/式
「……ん」
何かしらの感触がする。
でもなぜか体は重い。
次第に覚醒していく頭。
瞼を開けて辺りを見渡す。
……いつだったか、幹也と暇つぶしにと一緒に見たテレビの内容のようなほど豪華な内装をしていた。
いや、豪華な内装だったら昨日見たあの広い宝物この方が十分豪華だ。
だけど、今この場にあるのは神秘の言葉がよく似合うものばかりだ。
「……」
今度は自分の状態を確認してみる。
どうやら私は四肢と首のほとんどを固定されてしまっていて指すら動かせない状態になっている。
体に力は入らないし、これでは脱出などできそうにない。
だけど何とか顔の向きを変えることだけはできるみたいだからもう一度辺りを見渡してみる。
……覚えがない。あの王の墓と同じ感じだけれども違う。多分別の部屋だろう。
地下だというのにとても広い。野球はさすがにできそうにないけれど、それでもバスケットは軽くできるぐらいに広い。
その奥、階段を上がったところに王座のような椅子が配置してある。
そこに座っているのは荒耶だ。
どうやら荒耶は私が起きている事に気づいたようだけれども、声をかけようともせず、むしろ微動だにしない。
ただ彼は腕を組んで座っていた。
まるで何かを待っているかのように。
おかしい。なぜ荒耶は私を捕らえておきながら拘束だけをするんだ?
確かに以前も私を拘束したままだった。だけどあの時と同じてつは踏まないと思ったのだけれど。
私は今肉体的に拘束されてしまっている。これでは体を動かして拘束部分を殺す事はできない。
だけど今回アイツが待つ意味は何なんだ?
「それは私との契約だからだよ。式」
不意に第三者の声が部屋に響く。
広い部屋だったけれど静寂そのものだったからその声は十分に響いたのだ。
私はその声の主の方に顔を向ける。
私よりも年齢が低い身体。長い分けられた黒い髪。表情は凛々しく整っている。
服装はさっきのと違って黒一色の現代日本の制服のようだ。リボンまで黒く、白い肌とシャツが対比させている。
この世界でこの姿をしていて、この口調。
「……トウコ」
蒼崎橙子。幹也の上司でトラブルメーカー。今回も例に漏れず元凶だ。
革製のか、靴の音が心地よい音を鳴らす。
そして彼女は私のそばに来た。
「よく眠れたか? と言ってもこの時間だと昼寝のようなものだけれどもな」
そうして私が乗せられている石の台に座った。
一メートルも離れていないのに私は彼女に触れる事すらできない。
「本来ならこのポジションには黒桐がいると思ったのだが、式がいるとは皮肉なものだ」
身体をいくら幼くしてもしぐさは本来の橙子のままだ。
それでもある程度は身体の影響を受けているようにも見える。
「……オレをどうするつもりなんだ?」
我ながらあきれるほどにくだらない質問。
答えも分かりきっているけれど一応聞いてみる。
それを聞いた橙子の表情が輝いた。何だかとっても腹が立ってくる。
「まさか式からそんな典型的なさらわれ役が言う台詞が口に出るとは……」
「いう気がないならまた眠らさせてもらうけど」
「分かった分かった。このタイミングで私たち黒幕の動機というものを話しておくのが一番だからな」
もう一つのタイミングは主人公たちが突入してきた後に言う事なんだが、というけれどそんな事は知らない。
橙子の表情が笑みからまじめなものになる。
「鮮花がいる時にこの世界の構築までの話はしたな」
「ああ」
この世界は橙子以外にも多くの魔術師がいてそいつらが協力してこの世界を作っている。
いくら殺してもまた再構築されてしまうぐらいに完成度は高い、だったか。
「ではなぜそこまでする必要があったのか。単純にエジプトでの大冒険をしたいならアイツの能力だけで十分だからな。疑問だっただろ」
そのアイツは白いのの事だろうけど、白いのの魔術まで知ったことではない。
とにかくそんな能力を持っていると受け流そう。
「詳しく説明するなら限りなく現実に思えてしまうほどの夢を見せる事ができるんだ。後はアイツの知識とアドリブしだい。
そうすると私の出番はないがね」
「出番を作りたいからこんな手間隙かけて作ったのか?」
「まさか。そこまで私も暇人じゃない」
十分に暇人だと私は思うけど言うと話が長くなるのでやめた。
彼女はポケットに手を入れて何かを取り出そうとする。が、首を振ると何も取らずに手を出した。
「そう、私はこの世界を現実世界で作る……いや、創る必要があったんだ。どうしてもね」
「前振りはいいから早く本質に入れよ」
いくら時間があるからって細部まで聞く気は毛頭ない。
だからそう釘をさした。
「おそらく距離や手間を考えるならこの地に幹也たちがやってくるのは明日だ。それまで十分に時間があるぞ。なら詳しく説明しても……」
「それとこれとは別だ」
「……まあいい」
少し残念そうに橙子は一息おく。
「結論から言うと式のこの後は黒桐たち次第だ」
幹也たち次第?
じゃあ荒耶は幹也たちの行動によって制限されてるって事か。
それはおかしくないか?
「おかしくはない。それが荒耶に好きにさせる条件だからな」
「条件……?」
「そうだ。映画なんかでもよくあるだろう? 生贄寸前のヒロインを主人公の冒険家が勇敢にも救い出すシーン。
あれほど燃える展開はない。あれこそ王道と言えるんじゃないか?」
結局それがやりたかっただけか。
そんな事のために荒耶たちを復活させたって言うなら荒耶たちはたまったもんじゃないだろ。
「そういきり立つな。前回荒耶に捕らえられたのと違って肉体的に拘束しているからな。非力な式ではこれを壊す事はできないぞ。
指一本でも破壊しかねないから頭以外は動かないようにしてある」
抜け目がない……。
確かに私の力ではこれを破壊できそうにない。死の線を切ろうとしてもそこまで動かす力もない。
「さて……、今の私も忙しい身だが、少しばかり本音を話してやろう」
「忙しい? 役の出番がなくて暇なんじゃないか?」
「話を最後まで聞けば分かるさ。と言っても鮮花でない式に全てを理解してもらおうとは全く思ってないがね」
そう述べると橙子は立ち上がった。
そのまま背を向ける形で話し出す。
「まず『祟り』の固有結界で世界から隔離された新たな世界を創る。それを荒耶とゴドーワードによって強化をした上に世界も騙す。
これが意味するものは何だと思う?」
新たな世界を創ってそれを維持するために世界を騙す。
……つまり、
「このふざけた世界がいつまでも続けられるって事だろ」
「それも重要な事だ。制限時間付きでは私のもう一つの目的は達成できない」
もう一つの目的……?
私が知っている限り、橙子の目的は私たちに言わばトレジャーものの典型を味わわせるためだと言う事ぐらいだ。
だけど先に橙子が説明したのが真実なら、それだけなら白いのだけで十文らしい。
他の理由なんて考えつきやしないが。
「これを成し遂げる事に古今東西あらゆる魔術師がせいを尽くそうとしているからな」
そして振り返る。
それはとても決意に満ちた顔で、私が今まで見た事がないものだった。
「私たちは世界を騙す。アラヤも、ガイアも」
……どんな反応を示せばいいだろうか?
私には橙子が言っている事の重大さも分からなければどれぐらいとんでもない事をやろうとしているかも分からない。
「そのための固有結界であり、そのためのゴドーワードだ。聖堂教会も魔術協会もこれを感知する事はきわめて困難だろう。
現にリハーサルがてらに二日ほど起動させてみたが何の反応もなかった」
さて、と言いながら彼女は手で箱を形作る。
「さて、これで現実世界から隔離された新たな世界が出来上がったのはいい。この時点で荒耶の準備はできたと言ってもいい」
荒耶の準備ができた。
つまりそれは……。
「今までいる世界とは一線を引いた、隔離された世界。これなら荒耶が事を成し遂げようとしても阻む者はない……と言いたいが、
そこまで都合のよいようにしていると、事を成そうとした瞬間に霊長の守護者が現れる可能性も否定できない。荒耶の望みは人間という種の
終焉だからな。だから今回、その霊長の代表として……」
橙子は私のほうを指差す。そして自分も。
「両儀とゴドーワードという根源の代表。鮮花とアルバという魔術師。霧絵と藤乃という超能力者。秋巳刑事や黒桐たちという一般人。アイツ
という人外。怪物も用意したし住人も用意し、この箱庭に入れた。世界の縮図がいまここにある」
世界の縮図、それがこの世界か。
冒険をさせるために第二次世界大戦中にしたり、へんな化け物ばっかり出てくるこの世界が、か。
「この世界ならば霊長そのものが背中を押す事はできない……と思う。ならば元からつながっている道を取ろうとした所で阻む脅威は少ないだろ。
だから荒耶はこの役を受け入れてまで復活を望んだ。何か質問は?」
「そんな事がうまくいくのか?」
はっきり言えば橙子の言っている事は机上の空論に過ぎないと思う。
荒耶が私を追い求めたように、その道はとても困難なものだと私にも分かるから。
「固有結界はね、私たちが生きる世界とは別の世界だ。世界はそれを修正しようとするが、それをゴドーワードが防ぐ。なら世界からの抑止が
働く事はまず考えられない。理論的にはね。もし働くとしてもこの世界には幹也たちがいる。効力は弱まるはずさ」
「……」
「抑止とは世界または人類の終焉が起こる確率が高くなった時に発生する。だがそれはあくまで道を作ってしまったときに発生するものだと思う。
式のように元から道を持っている者には霊長の抑止は働かない。ならあのマンション以上にこの世界は最適だと思わないか?」
それは何とも言えない。
なぜなら橙子がその荒耶の動きを制限しているからだ。いくら世界が整っていても自身が動けないのでは全く意味がないじゃないか。
「そうだな。確かにそれだけでは荒耶が私に応じてくれるはずがない」
といきなり橙子は断言をする。
まるで私の考えが分かるように。
「だがな式。この固有結界を構成している白い魔術師は人間ではない。死徒と呼ばれるんだが、その力は夜に真価を発揮するんだよ」
「夜に?」
「そうだ。その時になったら固有結界による世界からの隔離は昼よりもより強固なものになる。なら目的を行う手段は時間よりも成功率を
取るべきだろう? つまり夜までは最低でも式を生かしておく必要がある。という理由で納得してくれたが」
……なるほど。一応筋は通っている。
私にはそれがどんな意味かは分からないけれど、荒耶が納得したのならそれは正しい意見なのだろう。
でも、
「……トウコも荒耶と同じでオレを狙おうとしてるのか?」
橙子が荒耶に協力する理由が全く分からない。
幹也の話だと荒耶と一緒にやって来た赤コートの魔術師、アイツは橙子がどうにかしたらしい。その幹也自身も見ていなかったらしいけど。
つまり、橙子と荒耶の考えは違っているはずなんだけど。
だけど私の言葉に橙子は首を振る。
「言わなかったか? 私は根源そのものにたどりつこうとするのを諦めたんだ。それに式を使っても何もできないしな」
諦めた?
ならこの世界は荒耶やアルバとかいうやつ以外意味を成さない、それこそ意味のない世界ではないか。
橙子の目つきが鋭くなる。
その視線の先にあるのは私ではなく、もっと遠くのかなただ。
「だが全てを諦めたわけじゃない。手段は既に見つけていて後は方法だけだった。それもアイツという協力者を得て実現可能になったんだ」
アイツ、それは多分白い魔術師だろう。
協力者を得ると言う表現を使った以上、以前からの知り合いではないはずだ。
「とはいえあくまでこれの目的は黒桐や式たちをあっと言わせる事。
これはあくまで2つ目にすぎないが、それでもやるからには全力でやらさせてもらう」
と口では言っているけれど、目は、顔は、態度はそうは言っていない。
「ああ、でも別に私は手に入れたからって世界を滅ぼそうとは考えないし、それどころか今の生活のままでいようと考えている。
その目的を達成する意味なら実は目的は意味がないんだけどな」
「ならなんでだ?」
「けじめだ」
きっぱりと、橙子は即答した。
まるでゆるぎない真実を諭すかのように。
「万一霊長の守護者が襲ってきても代えが効く私だけを犠牲になるようゴドーワードにも言ってあるし、幹也やおまえが襲われる心配はない。
この世界で道を確保すれば元の世界に戻った時は既に開いた状態。抑止がでるはずもない。それこそ終焉を望もうと行動をしない限り」
「……」
長々としゃべってはいるけどそれはまだ方法に過ぎない。
私にとっては方法などどうでもいいし、すぐに忘れてしまうだろう。
だけど、とてつもなく橙子が真剣なのはよく分かる。
「これは荒耶の説だが、到達しえる者は決まっていて生まれついたときに才能があるかどうかで決まる、とな。
だがな式、逆にこの理論で行けば選ばれている者を創る事も可能なはずだ。式という者を両儀が成し遂げたように」
その口調はいつものような説明ではない。
言葉では表現しにくいが……そう、言うならそうあってほしいと言う願望が少し混じっている感じだ。
「おまえも言ったじゃないか。オレを使っても何もできやしないって。それってつまりオレを元に何かをする事ができないんだろ? なら……」
「ああ、おまえに似たような存在すら作れない。
ゴドーワードから設計図ぐらいはダウンロードできそうだが、私にとってはそれはノイズにすぎないしな。やはり理解するにも才能がいるらしい」
ふふ、と笑う橙子。
自虐ではなく、ただ事実におかしかったのか。よく分からない。
「似たものすら創る事はできない。だが、似たものを創る必要はない。私が創りたかったのはそれではない。私が本当に創りたかったのは……」
創りたかったのは……。
「蒼崎という幻想に過ぎないのさ」
橙子はこう言い放つとしばらく黙っている。
その背中から感じられるのは決意か、切望か。あるいはその両方か。それとももっと別の……。
「ばかげた事だと思うだろ? おまえの存在だって古今東西を考えてもこの先でないかもしれないほどの存在だ。
資格がないものが資格があるものを創りだすにはほとんど宝くじで一等を連続で数十回当てるよりも難しい、天文学的な確率が必要なんだよ。
だけどそれはノウハウがない場合の話。その確率を上げるのに役に立ったのはこの間三咲町で起こった『祟り』の事件だ」
『祟り』。その単語は昨日も話してたな。
「あいつらにやられた呪いを出し抜く方法は割愛させてもらうが、結果的に『祟り』というアイツが作り上げた存在、そしてアイツ自身の一端を
知る事ができた。なら、天文学的数値が万に一つにまで収束したと思わないか?」
そのアイツが誰なのかは私には分からないけれど、その人物が橙子の目指す存在なのか?
「それがおまえの……」
「そう、平たく言ってしまえばこうなるだろう」
橙子は振り向く。
「元から才能を持ってる『蒼崎橙子』を創り出す。これこそ真の目的さ」
そして、ふっと笑う。
その笑みが果てしなく遠くを見ている気がして、何だかいつもの橙子ではない。
「ほら、学生ならあるだろたまに。数学で解く手段すら分からなかった問題、放置してたらある日突然解く手段を思いついて、
それに再び取り組むパターン。あれに近いかな」
「楽観的な……」
思わず力が抜けてしまう。
既に彼女はいつもの橙子に戻っていた。
今までのシリアスさは何なんだ。
「まあな。この研究ができるのは幹也たちがこの世界をクリアするまでの間、魔術師がたどりつく過程を考えるなら瞬き一つってやつだ。
できる方がどうかしてる」
くくっ、といつものように笑う橙子。
そのどうかしてる事を達成するためにわざわざ面倒な行程を選んだんだろう。
どこまでが冗談でどこからが真剣なのかは分からないけど、とにかく橙子のやろうとしている事は分かった。
さて、と言いながら彼女は伸びをする。
「いつまでも実現不可能な誇大妄想ばかり語っていてもつまらん。囚われの身になったお姫様のために今後の展開でも話してやるか?」
「誰がお姫様だ」
本当に一度こいつの頭の構造がどうなってるのか知ってみたい。
だが橙子はさも当然の事を分かっていないなといいたげな顔をしてしぐさをする。
「そんなの式しかいないだろう。私たちの中で一番その言葉がぴったりくるのは式しかいまい。
何しろ荒耶の時、白純の時なんか正にその通りだっただろう。
結果はどうであれ目の前の脅威をもろともせずにお姫様を助けに行く黒桐はさしずめ王子様と言ったところか。
今まではそのままいいところを見せられずに途中退場になったが、生贄にされそうになる式を奇跡で救出する事に成功。
その場で他の皆を忘れて2人はバカップルぶりを見事に発揮してくれる。今までありそうでなかった事がとても残念でね。
だが、今の状態から考えれば想像する事すら必要ないほどありえそうな展開じゃないか?」
「……それがおまえの望んだ展開か」
ほとんど話半分に聞いて終わったところでため息をつきながら聞く。
橙子は首を左右に振った。
「いや、もっと別の展開でも燃えるものなら何でも。ようはこの世界に参加した全員が楽しめればいい」
一番楽しんでいるのは橙子自身だと思うけど。
だが、と言いながら橙子は表情を険しくした。
「その救出までの展開は伏せておくとして、式が救出された後はラスボスである荒耶と私と戦う事になるだろう。
だが荒耶はともかく私は式どころか藤乃1人にも殺されかねんほど戦闘力が皆無だ。だから……」
そういうと彼女は反対側の天井の方を指差す。その橙子の表情は満面の笑みだ。
それにあきれつつも私は指差した方向に顔を向ける事にした。
そこにあったのは……。
「……なんだよアイツは」
「ラスボスにふさわしいやつを作ってみた。劇的な最終戦になる事だろうな」
あんなやつを作った橙子がすごいと言うか、それに時間を費やした橙子にあきれるというか。
だがこれだけはいえる。
こいつ、やっぱり暇人だろう、と。
「蒼崎」
「ん? どうした荒耶」
と、今まで沈黙を守ってきた荒耶が口を開く。
荒耶が口を開くだけで場の雰囲気は変わるけど、橙子は魔術師らしくない、いつものような雰囲気のままだ。
「おまえが用意した軍がこちらに迫ってきている。ただの人間ながらあれだけ統率された軍であるならアルバたちがここに辿り着いてしまうぞ」
「ああ、黒桐たちの味方ノンプレイヤーキャラたち、墓守の一族の軍か。もうそんなところまできてるのか?」
墓守の一族、秋隆たちの事か。
橙子も何で彼らをこの世界に呼んだのか、今を持って謎だ。
笑いながら述べる橙子に対し、荒耶は自分のペースを崩さない。
「既にあと半日の距離まではたどりついている」
「あー、それはまずいな。最低でも一日は時間を稼がなきゃならんか。ここまで幹也たちが来る前にたどりつかれちゃ困るしな」
髪をかきあげてうなる橙子。
身体を揺らすので横顔が見えるけど、これだけを見ていると聡明な人物に見える。
その表情で考えているのがこれというのも皮肉な気もするけど。
しばらくうなりながら考えて、
「仕方がない。アルバのやつが作ったあれを使うか」
と表情を厳しくしながら言った。
荒耶はそれを聞いて表情こそ崩していないが、明らかに不本意だと読み取れる。
「……背に腹はかえられまい。私だけではあれだけの者を一度に相手はできない」
「んー、エキストラを作る手間がかかったせいで肝心のクリーチャーをほとんどあいつに任せたのは失敗だったな。
死んで少しは演出力が増したと思ったんだが……」
2人ともこの場にいないのをいいことに好き勝手はなす。
私はアルバのことはよく知らないけど、そこまで言われるやつなのか?
だが次には橙子はまあいい、と言いながら振り向く。
「最大の見せ場が一つ出てくるだけでもよしとするか。指揮はおまえに任せていいんだな?」
「かまわない。いずれは通る道が近くにあるか遠くにあるかだけだ」
「そうか。なら私はそろそろ工房に戻るよ。せっかくこんな世界を創ったんだ。それを最大限に生かさないとな」
笑いながら橙子が去っていく。
それを睨む私だけど、どこかの神話のやつみたいに見るだけで殺す事はできない。
ただ私はそれを見つめるしかなかった。
「おっと、一つだけ言い忘れたことがあった」
橙子は出口付近で立ち止まり、
「命の危険にさらされた時の台詞は心を込めて「助けて幹也!」だぞ。それで黒桐は必ず飛び込んでくる」
なんて事を言い残した。
……こんな状況でも、真の目的とやらを抱いていても橙子はやはり橙子だった。
それにあきれるというか、ほっとすると言うか。
……場に静寂が戻る。
この場に残ったのは囚われの身になった私と荒耶だけ。
ならばこの場に会話が成立するはずもなかった。
「ん……!」
何とか見える死の線に指の力を入れるけれど、徒労に終わった。
とするとやはり私が動かせるのは顔だけか。これでは何もできやしない。
だからってこのまま橙子の言いなりになってたまるか。
何とか機をうかがって脱出をし、あいつの鼻をあかさないと。
/幹也
「……なんですかこれは?」
鮮花はそれをみて呆然としながらつぶやいた。
僕も正直つぶやきたい。
だって目の前にあるのは……、
「旅客機ですけどそれが?」
「いえ、言いたいのはそこじゃありませんって!」
思いっきり鮮花が怒鳴る。
目の前にあるものがなんだかは僕にだって分かる。
目の前にあるのは旅客機だ。
もう少し詳しく言えば、ドナルド・ダグラス率いるダグラス社が開発した「DC-2」を改良して作られた、第二次世界大戦前後大活躍した通称「DC-3」だ。
巡航速度は340km/hで、大型化が成功したために定員は大幅に増え、20人ぐらい。
当時ではそれは燃費も低く、文字通り飛ばせば儲かるほどの出来で、正に旅客機の理想だった。
第二次世界大戦ではアメリカやイギリスが軍事目的に転用するほどのもので、アメリカは「C-47スカイトレイン」、イギリスでは「ダコタ」と呼ばれたとか。
玄霧さんの役がイギリス軍の将校なのだからこれを持ってきたのは至極当然なんだけど……。
「橙子師もアルバさんも人形師で、こんな機体を持ってこれるほどの技術力はありませんよね」
「こんな機体って、第二次世界大戦中だと世界中で大活躍した一品だけど……」
「兄さんは黙っててください」
おだやかに述べてくるけど、視線はそうは言っていない。
なんだか橙子さんを髣髴とさせるにらみだったのでとにかく黙っておく事に。
「どうやってこれを用意したのですか?」
「遺跡と同じように私たちが世界を作る際に作ったものだけど」
「ならせめてボーイングにしてください。プロペラ機なんて揺れるに決まってます」
突っ込みどころはそこかと鮮花に言いたくなるけど黙っておく。
ちなみに流体力学の関連で、翼が機体と垂直でなくなったのは第二次世界大戦でドイツ軍が導き出した結論で、まだ真っ盛りなこの時代の
作品であるDC-3は垂直に配置されている。
まあトリビアルだけど。
「ボーイングは第二次世界大戦後の1950年代。それを具現化するのは人形師もやらないと思うけど」
って玄霧さん、つっこむんですか。
「難いこというなよ鮮花。乗れるには変わりないんだからさ」
と織。
「空を飛ぶのね。何だか楽しみ」
と霧絵さん。
「機内食とかはあるのか? あんま期待してないけど」
と白純先輩。
「わたしは車でもいいかと思いますけど、やっぱ速い方がいいですよね」
と藤乃ちゃん。
それぞれの発言に鮮花は、
「もういいです! 早くこの世界をおしまいにしましょう!」
と怒鳴りながら機体に乗り込んでいく。
……みんな、随分と好き勝手言ってるね。
「これならば遺跡まで数時間でたどりつけるでしょう。と言っても現在の旅客機の倍近く時間はかかりますが」
「過去を舞台にしていてそれだけの速度が出せるなら十分だと思います。でも僕はてっきりジープで行くのかと思ってましたよ」
「それはもう昨日やってしまいましたし、マンネリはいけないと人形師も思ったんじゃないですか?」
「そうですか……」
機体が飛び立ってから1時間ぐらいが経過した。
鮮花の予想通り、ものすごく機体が揺れるけれど僕はあまり気にならない。むしろこれぐらい揺れるべきなんじゃないかと思ってしまう。
雲ひとつない青空だったので、はるか下に地上が見えるのがなんだか不思議だ。
でも、いつまでもそうして風景を楽しむわけには行かない。
何しろ、式は橙子さんたちに捕まってしまっているからだ。
今は飛行機と言う最速の手段で式がつかまっている遺跡に向かっているからこそ落ち着いている。
けれど、向こうに行けばあの2人を相手にしなくちゃならない。
荒耶と橙子さん。
何でこの2人が手を組んでいるのかは本当に分からない。
だって、荒耶が式を狙っていた事は橙子さんだって知っていたはずなのに、何で……。
「あきらめていた可能性をもう一度試してみたかった、かな?」
橙子さんはそう博物館で言ってた。
僕らの方を全く見ずに、はるか遠くを見ながら。
あきらめていた可能性って一体何なんだ?
僕にはあの人が何かをあきらめるだなんて信じられない。
確かに普段は仕事を僕に押しつけたり給料を滞らせたりするけれど、あの人はやると決めたものは絶対にやり遂げる。
それは、あの最初に出会った人形からも、建築物からも、あの人自身からも、僕は感じるんだ。
その橙子さんがあきらめてしまった可能性。
一体それは何なのだろうか……。
「兄さん」
と、考えにふける僕に声をかけてきたのは鮮花だった。
鮮花は僕の隣の座席に座り、こちらの顔を見つめる。
「どうかした? もしかしてこのプロペラ機、乗り心地が悪かったとか……」
「乗り心地は最悪ですけどそんな話じゃありません」
鮮花の顔は冗談なんて全く通じないほど真剣な顔だった。
だとしたら鮮花もやっぱりこの世界の事を考えているのか。
でも今にもはきそうなほど青ざめているのは気にしないことにしよう。
「5です」
「……6だな」
「兄さん」「鮮花」
「え?」「あ」
かぶってしまう声。
思わず僕たちは目をそらしてしまう。
「えっと……鮮花の方から頼む」
僕は何とかそう言い繕ってうながした。
鮮花はうなづくとまた真剣な表情を見せる。
「9」
「10」
「3枚出し。あからさますぎるな……」
「兄さんは橙子さんの目的って何だと思います?」
「……!」
単刀直入だ。そしてその考えは僕と全く同じだ。おそらくは細部に至るまで。
だから僕も答える事にする。
「ヒントになるのはこの世界での橙子さんの設定だと思うんだ」
「やはりそう思いましたか」
おそらくヒントになるのは霧絵さんが言ってくれたこの世界での橙子さんの設定。
捏造したにしては随分とこった設定になっている。
でもこれはアドベンチャーの世界。もっと簡単な設定でもよかったはずだ。
橙子さんの設定にしてもわざわざ高名な魔術師の一家にするのはいいけれど、この世界では出ても来ない『妹』をわざわざ出す必要がないはずだ。
そして、エジプトにやってきて荒耶と出会い、互いに目指すものを目指した。
その途中で神官たちによって裏切りに会い、橙子さんは幽閉された。
「13」
「1」
「あれがこの世界のためだけに考えられた設定、とも考えられるけど僕はそうは思わない」
「ではあれは橙子さんが現実世界でも体験した出来事を若干の脚色をつけてそのままこの世界に反映させていると?」
「……僕はそう思う」
もうこれは推理なんかではなくて、推測の域をでない。
だけれども、わざわざあのように過去話をしたのだから本編にもそれが関係してくるはずだ。
「3」
「ダウト」
「げっ。なんで僕のブラフが分かったんだ」
「もう既に3は4枚も出てる事になってる。なのに二枚出しなんかするからだろ」
「でも、もしその過去話が本当に橙子さんの過去話だとしたら……」
「……」
それについては僕は何もいえない。
だって、今僕が知っているのは現在の橙子さんだけだ。過去の話は少しするけれど、こっちから聞こうとはしなかった。
でも、もしその過去話が事実なんだとしたら……。
妹に家督を取られ、移った先でもまた認められなかった……と言う事になる。
でも、そんな事が本当に……。
「あ……!」
いや、待てよ。確かあのビルでの赤いコートの魔術師から逃げる時に、
「自分の妹に相続権を奪われ、その復讐の為に協会に入ったような女に……」
と言っていたな気がする。あの時は怪我を負っていて意識が朦朧としていたけれど。
意識するとその時の言葉が鮮明になって思い出される。
「アオザキはその名の通り青の称号を貰いたかったのだろう。だが協会は与えなかった。
皮肉な事にね、アオザキはその名に反する赤の位を受けたのさ」
じゃあやっぱりあの時の言葉は真実で、橙子さんはそれを設定にしているんだろうか。
だとしたら、何故? 何でそんなことをする必要があるんだ?
わざわざそんな過去を設定にくわえる必要がどこにあるんだ?
もしかして、本当の目的はその過去に関係あるのか?
「兄さん?」
「……過去に出来なかった事の再現。これが橙子さんの真の目的なんじゃないかと思う」
こちら側の橙子さんとあちら側の橙子さん。2つの目的を同時に果たすためにこの世界は創られた。
こう結論づけられるんじゃないか?
「過去。そう言えばわたし、橙子さんの過去を聞いたことがない……」
「僕も他人からしか聞いてない」
橙子さん本人からそんな過去を聞いたことはない。つまりそれは話したくないか話しても意味がない過去なんじゃなかったのか?
それがあまりの橙子さんの本質に近すぎて。
なら、それは橙子さんの深い場所に関わってしまうんじゃないか。
僕たちがそれを追求してしまってもいいのか?
冒険と言う名目の旅を続けていいんだろうか?
いや、過去をこうして設定に組み込んだと言う事は、もしかしたら橙子さん本人から彼女の過去が聞けるチャンスかもしれない。
そのためにわざわざこうして世界を創って僕たちを招いた。
少なくとも僕はそう信じたかった。
「……橙子さんと会えばきっと何かが分かるはず。その時まではあまり考えないでおこう」
「……そうですね」
なら今この場で推測するのは野暮だ。
これはアドベンチャー。ラストには全ての謎が解明されているんだから。
だから、その時になったら分かるだろう。
橙子さんがこの世界を創ってまでやりたかった事が。
「10、これで上がりね」
「ダウト。あがりはさせないぞ」
「あら織さん。全部貰ってくれるのね」
「……っ!」
「それはそうと……」
「それはそうと……」
僕らがこんなにも考えているって言うのに……。
「どうして織たちはカードゲームなんてやってるんだよ」
「え?」
さっきから織たちはトランプばかりやっている。
それが悪いとは言わないけれど、もう少しつつましくやって欲しかった。
「そうですよ。こんな状況なのに不謹慎ではありませんか?」
「鮮花、怒ってばっかいるとすぐに老けるぞ」
「……」
うあ、頼むから織、そんな火に油を注ぐような事は……。
「って鮮花。頼むから冷静になってくれ」
「冷静? わたしはこれでも勝手ぐらい十分に冷静ですけれど」
「その笑みで既に冷静じゃないって思えるんだけれど」
確かに鮮花は笑みを浮かべているけれど、それはとても黒い。まるで橙子さんが悪巧みを考えた時みたいに。
そんなところまで師事しなくてもいいじゃないか。
「あなた方はこの状況をなんとも思わないんですか?」
「何ともって?」
聞き返したのは白純先輩だった。
でも先輩、12の3枚出しなんてあからさま過ぎます。
「だって、この世界は……」
視線をそらした言葉に詰まる鮮花。
「いいじゃないか。別にどうだって」
あっさりと、でも確信するように、織は断言をする。
あまりにそれが簡単なものだったので僕まで唖然としてしまう。
「オレ自身はトウコとは全く関わってないから何ともいえないけれど、わざわざこんなジャンルにしたんだから、
謎は全部解決してハッピーエンドだろ?」
「あ」
織はその結論に既にたどりついてたって事?
だからこそ、今は深刻にならずにその時間を楽しんでいるのか?
「まあ、僕たちはこの世界でしかいない存在だしね」
「なら限られた時間、後ろめたいことなんか何一つないようにしないと損よね」
「この世界はトウコがどんな目的で作ったにしろ、コクトーたちに楽しんでもらうために創ったものだろ」
「なら、あなた方が楽しまないと意味がありませんよ」
「織……先輩……」
「霧絵さん……先生……」
思わず感動するその一言。
織も、先輩も、霧絵さんも、玄霧さんも、この世界を構成するために呼び出された過去の存在。
そんな彼女たちがそんなふうに受け止めている事をすっかり忘れていた。
「コクトー、あとはラストだけなんだ。お姫様を王子様が劇的に助け出してハッピーエンドにしよう」
笑みを浮かべながら織はそう言ってくれる。
僕も思わず笑みをこぼした。
「そう……だよね」
何の難しい事も考える必要はないんだ。
これは橙子さんが創った世界で、僕らは謎を解き明かし、敵を退治して、無事に生還する。
この旅はそんな単純な事なんだ。
「楽しもう。この旅を」
なら、それを思う存分に味わわないと逆に失礼だろう。
「……ちょっと織」
でもそんなふうに納得した僕をよそに、鮮花はとてつもなく怒っているように見える。
何で?
「今のくだりはなんですか」
「今のくだり? ハッピーエンドにする事の何か不満か? それとも鮮花は全滅のバッドエンドが……」
「やっぱり貴女は式なのね……! 『お姫様を王子様が劇的に助け出す』ってどういうことよ!」
どなって今にもそこらにあるものを投げ出しそうな鮮花。
怒るところってそこ?
「なんで兄さんが王子様で式がお姫様なのよ! それは確かに式は今さらわれてるけれど……」
「鮮花、少し声が大きいですよ……」
「藤乃は黙ってて」
それは酷い。大声を出してる鮮花に間違いなく非があるのに。
しかも睨んで黙らせるから藤乃ちゃんは身体をびくっとさせたし。
「納得がいきません。単純に間抜けな仲間が捕まっただけでしょう。映画にだってよくそういった登場人物がいるし……」
「それよりもヒロインがさらわれて主人公が助け出すパターンの方がはるかに多くて物語を盛り上げると思うけど」
あ、白純先輩の言葉に鮮花が固まった。
「何しろ王道な冒険だからな。そんな典型的でありがちな事をやりたがるんじゃないか?」
「助け出す瞬間式が「助けて幹也!」とか言うかもしれないぞ」
って先輩に続いて織までそう言ってくれます。顔はこれ以上にないほどにやけてます。
織に先輩、絶対に確信犯でしょう。
「超ベストタイミングでヒロインを救出する主人公! いい役貰ったな黒桐」
「……そうですか?」
僕は織と先輩の言葉に首をかしげる。
「そんな典型的過ぎる事が……」
「この世界はトウコが脚本書いてるんだろ」
「「あ」」
鮮花は唖然とするけれど、僕は手をつきたくなるほど納得いってしまった。
そうだよ。これはあくまで『王道的な冒険物』だったんだ。
なら、ヒロインがさらわれて起こる事は限られて……と言うより決まっている。
すなわち、劇的な救出劇。
……その光景があっさりと思い浮かべられてしまうのがとても悲しい。
と言うより「助けて幹也!」なんて式は絶対にいわないと思う。
それは確かに僕も男なんだから言われてみたいけれど、まずないと思う。
「コクトー、「助けて幹也!」の後の台詞、考えとけよ」
「全力でお断りします」
それこそいわゆる取らぬ狸の皮算用じゃないか。
それよりも建設的な事が……。
「式、君を一生はなさない」
って何でその後の台詞が思い浮かぶんだ?
まずい。これじゃあ橙子さんのたくらみどおりになってしまう。
「あああああっ」
まずいまずいまずいまずいまずい。
とりあえず頭を抱えて振り回してみる。
「……そんな事絶っっっっ対にさせません。それならわたしが助け出して「ざまあみろ式」とでも言ってやります」
「黒いって」
そのたくらみが果てしなく黒い、とばかりに白純先輩はジェスチャーをする。
「そうよ。こっちはそもそもこんなに人数がいるのだから、別に兄さんが式を助け出す必要はないわよね。何なら織が助けても式は喜ぶんじゃない?」
「……て言ってるけど、どうなんだい両儀」
「……オレとしてはトウコの策に乗ってコクトーに式を救出させたいけれど……」
「っっっ!!」
向きを変えて藤乃ちゃんの方に両手を乗せる鮮花。
何だかとても燃えている気がした。
「藤乃。わたしたちで式を助けましょう。いいわね?」
「でも先輩が……」
「い・い・わ・ね?」
「は……はい……」
僕でも分かるぐらい今の鮮花は怖い。
何で鮮花がこんなに怖くなるのか僕には分からないけれど。
「全く、何で式の奴がさらわれるのよ。もしわたしがさらわれてたら式なんかよりも素晴らしいものになったのに」
「いや、トウコはともかくアラヤが式を狙ってたからだろ。式をおびきよせるのに鮮花じゃあちょっと……」
「黒桐だったら両儀をおびきよせる恰好のお姫様になっただろうにね」
鮮花の何気ない一言にも織と白純先輩が意見を述べるけど、随分と楽しそうですね。
……全く。
「大体あの博物館での一戦で織たちが負けてたら本当に僕の方が捕らえられたんだろ。そんなのごめんだって」
そう思うと織たちには悪いけれど、僕の方が橙子さんに負けていた方がよかったかもしれない。
橙子さんと荒耶はどうやら互いの状況を知る事が出来てたみたいだし、そうすれば式のほうが助かってたのに。
でもあの時、織たちの行動は僕にとっては……。
「え?」
「あ」
「そうか……!」
だって言うのに、なぜか藤乃ちゃん、霧絵さん、織、つまり僕を救ってくれた3人は一様に反応する。
……あれ?
「……もしかして、博物館で黒桐君を助けてなかったら立場が逆転してた……?」
「「ああ〜〜」」
霧絵さんの言葉に三者三様に衝撃を受けたようにうなだれる。
え? え?
「式を出し抜いてオレがコクトーを救ってれば面白い事になってたのにぁ」
「わたしが先輩を助けていたら……きっとお礼をしてくれたのに……」
「私が黒桐くんを救出すれば、いい思いができたでしょうにね」
「えー?」
後悔するの? そこを後悔するの?
ちょっとショックなんだけれど。
「……つまり、こんな状況になった元凶はあなたたちだったわけね」
ゆらりとして織たちを見つめる鮮花。
織と霧絵さんは首を横に振る。
「いや鮮花、それは結果論であってオレたちに非はないって」
「そうよ。黒桐君の安全がその時は一番だったんだから、両儀さんの事まで考えられなかったわ」
……確かにあの時は自分たちの事で精一杯だった。
別に式たちなら荒耶をどうにかできる、とかは思っていなかった。
と言うより……、
「鮮花は式がつかまるより僕が捕まってた方がよかったのか?」
「え?」
僕には鮮花の言葉からそう聞き取れるんだけれど。
その質問に対して鮮花は、
「それはもちろんそう……違うに決まってるじゃないですか。捕まる事自体が許せないんです」
「本音が出たね」
「ああ」
彼女の発言に白純先輩と織がひそひそと話し合う。
でも2人とも、ひそひそ話にしては声が大きいと思うよ。
「っっ! とにかく! 式を助け出すのはわたしがやります。いいですね?」
「勝手にしろ。それならオレが助けるから」
「それなら僕も両儀さんを助けてみたいなぁ。彼女どうお礼をしてくれるかなぁ」
「式さん、ですか……」
チームワークの『ち』の字も見られそうにないこんな状況で本当に式を助け出せるのか、本当に心配だ。
この先にいるのは橙子さんに荒耶だよ?
で、更に数十分が過ぎて、結局みんなでトランプをやる事になった。
後ろ暗い状況の事は忘れて、みんながそれを楽しんでいる。
「それで玄霧さん、この後どんな展開になるかは教えてくれないんですか?」
「ええ。もちろんお教えできません」
という会話があったり、
「この後どんな展開があるんだ?」
「うーん、墓守の軍が僕らにどう絡んでくるのかちょっと分からないよね」
という会話があったりした。
そして、
「やっと後10分ですか。随分と長かったような……」
あれから随分とたち、ようやくそのぐらいまでやってきていた。
この間は映画だったら間違いなく重要な会話シーンしか映されないだろうけど、実際に冒険をすれば地味な移動が待ってるわけだ。
「今のルクソールよりも南ですから……こんなものではないでしょうか?」
自動車で走った時は疾走しても半日はかかったところを数時間で行けただけでも良しとしなくちゃいけないけれど、
今ならカイロからルクソールまでは二時間もあればつく距離だ。
こんなところで歴史を感じさせなくてもいい気がするけれど。
「まあ、こんな時に無事にたどりつけるなんて保証はどこにもないけれどねー」
「白純先輩……」
先輩はあっけらかんと言ってくれるけれど、それは禁句です。
なぜなら、それが典型的だから。
僕は思わず先輩の肩を掴む。
「橙子さんならそれやりかねないんで、口に出さないでくれた方がよかったんですけれど」
「え?」
「だってそう言って口に出した途端に敵が襲って――」
その時、操縦士が悲鳴をあげる。
その途端に更にゆれ始める機体。
「やっぱり」
思わずがくっときてしまう。
この悲鳴は絶対に何かあったときの悲鳴だ。
そして、その何かが起こる原因なんて限られてるに決まってる。
「……とうとう来たか」
織は立ち上がって窓から外を確認する。
僕もそれにならって確認してみる事にした。
「……」
絶句。と言うよりこれに対する何を言えっていうんだろうか。
だって上空数千メートルの高度にあるのは飛行機とかたまに鳥とかぐらいしかいないはずだ。
なのに、目の前にいるのはそのそれとも違った。
「……何だこれ?」
「えっと……、ホルスとアトンかと思われます」
ホルス。天空神の名前だ。その名の通り隼の頭をした神でその眼はウジャトの眼の原型の持ち主でもある。
アトン。絶対神で他の神を淘汰しようとしたファラオによって作られた神だ。人型をしていないのが特徴で、太陽を表す。
そんな神の名前が何故こいつらにつけられてるのか疑問だけれども、
目の前には巨大隼と触手を何本も生やした球体があった。
巨大隼の方は全長にすれば4メートル近くはあるだろう。生物学上、こんな巨大飛行生物はプテラノドンみたいになって、飛ぶので精一杯のはずだけど。
特に分からないのがあの触手を生やした球体。一応黄色っぽいので太陽に見えなくもないけれど、もはや全くの別物だ。
と言うより……、
「あんな球体でどうやって高速飛行してるプロペラ機に追いついてるんだろ」
「兄さん、そこは大した問題ではありません」
大した問題だと思うんだけどなぁ……。
でも確かに今の状況と比べたら大した問題じゃない。
何しろこのクリーチャーは間違いなく橙子さんの創作物。
だとしたら目的は僕らの進路妨害。しかも僕らが乗っているのはプロペラで動く飛行機だ。
まさに空を飛ぶ棺桶。
この飛行機は現代戦闘機みたいにマシンガンとかミサイルがつんであるわけじゃなく、輸送機だし。
つまり、この高速飛行する敵をどうにかして倒さないといけない。
しかも飛行機が無事であるように。
「……絶体絶命のピンチ?」
どうしよう?
to be continued……