#02 ポケモン広場




 ポケモン広場は様々な種類のポケモンたちが共同で役割を担い、互いに協力しながら生活している、いわば集落のようなものだ。中央の公園には老若男女たくさんのポケモンが顔を出し、交流を取るなり情報を分け合うなり、独自のネットワークを作り出している。
 露店、銀行、道場……広場に設立された店舗は枚挙に暇が無く、救助隊への依頼要請を一手に引き受けるペリッパー連絡所に至っては、界隈でも随一の規模と情報を網を誇る。パサラが所属する救助隊《カスケード》もこの広場を拠点として長く活動を続けてきたため、広場の住民たちとの間柄は親しく、半ば家族のような関係を築いていた。

 この日、その一角に位置する親子ポケモン・ガルーラを模した風変わりな建築――アイテムや装備品を預かるの倉庫屋の店先には、普段のそれには見られないような、黒山の人だかりが出来上がっていた。というのも、パサラが担ぎ込んだベイリーフが運び込まれたのがこの建物だからだ。店主であるガルーラのノエルは医療施設の整っていないポケモン広場において、その道に長けている数少ない存在だ。自業の片手間ではあるが、こうして緊急の患者が出た時には役割を進んで買って出る。

「随分と人気な事だな」
 ガヤガヤという喧騒の中にあって、静かな声音はやけに耳に響いた。
「まぁ、連中もその内に飽きて帰っていくさ。落ち着きたまえ」
「……すみません。迷惑掛けるつもりは、無かったんですけど」

 パサラが浜辺で見つけたベイリーフを直接背負ってこの倉庫屋に運んでから、数刻が経過している。今は患者に集中させろと、パサラはノエルに、店内に少し入った所で待機を命じられていた。
 彼の傍には、知らせを受けて駆け付けたもう一体のポケモンがいる。淡い山吹色の体躯はヒトのそれに似ており、切れ長の瞳は、静かな青色を湛える。フーディンと呼ばれる種で、名を黄金(コガネ)という。
 黄金はパサラと同じく、《FLB》という救助隊のリーダーを務めているポケモンであり、パサラの先輩格に当たる。《カスケード》が名うての救助隊となった今でも、パサラは黄金の持つ豊富な経験から、何かとアドバイスを請う事があった。良き相談役として、隊外のポケモンの中でもパサラが絶対の信頼を置く数少ない相手だ。

「なァに、しばらくは桜花(オウカ)と木賊(トクサ)に任せておけば大丈夫だ」
「そう言ってもらえるとありがたいです……」
 同じ《FLB》のメンバーの名を挙げて、ほけほけと笑う黄金である。
 見るに、集まってきている広場のポケモンたちの前に立ち塞がって、何事かと問う者へ答え、あるいは様子を見ようと飛び込む子供ポケモンを抑えているポケモンが二体いた。リザードンの桜花とバンギラスの木賊。見た目には厳つい彼らだが、野次馬に対応するその様はどこか手馴れたようで、またポケモンたちも彼らに怯えている様子も無い。
 彼ら《FLB》は、救助隊としての活動ももちろんこなしてはいるが、パサラたちがそちらの活動で台頭するようになってからは、ポケモン広場内での警備やいざこざの解決に当たる事が多くなっていた。今回の件も、ヒエンから聞いたといち早く駆けつけてくれたのだった。

「まぁ、広場の皆も興味があるのだよ。君が連れ込んだというポケモンがどんな子なのか、とね」
「連れ込んだって。人聞きの悪い事を言わないでくださいよ」
 真顔で言うパサラに、黄金はおや、という面持ちになる。
「何だ、違うのか? 私はてっきり、君がいよいよ身を固めに入ったものと思って喜んだのだが」
「は?」
 声が漏れた。思いも寄らない言葉に、パサラの顔が思わず呆け、一瞬思考が停止する。
 そして、たっぷり十秒ほど掛けてその糸を辿り終えた途端、パサラは傍から見ても滑稽なほどにうろたえ始めた。
「ちょ、ちょっとちょっと! 何でそうなるんですか!?」
 予想通りのリアクションだったのだろう。パサラが慌てる様子を見て、黄金は珍しくも声を上げて笑った。
 カマをかけられたのだ、と気付いて、脱力と共にどっと溜め息をつく。
「もとい、冗談だ」
「そうでなきゃ困りますよ……」
 ひとしきり笑った後、黄金は真面目腐った声音で言った。呆れて返す言葉に張りも出ない。
「まぁ、救助隊を率いたる者、ユーモアのひとつも解せなくては誰かの心を掴む事は出来んさ。とはいえ君も、こんな爺の戯れに惑わされていてはいかんよ」
「黄金さんが言うと、自分には冗談なのかそうでないのか分からないんですが」
「それも、若さゆえだ」
 何ともなげに言ってみせる黄金である。調子が狂いっぱなしだ。話術ではとても適わないなぁ、とパサラも舌を巻く。近隣の地域でも名を馳せる救助隊を束ねる身とは言え、人付き合いや対話術で言えばまだまだ青いという事を身に染みて感じる。
 黄金は続けて、
「その内に分かってくる。人とのコミュニケーションと言うのは、回数をこなして初めて身に付くのだからな。誰しも最初から身に付いている代物ではないし、やろうと思ってすぐに出来るものでもない。こういう職だ。そういう能力は必要不可欠だろう?」
 答えを求めない問い掛け。
「かく言う私も勉強の途中だ。こうしてつたないジョークを会話に混ぜたりして、な。君が君のいた世界でどんな人生を歩んでいたかは知らないが、この世界でも、この事は変わりの無い事なのではないかと私は思う」
 講釈のようになってしまったな、と黄金が苦笑を浮かべた。彼の言葉は胸に刻むに足りるものだろうとパサラは思う。だがそれ以上に、小刻みに首を振って否定する彼の胸に去来するのは、その最後に触れられた、自身の過去だ。


 君のいた世界、と黄金は言った。

 そう、パサラは元々黄金やヒエンとは別の世界で生まれた。さらにパサラは、こちらの世界ではポケモン・ラグラージの姿をしているが、もともとの世界では人間として生活していた。紆余曲折を得て現在の姿に至ってはいるのものの、姿を変えた当初は当然、戸惑いを隠せなかった。
 その最たる要因となるのが、それぞれ種族も違うポケモンが一堂に会して、ひとつの文明に近いものを造り上げている点だった。パサラのいた世界では、ポケモンは共存こそすれども、人間に使役される存在であり、独自に文明を築いていたという事実は認められていないはずだったからだ。
 そして、かつて――遠い昔は、現在パサラのいるの世界にも人間が存在していたと言われている。現に彼らが造ったと思われる建造物や遺跡の類が、オーパーツ的な存在として今もなお残っているからだ。
 だが今、この世界には人間はいない。彼らがいつ、どうして姿を消すに至ったのか、その理由すらも解明されていないのが現状だ。

 そんな世界に身を置いて、パサラは何を思うのだろうか。

 自分が、元の世界でどんな過去を歩んできたか、こちらの世界に来た当時は失っていた記憶も、今はすべて取り戻している。元の世界での生活を思い出しても、決して悪くはない物だったと感じていた。こちらの世界に誘われた際に、少なからず躊躇する程度には。
 しかし、パサラは元の世界に戻る機会が訪れた時、結局はそのまま、現在の世界に留まる決断をした。そして今でも、その選択は間違っていなかったと今でも思っている。
 ――なぜなら。


「なんだいなんだい、えらく騒がしいと思ったら……いい大人が二人してペチャクチャと」
 話の区切りを見計らっていたのか、タイミングよく店奥の扉からガルーラ・ノエルが顔を出した。
「お、おばさん」
「やぁノエル、お邪魔しているよ」
 黄金は悠々としたものだ。お茶をしに来たよ、と今にも言い出しそうな雰囲気だ。
「ったく、煎餅も饅頭も出やしないよ。あたしゃ静かに待っとけって言ったのにさ」
 やれやれと肩をすくめるノエルである。苦笑を浮かべるパサラにその視線が向けられて、
「パサラ、眠り姫がお目覚めだよ」
「えっ、意識が?」
「あぁ、さっき目を覚ました。もう話せるよ」
 苦笑がぱっと明るくなる。対面の第一声を考えてか、すでにそわそわした様子のパサラに、
「第一印象は大事だ、心していくんだぞ」
「ちょっともう、勘弁してくださいよ黄金さん」
 肩に手を置かれ、パサラは再び当惑顔。こういった事にはとことん耐性が無い。
 はん、とノエルが肩をすくめる。
「お姫様と縁組みさせるには、ちょいと朴念仁に度が過ぎるよ」
「そうでもないぞ、これを機にだな」
「は、はは……」
 辛口な発言を当人を前にしてぬけぬけと言ってみせる。発言こそ歯に衣着せないが、嫌味な印象は無い。人望、人柄と言ってしまえば簡単だが、辛辣な言葉もノエルの気持ちのよい笑顔の下に吐かれると毒気を抜かれるのか。初対面の相手ともすぐに打ち解けてしまう、不思議な魅力。
 もちろんすべてが本心から発する言葉ではない。要するにノエルも面白がっているのだ。
 パサラとの付き合いは長い。愛着も湧くというものだが、馴染みの客への情愛と野次馬精神はまた別のもの。これ幸いと探りを入れてみる。
「あたしゃ心配してたんだよ」
「心配」
「あんたにさ、なかなか浮わついた話を聞かないからさァ」
「……はぁ」
 生返事に、あーもう、と悪態をついて頭を掻く。もともと行程を踏んで話を進めたがるタイプではない。
 ノエルはずい、とにじり寄って、パサラの胸元に指先を突きつけた。
「あの娘の面倒、ちゃんと見てやれるんだろうね。あんたが連れて来たんだ、目が覚めたらはいさよなら、なんて言った時には――」
「そ、それは」
 どうする、とは言わなくとも意図が伝わってくる気がした。
 ぱくぱくと口を開け閉めしていたパサラの肩を、黄金がぽんと叩く。
「難しい事を考える必要はない」
 落ち着いた声音に、パサラは重たい荷物がすっと下りるような感覚になった。彼の声を聴くと、不思議と落ち着きが取り戻される。もしかしたらこれは、黄金の持つ特殊な能力なのかもしれない。
 同時に、ああそうか、と何に対してでもなく思った。
「……。大丈夫です」
「安心させてやれ」
「はい」
 軽く頷いてみせる。そこに滲む意思を見て取り、ノエルと黄金は互いの眼を合わせて微笑んだ。


◆   ◆   ◆


 笑顔を見せてやろうと思った。
 億の言葉よりも万の花束よりも、相手を受け入れ、包み込む笑顔。それが何よりも力を与えてくれる魔法の呪文だという事を、自分は随分と前から知っていたはずだ。
 それを教えてくれたのは仲間、親友。――そして、この世界だ。自分が選んだこの世界だ。
 どんな笑顔を、と迷う必要はない。ノエルが、黄金がそうするように、すればいいのだ。

 奇妙な感覚があった。
 それが否応に早くなる胸の鼓動から来るものではないと言い聞かせて、扉を開ける。



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