大きな地震がくるよと、だれもが言っていたんです。

こどもたちはみな、自分のたからものを小さなリュックに詰め込みました。
そして、いつくるとも知れない災害をおそれ、同時につまらない日常が崩れることに淡い期待を抱きました。
もちろん僕も例に漏れず、大切なものたちをできるだけかばんにつめて、地震に備えました。

ただ、僕にとって何よりも心配だったことは、学校の飼育小屋で生まれたばかりのチャボの雛たちだったんです。
地震なんておこってしまえば、小さな心臓はあっさり止まってしまうんじゃないか、パニックに陥ったチャボたちに押し潰されてしまうのではないか、なんて。

僕は不安でたまらなかったんです。

そしてある日、僕はとうとう決心して、放課後の飼育小屋に忍び込んでしまいました。
僕は飼育委員長だったから、僕が不自然な時間に飼育小屋に入ったことを誰も不審に思いませんでした。

一羽。僕はそう決めていたんです。一羽の雛なら、僕一人の力でもどうにか世話をすることができるように思えたから。

僕はまずチャボの餌をスコップ三すくい程度ビニール袋に入れて、それをランドセルにしまいました。
ひよこが何を食べるのかなんてさっぱり検討がつきませんでしたが、きっと親鶏と同じものを食べているのだろうと思ったのです。

これでごはんは大丈夫。息をついて、次いで持ってきていた虫籠を片手に、金網のドアを開けました。
ひどく心臓がうるさかったように思います。

そうして、隔離された母鶏とひよこのケージに入って、ついこのあいだ生まれたばかりの黒い雛を探しました。

連れて帰るならこの子にしようと、僕は決めていました。
一羽だけ遅れて生まれたこの雛は、兄や姉たちとの食糧争いに負けるのでしょうか、ひどく弱っているように思えたからです。

ちょっとごめんね。
母鶏に声をかけて、白く小さな体を持ち上げて左腕で抱えます。
元々おとなしく弱かった上に、十個以上の卵を熱心に温め続けていたおかあさんは、抵抗することなく目を閉じて僕に抱き上げられてくれました。
温かいお腹が乗っていた砂の上に黒い塊を見つけて、僕はそれを手に取りました。異常を感じ取った雛は弱々しい声で鳴きました。

ごめんねごめんね。

心の中で何度も謝って、雛を籠に入れました。
すると、それまでおとなしかった母鶏が、けー、と鳴いて、威嚇するように羽を膨らませました。
僕はすっかり驚いてしまって、母鶏をこどもたちの上に座らせて、籠を掴んで逃げるように飼育小屋を飛び出しました。

そっと抱えたランドセルの中からちーちーと母を呼ぶ雛の声が聞こえます。
僕はそれをかき消すようにごめんねごめんねとあやまりながら早足で家に帰りました。

家に帰っても雛はなき続けました。水を差し出しても粉状のごはんを差し出しても見向きもせずに、よわくよわく、ただおかあさんを呼び続けるのです。
僕はすっかりかなしくなってしまって、雛と一緒になきました。

そして僕はなき疲れてねむりました。雛もなき疲れてねむりました。

朝になって、僕が目を覚ましても、雛はずっとずっと眠ったままで、どんどん冷たくなっていきました。もうかなしくありませんでした。

いいえ、かなしかった。
かなしくて申し訳なくて、でももうどうしようもないと知っていたから、僕にはもうなくことさえゆるされなかったのです。

そうして僕は、はじめて偽善という言葉を知ったのです。

大きな地震がくるよ。
まことしやかに囁かれていた噂が真っ赤な嘘だと知れたのは、雛が死んだ日のことです。







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