/3日目

「ライダー……」
遠坂邸の目の前。
その場に残っているのは私、ライダー、そしてアサシンの3人。
そのライダーとアサシンは相対している。

ライダーにしても成り行きを見守っていたのだから、アサシンの妨害を許すはずはないはずだ。
私もアサシンの行いを許そうとは思わない。

ライダーはまたいつでもアサシンに襲いかかれるよう構えをとっているし、私も鞄をいつでも開けるよう身構えている。
そのライダーの表情は憤怒で彩られていた。邪魔をされたのだからそれは当然だろう。
一方のアサシンは腰に手を当てて憮然としている。暗殺に失敗した事に不満があるようだ。

なぜアサシンがあのような行動に出たかは分かっている。
いくら優れた魔術師であろうと、サーヴァントは人類最高の存在、英雄だ。勝てるはずがない。
そしてそのサーヴァントを律する令呪が手元にない以上、その隙を狙って襲ってくるのは当たり前の話だ。
それが今回遠坂だっただけの話。もしかしたら私の方だったかもしれないのだ。

「……」
だが第三者の介入という可能性が出てきてしまった以上、サーヴァントの交換を円滑に行うことはもはや不可能だ。
例え第三者、例えば監督役の言峰など、に仲介人として出てきてもらっても、彼自身がキャスターに操られている可能性だって否定できない。
結局頼れるのはおのれだけなのだ。

つまり、私はこれからライダーと行動を共にしなければならないのだが……。

「アサシン、今のはおまえの独断か」
沈黙が長く続くのは果てしなく無駄な行為なので私は話を進めることにした。
自然と睨みつけるように視線が鋭くなる。

「いいえ、これはわらわの独断ではない。わらわのマスターが言った事よ」
それに対しアサシンはさも当然のごとく言い放った。
その表情はあくまで変わらず、いつぞやで見たときの印象は感じさせない。

アサシン組との取り決めは『遠坂とアインツベルンを倒すまで相互不干渉』だ。遠坂を狙ったのだから一応理にかなっている。
だが私の事情も知っていたはずだ。つまり互いの令呪が入れかわってしまった事も。
それでもアサシンは遠坂を殺す事を選択した。
……まあ、ライダーが100メートル離れていて一秒足らずで攻撃を仕掛けてきたのは私も驚きだが。

どのような力かは分からないが、マケドニア軍以外にもライダーは何かしらの秘密がありそうだな。

「ならこれで満足だろう。遠坂は屋敷に立てこもった。おまえ1人で攻略する気か?」
「いいえ。わらわはアサシン。他のクラスで召喚されたならともかく、今の状態では結界突破は億劫でな…」
よよよ、とするアサシンだがそんなはずはない。何のためのアサシンのクラスだと思ってるんだ。
ようはアサシンのマスターがやろうとしないだけの話だ。

遠坂は私のランサーの令呪を持って立てこもった。
こっちには遠坂のライダーの令呪がある。あの軍ならば遠坂邸を攻略できないわけでもないが、問題は……。

「ライダー」
先ほどの命令が効いているかだ。

ライダーは依然アサシンの方に意識と体を向けている。
なので本当に命令が効いているかどうかが分からない。
ランサーを取り返すにしても、ライダーの協力なしでは達成などとても無理だ。

「さっきの命令だが、効果のほどは?」
最悪ライダーが私に襲い掛かる事も想定しとかなければならない。
その場合、最後のトランクを使ってから令呪を使用するしかないだろう。
だが、

「うむ。そうだな……、しばらくは従ってやってもよいな。余はお前の事が気に入ったのでな」
ライダーははっきりとした口調でこう言った。
アサシンへの怒りを忘れて笑いながらの発言に拍子抜けする。

「戦闘面、先ほどのやり取り、そして令呪。それらを総合してランサーのマスター、おまえが仮とはいえ余のマスターになる事を許そうではないか」
「……意外だな。従う主の変換が誇りの汚しにつながったかと思ってもいたんだが」
そう、ライダーが王であるならばその誇りはよりいっそう気高いもののはずだ。
ランサーとて誇り高き騎士。同じ行動を取るのだろうか……。

「否、そなたは元の状態に戻そうとしていた。今でもその思いはあるはずだ」
だが意外にもライダーはこう返してきた。

「……確かに。言っては悪いが私は今でもランサーの方がいい」
いくら彼がイスカンダル、つまり征服王であっても私はランサーの方がいい。
わずか数日ではあるが私は彼が気に入っているのだから。

「それにこうなったのもそもそも時臣が令呪を奪われる失態を侵したからこそ起こった事よ。
 ならば邪魔が入らない状態にしてから再度交渉をするしかあるまい。なあに、そう遠くの話でもないさ!」
「ライダー……」
ライダーは豪快に笑った。その全ての事が杞憂だと思わされるぐらいに。
それに思わず心動かされる。

「だがその前に片付けねばならぬ輩もおるなぁ」
ライダーはそれと同じ口調ではあるが、はるかに冷たい調子でアサシンに対して言葉を浴びせる。

「そしてその邪魔者たるアサシン。覚悟はできていような」
「覚悟? はっ! 笑わせるなイスカンダルよ」
やはりアサシンもライダーの正体を見当つけていたか。
だが、私には見せていないあの憤慨の表情はなんだ?
決して表には出すまいと努力はしているが、それでもにじみ出てしまうような、そんな表情だ。

「ランサーのマスター。そなたがイスカンダルと行動する以上、わらわはそなたと休戦などするつもりはない」
それは願ったりかなったりと言うか、どうでもいいというか。
いずれは戦わなければならない相手だ。そも私自身は休戦などするつもりはなかったし。

アサシンはライダーをにらみつける。その殺意だけで人を殺せるぐらいに。
そのアサシンらしからぬ美貌はライダーに負けぬほどに憤怒で彩られていた。

「貴様の命、わらわが確実にもらいうけようぞ」
そう述べるとアサシンは姿を消した。

文字通り音も立てずに、その場で。
と言っても気配遮断を用いてまだそばにいるかもしれないが。


 そうして残ったのは私たち2人だけとなった。
静寂に辺りがつつまれる中、私は今後の事を考えていた。

「はあ、どうしてこうも魔術師と言う連中は物分りが悪いのだ? あの様子だとアサシンを倒さない限り、元の鞘におさまる事はできなさそうだなぁ」
「そうだな」
これは頭が痛い。
だが死ぬ心配が増えたほどでもない。

遠坂もライダーをどうにかして取り戻したいはず。かと言ってランサーをけしかけるなど論外も甚だしい。
つまり、偶然だが私と遠坂は休戦状態にならざるをえないのだ。
事によっては同盟すらできるかもしれない。

ならば、あのセイバーにも勝てる可能性が高くなる。

「…それでランサーのマスターよ。どうするのだ?」
「橙子と呼んでくれ。ランサーにもそう呼ばせている」
いつまでもランサーのマスターと呼ばせるわけにもいかないし、そのうち『小娘』と言われかねないしな。
ライダーはそうか、と言いながら歯を見せて笑った。

「ならトーコよ。時臣はあのように屋敷に入っていったぞ。ランサーの奴意外と義理堅いようだからな。アイツ単独で行動するだろうなぁ。
 なら屋敷を攻略する以外ランサーを取り返す手段がないんじゃないか?」
「む。どうするか、か……」
若干考え込む。

こうなってしまった以上、ライダーをランサーの代わりとして共に戦うしかないだろう。
そして遠坂邸に攻め込むことはもはや意味がない。ライダーとて遠坂とは戦いにくいだろうし。
ならいつまでもこの状況を続けるわけにもいかない。

「とりあえず私の左腕をどうにかした上で令呪を私の右腕に移し変える。いつまでもこの切断した腕を持っている状態はかなわん」
「どうやってだ? まさか時臣の腕を移植するわけでもあるまい。腕の太さが全っ然違うじゃないか」
それはまあそうだろうな。

やはり遠坂時臣は接近戦にも長けていたようで、腕が筋肉で硬く、太い。
私はその方面にとんと興味がなかったから筋肉もなく、か細い。
いや、そもそも身長も違うというのに腕の長さが同じなはずがない。
そんなのに合うわけがない。

だからと言って最後のトランクの中にあるものを使うわけにはいかないし、かえの体はセイバーに斬殺されてしまったし…。
他の女性から腕を取る事は論外。工房に帰ることも論外。創る事も論外。
どうすれば……。

「……仕方があるまい。この可能性にかけるか」
可能性は限りなく低いが、あたってみる価値はありそうだ。
むしろこの手段を取らなければならない事になった自分の迂闊さを呪うしかあるまい。

「ではライダー、行こうか」
「おっと、そのまえにやる事があるだろう?」
「やる事?」
私が疑問を浮かべていると、ライダーは剣を自分のそばにし、剣先を真上にした。
そして、

「契約は完了、と。行く手をさえぎるものは馬の下にひざまずかせ、トーコと共に勝利を分かち合おうではないか」
と言った。
それはどこまでも豪快で、威厳に満ちた、まさに王だった。
ランサーとはまた違った英雄、か。

一時的な契約とはいえ、彼と行動を共にできる事を幸運に思おう。




幻橙英雄

第8話・魔術王@


   /4日目

 遠坂邸攻略と決戦に時間をとられていたが、何とか終バス付近には間に合う時間に私たちは目的の場所にたどり着く。
時計を見ればもう日付も変わっているが、朝日が昇る気配は一向にない。

「……相変わらず聖なる場所らしくないな」
思わずつぶやいてしまった。

 昼と夜とでは印象が全く違うというが、目の前にあるこれはまさにそれを体現していた。
まるで死地へと向かっている印象。なぜそう思ってしまうのかは分からないが……。
この目の前の教会に対して。

冬木市の郊外、小高い丘の上に立つこの教会。おそらくは布教のためなんかではなく、この戦争の監視が目的で建てられたんだろう。
まさかまたここに立ち寄る事になるとはな。
これからも聖杯戦争を続けていくかもしれない三家の記録には、蒼崎橙子は一番教会を使ったマスターとして記録が残るかと思うと頭が痛い。
だがこれからも増える原因であるランサーがいなくなったのは何ともさびしい事だ。

ため息をもらしつつ私はドアに手をかける。

「では行ってくるぞ」
「おう、行ってくるがよい。余はこの場で待機しておこう」
やはりキリスト以前の英雄だけあって入りたいとは思わなかったか。少しばかり安心。
と、彼はそんな事を言いながら一冊の本をどこからか取り出し、坐して読み始める。

「……イリアス?」
「真っ先に余のマスターたる時臣に用意させたものだ。これがなくては話にならんのでな」
どう話にならないのかはあえて聞かないことにする。

 イリアス。ホメロスが作り出したといわれているギリシアの叙事詩の中では最高峰とまで呼ばれるものである。
その中身はギリシア神話の中でも後半、トロイア戦争の事を記したものである。神と人間の英雄が等しく戦いあったものだ。
この征服王イスカンダルが読む気持ちは分からないでもないが、あいにく私は戦争は好きな方ではない。
イリアスも読んでいて面白いのは認めるが、オデュッセイアの方が好きなのは秘密にしておくか。

……ちょっとまて、これもしかして……。

「……まさかとは思うが、それ現代のものか?」
その本は日本語でできていた。
おなじみのハードカバー。表紙は漫画のようではなく、それが正当なものであることは分かるけれど、数千円はするだろう高いものだ。

「その通りだが、何か?」
……思わず絶句する。
教会までは時間短縮のためにライダーに連れて来てもらった。
ライダーだけあってその移動能力はランサーの比ではなく(馬無しの速度はランサーの方が上だが)、バスよりも早くついてしまった。
なのでその点を全く気にしていなかったが……。

「それ、もしかして遠坂時臣に持たせていたのか?」
「うむ」
さも当然のごとくライダーはうなづき……もしないで言い放った。

ああ、遠坂が不満になるわけだ。
かの有名な王の中の王、征服王イスカンダルがこのような人物だったと知ればなぁ……。
いくら強くても不満が出るわけだよな。

まあ、私自身の荷物は多いから本一冊増えようと全く気にもならないが。
世界を駆け巡った征服王、か。遠坂の様子からするとおそらくはマスターにも前線に出るように主張するのだろう。
だとしたらやっぱり相性は最悪だったとしか言いようがないな。

「さて」
話はこれぐらいにして中に入るとするか。

きしむ音を聞きながらドアを開けた。
設計にミスがあるのか油の差し忘れなのかは分からないが、不気味なだけだから直すべきだと思うが…。

教会の中は無人ではあるが、まだ明るかった。
照明がついているということはまだ起きている証拠。
だがむやみやたらと歩き回るわけにもいかないだろう。

「ふう……」
足音だけが不気味に響く。
私はとりあえず椅子に腰を落ち着ける。
ちなみに遠坂の腕も私の腕の切断箇所も、イサのルーンで腐敗や細胞の壊死、出血を抑えていた。

まったく、初日はセイバーに殺されるし二日目はバーサーカーに右腕切断と肉を抉り取られるし、三日目は令呪ごと左腕を切断されるし。
今回の戦いではろくな目にあってないな…。

「……こんな遅くに何用かな」

かつん、という足音。
その声と共に奥の方から1人の神父が現れる。

その人物は昼間会った言峰綺礼ではなかった。
一言で表すならばその人物は峻厳。おそらく年はもう50を越えているだろうに、そのような印象を与えるのだからよほどの人物なのだろう。
私自身はその人に見覚えはない。だが電話で彼の声は聞いた事がある。
一回目はこの戦争に参加する意思を伝えたと同時に到着が少し遅れると言った時。二回目はこれから発つと言ったときだ。
間違いない。彼こそが、

「あなたが言峰璃正神父、ですか」

前回に引き続いて監督役を引き受けている教会の代表者、か。
聖杯戦争始まって何回も戦った後でこうして初めて出会うのも奇妙なものだ。

「綺礼神父はどうしたんですか? 彼とばかり会っていたので今回も彼が出向くと思っていたのですが……」
「いつも私が出かけている時にお訪ねになっているようであいすまなんだ。彼は今事後処理に当たっている。派手な戦闘があったようなのでな」
それはランサーとライダーの戦いだろうか。
それとも別の……?
老神父はこちらを正面から見据えてくる。

「では再度問うが、こんな遅くに……」
と、ここまで言いかけて彼は目の前の出来事に気づいて言葉を止めた。
そして彼は笑みを浮かべる。

「そうか、君が2人目の脱落者か。ならば聖杯戦争が終結するまでこの教会にとどまるがいい。監督役の責務としてその身の安全を保証する」
……私には片腕がない。そして教会にいる。
そう思うのは当然のことだろう。
つまり、令呪を敵に奪われてしまったと。

「腕を切断されたと言うことはサーヴァントそのものは脱落していない、か。実に残念な事よ」
全くそう思っていないくせによく言う。
彼はなおも同じ調子で続ける。

「しかし令呪を奪われてよくこの教会まで生還できたな。やった相手はセイバーか、ライダーかはたまたは……」
「ライダーだ。綺礼神父には昨日かおとといのアドバイスはどうもと伝えておいてくれ」
言峰の言ったとおり、ライダーはとてつもなく有名で強力だった。
その結果がこれなのだからな。
今でもライダーの手心がなければ私は再度殺されていた事だろう。

「なるほど、それでは……遠坂がランサーを手に入れたか。あのライダーとランサーを持ったのだから、彼が勝ち抜くかもな」
そう言いながら彼は笑みを浮かべる。
……今の間は気になるが、確かにあのライダーに加えてランサーまで敵に回ったら間違いなくセイバーでもかなわないと思う。

 何しろ始めから参加者は7人と決まっている。
その敵のうち1人を味方につけると言う事は敵を1人減らす行為でもある。
セイバーがどれほどの英雄だろうと、ランサーとライダーほどの英雄2人がかりでの戦いは絶対にできないはずだ。
最強のセイバーがこれなのだから、他のサーヴァントもおして知るべし。

あくまで2人いれば、な。

「ああ。ランサーは奪われた。全ては私が至らなかったせいだ。だから……」
「ん……!?」
そして私が取り出したものを見て、老神父は表情を変えた。
かえる気持ちも分からないでもない。

「こちらも遠坂のライダーを奪ってきた。状況はあまり変わっていないよ」
そう、状況はあまり変わっていないのだ。
サーヴァントが交換された。ただそれだけの話だ。
決死の戦いがたった一文で終わるのは情けない気もするが。

ため息をつきたくなるがそれを必死で抑える。
沈黙が流れる。時計もないせいで辺りは静寂しかなかった。

「……ではその令呪を残った腕に移植しろと?」
先にその沈黙を破ったのは老神父だった。
先ほどと違って表情は笑っていない。

「いや、それぐらいは自分でできる」
その言い方からすると彼はできるような言い方ではあるが、心にとどめておくだけにしておこう。

その私は人形創りに研究を傾けたのだからある程度の手術ぐらいはできる。
その技術ならば切断された腕をつなげる事だって可能。遠坂の腕をつなげる事も。
だが問題は切断された私の左腕の方だ。あいつの腕をつなげるなんて論外だからな。

だから私は本題をきりだす事にした。

「ここに来たのは他でもない。セイバーにより殺された私の『死体』を返してほしい」

「ほう…」

私の意図する事に気づいたのか、彼は声をあげる。
ここにわざわざ来たのは事後処理によって片付けられた、私の『死体』から左腕を貰い受ける事にあった。
そう、これは一種の賭けだ。

何しろ事後処理をどのように行っているのかがわからない。
サーヴァント戦でこうむった破損部分は魔術で直し、血痕などはなくし、けが人は記憶を操作して病院に送る。
問題は死体。一度持ち帰って処分するよりその場で処分した方が何かと都合がいいはずだ。
だとしたら私の死体も事後処理段階で処分されていてもおかしくない。

さて、どっちだ?

「なるほど……」
老神父は再び笑みを浮かべる。
だがその笑みに暖かさなどはなく、自分だけが納得した時に行うものだった。

「あの『死体』は蒼崎橙子、そなたの作品だな。おそらくあれほどの精巧な技術は協会でも2人とできまい」
「ごたくはいいから、はいかいいえかで答えてほしいんだがね」
いくらルーンで出血を抑えているからって魔力は有限なんだからな。
まあせかすな、と老神父は両手を出しながら淡々と述べる。

「そう言うかもしれぬと思って安置室に保管してある。すぐにでも縫合と令呪移植の手術を行うのだろう?」
「……取ってあるのか? 焼却処分にして行方不明扱いにするかと思っていたのだが」
「『蒼崎橙子』が生きている以上あの死体は蒼崎橙子の所有物、言うなら魔術用具。ならばと保管していたまでの事よ」
……その主張は正しいようで矛盾をはらんでいる。
聖堂教会が魔術用具を保管する意味が全くないのだ。

「遺体安置室に保管してある。そこを使い、手術を行うがよかろう」
「部屋を貸してくれるのか?」
意外と言えば意外だ。
監督役は第三者でなければならないから、良くても死体だけ返してもらおうかとも思ったのだが。
そんな思いとは裏腹に、彼はまた笑みを浮かべる。

「なに。その代わりと言ってはなんだが……」
ああ、なるほど。対価を要求してきたか。
それで全ての疑問が氷解した。

「遠坂の当主殿に令呪を取った後の腕を返してやろうかと思うのだが、いいかね?」
「……それぐらいならお安い御用だ」
その願いはこちらにはとても意外だったが、それが対価ならお安い御用だ。
移動の手間と不要の遠坂の腕なら一向にかまわない。むしろ燃やして処分しようとまで思っていたほどだから。

「ではお言葉に甘えさせていただきます」
戦い明けだと言うのに大手術か。気がめいってくるな。
徹夜は確実だろうし、早く始めるとするか。


   /

以前の『私』からはランサーの令呪は消えていて、それを接合する手術に手間がかかってしまったおかげで時間がかかってしまった。
『死んでいた』とはいえ死体の保存状態は良く、一時間の作業で生前までのスペックを取り戻す事もできた。
これは本当に監督役に感謝しないと。

その後に腕の接合の手術を行う。
片腕だけしか使えないのと疲労がたまっているのもあって精度と集中力が極端に落ちていたのがいたく、かなりの時間を要した。
骨、神経、筋肉、血管。それらを縫合し、後はベルカナのルーンで細かい神経や回路の接合を行えばいい。

「ん…」
左手を動かしてみる。反応は鈍いが邪魔になるほどではない。
手術は無事に成功したか、僥倖だ。
だが最後にやるべき事が残っている。この左腕を使ってやらなければならない。

最後に遠坂の令呪を私の右腕に移植する手術を行う。
治癒魔術のたぐいは専門外。ここは外科手術の要領で行う事になったんだが、また難航した。
何しろルーンを使って治療しているとは言え、縫合を行った直後の腕で手術を行っているんだ。

「ぐ……!」
今にも気絶しそうな自分に喝を入れ、手術を続行する。
疲労は身体にも精神にも重くのしかかっていて、集中力を確実にそいでいく。
手元が狂わないのが奇跡なほどだ。

そして、

「……終了」
全てが終わって私は力を抜いてその場にふせてしまった。
令呪の移植も完了。後はベルカナのルーンで細かい神経や回路の接合を行えばいい。

今ある疲労だけで一日はぐっすりと眠れそうだ。
だが時間はそれを許してくれはしまい。

「魔力は……少ないか」
魔力は主に手術と回復にほとんど使ってしまって、残った分はライダーに回すものしかなさそうだ。
それに体力的にも精神的にも疲れた。かえったらすぐにでも寝る事にしよう。
今日活動すれば後に響く事になってしまうだろう。明日に回すか。

「しかし……ここ本当に教会だよな、間違いなく」
自分のでないように重たい体を何とか持ち上げる。
薄暗く閉鎖的な空間だったそこを照明で照らした上で殺菌、無理やり手術室にさせてもらった。
典型的な台詞だが、こんなこともあろうかと用具を一式そろえてきたのは幸いだった。

死体安置所は地下にある。昼間だろうとそこには光はあまり入ってこない。
ようは埋葬するまでの仮の場所みたいなものだが、私の死体以外にも多くの遺体が棺桶に入れられていた。
不快感はない。それだけ丁寧に処置がほどこされているのだろう。
かつては地下に埋葬場所がある教会もあったようだから一概にこれを否定できるものではない。

問題は、私の死体の残りはどうしてしまうか。
四肢の切断がこれ以上あるならば、残しておくべきだろう。
回復ができるランサーはもういないし。

「……仕方がない」
ふと時計を見てみると既に12時間以上が経過していた。
もはや夕方に近いものがある。ならこのまま夜になったらライダーに持って行かせる事にしてもいいかな。

いや、だがこれ以上教会に借りを作るわけにもいかない。
本来この教会は聖杯戦争中にマスターが入ることは禁じられている。不測の事態が起こらない限り出入りする事はないだろう。
今回は私自身の作品を教会側が勝手に持ち出した、と言う強引な言い訳が成り立つが、次はそうは行かないだろう。
そう、二度目はない。

ならばおとなしくこの死体を諦めるか、今持ち帰るか。
おそらく言峰神父はライダーをこの教会に入れる事はしないだろう。
中立であるなら1人のマスターにそこまでの事をさせるわけにはいかない。
つまり、この死体は自分で持っていく以外あるまい。

「……ち」
疲労でいっぱいのわが身に最後の力を出させ、手術用具をしまい、それから私の死体を抱える。
非力な私ではトランクと一緒に持ち運びはできないし、ウルズのルーンでの腕力上昇はベルカナのルーンの効果がある左腕には効果がない。
ゆえにおんぶをする形にして主に腰と脚に筋力上昇を行う事にした。そして体全体に重力制御で軽減を行う。

「ぐ……ぅ……」
体中が悲鳴をあげている。
ここまで魔力を絞りきったのはまずかった。今にも気絶どころか活動を停止しそうだ。
だが何とか耐えねば。数十メートルでそれも終わる。

 階段を上がる。足取りが重いが、それでもしっかりと踏みしめながら。
足音だけが響く中、道具と切り札の入ったトランクを持って。
そんな終点で、

「意外と遅かったな。腕の縫合と令呪の移植に12時間以上か。もう少し早いとふんでいたが……」
と、階段を上ったところで誰かがそう発言してくる。

「璃正神父か……」
目の前にいたのは監督役の言峰璃正。
……はっきりと言ってしまえば、疲れている時に話したい相手ではない。
だが彼の目の前を通り過ぎる上に遺体の保管まで行ってくれたのだから、無視するわけにもいかない。

「それは買いかぶりすぎと言うものだ。腕の縫合はともかく令呪の移植は私の専門分野じゃない。これだけ時間がかかってもおかしくないだろう」
疲労感漂うため息をもらして言い放った。
目はうつろ、話している今でも壁に体重をかけている。

「では私はこれで失礼させてもらうぞ」
本当にふらつく体を自分で抱えて何とか階段を上りきる。
そして私は彼の横を通り過ぎ……。


「……何を望む、蒼崎橙子」


不意の言葉に思わず振り返った。
今自分の顔を鏡で見れば不快感をあらわにしているだろう、その表情で彼を睨む。

「……何か言ったか?」
「何を望むか、と言った」
何を望む? 何を望むか?
くだらない。そんな事で私を呼び止めたと言うのか。
そんなのはこの戦争に参加した始めから決まっている。

「聖杯が私を選んだんだ。そうなったからには勝つ。それだけだ」
他にもいろいろと思いがあるが、彼に言う必要はない。

例えば人類の英雄に会ってみたかったのもある。
人類の歴史の中で一際栄光を残していった過去の代名詞、英雄。
彼らはどんな思いをして戦いに挑み、どんな思いをしてその生涯を駆け抜けたのか、ぜひ知りたかった。
頂に上った者たちから学ぶ事はいくらでもあるから。

そしてこの経験を糧にして私の技術を更に上にしたかった。
過去の英雄たちや時計塔でも出会えないような変わった一流の魔術師たち。
彼らとの出会いが私に何をもたらすのか、私自身にも分からないが、決して私に不利になる事はないだろう。

だからこそこれだけ言えば十分だった。
参加したからには勝つ。これだけだ。

「……本当にそうか?」
「何?」
だが彼はなおも続ける。
まるで私が言った事が全て表向きの事だと言っているかのように。

「聖杯を手に入れれば何でも願いがかなう。それを全く吟味していないように聞こえるのだが」
「魔術師としての私はそれを欲している。だが蒼崎橙子個人はそれはどうでもいいんだ」
他人の産物で手に入れるつもりはない。
私は私自身の力で欲しいものは手に入れてみせる。

そう、いつか私は……。

「ではおまえに一言残そうではないか」
「……」
別に欲しくはないが、聞かないわけにもいかない。
死体や手術場所の件があるからそうむげに断れないのもあるが、魔術にかかったかのように彼の言葉を聞く私がいる。

「おまえの通ろうとしている道は果てしなく困難だ。近道があるなら通ればいい」

何も言い返せない。
彼の言っている事は正に真実なのだから。
だがそれは十分承知の上だ。
だからこそ私はこの道を進んでいるのだから。

「……邪魔したな」
これ以上会話の必要はない。私は早々に教会をあとにした。
壁に、壁がなければイスに体重をかけながら何とか私は教会の外に出ることができた。

外は夜更けが近づいていたが、真っ暗な空ではなかった。
西側がわずかだが明るい状態で、まだ太陽は見えている。
これならホテルに帰る頃にはどっぷりと夜になってしまっているだろう。

「……何てこった、だな……」
地下室からここまで来るのにそんなに時間がかかっていたのか。
我ながら情けなくなってくる……。

「おう、ようやく終わったか。何べんも読み返してしまったぞ」
と、教会に入ったときと同じ位置にライダーは座っていた。
いくらなんでも日中までこの位置に坐していたわけではあるまい。それほどの馬鹿ではない、と思う。

「ライダー……か」
騎乗兵、今の私のサーヴァント。
例え坐していてもその存在は大きい。その威圧感だけで敵が伏せてしまいそうなほどに。

そんな彼を確認して私は気が緩む。緩んでしまう。
今の私にはそれすら許されないと言うのに。

「後を頼む……」
そのまま倒れる行程を一切無視し、一瞬で私は意識を失った。


   /interlude

「なん……だと?」
ランサーは今聞いた言葉が信じられないとばかりに声を上げた。
いや、事実目の前にいる人物からの言葉を信じるわけにはいかなかった。
なぜなら、それを事実として受け止めると、先がとてつもなく見えないものとなってしまうからだ。

「もう一度言え」
「二度言うつもりはないが?」
過去幾度となく大きな戦いを勝ち抜いてきた英雄を前にしてもランサーの目の前の人物の端然とした態度はゆるぎなかった。
そして同じ態度でもう一度言い放つ。

「では言ってやるが、アサシンを倒してもおまえとライダーを交換するつもりは私にはない」
「……なぜだ」
何とか荒る口調を、その心を抑えつつランサーは静かに、だが強く言い放つ。

 早朝、遠坂邸。
屋敷にかかっていて全て破壊された結界を元通りに修復し終えてランサーと新たなマスターとなった遠坂時臣は今後の事を話し合うことにした。
ランサーの提案は至極簡単。自分ひとりで行動をして令呪交換に邪魔をするだろうアサシンとキャスターを優先的に倒すというものだった。
が、遠坂は前者には賛成したが後者には反対を示した。
そしてこの発言が出てきたのだった。

「あのライダーは俺にだってひけを取らなかったし強い事も考えられる。その俺はセイバーに敗北し、バーサーカーを取り逃がす失態を犯している。
 だがライダーはかの征服王イスカンダルではないか」
自分を卑下している気になるが、言っている事は全て事実だった。
ランサーはそれを甘んじて受け入れる。

だが自分とライダーを比べればおそらく英雄としての格はライダーの方が上だろうとランサーは納得している。
謙遜にもほどがあると言えばそれまでだったがランサーにとってはそれが事実だった。
だからこそ目の前の人物、遠坂時臣の発言には驚きを隠しきれない。

「そのライダーに問題がある。私もまさかこれほどまでに相性が悪いとは思わなかったのでね。より優秀な持ち駒に換えるのは定石だと思うが?」
ランサーは押し黙る。

確かにライダーは強い。多くの英雄を上回るものである事に間違いはないだろう。
だがそれが遠坂自身に合うかとなれば話は別だ。ライダーも時臣もあの一瞬でしか垣間見ていないが、合うとは言いがたい。
ならばランサーを選ぶのは当然のことかもしれないが……。

「だが聖杯を手に入れるならライダーを選んだ方がいいんじゃないか? 俺を選ぶよりもよほど彼の方が近いと思うが」
橙子はおそらく聖杯を手に入れることよりも、自身を試す事の方を重視するだろうから、自身の召喚したランサーで勝ち抜く事を望んでいるだろう。
だが時臣は魔術師をしている者。より優れた手駒ができればそちらの方を使うのは当然。
ならば、自身から気をそらす方が大切なのではないかとランサーは言葉を並べるが、

「残念だがそのような虚言にごまかされるような私ではないぞ、ランサー」
遠坂の嘲笑で一蹴された。
思わず苦虫を噛み潰したかのような表情を見せるランサー。

「マルテ、グランテピエ。ああなるほど、確かにシャルルマーニュに仕える者の中でも槍を使う者がいるだろう。
 騎士というぐらいだからランサーとなってもおかしくない者もいるだろうな」
だが、と付け加えてランサーの瞳を見つめる。
その視線が全てを見透かしているようにランサーは感じ取る。

絶世の名剣デュランダルを持つとなれば話は別だ」

「……っ!」

「ローランの後にデュランダルを与えられるほどの剣で名を馳せた騎士が槍騎兵、つまりランサーになれるはずないのだからな」
いくら英雄とてランサーとセイバーに同時になれる者は数少ない。
なぜなら英雄は固有の武器によって名を馳せた者たちであって予備の武器で名を馳せるものではないからだ。
最低でも一介の騎士にクラスが重複できるものはいるはずがない。

「つまりデュランダルを持っていてなおランサーとなれるような人物、それがおまえと言う事になるだろう? なら自ずと真名は分かってしまうな」
ランサー、と強い口調で遠坂は命じた。

「さあ、見せてもらおう。かの聖剣すら超えた最高の概念武装をな」

ランサーはためらった。
それを見せてしまえば間違いなくライダーとの交換は今後一切行われない。
ライダーの真価を垣間見たわけではないが、アレは問答無用でそれを行わせないだけのものがある。
そして、騎士であるランサーとしてはアレを使いたくはなかった。

全ての束縛から放たれ、たった1人の騎士としてたった1人にのみ仕える事に感謝していたのだから。

だが同時にここでためらっても何の意味もない事も分かっていた。
ライダーとの交換どうのこうのよりはるか以前の問題として、この遠坂と聖杯戦争を生き抜く必要があるからだ。
橙子はランサーを信頼していたからもう1つの宝具に関して何も言ってこなかったが、彼は違う。
契約でのみ成り立っている関係なら手の内をさらす事で利用しあうのも手だ。

それに、いざ交換のときになってこの宝具の対策が練られる事は多分ないだろう。
そう判断したランサーは左手を虚空にある鞘から抜刀したようにしぐさをとり、テーブルの上にそれを置く。

「……ほう」
遠坂は思わず感嘆の声を漏らした。

そこにあるのは一振りの剣だった。
名剣と違うものでありながらそれはどこか似ているもので、まるで双子のようだとも思えてしまう。
だがその実、性質は名剣とは全く異なるものだった。
その剣に鋭さは名剣ほどではない。が、それを補うどころか名剣をも越える何かがその剣にはあった。

「これがおまえの真の宝具か、ランサー」
「確かに生前はそちらの方しか使っていないが、真のとは間違ってる。両方が俺の宝具だ」
少なくともランサーにはそう確信があった。

本来西洋での戦闘では両手持ちはあまりみられない。
片手に剣、片手に盾が普通で、たまに槍があるぐらいだ。
だがランサーの戦い方はそれらとは一線をおいたものだった。

「……ではセイバーとの戦いでは互いに小手調べをしていたにすぎなかったわけか」
「まあ、そう言ってしまえばそうなるが……」
実際は互いに宝具を見せようとした瞬間に決着がついてしまっただけの話だったが、とランサーは己を反省する。

「まあいい。それで、それの効果はどのようなものなんだ?」
「デュランダルと同じに過ぎない。真名を発揮しての斬撃。それだけだ」
あっけらかんと即答するランサーだったが、当然遠坂の質問の真意は分かっていた。
ため息1つもらすとランサーはそれを説明しておく事にした。

「この宝具は――」


説明が終了した後、遠坂は微笑を浮かべていた。
なぜならこの宝具を用いれば、おそらくは勝利を確実に自分のものに出来るからだ。

そう、英霊であるならばこの宝具に太刀打ちする事などできやしないのだから。
それは征服王とまで言われたライダーとて例外ではなかった。

(……やれやれ)
ランサーはここで交換は絶対に行われないだろうと核心に至った。
初めの言葉を聞いた瞬間にそれを思い浮かべてはいたし、想定の中にあったことはあったができれば起こって欲しくはないものだった。

だが彼の寝首をかくつもりは全くなかった。
こうなってしまったのは自らの責任だし、それを今さら後悔などはしない。
今はただこの遠坂が橙子を殺せと命じない事を祈りつつ、彼と共にどのように生き残るかを模索していた。

そして願わくば本当の主に自らの剣をささげられる時が再び訪れる事があらんことを。

interlude out


   /interlude

「そ……そんな事が……!」
剣の英雄、セイバーは相手の武器をはじいて一歩後退した。
早朝にも近くなり、人影も現れる時間に差し掛かってきた。
だがセイバーと相手は戦いをやめる事はしなかった。

一歩退けば、それが即敗北につながると確信していたから。

だがセイバーには目の前の人物がいる事が信じられなかった。
現実には絶対にありえない現象、それがセイバーの目の前にはあったのだ。

敵が両手それぞれに持った武器を再びセイバーに振り下ろす。
避けた攻撃でアスファルトやコンクリートで出来た人工の建造物が豆腐のようにあっさりと叩き切られていく。
力は魔力で上乗せをしているセイバーと同じ。だが体格の差は歴然としたもので、それによって敵にアドバンテージが生まれていた。

敵のふるう武器はまさに嵐のごとく辺りを蹂躙していく。
その猛威は以前見たときよりはるかに威力があり、敵に恐怖を与えるものだった。

これが敵の真の実力か、などと悠長な事を考える暇などない。
敵には風の攻撃は効きにくく、かと言って最高の宝具を用いれば街が相当の被害を受ける。
戦っている場所は民家がひしめく普通の街中。使えば犠牲者が続出するだろう。

そして肝心の敵を操るマスターの姿も見えない。
これほどの敵を使役しているなら近くにいてもおかしくないが、今回マスターはその近辺に影も形もない。
したがってマスターを殺す事での決着はなく、今この場で敵を倒す以外の道しかなかった。

が、敵はあのクラスに該当しているはずであったが、その猛攻には切れがあった。
結果、小一時間戦っているにもかかわらず互いに攻めあぐねていた。

日は少しずつ昇りつつあり、太陽の支配する世界に変わりつつある。
戦いの時間に終わりを迎えようとしていた。

と、敵は垂直に飛んだ。
静けさの支配する街でただ敵の咆哮だけが響く。
そして、

「ぐ……!」
垂直に飛んだだけなら軌道は分かりやすい。
だが敵の武器の間合いよりはるかに離れた位置まで後退する。

そして、地がはじけた。

アスファルトで出来た道路には大きなクレーターが出来、その衝撃波はよけたはずのセイバーすら襲うほどにすさまじい。
何とか空中で体勢を立て直し、地面に着地と同時にセイバーはクレーターの中心へと疾走する。
風を伴ったセイバーを避けるように視界を遮断していた土煙が消えうせる。
が、

「……逃げられましたか」
その場にはもはやセイバーしかいなかった。
敵マスターが施した結界は解除されたようだから、いずれは誰かがこの場を通る事だろう。
その前に自分も姿を消さねば。

「しかし……」
その場をあとにするセイバーだったが、敵の正体にどうしても納得がいかなかった。
なぜなら……。


「出来は上々……とでも言ったところか」
1人の人物が下を眺めながら口元を吊り上げる。
その人物は今目の前で起こったことに満足しているようだった。

どこかも分からない場所。
辺りは暗闇に支配され、光源はたった一つしか存在しない。
それはまるで明かりをつけないでテレビを見ているかのように。

いや、実際にその人物は映像を見ていた。
大きめの桶に水を満たし、それをテレビのようにして映像を流す。
本来なら泉ほど大きいもので行うものだが、それを眺めるのがたった2人だけなのだから全く問題なかった。

そして流されていた映像は今まで行われていた少女対大男。
その結果にその人物は満足していた。

「話には聞いていましたけれど、実際にそれが可能だとは……。貴方の宝具は想像以上に恐ろしいものですね」
その映像を流している人物ではなく、彼と向かい合う女性が思わず述べる。

彼女は今まで流れていた映像を見て驚愕しっぱなしだった。
なぜなら今目の前にいる人物が行った事はこの聖杯戦争のルールを根底から覆すほどの反則ギリギリな行為だ。
それを行ってもなお彼女への負担は全く変わっていない。
それほどならばいつ彼女へとこの人物の呪文が向けられるかは彼女の頭にはなかった。

「そうであろう。余の魔術にかかればこの程度の事など動作もない」
くく、とそこの黒い笑いをするその人物、キャスターのクラスを与えられた英霊、ソロモン。
自意識が過剰なほど強いですね、とは口が裂けても言えない彼女、キャスターのマスターであるアナスタシア。

「これならば余は手を汚す事もなく下郎どもは屈してゆき、自然とそなたの手に聖杯とやらが渡ろう」
「そうですね。一切の手を汚す事無く」
ふふ、とアナスタシアは笑う。
その笑みはキャスターと同じぐらいに黒い。

そう、キャスターたちが取った方法ならば敵を一切の手を汚す事無く倒してゆけるのだ。
それも後になればなるほど有利な形となって。
高確率で訪れるだろう未来を想像して笑みが止まらないアナスタシア。

過去三回。本物に限りなく近いと言われている聖杯は誰一人として掴んでいない。
だがその聖杯を自分たちがここまで簡単に手に入れることができるとは誰が想像しただろうか。
そう思うとアナスタシアは軽く踊りだしたいほど気持ちが昂るのだった。

「この事を知ったらアインツベルンのマスターはどのように思うでしょうかね?」
「はっ。一介の魔術師如きに余の式が分かるはずなどないわ。せいぜいできても手をこまねく程度だろうて」
キャスターがそこしぐさをするのでアナスタシアは大笑いする。

もはやこの戦いは戦いではなく、一方的な殲滅になる日も近い。
そのための手駒をセイバーは倒しきれなかった。
最高のサーヴァントたるセイバーがそうなのだから他のサーヴァントとて推して知るべし。
そう、勝利は目の前にあった。

「ふ……ふふふ……」
笑みをそのままにキャスターは視線を1人の人物に移す。

「さて、まずはセイバーよ……」
キャスターの視線にある人物は少女でありながら英雄であるセイバー。
誰よりも小さな身体でありながら誰よりも力強く、また可憐である。

だが彼女の尊さなどキャスターにとってはどうでも良かった。
肝心なのは、この最高のサーヴァントたるセイバーは誰よりも率先して戦う点にあった。
ならば、いずれ何者かによってセイバーが深手を負うことは大いに考えられる。
その時が絶好の機会だ。

「いずれは貴様も余の前に跪く事となるだろう」

当然その行為に感慨など持てるはずがない。
彼が楽しみにしているのは、当然の事ながら勝利によって得られる奇跡に過ぎなかった。




多分続くんじゃないか?


第9話に続く

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 と言うわけで9話目突入。
ようやくキャスターがキャスターらしい一面を出せたんじゃないかと思ったりしています。
苦悩しながら進むランサーと新たなパートナーと共に進む橙子の道が再び交わるのがいつになるか、お楽しみに。

それでは次の舞台で。
  2007年2月19日


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