私たちの席からでは入り口から奥の方は見る事ができない。
つまり、判断材料がないのでこれは純粋に感だけが頼りになる。
ランサーは軽く息をはいて、こういう。
「なら俺は20代の女性と20代の男性のペアが来るとしよう」
「……やけに具体的だな」
だが、具体的にすればするほど範囲が限られるのだから、こちらには有利になるが。
「30代以上がいるメンバー。人数は問わん」
だから、なるべくランサーの述べたものの範囲を狭めるような言い方をする。
ホテルの中を見渡す事は何回かしたが、客層はサラリーマンなど30代が多い。20代のカップルなどごく少数しかいないだろう。
「あ、そうそう、トー……アカリ」
「なんだ?」
……ランサーが微笑をうかべてこちらの方を言ってくる。
なんだがこの笑いは腹が立つのだが。
「サーヴァントが接近中だぞ。闘う意志はないようだが」
闘う意志のないサーヴァント?
「それはこのホテルにはキャスターも滞在しているのだから……」
はっ。
もしかして……。
「はっ謀ったなランサー!」
「小娘だからさ」
しまった。この可能性をすっかり失念していた。
そう、入ってきたのはアナスタシアとキャスター。つまり20代カップルだったわけだ。
「何てことだ……」
がくっとうなだれる私。勝ち誇るランサー。
くそっ、まさかこのような形ではめられるとは……!
「おまえ本当に英雄か? 実際は反英雄じゃないのか?」
「さてね」
これで午前中は礼拝決定か。
なんてこった。
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「はあ、何でこんな事に…」
「勝負に負けたんだ。なら我慢して欲しいものだな」
他人事のように言い放つランサー。
私たちが向かったのは当然の事ながら昨日行った教会だ。
今すぐにでも回れ右して引きかえしたい衝動を抑え、何とかランサーと共に教会の前までやってきた。
本来聖杯戦争の参加者が教会に来る、といったら犠牲者が出てその者たちの保護を求めるか、サーヴァントを失ったマスターが他のマスターに
殺されないためにくるかのどちらかだ。
こうやって聖杯戦争に全く関係なく、礼拝に来るマスターが今までいるとは思えない。
だからこそ私はため息を絶やさなかった。
「いくらまだ脱落していないとは言え、あまりここには来たくなかったんだがな」
「当然明日も頼むぞ、トーコ」
「は?」
今こいつはなんと言った?
「まさか毎日来る気か?」
「当然だろう。いやなら令呪か今朝みたいに俺を負かせるんだな」
さも当然のように話すランサー。
ああいいだろう。一ヶ月だろうと一年だろうと打ち負かしまくってやるよ。
と言うわけで私は教会の扉を開けた。
当然の事ながら日曜でもないので、中にいる人は数人しかいない。
そんな中、祭壇付近にたっていたのは、
「何か不測の事態が起こったか?」
昨日の若き神父だった。
聖書は持っておらず、ただいるといった感じだ。
「彼が熱心な信者でね。私はつきあわされているだけだ」
皮肉を込めて言ってやったが、ランサーはそ知らぬ顔で席に座る。
そんな私たちに神父は軽く驚いたようだった。
「参加者の中で本来の用途でここに来たのは私の知る限りおまえたちが初めてだな」
「やはりそうか……」
手を顔に当てて思わずそう言う。
本来の用途とは当然祈りの場としてと言う意味だろう。
魔術師でキリスト教徒、そんな酔狂なやつは……。
「あ、そういえばアナスタシアがいたか」
と言ってもあいつは東方正教。こっちはカトリックだ。くるとは思えないな。
「ほら」
「ん?」
と、どこから取り出したのか、ランサーが手渡してくるのは聖書だった。
新約聖書と旧約聖書、両方がのっている優れもの。
「これは?」
「時間が来るまでの暇つぶしとしておすすめする」
ぐ……っ。明日は見てろ。絶対に勝ってやるからな。
ランサーの言うとおりに聖書を読むのは絶対にお断りだが、このまま時間をつぶすのも気が引ける。
と言うわけで片隅で別の本を読む事にした。
どれぐらい経っただろうか。ようやくランサーは満足したようで、こちらに来てくれた。
私は本をしまい、とっとと教会から出る事にした。
先ほどまでいた人々も既に用を済ませて出て行っており、この場に残っているのは私、ランサー、それに神父だけだ。
まあその私たちもとっとと出て行くつもりだ……ったのだが、
「そういえば昨日バーサーカーを倒したそうだな」
神父がそんな事を急に言ってきたので、扉を引こうとする私の手が止まった。
「そういえば聞きたい事がある」
神父の話を続けるためでなく、ふと思い出したことがあったからだ。
「なんだ?」
「昨日犠牲者はでたのか?」
そして、私は言い放つ。
神父はふむ、と言いながら若干間をおいて、
「少なくともランサー対バーサーカーで死亡者は1人もでていない。あれだけの規模の被害でありながらそうであったのは少し驚いたがな」
と言った。
そうか、無駄な犠牲者は出なかったか。
少なくとも、と言う事は『他では出た』と言う意味だろうが私の知った事ではない。
聖人君主でもあるまいし。
「そのバーサーカーにしたって結局は逃げられたんだ。倒したわけじゃない」
次に闘えば絶対に勝つだろうがな。
と言ってもあれだけコテンパンにしてやったんだ。当分は出てきやしまい。
「だがバーサーカーのマスターは死体で発見され、バーサーカーの消滅も確認済みだが?」
「何?」
私は本から目を離し、神父の方を見る。
その反応にも神父は反応を示さない。
「ふむ、ではおまえはそれは自分がやったのではないと主張するのか?」
「ああそうだ」
できればそうしたかったが、結局私の判断で逃がした。
後悔はないし、それが間違っていたとも思わない。
だが、あのペアならどんなサーヴァントでも倒しうるだろうと思わず納得する。
「だが敵が1つ減った事実に変わりはない。2日目でこれなら、思いのほか早く終わるかもな」
なおも淡々と彼は語る。
確かに、このまま1日1つの割合で減っていけば7日目で終了だ。
と言ってもそう簡単にいくとは思えないのだがな。
「さあ? それはどうだか」
もう用はない。とっととこの教会から出て行ってしまおう。
「おっと、そうだ」
「って今度はおまえか、ランサー」
急にランサーは動きを止めて神父の方を向くので、思わずそう本音が出てしまう。
「あんたの名前を聞いてなかったな」
「私の名前か?」
「神父では個人を尊重してはいまい」
どうせ次の日もここに来る気なんだろう。なら名前を知っておく方がいいと考えたか。
ランサーの言葉に神父は軽く驚いたようだが、視線を外し、
「言峰綺礼だ」
と言った。
もう話す事も何もないので、今度こそ私たちは教会を後にした。
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「一つ疑問に思ったのだが……」
「え?」
昼、私たちは相変わらずの外食をとる……わけにもいかず、海浜公園にてスーパーで買った一切れ数十円程度のパンに特売のハムとマーガリンを塗っている
だけですますという学生顔負けの貧乏昼食を取っていた。
冬の海浜公園は海風がとても冷たい。はく息も自然と白くなっていて、その寒さを感じさせる。
それでも雪が降る地方よりははるかにましだから文句は言えないが。
人通りは随分と少ない。だがいないほどではない。
この寒いのにジャージ姿でマラソンをしている初老の者、犬の散歩をする主婦、学校をサボったのか学生カップルが通り過ぎもした。
そんな中、海が見える位置のベンチに座って私たちは百数十円で済ませる昼を食していた。
ランサーに服も買ってやりたかったのだが、金銭面を考えると贅沢をしていられるほどの余裕はない。
ただでさえホテルで大半をつぎこんでいるのだから。
……やはり物件で格安の一軒家を借りる方がいいかもしれないが、私が最後の参加者である以上その手間を終えた頃には聖杯戦争は終盤に違いない。
そんな事を考えながら数分、ランサーがそんな事を言ってきた。
「トーコはどれほど敵の事を知っているんだ?」
「どれほど、とは? 私は今までであったサーヴァントしか……」
「そうじゃない。マスターについてだ」
マスターについて?
「サーヴァントを召喚できる魔術師は限られている。触媒となる遺物を入手する、日本に渡る。必ず参戦する遠坂、マキリ、アインツベルンは元より
他のマスターとて調べる事はできたはずだ。だから聞いてるんだ」
ああ、なるほど。
これほどの短期決戦の場合、情報が勝敗を左右すると言っても過言ではないからな。
「ああ、一応聖杯戦争の基礎と三家に関しては調べておいた。現当主や先代がどのような人物で、どんな魔術を専攻しているかもな」
「なるほど」
ざっとまとめるとこんな感じだろう。
遠坂の現当主は時臣と呼ばれる“火”属性の宝石魔術を使う者だ。対面こそないが、時計塔でも彼の名は有名だ。
だが致命的だったのは遠坂の現住所を調べ逃したという所だろう。
なぜかは分からないがこの地はすぐに番地が変わるせいで過去の文献が当てにならないとくるからな。
だが数世紀この地を管理する一族なのだから、霊地に住んでいる事は間違いなさそうだ。
間桐は廃れる寸前らしい。なので遠坂から養子をもらう事で間桐の魔術を継がせようとしている。だがそれは今回に間に合わなかった。
慎一の名は間桐にはなかった。現当主でも息子でもない。ましてやその弟でも。
では自称慎一はなぜわざわざ間桐を名乗ったのか、それはまだ分からないが、いずれは明らかになるだろう。
アインツベルン。
とても少ない過去の文献からすると、アインツベルンは最高のサーヴァントを最高の魔術師で召喚し、参戦していた。
が、魔術師として最高であってもマスターとしては一流にあらず、なのかもしれないが結果的に聖杯を手にする事はなかった。
今回はどのようにするかを調べようとしているところでタイムアウト、日本に来る事になってしまった。
外来の魔術師となるともうお手上げ。誰が参加しているのかすら分からなかった始末だ。
「ようは令呪の兆しが出るのが遅すぎたせいで情報戦に参加できなかった。もっと準備期間があれば根回しを初めとして参加できたんだが……」
「すると正面きって戦うしかない、と?」
「元よりそのつもりだがね」
私自身はもちろんそのようにしている。
命が惜しければ工房に引きこもってサーヴァントだけに行動させる。そんな手もある。
別にサーヴァントとマスターの関係が距離で弱くなるわけでもなく、サーヴァントはマスターさえ満足な状態ならば戦えるのだから。
ならばサーヴァントより劣っているマスターはひっこんでいるべきかもしれないが、実力が拮抗している状態ならマスターの手助けでも勝機をひきつける
事ができる。
ならばと戦闘には全く不向きな私も出向くようにしているが……先日のようにはなりたくないな。
「今回アサシンがアサシンらしくないとするならば、気をつけるのはキャスターとアーチャーの不意打ちぐらいだろう。後は2つのトランクがあれば
何とか、と言った所か」
「……キャスターもアサシンも初見ではあるが、名の知れた者である事には間違いなさそうなんだが、姿や口調では判断できん」
「だろうな」
聖杯によってこの地の事や現代知識程度の事は与えられている。
戦闘状態ならいざ知らず、このように日常の場で普通の格好をさせたら真名など判るはずもない。
パンの最後の一切れを口に運ぶ。
ホテルからこっそり持ち出した紅茶を入れた水筒も持参していて、体を温める。
ランサーもその紅茶に口をつけた。
「……不意打ちやバトルロイヤル状態にならなければランサー、本当にセイバー達に勝てるんだろうな?」
「もちろんだ。俺はそのために呼ばれた」
断言するようにランサーは言い放つ。
その言葉に、目に、迷いなどは全くなく、まるで自分こそが最高の英雄とばかりに言っている様にも見えた。
……待てよ。ふと疑問に思うことができた。
そう言えば彼に肝心な事を聞いていなかったじゃないか。これを聞かずして聖杯戦争を進めようとしていた自分が恥ずかしくなる。
この際聞いてみようじゃないか。
「ランサー、聖杯に呼ばれたからにはおまえにも聖杯に願う事があるんじゃないのか?」
「へ?」
「へ?じゃない」
私はおもむろにランサーへと体を近づける。
「聖杯に応じて召喚されるのか、それとも聖杯に有無を言わさず召喚されるのかは分からないが、呼ばれたからには聖杯を欲する理由が
あるんだろう? 別に怒りはしないから率直な意見を聞きたい」
そう、『聖杯』戦争なのにその事をすっかり忘れていたようだ。
三家だけでなく他の高名な魔術師もこの冬木で行われる戦争には参加をしてきた。ならばその聖杯は本物に近いものがあるのだろう。
なら、願いをかなえてくれる事も可能なはずだ。
本来令呪はサーヴァントしか触れられない聖杯、それをサーヴァントを無視してマスターのものにするためのものだろう。
だからと言って私はランサーにそのような無理強いをさせたくはない。
これがこの数日で思ったことだった。
なら、彼がどんな思いを秘めてこの戦争に参加したのかがとても気になるのだ。
「んー……」
そんな彼は……悩んでいる?
「……まさか願いたい事がないとか?」
私はまさかと思いそう聞いてみる。
すると彼はこんな風に答えてくれました。
「そうだな。ここの聖杯には実は興味がない」
は?
「本気で言ってるのか?」
「本気で言ってる」
「ちょっと待て。お前本当に本気で言ってるのか?」
思わず私は息が感じられるまでにランサーの顔に近づく。
「聖杯と言えば聖遺物の中でも間違いなくトップに位置するものだぞ。キリスト教徒、しかも聖堂騎士にまで行っているおまえがなぜそれを
「興味なし」と簡単に一蹴できる?」
「聖杯がキリスト教の教義において重要なものである事は認める。だが俺はここの聖杯を欲してはいない」
「なぜ……」
と更に追求しようとしてある事に気づいた。
それはランサーのニュアンスだ。
「『ここの』聖杯には実は興味はない」
「……だが俺は『ここの』聖杯を欲してはいない」
二度同じ事を言ったけれど、わざわざ『ここの』を付け足してはいなかったか?
「『冬木の』聖杯に興味がないと?」
「ああ。その通りだ」
あっさりと、だがさも当然のように彼は答えた。
パンは残っても紅茶は残っているので、彼はそれをまた口につける。
「だが実際に魔術協会だけでなく聖堂教会すら動いている。本物でなければあいつらは動きはしないだろう」
「聖堂教会なら、この程度で済ますはずもないと思うが」
「あ」
思わず目を見開く。
そうか、その考え方もあったか。
「俺たちの時代は9世紀から10世紀だが、既にローマには正教会と対する組織が生まれつつあった。その経験から言わせてもらうと、
本物であるならまず組織のものを総動員してでも、英雄を相手にしてでも彼らは戦うだろう。最もそれは俺より後の時代の方が顕著のようだが」
……確かに。
もし救世主の血を受け止めたといわれる聖遺物の聖杯が関わっているならどんな手段すらいとわずにそれを奪取しようとするだろう。
カトリックなどそんなものだ。
ではなぜその聖堂教会がたかが監督役を1人置く程度ですましているか。
そんなのの答えは子供でもできるだろう。
すなわち、冬木の聖杯は聖遺物ではない。
「魔術師のやる事など俺はとんと興味がわかないし、それを頼りとして願う事もない。聖遺物でないなら俺が率先して聖杯を取る必要はない」
……聖堂騎士ならではの言葉だ。例え本物でなくてもそれに限りなく近ければいいと思わず、あくまで本物を求めるか。
だが私たち魔術師にとっては本物であろうとなかろうと関係ない。ようは力さえ備わっていればいいのだから。
「……ではやはりここの聖杯は魔術師のための道具、か」
「と俺は勝手に思っている。それを承知しても他の者はそれを欲するんだろうが、俺はちょっと、な……」
ふう、とため息をもらすランサー。
聖杯戦争に呼ばれた。となれば聖堂騎士の彼はとても喜んだであろう。
なぜなら救世主のもたらしたものに触れられるチャンスなのだから。
だが実際は聖杯の名を騙った偽物。なら彼が落胆するのはうなづけるのだが……。
「ならなぜ私に従うんだ? 戦う理由がないなら参加する必要がないじゃないか」
「聖杯には興味がなくとも、この戦争には興味があるんだよトーコ」
え?
聖杯に興味がなく、戦争に興味がある?
「戦いそのものが手段ではなく、目的だというのか?」
「いや、それも微妙に違う。俺の目的はあるじのために己の剣を用い、聖杯と呼ばれしものをささげる事なんだ。騎士として召喚されたからには、
俺はこれを守りたい」
聖杯を、私に?
自分でも正直驚いているのが分かる。
「そう、俺は貴女の騎士として召喚された。ならば俺は貴女の騎士としてその信頼にお答えできるよう最善の努力を尽くそうと思っている。
それは例え契約が離れようとも、貴女に万一の事があろうとも、俺の五体が満足でなかろうとも」
「ランサー……」
ランサーはこちらの両手をぎゅ、と握ってくる。
ランサーは手袋をしているが、それでも彼の手の暖かさを感じる事ができた。
「約束しよう。貴女に必ずや聖杯を献上する事を」
「……」
私は有たいていに言うならば、何もいえなかった。
それだけランサーの言葉は私にとって意外であり、そして心動かすものだったからだ。
「……当然だろうランサー。私たちは絶対に勝つ。どんな英雄や魔術師が相手だろうと、な」
「ああ」
そう、当然だ。
私のランサーはどんな事があっても負けない。
なぜなら、これだけ立派な騎士、志を持った人物なのだから。
時刻は真昼。
だというのにいつでも戦えるほど私は気が高ぶっていた。
夕方。空はオレンジに染まり、うっすらとある雲が輝いて見える。
その間の時間は、外のうどん屋で昼食を済ませた後は町をぶらぶらと歩いただけだった。
地理的には詳しくなったが、収穫はなかったに等しい。
「一日が終わるな」
空を見上げながらランサーはこんな事を言い出す。
「一日が終わる?」
「ああ、俺たちの時代には街灯など存在しなかった。全て明かりは火ばかりだったからな。特別な事情がない限り日が落ちれば一日の終わりだ」
実際にはその火を焚くことで戦争でも奇襲ができるし、会議なども行っていたはずだ。
が、基本的には確かにそうなのかもしれない。
「だが今は違うぞ」
「ああそうだな」
目の前にある川は海に向かって流れていて、夕日の光でこれまた輝いている。
「飲むか?」
「いただく」
私はランサーの方に缶を放り投げ、それを受け止める。
コーヒーや紅茶は自分が入れたほうが100%おいしいから、あえて果物ジュースだったりする。
そんなランサーには渋い日本茶をプレゼント。
「ぶっ!」
案の定と言うか、ランサーは咳き込んで吐き出す。
普段との違いに思わず笑みが浮かんでしまった。
「し……渋い……」
「日本茶は普通そうだろ」
と表情を殺して言うが、実際は笑いたかった。
当然ランサーはこちらを睨みつけてくる。が、怒ってはいない感じだ。
「いいさ、そうやってトーコは俺の事を莫迦にし続けるんだな」
「反応が面白ければいくらでもやるさ」
「うあ、鬼」
鬼で悪かったな、鬼で。
私は一気に飲み干して、缶の中を空にする。
それでもって、缶をゴミ箱に放り投げた。
「さあ、そろそろホテルに帰って夕食を食べるか」
「そうだな」
渋さを我慢しながら飲んだようで、ランサーは律儀にゴミ箱まで歩いて缶を捨てる。
そのついでにゴミ箱に当たっただけで入らなかった私の缶も捨てた。
「その後は私たちの本当の一日が始まるのだからな」
そう、一日はこれからだ。
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「さて、ゆくぞ」
「ああ」
ホテル、私の部屋。
夕食も手軽に済まし、私はトランクを持って外に出る。
ちなみにまたランサーは量が微々たるもので、わたしが追加してやった事はいうまでもない。
昨日バーサーカーにやられた傷はしっかりと治しておいた。
さすがに切断された右腕には若干の違和感があるが、ルーンを書く程度の事なら左手でも十分事足りる。
脚にも別段違和感もないので逃亡する時でも大丈夫なはずだ。
「ところでランサー」
「なんだ?」
ふと気になった事があったので、エレベーターのボタンを押しながら問いかける事に。
「キャスター組はまだ帰ってきていないのか?」
「ああ、帰ってきてない」
そう、私はトランクを取りにきたり夕食をいただいたりするためにあの後ホテルに帰ってきた。
が、その間キャスターたちがホテルに帰っては来なかった。
「……ホテルを放棄したか?」
「その可能性も十分考えられるな。何しろキャスターなのだからな」
ランサーの言っている事はもっともだ。
キャスターは最弱だと言われているが、それを補って余りあるものがある。
すなわち、神殿形成。
工房を上回る神殿を創れるものはそうはいない。そんな神殿を創られてろう城をされたら攻略する事はとてつもなく困難だ。
キャスターほどの魔術師ならばマスターとなっている魔術師よりも完成度の高い魔術を用いるのだから。
工房は自らの研究成果を秘匿するために暴こうとするものを排除するよう創られている。
それも神殿ともなればいくら対魔力があっても何らかのペナルティは免れないだろう。
だからこそキャスターが神殿を創る前に倒さねばなるまい。
さて、問題はその神殿を創る場所だ。
大掛かりなトラップを創ろうと思えば思うほど土地の魔力が欠かせなくなる。
中には術者の魔力だけで動くものもあるだろうが、利便性を考えるならマナを使ったほうが間違いなくいいだろう。
「だとすると霊脈でも行ったかな……?」
ならば自然と魔力の流れがある霊脈に創った方が望ましい。
キャスターたちはそこに本拠をかまえる可能性が強いだろう。
「ランサー、霊脈の位置は分かるか?」
「……すまない、それは調べてみないと分からない」
ランサーは頭を下げてくる。
いや、私にだって詳しくは分からないのだからそう謝られても困るのだが。
「だが一つだけ言えるのは、たいてい神に関係した建物、それから土地に根を張った魔術師は霊脈に位置すると思う」
「なるほどね」
神に関係した施設、すなわち教会や寺。
最近になって建てられたものならともかく、古くに立てられたものは神の恩恵にあずかるべく立地条件を完全に無視していたはずだ。
より神秘を手に入れたいのなら、おのずと霊脈にそって建てられるはず。
「土地にねを張った魔術師、か……」
これも当たり前といったら当たり前か。
神秘を手に入れるのだから、そうしない方がおかしい。
ならばこの土地に根を張った魔術師といえば、遠坂とマキリか。
そう言えば昨日言峰が
「今回遠坂は今まで以上に勝つ気でいる。呼び出されたサーヴァントも非常に有名で、強力だ。心しておくといい」
と言っていたな。
つまり遠坂は間違いなく参加者であるから、キャスター組が遠坂を攻略して霊脈を得る事は考えにくい。
と言うより勝つために霊脈をえるはずが順序を逆にしているのだから全くもってばかげている。
「あと言峰教会は霊脈にそって建てられていたな」
「! この地は霊脈がいくつもあるのか?」
「ああ、そのようだ。魔力の流れがある程度分散されているようだからな」
驚いた。だからこそこの地で聖杯戦争を行うのか。
だとするとあえて遠坂に挑まずとも教会を襲えば…、
いや、それはないだろう。
いくら東方正教とローマ・カトリックの仲が魔術協会と同じように悪かったと言ってもそれは宗教の価値観が絶対の時の話。
今はある程度は解消されているはず。
だと言うのに東方正教のものが魔術関連でローマ・カトリックの神父を殺害なんて事になったら一大事だ。
キリスト教の二大勢力とは言うが、実際はローマ・カトリックの方が組織力は上だ。
全面戦争になればカトリックが勝つに決まっている。
あえて対立の原因になる事は犯さないだろう。
「……ちなみに霊脈はいくつぐらいあるんだ?」
「確認できているのは2つ。あと1,2はあると踏んでる」
「計3,4か……」
消去法でいくならあと1,2の霊脈がある事になる。
あのキャスターがどれほどの魔術師かは知らないが、今のうちに叩いた方がよさそうだな。
「どうする?」
エレベーターが止まり、ロビーに入る。
さすがに夕食のすぐ後なので人がまばらだがいた。客層はビジネスマンがほとんどだ。
そのまま私たちは出口へと向かう。
余談だがこのホテル、なかなか内装は立派にできている。
いずれは一体を再開発するとか言っていたので改装工事をやったらしいが、古くても十分に整備をしていれば綺麗で整った内装のホテルがいくらでもある。
…といっても日本のホテルと海外のとを比べるのはちょっとやめておいた方がいいかも。
金があれば全部回ってみたいんだがなぁ…。
「どうする、か……」
ランサーの言いたいことも分かる。
何しろ今回は積極策にでる者は非常に多い。
多分を含めればアーチャー組以外は全員積極策に出ている事になる。
ならば別に私たちがでていかずともキャスターたちを倒そうとするものは間違いなく現れるはず。
それまで静観するのも一つの手だ。
が、
「そんなの決まっているだろう」
私は断言するように言ってやった。
ホテルを出る足に止まりはなく、そのまま外に出た。
「いくぞ。まずはその分かっている場所からだ」
「分かった」
積極策を私たちもとらさせてもらおうか。
さて、バスを乗り継いで私たちはとある交差点までたどりつく。
真っ直ぐに行けば柳洞寺と呼ばれる古くからある寺に行ける。
だが私たちはそこを左に曲がった。
「洋館が立ち並ぶ町か。随分としゃれてるじゃないか」
「そう言えばそうかもな」
ん?
その口ぶりだとまるで日本の町事情を知ってるかのようだが。
「おっと、そう言えば説明していなかったな」
ランサーは私の表情を読み取ったのか、手をつく。
「俺たちは召喚される際に現代でもある程度戸惑わないように聖杯から情報を得てるんだ。欧州の英雄が日本の言葉を理解しているとか、文明に
驚かないとか、召喚後に発生するだろうトラブルを避けるためにな」
「ああ、なるほど」
よく創作の漫画にあるような、テレビを見て「見てくれ、箱の中に人が閉じ込められてる!」と発言するとかが本当におきかけないしな。
ある程度の情報を手に入れるのは当然の行為か。
「とはいえ、あくまで一般常識だけだから電子機器を扱えと言われても困る場合もある」
「まあ、それはある程度説明書を読まねばならないのはこちらも同じだからな……」
と会話しながらも足は止めない。
まだ車の音は聞こえるが、もっぱら聞こえるのは私たちの足音だけだ。
それが嫌にも雰囲気を出してきている。
「……ところでトーコ」
「何だ?」
と、ランサーが腕を組んで語りかけてきた。
彼の顔、非の打ち所がないほどに美男子というやつだった。
笑みを浮かべるだけで何人の女をおとせるかは分からないが、とにかく整っている。
彼のような人形を作ったらさぞかし…。
「そろそろトランクの中身を教えてくれてもいいんじゃないか?」
「ああ、なるほど」
言われてみればまだ説明していなかったな。
イイモノと言っただけで。
ちなみに今一方のトランクはランサーに持たせ、少し小さなトランクは自分自身が持っている。
おそらくサーヴァント戦になれば使うのは大きな方だが、マスター戦になれば小さな方を使うだろう。
使い分けをする必要がある辺り、まだ改良の余地がありそうだ。
「そうだな。今のうちに言っておくか」
「ああ、できればそうしてくれると助かる」
では、
「これは両方とも私の作品……というより使い魔が入っていると考えてくれていい。2つあるのは場合によって使い分けるためだ」
「使い魔か。だがそちらの方に魔力を使ってしまったら…」
ランサーにまわす魔力が足りなくなると言いたいのだろう。分かっている。
「その点は心配ない。これらは私の作品だ。戦闘に支障はでない」
「そうか」
というよりこれがないと私は十分に戦えないからな。
そも、私は魔術によって炎や風などの物理現象を起こす魔術にはとんと興味がなかったからな。
ルーンには確かにそれはそなわっているが、サーヴァントや魔術師相手に行使するには直接書き込む必要がある。
しかも荒耶のように己の体を鍛えているわけでもない。つまり私自身は戦闘には全く不向きだ。
魔術師は自身が強くなる必要はない。その業で強くなればいいのだから。
そういう意味ではこの2つは今の最良の駒と言える。
「む?」
歩き始めて数十分、私たちはその場所にたどり着いた。
まだ霊脈の位置ではない。だが立ち止まらなければならなかった。
目の前には結界が張り巡らされている。
「しまった。遅かったか?」
煙草に火をつけながら私はつぶやく。
こんな場所に結界を張る理由は一つ、すでに霊脈は他の魔術師に抑えられてしまっている。
既に結界の内側は異界。
入れば私たちに不利になってしまうだろう。
そのリスクを犯してこの結界の中に攻め込むか? それとも否か?
ここは……。
「……攻めるぞ。最低敵がどのような者かを確かめなきゃな」
「分かった。ではそうしよう」
攻める事にした。
ある程度の危険は覚悟のうえ。そのうえで敵の真名や戦闘手段を見極めなければならない。
何しろこちらは2人とも隠密行動には向かない。偶然に見かけるか正面からぶつかってみるしか方法はない。
人形での探索という手段もないことはないが、用意できなかったのは痛かったな。
「さて」
目の前にある結界はなるほど、まずは無意識に働きかけてその先を気にしないようにしてあるのか。
だがそれを破ればおそらく襲いかかるのは数多のトラップ。
「結界の解除か……。どうするかな?」
「ここは俺に任せてもらおうか」
と、方法に悩んでいるとランサーが剣を抜いて前に進み出る。
そしてつぶやくようにして詠唱を開始。すべてラテン語だ。
「ふっ!」
そして気合と共に一閃した。
結界はまるでガラスが砕けたかのようにして消え去った。
「さあ、行こうか」
「そうだな」
結界を破った時点で中に魔術師がいれば気づかれただろう。
それなら待っていても出迎えがくるだろうが、あいにくそんな事をするつもりはない。
私たちは敵の地へ足を踏み入れた。
しばらくトラップを破壊しながら進む作業が繰り返される。
結界はたいがい球状の面として創られるからどれもガラスが砕け散るようにして破壊されていく。
上級の結界となるとその内側全てに効果を及ぼすものもあるようだが、ここではそれは見られなかった。
そんなこんなで一時間が経過。
トラップをわざと発動させて乗り切る手もあったが、さすがに無謀な事は冒したくない。
なので全て外側から破壊して進んだために、かなりの時間が割かれてしまった。
だがとうとう目的の場所にたどり着く。
「……」
「……」
目の前に広がるのは洋館。ある程度のおもむきがあり、歴史を感じさせるものだ。
それが霊脈の中央に位置している。
これはつまり……。
「失敗したな」
「一概に失敗とも言い切れないと思うが」
敵を探索するか倒すという面で考えるならランサーの言う事はただしい。
だがキャスターを見つけ出す当初の目的を考えるとこれは失敗と言った方が正しいだろう。
目の前の屋敷の主は、間違いなくセカンドオーナーのものだ。
「さて、どうするか……」
選択肢はもはや三つしかあるまい。
一つはおとなしく引き返す。
結界を再展開するには時間がかかるだろうから、他のマスターが攻め込みやすくなっているはずだ。
なら私たちがあえてセカンドオーナーを倒す必要はない。
一つはここで待ってみる。
敵の反応しだいだが、話し合いには持ち込める展開にもなりえる。
だが結界を破壊した後だから戦闘になる可能性のほうが高い。
「そして……」
セカンドオーナーの工房を攻略する。
魔術師の工房を侵すことがどのような意味を持つかは十分承知している。
だが今は聖杯戦争。敵だって間違いなくその覚悟はできているはずだ。
それに、工房を破壊すれば敵の戦力低下は必至だ。
選択は三つ。選ぶは一つ。
どうする? どうする?
ここは……。
「何をしているのかね?」
だがその考えは杞憂に終わった。
かれこれもう一時間も経過しているんだ。確かに気づかれてもおかしくはないが…。
「やけに帰りが早いじゃないか。まだ10時を回ったところだぞ」
「嫌でもかえりたくなるものだ」
私はあからさまにやれやれ、としぐさをして見せて振り返った。
そこにいたのはセカンドオーナー、遠坂の者だった。
続くんじゃないか?
2006年12月4日
2007年1月4日 この話を二つに分割、若干話を追加